5.降りしきる雨


「ハッ、ハハハハ・・・・・・アーッハッハッハッハッハ!」

馬鹿笑いするセルト。

「シンバ、お前の戯言はそれで終わりか?」

「・・・・・・あぁ」

「なら心置きなく戦えるな? うっとうしい無駄なお喋りは終わりだ」

そう言うと、セルトはダガーを構え直し、シンバ目掛け、走った。

シンバはセルトの攻撃をバク転しながら、交わして行く。

本当に小猿のような動きで、子供ならではの素早さと滑らかさを見せる。

だが、交わしてばかりいても意味がない。

シンバは踏み込んだ。

パンチを繰り出すように、マインゴーシュを思いっきり突き上げる。

この武術を取り入れた戦闘方法もセルトが教えたようなものだ、シンバの戦い方など、承知の上。余程、シンバに新たな戦闘術が加えられない限り、若しくは、セコイ手段で、セルトの気が逸れない限り、シンバに勝利はないだろう。

いつの間にか、ホテルのローカに躍り出て、二人、戦っている。

追い詰められていくシンバの背後には長いローカの奥、バルコニーがある。

そこで回転しないと、逃げ道はない。

だが、回転する隙がないと判断したシンバは、ジャマダハルで、セルトのダガーを力一杯、弾き返し、その一瞬の、ダガーが振り戻って来ない内に、背を向け、バルコニーに向かって走り、バルコニーのドアを開けた。

広いバルコニーは、雨で足元が滑りやすくなっている。

この判断はミスだったかもと思ったが、セルトは待ってはくれない。

シンバは体を目一杯動かし、その素早しっこさが特徴の戦い方。

足元が滑りやすいと、思ったように体を動かせない。

再び、ホテルの中へ戻るには、なんとかバルコニーで、お互いの位置を入れ替わらせなければならない。

だが、シンバの考えなど、お見通しなのだろう、セルトは自分の立ち位置を譲る気はない。

どんどん追い詰められ、しかも雨は視界さえも奪い、シンバはセルトの攻撃を交わす事への限界に気付き始める。

どんなにシンバがジャマダハルを振っても、セルトは後退せずに軽く避ける。

シンバは動きが大きいのも難点だ。

避けるのも大きく動いてしまい、結果、後退してしまう。

体が小さい分、動きを大きくするよう訓練して来た事が仇となる。

「手加減しないんじゃなかったのか?」

手加減など全くしちゃいない。

なのに、セルトに傷ひとつ負わせられない。

「お前は本当に小猿のように、ちょこまかとウザイな」

セルトのその台詞で、いい加減、止めか致命傷を与えたいと思っているのがわかる。

シンバの背後はもう後がない。

セルトはこれが最後の攻撃だとばかりに、大きな動きに出た。

ダガーを真横に大きく振り切る!

それを避ける為に、シンバは飛び上がり、バルコニーの手摺りに乗った!

乗った瞬間、雨で足元が滑り、そのまま落下!

「うわ、うわ、うわああああああああああああああああああ!!!!」

飛行船から落ちた時とは状況が違う。

シンバの服はもうパラシュートは着いていない!

咄嗟に武器を腰にある鞘に仕舞うと、シンバは掴める物に手を伸ばす!

ガッと掴んだのは落ちたバルコニーから、かなり下の位置にあるバルコニーの手摺り。

シンバは懸垂運動をするように、腕の力で体を持上げる。

鼻の穴をふくらませ、必死で、滑りやすい手摺りを掴んで、体を持上げ、そして、今、手摺りを超えた。

それをシンバが落ちたバルコニーから見下ろし、セルトは、

「無事なのか? アイツ、本当に猿だな」

そうぼやくと、シンバが超えたバルコニーの階が、何階下か、確認し、

「6? 7階下か?」

そう呟き、シンバを追いかける為、階段へと向かった。

シンバは、呼吸を乱し、助かった事にホッとしていた。

だが、ここにいたら、直ぐにセルトがやって来るだろうと、シンバは階段へと向かう。

このままセルトと戦っていても勝ち目がない。

まだシャークと戦っている方がマシだろう、何故なら、セルトは、シンバの動きを全て把握している。

〝チャンスを見極めろ!〟

そう言っていたリーファスを思い出す。

今はセルトと戦う時じゃない。

必ずチャンスは来る、その時まで待つのも手段だ。

シンバは逃げる。

階段に着くと、上から、人が雪崩のように降りて来る。

さっきまでは、皆、下から上にあがっていたのに。

賊が、上の階で、怒鳴り散らしていると言っている人がいて、それはセルトの事かと思う。この人の雪崩に乗り、流れ落ちるように、シンバは階段を降りて行く。

――セルト、アイツ、なんで怒鳴り散らしてんだ?

――オイラを追って、階段を下りるのに、コイツ等が邪魔だったから?

――だから怒鳴り散らして、人を排除しようと?

――怒鳴り散らす前に、セルトなら他の道を探しそうだけど。

――窓も雨で滑って使えないと思ったか?

――まぁ、いい。オイラにとったら好都合だ、調度いい時間稼ぎになる。

――今なら、アレキサンドライトの船にセルトはいない。

――これはチャンスじゃないか?

外に出て、アレキサンドライトの船がどこにあるのか確認しなければ!

1階フロア、人が混雑している。

他に外にでる道はないか、シンバはレストランへと走った。

レストランの厨房なら勝手口とかあるだろうと考えたのだ。

昨夜のディナーショーを行った所はガランとしていて、誰もいない。

その奥に厨房があるかもしれないと、シンバは舞台の裏へ回ろうとして、舞台に一人立っている少女に気付いた。

「おい! 何してんだ!? ここにいたら危ないぞ、逃げろ!」

と、叫んだが、よく考えたら、どこへ行っても危険かもしれない。

少女は無表情で振り返り、シンバを見て、

「大丈夫よ、私は大丈夫なの」

感情のない声で答えた。

「大丈夫って? 知らないのか? 空賊が来てるんだぞ?」

言いながら、少女の右足の包帯に気付く。

――もしかしたら、この女、怪我をした女優か?

