第2話 これって呪いでしょ
「悪夢だわ」
あてがわれた部屋にある、これまた大きくてふかふかの上等そうなベッドに腰掛けて、私はうめいた。
この部屋自体は女の子の夢かもしれない。うちの花屋兼自宅の総面積を全部足したくらいの大きな部屋だ。ふかふかの絨毯。繊細な装飾の施された家具。上等な肌触りの寝具。さらさらとした肌触りでいい匂いのする部屋着。これが勇者とかじゃなくて、王子様に見初められたとかなら、きっといい夢だ。
でも、そうじゃないってことは、腰の剣が教えてくれる。邪魔だからその辺に立て掛けておこうとしたのに、直ぐに戻ってくるんだもの。しかも抜き身で! もう、これ絶対呪いでしょ。危ないったらありゃしないから、諦めてずっと腰にぶら下げてる。
うう、ゆっくりお風呂にも入れなかった。外して入ろうとしたら、やっぱり鞘から抜け出してきたんだもの。怪我するかと思った。仕方ないから鞘ごと持って入ったけど、これから毎日そうしなきゃならないの? なんか段々と腹が立ってきた。
私は剣を水平に掲げた。ぎろりと睨む。
「あんたのせいよ!」
怒鳴りつけてから、床に置いて鞘の上からげしげしと叩く。素手じゃ痛いから、靴の踵でガンガン蹴ってやった。こんなことしたって綺麗な鞘に傷と凹みが出来るだけ。八つ当たりでしかないのは分かっているけど。
両親は何かの間違いだ、娘を帰してくれと王様に訴えたけど、取り合ってくれなかった。幾ばくかのお金を渡され、城から放り出された。私は有無を言わさず、王宮の一角に部屋を用意され、明日から訓練を受けるらしい。
蹴り疲れた私は、ベッドに腰掛けたまま溜め息を吐いた。床の剣を拾う。広い部屋にたった一人、剣を抱いて寝た。
翌朝。まだ薄暗い夜明け前。私は半身を起こし、大きく伸びをした。花屋の朝は早いから、早寝早起きが染みついている。うしっと気合を入れてベッドから降りる。着替えようとベッド際に設置されたサイドテーブルの上にある服に手を伸ばしたら。ごとっと足元に剣が落ちてきた。そういえば剣を抱いて寝たことを思い出す。
私は半眼で剣を見下ろした。
はいはい、分かったからね。ちょっとそこで待ってなさい。意味なく心の中で剣に『待て』をしてから、さっさと着替えて腰にぶら下げた。もう、慣れるしかないでしょ、これ。
剣を腰に下げたまま日課の朝の体操をやって、備え付けの洗面台で顔を洗い、髪を後ろで一まとめに括る。今日から訓練なのだ。括ってないと邪魔だろう。
窓の外はまだ薄明るくなってきたくらい。まだ朝ご飯には早いよねー。なんて考えていると、コンコンとドアをノックする音がした。
「どうぞー」
「失礼します。おはようございます、クロリス様」
挨拶しながらガチャリとドアを開いたのは、可愛い侍女さんだった。
「おはよう」
妹と同じ十四歳くらいかな? 癖のある栗毛を耳の下辺りに切り揃えた女の子だ。
「申し遅れました。私はクロリス様の身の回りのお世話をさせていただく、侍女のメイと申します。よろしくお願いいたします」
綺麗に腰を折っての丁寧な挨拶。私は同じように敬語で返すべきかどうか迷ったけど、やめた。向こうはお仕事だし、私はお客さんみたいなもの。変にかしこまられるのは、きっと逆に困っちゃう。
「クロリスよ。よろしくね、メイちゃん」
にこにこと右手を差し出すと、メイちゃんも手を出してくれた。
「早速で悪いんだけど、朝食までまだ時間あるでしょ? 身支度ももうやっちゃったし、ちょっとお城を案内してくれない?」
こんなところにボーッとしていられない。暇で死んじゃう。いつもなら、水やりも終わって剪定している頃かなー。朝ご飯食べて、お店の掃除をして、店の中に入れていた鉢を外に出すの。って、ああ、もう。やめ、やめ。
ブンブンと首を振って、その考えを追い出す。考えたって仕方ないことを考えているよりも、真面目に訓練とやらをやって、強くなって魔王を倒し、さっさと勇者を終わらすのだ。
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