私が勇者って嘘でしょ? ~剣を抜いてしまった花屋の娘クロリスの冒険譚~

遥彼方

一章

第1話 これは夢だ。

 ナイナイナイ。これはない。

 嘘だ。これは夢。夢よ。


 私の頭の中にはそんな言葉ばかりがぐるぐる回り、ちっとも現実がついてこない。

 私は、クロリス・カラナ、十六歳。花屋の娘だ。

 プラチナブロンドに翡翠の瞳。優しいお父さんと肝っ玉母さん。甘え上手な三つ下の可愛い妹がいる。

 最近ちょっと物騒で、魔王なんてものが魔族を束ね、人間を滅ぼしに攻めてくるらしいとか噂になっているけど、そんなの私たち一般人には関係ない。

 きっと王様とか、強い騎士様とか、賢い賢者様とか、偉い魔法使い様とかが、なんとかしてくれるだろう。それくらいしか思っていなかった。当たり前でしょ。ただの花屋の娘の日常は、世界なんてものじゃなくて、今日の花の売れ行きとかご近所付き合いとかそんなものよ。

 そりゃ花の鉢は重いし、あちこち配達に行っているから体力はあるし、花屋の仕事って意外に重労働で、年頃の娘にしちゃ力持ちだけども。だけども。 

 これはない。

 私はくらくらしながら周りを見渡した。馬鹿みたいに広い王宮の大広間。ずらりと並んだ騎士や国の重鎮たちの目線が私に突き刺さる。

 その中央で、私はただただ、現実から取り残されていた。

 

 時はほんのちょっと遡り。

 神殿の中央。荘厳な白亜の建物の中、赤い絨毯の敷かれた中央の壇上に、背景のステンドグラスからの美しい光に照らされて、一本の剣が祀られていた。伝説の勇者の剣というものが。

 何でも魔王を倒すのに、この剣が抜ける勇者が必要なんだって。色んな英雄や王国の騎士様が試したけれど、誰も抜けなかったらしい。これは野に埋もれた猛者や、これからの将来有望な若者が勇者かもしれないと、今日から一般公開される。大々的に式典をやって、人を集めて片っ端から挑戦して貰うのだ。

 その式典の準備のために、神殿を綺麗にしましょうと、お父さん、お母さんと一緒に花を飾り付けにやってきたわけなんだけど。

 ステンドグラスを磨き終わった清掃の人たちや私たち花屋、受付の神官さんや司会進行する神官長さんたちが、主役である伝説の剣の見栄えをチェックしていた。


 うんうん、いい感じに立派に見えるよ。あれだろ? 名だたる英雄が皆駄目だったんだろ。意外に普通のやつが勇者なんじゃないか? なんて皆でワイワイやって。

 まだ公開まで時間あるな、ちょっとフライングで試しちゃう? って、神官長さんがノリで言って。おうおう、こんな有難い剣、触ったらご利益有りそうだし折角だからって、皆で順番に柄を握っていって。最後に女性陣も、なんか触ったら幸せになるとか健康になるとかのノリで触っていって。私も、素敵な人と結婚出来ますようにと剣の柄に触ったら。

 抜けちゃったのよ。あっさりするっと。というより、握ってもないのに手の中へ飛び込んできた。なにこれ、気持ち悪い。


「ぎゃああああああっ!」


 私はあんまり年頃の娘らしくない悲鳴を上げ、慌てて台座に戻そうとした。でも、剣は直ぐに抜けて戻ってくる。

 嫌ああああ。本当は伝説の勇者の剣なんて嘘で、呪われているだけなんじゃないの? 捨てても、捨てても戻ってくる的な!


「なにいいいいぃ!」

「抜けたあああぁ!」

「嘘だろ! あんなに練習したのに儂の晴れ舞台がぁ!」


 もう大パニック。神官長さんは頭を抱えて崩れ落ち、神官さんたちは意味なく右往左往、父さんと母さんは叫び、清掃の人はぽかんと口を開けている。私は半泣きで何度も剣を戻そうとする。

 私たちのパニックは、式典に呼ばれた来賓の偉い人たちが来るまで続いた。

 

 そうして、あれよ、あれよと王宮に連れて行かれ、立派な服に着替えさせられて、剣はやっぱり立派な鞘に入れられて腰に吊るされた。頭が真っ白なまま説明を受けたけど、耳になんて入らない。

 プラチナブロンドの髪は結い上げられ、耳には宝石のイヤリング。薄く化粧もされて、豪奢だけれど戦士のような格好に仕立て上げられた。支度を整えてくれた侍女さんたちは、口々に美しい、凛々しいと褒めてくれたけど、そんな訳ない。服には着られているし、腰の剣は浮いているし、したこともなかった化粧は何だか他人みたいだ。

 心の中は、現実逃避の言葉でぎっしり。ふわふわと浮いているようで、立っているのか座っているのかも分からない。

 目の前の豪奢で威厳のある壮年の男が、跪く私に厳かに告げる。


「勇者クロリスよ。魔王を倒し、この世界を救ってほしい」


 嫌だとも、やりますとも言わないままに滞りなく儀式は進み、めでたく(?)私は勇者になった。

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