――ララが代役をこなした事は知らないのか?

――なんで、こんな昼間に舞台に一人で立っているんだ?

「なぁ? アンタ、舞台女優か? 昨日の舞台の心配してるのか? だったら気にしなくていい、舞台は成功したみたいだ」

「・・・・・・知ってる」

「知ってる? なら、なんでここに?」

「ラティアラ・ラピスラズリ。私の代役をこなしてくれた女の子の御蔭で、舞台は成功。ねぇ、アナタ、その女の子の事、知ってる?」

「あぁ」

知ってるも何も、一緒にこの町にやって来たのだから知らない訳はない。

だが、少女は、

「そう、アナタ、風祭にやってきた観光客でしょ? それなのに、もう彼女の事を知っているのね」

と、何か勘違いしている。

「私の事は知ってる?」

「いや」

「そう。私の名前はルイ。覚えて?」

「え? あ、あぁ、覚えた」

「私、ここでいつも演じてるの。ある時は男の子の役、ある時は妖精の役、ある時は台詞のない通りすがりの役、裏方もやったわ、でも主役に近い役もやるようになって来たこの頃。やっと光を浴びるようになったと思っていた。なのに、たった一度、舞台に立っただけの女の子に全て奪われた」

「・・・・・・」

誰かが栄光を手に入れれば、その裏で落ちて行く者の存在。

「なにも風祭の時期に怪我なんてしなくてもいいじゃない。どうして私はいつもこうなのかしら。運がないのよね、折角、大勢の人が集まる時なのに!」

悔しさの余り、大粒の涙がルイの頬を伝った。

「・・・・・・そんなに悲しむ事なのか?」

そう聞いたシンバをキッと睨み、

「アナタに何がわかるの!?」

そう吠えられた。

確かに、何もわからない。

「風祭の時は、私達、舞台に立つ者にとってはチャンスなのよ! そのチャンスを私は逃がしたのよ! しかも、全然知らない素人に全部持っていかれた!!」

あぁ、そうかと、そうだよなと、この子はセルトだなと思う。

――オイラが来る前から、サードニックスだったセルト。

――セルトは、あの大人連中の中で、ガキなりに1人で頑張ってきた。

――じゃなきゃ、あんなに強くなれる訳ない。

――オイラは、セルトからイロイロ教えてもらって強くなった。

――でもセルトは違う。

――自分で、独りで、頑張ってきた。

――なのに、オイラに、全部持ってかれたんだ!!

――ずっとオイラの世話をして、なにもかも手助けしてくれてた。

――一生懸命、ガキのオイラの機嫌をとって、笑わそうとしてくれてた。

――なのに、全部、ソイツに奪われた。

――それがもしオイラだったら・・・・・・こんな悔しい事あるかよ・・・・・・!

