第5話 魔法の基本

 あっという間に午後からの訓練が始まる。私は、スープとジュースでお昼御飯を済ませ、メイちゃんに着替えを手伝って貰ってから、魔法使いの講師を待った。

 うう、どんな人だろう。やっぱりシグルズみたいにスパルタかなあ。

 ドキドキしながら扉を見つめた。相変わらず手は震えているし、体は重いけど、立てるくらいには回復した。

 こんこん、とノックの音が響く。


「失礼するよ」


 現れたのは、涼しげな目元の二十代後半の男だった。すらりとした体に、深い青髪、神秘的な琥珀の瞳、女も羨む白い肌。整った顔立ちだけど、優しそうな微笑みのおかげで美形特有の冷たい印象がない。


「初めまして。僕は君の魔法の講師を務めさせてもらう、魔法使いのフィンです。よろしく」


 フィンさんはにっこり笑って、指の長い綺麗な手を差し出した。


「クロリス・カラナです。よろしくお願いします」


 うわあ、なんか緊張しちゃう。おずおずとフィンさんの優美な手を握る。フィンさんと私は訓練場の中央、メイちゃんはドアに近い部屋の隅に待機だ。


「では、魔法について知っていることを教えてくれるかな」


 フィンさんは、優しく私に質問した。物腰の柔らかさと礼儀正しさが、誰かさんと大違いだ。


「ええと、殆ど何も知らないです。魔法を見るのも、お祭りの時に上がるお祝いの花火くらいで」


 正直に言う。魔法は誰でも使えない。使える人の方が断然少ない。魔法使いなんて雲の上の人で、お祭りの時に遠くから見かける程度。魔法だって、花火しか見たことない。


「魔法とは。自分の魔力を媒介にして、世界に満ちるマナを集め、呪文で事象に変換する事だ」


 うーん。分かるような、分からないような。


「例えば蝋燭が触媒になる自分の魔力、火がマナ、蝋燭が燃えるのが事象だ。自分の魔力を媒介にして、火のマナを使い、呪文で引火させて蝋燭に灯をともす」


 フィンさんはそう説明してから、右の手のひらを上に向けた。


「実際にやってみよう。まず僕の魔力を媒介に、周囲のマナを引き寄せる」


 ふわりとフィンさんの手のひらの上に淡い赤の光が灯る。


「集まった火のマナに呪文で引火させる」


 光は細くなって小さく複雑な模様を描いた。そこへフィンさんの一言で。


「イグナイテッド」


 光の模様が燃え上がり、手のひらの上に炎が現れた。


「今、僕の魔力を蝋燭の芯にして、マナを燃料に、火を燃やしている」


 フィンさんは手のひらの上に炎を浮かべたまま説明する。火の中には、よく見ると最初の光の模様が一際明るく輝いて見えた。


「これが魔法の基本だ。魔力と呪文でマナを何かに変える。自在に使いこなせれば何だって出来る可能性を秘めている。ただし、制御が非常に難しい。自身の魔力の制御を一つでも間違えれば」


 フィンさんは、火の中の光の模様をほんのちょっと崩す。その途端、手のひらの上の炎が弾けた。

 あちちちちっ。火の粉がこっちにまで飛んできた。慌ててかざした手で顔を庇う。


「と、まあ、今はわざと暴発させたからこの程度だけれど、見ての通りの危険度さ」


 フィンさんが軽く肩を竦めた。


「呪文自体は何を言ってもいい。ただあまりにかけ離れた意味の呪文にすると、やはり失敗する。さて、ここまでは理論だ。実際に実技をやってみよう。メイ」

「かしこまりました」


 フィンさんに一礼してメイちゃんが訓練場から退出すると、入れ替わりに一人の女性が入ってきた。腰まで伸ばした黒髪に紫の瞳、二十歳半ばくらいの美人だ。


「魔法は危険だからね。準備もそれなりに要るんだよ。彼女は国随一の回復魔法の使い手だ」

「んふ、フーリエよ。よろしくね。勇者様」


 フーリエさんは少し鼻に掛かった甘ったるい声で片目を瞑った。白いローブ姿の上からも分かる大きな胸元と、目元の泣きぼくろが色っぽい。


「よろしくお願いします」


 回復魔法の使えるこの人も講師なのかな。それなりの準備って何だろう。疑問に思いつつもフーリエさんに向かって頭を下げると、フィンさんがにっこり笑って言った。


「さて、始めようか」


 この笑顔が何よりも怖いのだと、数分後に思い知った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る