オイラに、全部、持っていかれたんだと、そんなの悔しいよなと、だからこそ、シンバは、ルイに、何か言ってあげたくなった。

今、シンバが、セルトに何を言ったって、きっと、何も伝わらない。だが、この女の子になら、伝わるかもと、そしてリーファスなら、何て言ってあげるのだろうかと考える。

きっと、カッコよく、有り得ない綺麗事を並べて、ムカつくと思わせるが、だけど、本の少しの光を残す台詞を、考えても考えても思い浮かばない。

その時、扉がバンッと開き、シンバは、セルトかと、ビクッとしながらも剣を抜くが、セルトではなく、だが、武器を持ち、それなりの装備服を着た二人組みだ。

ソードと言われる長剣を持った男二人は、シンバとルイを見て、

「子供だ、空賊ではなさそうだ」

そう言うと、一人が出て行き、そして、立派な服でマントを着た男と、子供を連れて戻って来た。

「ジェイド王だわ」

と、舞台の上、ルイが頭を深く下げる。

ジェイド王とレオン王子と、その護衛の男二人。

シンバと、レオン王子は、お互い見合う。

当たり前だ、ソックリな顔の二人なのだから。

だが服装から、髪型、勿論、目の色、そういうものが違いすぎて、シンバとレオン王子がソックリだと、本人達以外は誰も気付いていない、王までも、全く気付いてない様子。

今、護衛の一人が、シンバの武器に気付く。

「おい、お前! なんだその短剣は!?」

そう言われ、シンバはハッとし、レオン王子から目を逸らすと、レオン王子もハッと我に返り、そして、シンバに近付いて来た。

「レオン王子! いけません!」

と、護衛の一人がレオン王子を止めると、

「あの少年は、とても僕にソックリだ、そう思いませんか?」

と、レオン王子は、ジェイド王に振り向いて聞いた。

あの少年とはシンバの事だ。

ジェイド王はシンバを見て、気付いたのだろう、一瞬、物凄い形相になった。

護衛二人も、似ていると、シンバとレオン王子を何度も見比べる。

「ねぇ、キミの名前は?」

「・・・・・・シンバ」

「シンバ? 僕はレオン。ジェイドの第一王子、レオンです。その武器は?」

「・・・・・・オイラの武器だ」

「キミの?」

「あぁ、オイラは空賊だ」

そのシンバの発言に護衛二人が構えた。

子供とは言え、空賊だったかと、油断していたとばかりだ。

シンバも相手が剣を構えたら、自分も構える条件反射が身に付いている。

「子供の空賊?」

と、レオン王子が、更に、シンバに近付こうとして、護衛二人が、レオン王子を止める。

「お下がり下さい! あの子供は危険です! 直ぐに首を斬り落とします!」

「え? いいよ、だって、相手はまだ子供だよ」

「子供だろうが、なんだろうが、空賊は空賊! 例え、我等が王子に似ていようとも、あの者は殺すべき者! 見て下さい、あの瞳の色を! 悪魔の瞳だ!」

シンバは自分の瞳の色が、今、どんな風に変化しているのか、わからない。

だが、もし、ラブラドライトアイではなかったら、レオン王子が立っている場所に、自分が立っていたのかもしれない。

シンバはレオン王子を見つめる。

レオン王子はシンバの視線に気付き、助けてほしいのだろうと勘違いし、護衛達に、相手はまだ子供じゃないかと言って、必死で止めている。

シンバはおかしくもないのに笑った。無音で肩を動かし、笑った。

そして――

「子供だろうが、空賊? ハッ! まだ子供じゃないかって、そっちこそ、子供の癖に、既に王様気取りじゃねぇか」

「貴様! なんと無礼な!!!!」

「無礼? どっちがだ!」

何故、こんなに怒りが込み上げてくるのだろう。

シンバは自分の感情の不安定さがわからない。

何故、楽しくもないのに、笑うのだろう。

何故、苛立ってもないのに、怒るのだろう。

綺麗な服を来て、誰かに守られて、王子として、そこに立っていたかった訳じゃない。そんなもの全く微塵も望んでいない。

なのに、どうして、比べてしまうのだろうか。

幸せなんて計れない。

――あぁ、なんで、こんな時に・・・・・・

こんな時に限って、シンバの脳裏に浮かぶ、嫌なシャークの笑い声。

〝小猿、お前どこで拾われて来たんだ?〟

――そんなの知る必要はない。

〝お前の本当の親はガムパスに殺されたか?〟

――そうかもな。

〝小猿、確かにガムパスの言うように、お前は強い。その強さは、そう育てられたのか? 可哀想にな。ガムパスなどに拾われなければ、お前は今頃、両親に愛され、ヌクヌクと生きていたんだろうな?〟

――オイラは愛されたのか?

――愛ってなんだ?

――オイラは愛されなかったから、空賊なのか?

――この目のせいか?

〝それが今は空賊の端くれか? 教えてやろう、空賊がどんな者なのか! 大空を自由にし、大海原をも行く空賊の飛行船。この世で最も強さと自由の象徴の旗の下、集まった我等は、只の人殺しなんだよ。子供を殺す事も、女を犯し殺す事も、年寄りを嬲り殺す事も、恩人でさえ邪魔なら殺せる、何も思わない只の殺人鬼なんだよ。貴様はその仲間入りしたんだ。わかるか? その意味が!〟

――わかっている!!!!

――だからオイラはお前をぶっ殺すんだ!!!!

わかっているのに、何故、こんなに嫌な気分なのだろうか。

シンバは自分の目玉を抉り取りたい気分になる。

「剣を下ろせ」

突然、今迄、無言だったジェイド王がそう言うと、護衛二人は、顔を見合わせる。

「いいから、剣を下ろせ」

王の命令だ、仕方ないと剣を下ろす護衛。

ジェイド王は、シンバに近付いて行く。

一歩一歩、ゆっくりシンバに近付く。

シンバは警戒し、武器を構えるが、ジェイド王は怯む事なく近付く。

護衛二人が、王を止めるが、王は逆に護衛二人を静かにさせ、シンバに近付き、そして、低いシンバの背丈に合わせるように、しゃがむと、

「びしょ濡れじゃないか、これは涙か?」

と、シンバの頬に触れようとしたが、触れる前に、手を引き、その手をギュッと握り締めた。シンバは目から流れるものに、今、やっと気付いた。

涙を流していたなど、思いもよらず、焦るシンバ。そして、

「違う! これはさっき雨の中にいたからだ!」

そう叫ぶ。

「そうか。そうだな、服も濡れている」

ジェイド王は、シンバの涙を、雨だと言う事に頷いた。

「空賊と言ったな、なら聞こう、何故、飛行機乗りのエリアに空賊が攻め入った?」

黙るシンバに、

「王のお言葉だぞ! 返事をしろ!」

と、護衛の一人が吠える。

「・・・・・・シャークは、シャーク・アレキサンドライトは、世界の全てを手に入れようとしている。空だけじゃなく、大地にも手を出す気だ」

「――それは真実か?」

「別に信じてもらおうとは思わないが、シャークはオイラの・・・・・・オイラの出生の秘密を探って、この瞳を利用しようとしている」

「その秘密とは、もう明らかになったのか?」

「オイラは、シャークにまだ捕まってないし、オヤジは、きっと、拷問を受けても、何も喋らない。オイラも何も喋る気はない。でも、シャークは何かに勘付いているんだ。そして、大地に恐怖を与える気だ。大地も空も全て自分のものにしようとしているんだ」

「全てを賊のものに・・・・・・それが全ての空賊の意思なのか?」

「違う! サードニックスはアレキサンドライトと戦っている! 空をあんな奴等に渡さない! それにサードニックスは大地に手を出したりしない!」

「だが、サードニックスの連中もアレキサンドライトに寝返り、従ったんじゃないのか? サードニックスの船員がアレキサンドライトの旗の下にいると聞いたぞ」

「それは! それは・・・・・・でも、オイラは、今もサードニックスの旗の下にいる!」

「お前はサードニックスの空賊なんだな?」

「そうだ! オイラはサードニックスの空賊だ! オイラはサードニックス以外、どこにも行かない!」

「なら、お前のその瞳を利用しようとしていると言うのは、サードニックスも同じなのではないか?」

「違う! 違う違う違う! 何言ってんだよ、オイラの瞳がどんな瞳でも、オヤジは利用なんてしなかっただろ!」

「オヤジとは、サードニックスのガムパスの事か? 利用する時期を待っていただけじゃないのか?」

「違う! なんで信じてくれないんだ!」

「それはお前が空賊だからだ!」

そう叫んだのは護衛の二人。

「・・・・・・オイラが空賊だから? ああ、そうだよ、オイラは空賊だ! 空賊の何が悪い! オイラは空賊である事を誇りに思っている! 空が好きだから!」

と、怒りに任せるように叫ぶシンバに、

「そうか・・・・・・空で、いい男になるがいい」

ジェイド王は、そう言うと、優しく微笑んだ。

レオン王子も、護衛も、ジェイド王の微笑みがわからない。だが、シンバにはわかったのだろう。わかっていると言う風に、力強く頷いた。

「その瞳は空の上では福音だそうだ」

「え?」

「妹の婿の話しだが、ラブラドライトアイは、大地では悪魔の刻印だが、空の上では天使の刻印となるらしい。未来を見据える事のできる瞳。飛行気乗りの間では、風読みの瞳として称えられ、空賊の間では、強さの象徴として敬われるのだと聞いた。空に生きる者よ、お前は、空を愛するなら、この世で一番、幸せな印を持っている」

何故、悲しくもないのに、涙が出るのだろう。

「レオンを先に外へ」

王がそう言うので、護衛二人は敬礼をし、レオン王子を連れ、奥へと入って行った。恐らく厨房へ向かい、勝手口から出るのだろう。

「小さな空賊よ、私は空賊が嫌いだ。昔、空賊にもう一人の息子を引き渡した事がある。その子は地上では称えられない印を持って生まれて来てしまった。それに我が国では双子は悪い象徴でもあった。殺さなければならなかった。だが殺せないと考えた私は息子を空賊に渡したのだ」

――オイラの話をしているのか?

「その過去を私は一刻も早く忘れたい。なのに、この忌々しい記憶は、忘れたいのに絶対に忘れさせてはくれない。それでいい・・・・・・その為に、息子を空賊に渡したのだから。その罪を罰する為にな」

――オイラを忘れない為にって事か?

「空賊は目障りだ。それにアレキサンドライトの無謀な行動は、空賊そのものの失態と言うべきだ。空賊の中の空賊と言われ、無敵を誇り、その頂点で空賊共を統一していたサードニックスはもう過去の栄光か?」

「違う! サードニックスは永遠に不滅だ!」

「なら、空を治めてみよ、何の為に、我が息子を、サードニックスに渡したと思っている?」

「え?」

「お前は大地では、王として祝福されぬが、空では王に相応しい。そうだろう? ラブラドライトアイで風を読んでみろ、お前が見える未来は、アレキサンドライトの勝利か?」

「・・・・・・違う。アレキサンドライトになんか譲らない! シャークなんかに勝手はさせやしない!」

シンバの強い意志を感じ、王はコクリと頷いた。そして、

「我が軍を出動させよう。アレキサンドライトに大地を渡す気はない。そして空を譲る気もないと言うサードニックスに手を貸そう」

「本当か!? オイラの言う事を信じてくれたのか?」

「あぁ、だからもう傷付くな」

「え?」

「誰かと比べて傷つく必要はない。そこのキミもな」

ジェイド王は舞台の上のルイを見て、そう言った。

ルイはビックリして、兎に角、頭を深く下げた。

王はシンバを抱きしめる事も触れる事もしない。そんな事、許される筈はないと知っている。一度、手放した息子。二度と自分の手に触れる事はない。

だが、知ってほしい。

愛していた事を、今も、その愛は変わらぬ事を――。

同じ王の器を持って生きてほしいと願った事を――。

福音のある空へ、光ある方へ、これからも永遠に――。

ジェイド王は立ち上がると、別れも言わず、一度も振り返る事もなく、レオン王子を追うように出て行った。

シンバは、その王の背を見つめていた――。

ぼんやりと、いつまでも見つめていた。

「うっ・・・・・・ううっ・・・・・・ひっく!」

ふと、舞台の上、ルイの泣き声で、我に返る。

「どうした?」

「わたっ・・・・・・私・・・・・・空賊に・・・・・・あの子を・・・・・・差し出したの・・・・・・」

「え?」

「あの子を探してたみたいだったから・・・・・・あの子なら・・・・・・舞台裏に隠れてる筈って・・・・・・そう教えちゃったの・・・・・・」

「あの子って・・・・・・?」

「私・・・・・・あの子が隠れてるトコ・・・・・・空賊達に教えちゃった・・・・・・どうしよう・・・・・・だって・・・・・・空賊達・・・・・・あの子の居場所を教えたら・・・・・・私だけは殺さないって約束したから・・・・・・」

「そんな約束、アイツ等が守る訳ないだろう」

「ちょっと意地悪のつもりだったの・・・・・・悔しかったから・・・・・・あの子がいなくなればいいって思って・・・・・・でも直ぐに後悔して・・・・・・取り返しがつかない事したって・・・・・・どうしよう・・・・・・」

「なぁ、あの子って、もしかして?」

「ラティアラ・ラピスラズリ」

――ララがアレキサンドライトに捕まった!?

「だって、あの子、ずるい。おじいちゃんが伝説の飛行機乗りだからって、人気あるし・・・・・・初めてなのに、舞台だって成功しちゃうし・・・・・・でも、でも、でも、だからって、私・・・・・・私・・・・・・なんて事しちゃったんだろう・・・・・・」

「わかった、もう泣くな! 王も言ってたろ、誰かと比べて傷付く必要はないって! だから泣くな!」

「でも!」

「オイラが助けに行く! だから大丈夫だ!」

走り出すシンバに、

「どこへ行くの!? アナタも殺されちゃうよ!」

ルイは叫んだ。

だが、シンバは、もう止まる事なく、走った。

厨房を抜け、勝手口を開け、外へ飛び出す。

降りしきる雨――。

シンバはゴーグルを目にあて、そこらで暴れている空賊達に隠れるように、建物の影に隠れながら移動する。

目指すは空港!

飛行機を手に入れ、アレキサンドライトの船に乗り込む!

雨のせいで、視界が狭くなるのは、アレキサンドライトの空賊達も同じ。

小さなシンバなど、目にも入らない様子。

しかも隠れて移動してるから、余計、見つからないのだろう、シンバは裏通りに出て、誰もいない細道を駆け抜ける。

バシャバシャと水溜りの中を走り、真っ直ぐに目的地に向かう。

自分に何度も言い聞かす。

――これは恵みの雨!

――大丈夫! オイラはひとりじゃない!

――大丈夫! きっと助け出せる!

――大丈夫! きっとうまくいく!

いつだって不安で怖くて泣きたくなる事ばかりだった。

それが当然で、当たり前で、いつしか、そんな感情がなくなった。

笑う事も泣く事も、無駄な感情だと思った。

誰よりも強くなる事、それはどんな相手だろうと殺せる事だと思っていた。

だから誰を目の前で殺されても、平気でいられると思った。

孤独が強さなんだと信じていた。

今は――・・・・・・

今は違う!

そうなりたくない!

息を乱し、シンバは、混雑している空港を人々にもみくちゃにされながらも、進む。

通らなければいけないセキュリティーも無視して、シンバは駆け抜ける。

たくさんの飛行機の中、鍵が開いているのを探す。

「頼む! 頼むよ、オイラを乗せてくれ!」

飛行機に願うように、シンバはひとつひとつ、飛行機を調べて回る。

だが、どれもこれもキッチリ鍵がかけられている。

シンバは下唇を噛み締め、

「ごめん」

そう呟くと、マインゴーシュで、飛行機のドアを抉じ開けようとする。

降り続ける雨の中、びしょ濡れになりながら、シンバは飛行機のドアの隙間にガスガスとマインゴーシュを突っ込む。

傷ついていく飛行機に、再び、

「ごめん」

そう呟きながら、シンバはドアを抉じ開ける。

ドアが開き、乗り込もうとした瞬間、シンバは躊躇った。

この飛行機の声が聞こえるのだ。

シンバの心にリンクするように、繋がる。

――脅えている。

――オイラを拒否している。

――拒んでいる。

――コイツじゃ、駄目だ・・・・・・

だが、シンバは駄目とわかっていても、乗り込んだ。

「頼むよ、脅えないでくれ、オイラのチカラになってほしいんだ」

だが、聞いてはくれない。

聞いてくれないが、シンバはエンジンを入れる。

シンバの髪から滴がポタポタと落ちる。

重く濡れた服も、余計に雰囲気を暗くする。

「落ちついて。これは飛行トレーニングだ。大丈夫、大丈夫だから」

飛行機に、そう伝えるが、それは自分にも、言い聞かせている。

シンバの声は震えている。

雨で濡れたせいで体温が下がっているせいか、それとも恐怖か――。

――これは恵みの雨だ。

――そうだよな? そうなんだよな? リーファス!

エンジンスタートから、飛行機が飛び立つまで、凄く長い時間に感じた。

飛行機と言うのは、とても軽い。

この飛行機は4人乗りだが、0.8t程度しかない。

だから風が強敵になる。

しかもこの雨。

最悪の状況。

「クソッ! どこへ行くんだよ! 違う! 頼む、曲がってくれよ!」

飛行機が言う事を聞いてくれない。

シンバの操縦が悪いせいもあるが、何より、この飛行機と波長が合っていない。

風に押されるまま、どんどん流されるシンバ。

「おい! 戻れ! 戻れよ!」

しかも加速している。

その事に気付いていないシンバ。

目の前が雨と風で、景色がよくわからないせいもあり、挙げ句、操縦にいっぱいいっぱいで、速度が上がっている事に気付いていない。

気がつけば、雨から抜け出し、晴れ渡る空が広がる。

「嘘だろ!? どこまで飛んできた!?」

慌てて、小さな体を前のめりにした瞬間、抉じ開けたドアが開いた!

「うわぁ!!!!?」

操縦レバーを掴んだが最後、飛行機が斜めになり、シンバは開いたドアから落ちそう。

レバーは横になるから、飛行機は曲がろうと、クルクル回転し、そのまま墜落体勢。

「待て! 待て待て待て! 頑張ってくれ!」

そんな事を言うなら、シッカリと操縦するべきだ。

飛行機はシンバの心とリンクした瞬間から、無理だと伝えている。

無理を承知で引っ張り出して来て、幾ら慌てていたからと言っても、安全ベルトもしない、ドアをシッカリと閉めない、加速にも気付かない、そんなシンバに、こうなる事は誰もが予測できる。

クルクル回転する飛行機に目を回してる暇はない。

シンバは必死で足をかける場所を探し、それこそ必死で操縦レバーを持ち直し、下降していた飛行機を上昇させる。

「頼む! 上がれ!!!!」

幸運なのは下降した場所に衝突するようなものが何もなかった事。

ギリギリで浮上する飛行機。

シンバはドアを閉め、レバーを再び握り直し、

「よく頑張ったな、偉いぞ、よくレバーが取れなかった」

と、囁く。

だが、この飛行機では無理だと、シンバはエクントへ戻るのを止め、フォータルタウンへと向かう。

方向確認の必要はない。

真っ直ぐの方角、その真下にフォータルタウンの町が見えた。

まだこっちの空は晴れている。

とりあえず、町付近にある草原を着陸場所に決め、シンバは風のタイミングを見計らう。

飛行機は滑るように、草原へと降り立った。

すると、シンバは、まるでビックリ箱から飛び出すように、飛行機から飛び出し、町へと急ぎ、そして、オグルの飛行機が並ぶ駐機場へと向かった。

今はリーファスの飛行機。

リーファスの許可なしで、勝手に駐機場へ入る事はできない。

鍵はリーファスが持っている。

だが、飛行機のややこしい鍵と違い、この程度の鍵なら、針金一本もあれば、開けられる知恵を持っている。

そして、そういう意味のないガラクタとも言えるものは、シンバのポケットに入っている。

ポツポツと小雨が降り出す。

晴れ渡った空が消える。

シンバの手が震えている。

セルトと戦った事、そして、追われている事、ジェイド王に伝えるべき事は伝えた事、ララが捕まっているかもしれない事、飛行機を操縦して来た事、そして、飛行機から落ちそうになった事、今、アレキサンドライトの船へ乗り込もうとしている事、その全てがシンバの体を震わせている。

「あぁ! くそっ! シッカリしろ!」

鍵穴に針金を突っ込み、震える手では鍵がなかなか開かないと苛立つ。

考えたくない事がある。

リーファスが死んでいたら――・・・・・・

その考えが、考えたくない事なのに、何度も頭を過ぎる。

「くそっ! くそっ! くそっ! シッカリしろ! オイラはサードニックスだろう! 最強の旗の下、オイラは存在してるんだ! オイラは強い! オヤジもそう言っていた!」

――そうだ、オイラは強い!

――空でオイラの名を響かすんだ!

――こんなとこで足踏みしてる場合じゃないんだ!

ガチャンと重い鍵が開く音が鳴り、シンバはヤッタ!と小さく声を上げ、扉を開く。

ズラッと並ぶ色とりどりの美しい飛行機達が、シンバを見る。

シンバも、飛行機達を見て、ゴクリと唾を飲み込む。

――ヤバイ、オイラを警戒してやがる?

――何しに来たんだって、怒ってる?

――くそっ!

「オイラと一緒にアレキサンドライトと戦ってくれる奴いないか?」

――誰か、返事を返してくれ!

シンバは倉庫の中へ足を踏み入れる。

決して歓迎されていない場所へ入る事は、とても勇気がいる。

シンバが最初にこの倉庫へ入った時に目に留まった青い飛行機。

シンバはその飛行機の前に立ち止まり、

「駄目だ、お前じゃ、弱すぎる。もっと強い奴がいい」

そう言うと、別の飛行機の所へ歩いては、駄目だと首を振る。

「聞いてくれ! オグル・ラピスラズリの飛行機達! オグルって人は伝説の飛行機乗りだと聞いた。だとしたら、ここにある飛行機達は・・・・・・お前達は伝説の飛行機って訳だ! きっと、メチャクチャ強い奴もいるだろう? 答えてくれ、アレキサンドライトの船に突っ込んでも無傷のボディでいられる奴はいないのか? 突撃しても堪えられる奴がいいんだ。操縦するオイラの事も無傷で運べる奴はいないのか? どんな衝撃にも耐え抜ける奴! だけど、メチャクチャ速い奴! 頼む、答えてくれよ、ララが捕まってんだよ!!!!」

ララの名前を聞き、飛行機達がざわめき出した。

シンバにはわかる、このざわめき。

そして、ざわめきの中から、シンバを呼ぶ声――。

「・・・・・・聴こえる。どこだ? どこにいるんだ?」

シンバは彷徨うように、歩き出す。

そして、階段を下りて、更に地下の階段を見つけ、下りていく。

そこで一機の飛行機に出会う。

グリーンの迷彩色のボディに2人乗りのようだが、それにしても馬鹿デカイ、がたいのいい飛行機。

一体、どんなエンジンを積んでいるのだろうか。

だが、逆に言えば、どんなエンジンを積んでいる奴だろうと、誰も追いつけないと感じる。なのに、とても滑らかで優しさも持ち合わせている。

「・・・・・・お前がオイラを呼んだのか?」

キラキラ光るメタル調のグリーンが、それはもう、素晴らしい程に美しく、だが、美しい曲線さえも、物凄く恐ろしい程の強さを主張している。

「お前がモンスターか? 伝説の飛行機乗りの愛用機モンスターなのか?」

そう、この飛行機こそが、オグル・ラピスラズリが愛したMONSTER――。

ララの危機を知り、眠っていたモンスターは目覚めた。

そして、モンスターの逆鱗に触れたのだ、シンバにビリビリと感じる怒り。

だが、シンバは恐れない。

モンスターに手を伸ばし、その美しいボディにソッと触れる。

そして、フッと笑みを零し、

「わかってるよ。空賊のオイラに味方する訳じゃない、ララを助ける為だろ」

そう囁く。そして――

「わかってる。認められたなんて、自惚れないよ」

「わかってる。お前が力を貸してくれるなら、必ず助けるって約束する」

「わかってる。モンスターが空を飛ぶんだ。世界は変わる。いや、時代を変える事になる」

「あぁ、いいよ、わかってる。命懸けて飛ぶよ、お前が共に飛んでくれるなら、死ぬ時は一緒だ」

それは対話の中で交わす契約。

まるで本物のモンスターを目の前に、シンバは自分の魂を売るようだ。

自分の命を賭けてもいい程の魅力がモンスターにはあるのだ。

そして、自分の命をくれてやっても、助け出したいと思う命がある。

その為には、やるしかないんだ。

モンスターを操縦できる事なんて、無理だとわかっていても、やるしかない!

今、シンバはモンスターに乗り込んだ――!


その頃、アレキサンドライトの船の上、シャークは悪い顔を更に悪そうな顔にし、高らかに笑っていた。

「偉そうな飛行気乗り共め、空賊の強さを思い知っただろう、 お前等など、あの忌々しいリーファス・サファイアがいなければ、雑魚も同然だ。はぁーっはっはっはっはっは!」

「キャプテン・シャーク!」

「なんだ? セルトを見つけたか?」

「いえ! ジェイド王が来ていたという情報を得たんですが!」

「なにぃ!? ジェイド王? 何故こんな所に?」

「それが今日は風祭という祭りだったそうで。飛行機の速さを競う為の、その祭りを見に来ていたとか」

「祭りだと・・・・・・? フン! 飛行気乗り共め、クソ生意気な!」

シャークは鼻の上に皺を寄せ、唾を吐き捨てた。

「探せ。まだそこ等にいるだろう。ジェイド王が来ていたと知っていたら、あの小猿の話を持ちかけられたのにな。おい! セルトは一体どこへ行ったんだ!? 突然、船から飛び降りたきり、まだ戻って来ないのか!?」

と、大声で吠えると、傍にあった、酒樽を左手の鉤腕で叩き壊した。

そしてツカツカと船の先端に行き、降りしきる雨の中、エクントを見下ろし、見渡す。

「この町も全て俺様のものだ。飛行気乗りなど、この世に存在させるものか! 空はアレキサンドライトの名だけが残る! そして大地にも俺様の名を広げ、永遠にこの星に刻みつける!」

素晴らしい未来計画だと、ニヤリと笑い、雨の中、仁王立ち。

「アンタなんか! リーフおじさんに直ぐにやっつけられちゃうんだから!」

柱にくくりつけらえているララが叫んだ。

シャークはゆっくり振り向き、ララを見る。ララはビクッとして、下を向く。

「言葉に気をつけろ、万が一、そのお前のヒーローのおじさんが生きていた時の為の人質だ。だから生かしてやってるが、本当ならば、ガキ一匹どうでもいい命だ。いつ殺しても、こちらとしては問題ない。血の気の多い奴等の所へ来たんだ、口は慎んだ方が身の為だ」

その時、ドシーンドシーンと大きな足音が、船を微かに揺らし、近付いて来た。

何事だと、シャークが見ると、

「ガムパス・・・・・・? 貴様、どうやって抜け出したんだ?」

ガムパスが、大きな体をゆっくりと動かしながら、やって来たのだ。

体中の管を引き抜き、呼吸器も付けていない。

だが、しっかりと一歩一歩踏みしめて、シャークの元へ歩く。

目だって見えてないだろう、だが、ガムパスは、シャークの前に立ちはだかった。

「おい、シャーク、お前はガキ一人、見逃せねぇ小せぇ野郎なのか?」

「なに?」

「しかも女じゃねぇか」

「ハッ! いよいよ気も触れたか? 俺様が何に見えてるんだ? どこからどう見ても空賊だろう。空賊は、女子供、関係なく甚振るもんだろうが」

「シャーク・・・・・・お前はどこまでも腐ってやがるな」

「褒め言葉をどうも。そんな事を言いに、病人が、部屋を出てきたのか? 雨の中、年寄りにはキツイだろう、サッサと部屋に戻れ。邪魔だ」

「シャーク、ここは空の大陸、エクントだろう! 飛行気乗りのエリアだ。勝手に空賊が入り、暴れる事は、この儂が許さん!」

「へぇー! そりゃすげぇな。いいか、ガムパス! 空賊には、ルールなんてもんはねぇんだよ! いちいち何かに従うくれぇなら、どっかの国で騎士でもやってろ! だからテメェは船員も失い、過去の栄光にしがみ付く老いぼれだって言われんだ!」

「過去の栄光か。確かに儂の人生、栄光と呼ばれた事もあったな。だが、シャーク、お前は未だ嘗て、栄光と呼ばれた時が一度でもあったのか?」

「なに!?」

「フン! 聞こえなかったのか? どうやら儂より老いぼれているらしい」

「この老害が! そんなに早死にしてぇか!? テメェを生かしておけば、あの小猿が言う事を聞くかと思って、生かしてやってるものを!!!!」

「所詮、お前はそうやって、誰かを利用し、誰かの人生を奪う事しかできねぇ野郎だな、シャーク! お前の為に動いてくれる奴はいないのか? ええ?」

「ガムパス、テメェがそれを言えるのか? テメェの旗の下に集まった連中はサードニックスの名がほしかっただけだろうが! お前の為に集まり動いてくれた連中じゃねぇ。その証拠に、皆、サードニックスの旗を捨て、俺様の旗の下に集まる事も容易かった」

「あぁ、そうだな、お互い空賊、同じ穴のムジナだ。だが、儂はお前とは違う」

「何が違う?」

「儂は、お前のようなクズではない」

「あぁ!?」

「いいか、シャーク、儂はなぁ、悪党でも、悪党なりに、常にカッコよく生きて来たつもりだ。カッコイイとは、こう言う事だと、その信念だけは貫いて来た」

「フッ! ふぁーっはっはっはっはっはっは!!!!」

馬鹿笑いするシャーク。

「面白ぇな、ガムパス! 面白すぎて、腹がいてぇ。何がカッコイイだ? お前、そんなデカイ体を這いずるように生きて、もうボロボロの病気持ちの癖に、それでカッコイイだと? それにな、お前の持論はダセェ。今時、只の綺麗事に誰が頷く? 闇を恐れず光を手に入れろとでも言い出すか? ダセェなぁ、おい! いいか、世は空賊時代だ! それを築いたのは、最初に空に出たテメェだろう!」 

「空を汚す空賊など、空賊じゃねぇ。だから儂は儂の持論を貶す奴は許さねぇ。儂の旗の下にいねぇ空賊は、空を愛さねぇ、くだらねぇクズ連中だ。儂が築きたかった時代はこんな時代じゃねぇ」

「テメェの旗の下には、もう誰もいねぇんだよ! ガムパス、テメェはもう用無しなんだ、この時代に、テメェは必要ない! もうゴチャゴチャと邪魔だ、あっちで黙って大人しくしてられねぇなら、今すぐ死ぬか?」

「あぁ、シャーク、儂が死ぬ時は空賊時代が終わる時だ。わかるか? 足りねぇ頭で理解できるか? 儂が死ぬ、その時はテメェも一緒だ、シャーク!」

「老いぼれ、その体で俺様を道連れに出来るとでも? いいだろう、ガムパス、貴様の最後の戦い、俺様が相手をしてやる。有り難く感謝しろ!」

シャークはグレートソードを抜いた。

ガムパスに武器はない。

空賊ならば、肌身離さず、常に持っていなければいけない武器。

だが、アレキサンドライトに捕らわれた時、既に身につけていた武器を奪われた。

それでもガムパスは恐れない。

大きな体で、呼吸さえ乱さず、ハッキリと一言一言を喋り、降りしきる雨の中さえ、ドーンと立ち構えている。

ガムパスの体は、そんな事に、もう耐えられない筈だ。

若い頃から無茶をして来た体。空に出てからは、更にボロボロになるばかりで、呼吸さえもうまくできなくなり、今では、このザマ。

それでも酒はやめられない日々。

病は悪化する一方。

死は怖くないから、好きに生きると、その心構えは若い頃から、何も変わっていない。

「卑怯者! 相手にも武器を渡すべきでしょ!」

ララが叫んだ。

「卑怯? なんなんだ、テメェ等は。空賊とはそういう者だって、何故、わからねぇんだ? 俺様は聖人じゃねぇ、空賊だって何度言えばわかる? なぁ? ガムパス? テメェもそう思うだろう?」

「あぁ、そうだな、武器なんぞ、儂はいらんよ」

「だとよ、相手は了承済みだ」

と、嫌な笑いを見せるシャーク。

なんて嫌な男なのだろうかと、ララは思う。

力を持っていながら、自分より弱い者に使う。

どんなにガムパスが強いとしても、今のガムパスの強さは精神的なものであって、肉体的には大きいだけで、何の力もないだろう。

若い頃はどんなに強かったとしても、人は老いる。

強さも一緒に老いる。

ララは悔しくなる。

何故、シャークのような嫌な男が力を振り回し、強さを見せびらかし、空にいるのだろうかと、悔しくてならない。

確かにシャークの左半身は、今の強さに辿り着く迄の勲章かもしれない。

痛々しい姿になりながらも、鉤腕と鉤足で頂点に辿り着こうとしている立派とも言える強さは、誰にでもあるようなものじゃない。

だが、その強さの使い方に、ララは納得いかない。

今、シャークが剣を振り上げ、ガムパスに走り寄る。

「やめてぇぇぇぇ!!!!」

泣き叫ぶララ。

雨の中、ガムパスの血が噴射する。

真っ赤に広がる赤い血。

シャークの大笑いする声が、低く、重い雨雲に届く。

船員である者達は、キャプテン・シャークが楽しそうに笑うのを見て、仕方なく笑う者もいれば、笑えずに俯く者もいる。

「可哀想な人ね」

ララはポツリと呟く。

「アナタは、きっと、幼い頃、とても弱くて、力のある人達に、イジメられるように扱われていたのよ」

「なんだと!?」

「ねぇ、誰も助けてくれなかったの? 弱い者へチカラを振り翳す事が、カッコイイと思ってるの? 人を大勢集めて、たった一人を甚振るのは強さなの? アナタがしようとしている事は空じゃなくてもできる! どこだってできる! そんなの世界に広めなくても、至る所で常に行われている事! 空賊じゃなくても、どこにだって、そういう嫌な人間は存在する! そんな奴、全然カッコよくないから、アンタが、世界を手にしても、誰もアンタなんかの名前、覚えない!」

「・・・・・・殺されたいようだな」

シャークがララに近付いて行く。

ララは脅える事なく、キッとシャークを睨みつける。

シャークは、

「惜しいな、もう少し大人だったら俺様の女にしてやったのに。いい度胸した女だ」

と、いやらしい笑みを浮かべた、その瞬間、ガムパスがシャークの足を掴んだ!

「なッ!? なにッ!? まだ生きてんのか、この死に損ないが!」

「言っただろう、儂が死ぬ時は、シャーク、テメェも一緒だ」

「ほざけ!」

シャークはガムパスの横たわる巨体を左足の鉤足でガスガスと蹴り付ける。

「やめなさいよ! やめてよ! やめてったら!」

ララが縄を解こうとしながら、叫ぶ。

どうにもこうにも縄が解けずに、ララはもう叫ぶしか術がない。

ガムパスの年老いた体、そして、諦めない精神と強さに、ララは自分の祖父を思い出している。

血を吐くガムパスに、ララは悲鳴を上げ、

「おじいちゃーーーーん!!!! 助けてよぉーーーー!!!!」

と、空に向かって泣き叫んだ。

その願いが空に届いたのか、神が祈りを受け入れたのか、ララの祖父オグル・ラピスラズリの愛用機が、こっちへ向かって飛んでくる!

「おじいちゃん・・・・・・?」

エクントにいる飛行気乗り、誰もが、オグル・ラピスラズリの登場だと疑いもしなかった。

空賊達にエリアを乗っ取られ、もう逃げるしかないと考えていた飛行気乗り達に、再び活気を与え、勝機を感じさせるMONSTER。

勝てる!

アレキサンドライトを追い払える!

伝説の飛行機乗りオグル・ラピスラズリが地獄から蘇った!

降りしきる雨が止み、空に光が差し込む。

ゴゴゴゴゴゴゴ――

空で鳴る雷のような大きな音を立てるエンジン音に、皆、モンスターを見上げる。

空賊達でさえ、モンスターを飛行機ではなく、化け物だと脅え出す者もいる。

「オグル・・・・・・? オグルなのか・・・・・・? オグルが来たのか・・・・・・?」

ガムパスも横たわりながら、もう見えない目を見開き、モンスターの存在を感じている。

シャークはこの空気の流れがわからず、眉間に皺を寄せ、何者だ?と目を細め、モンスターが来るのを見上げる。

それは物凄いスピードで、コチラへ向かって来ている。

降りしきる雨さえも、追い払い、誰もが恐れる、ソイツはMONSTER!


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