4.憧れと理想を捨てて
フォータルタウンは、かなり荒らされたが、死者が出た訳ではない。確かに剣で斬られたり、刺されたり、銃で撃たれた者も多くいるが、重傷とは言え、今の所、皆、生きてはいる。
もっと死者が何人も出るような大きな被害になる前に、リーファスが片付けたと言った所だろうか。
「最初からシャーク脅して母船に行くつもりだったんなら、オイラに飛行機なんて操縦させるな!」
シンバは、飛行機の鍵をリーファスに投げつけた。
リーファスは鍵を片手でキャッチ!
「そう言うな、あのシャーク相手に、銃で脅してどうにかなるとは思わなかったんだ。それよりどうだった? 乗り心地は? 最高だっただろう?」
「覚えちゃいねぇよ、緊張しすぎて」
「はーっはっはっはっは! 上出来だよ」
――馬鹿笑いしやがって!
――何が上出来だ!
――こっちは必死だったんだぞ。
「でもなんでカインまで一緒だったんだ?」
――なんでだと!?
――あんな山林で、オイラ一人、どうやって飛行機を動かせたと思うんだ!
「リーフおじさん! 僕の名前、知ってるんですね!」
「うん? あぁ、ララの友達だしな。それにフォータルタウンの孤児院にいる子供の名前は全員覚えている。オレもあそこの孤児院で育ったからな。昔は、教会と一緒だったんだ、あの孤児院。でも、ミリアム様が壊れた日から、神という存在が、なくなりつつあってな、無神論者も多くなって来て、子供達に偏った宗教感は良くないとかで、教会と孤児院がバラバラになったんだ」
カインにとって、リーファスは本当に憧れなのだろう、どうでもいい話しでさえ、目を輝かせて、大興奮で鼻を膨らませている。
本当に嬉しそうなカイン。
「あの、僕はリーフおじさんのような飛行機乗りになるのが夢なんです!」
「オレみたいな?」
「はい! 是非、僕を弟子にして下さい!」
「弟子!? いや、それはどうかな」
困った様子のリーファスに、
「いいじゃない、カインに色々と教えてあげてよ。カイン、本当に飛行機乗りになりたがってるんだから」
と、ララが言う。
「そりゃぁ、飛行機乗りになりたいって言う子供がいるのは嬉しいが、今直ぐどうこうって言うのはな、ちょっと無理だろう。カインがもう少し大人になって、それで、その時もまだ飛行機乗りになりたいってなら、それからでもいいと思うぞ? なんていうか、空に出ると言う事は、必ず空賊と揉める。危険だろう? そういうのも、ちゃんと理解できる年齢になってからだな。今のカインが、賊と戦ったりするのは無理だろうし」
そう言ったリーファスに、カインはチラッとシンバを見て、
「賊相手に、僕だって戦えます!」
と、鼻息荒くして答えた。
「なにオイラ見て答えてんだよ? 言っておくが、オイラは強ぇぞ!」
「キミくらいなら、なんとか、かんとか、倒せそうだ!」
「なに身長見て言ってんだよ!」
「僕の方が高い」
「関係ねぇだろ!!!! なんなら今ここでやってやんぞ!」
「フン! 飛行機乗りは低脳な空賊と違って、野蛮な暴力は振るわないんだ。だから無闇に戦ったりしない」
「お前の言葉は充分、暴力だ、コノヤロウ!!!!」
シンバとカインのやりとりを見ながら、リーファスはフーンと頷く。
シンバには、いいライバルが必要かもしれない。
勿論、飛行気乗りとしての、ライバルが――。
そして、いい友が必要だ。
「シンバ、カイン、エクントへ連れて行ってやろう」
エクント。
そこは、空の大陸と言われていて、実際に大陸が空に浮いている。その大陸にある町がエクントだ。
空賊のテリトリーではなく、飛行気乗りのテリトリーであり、そこには世界中の飛行気乗りが集まる。
そして、オグルが新記録を出した日を称え、毎年、その日に、風祭と言って、それぞれ自慢の飛行機でスピードを競う祭りが行われる。
「そうか、どうしてリーフおじさんが突然、来たのかなって思ってたんだけど、風祭の時期だったのね。だから私を迎えに来たんでしょ?」
ララがそう言うと、リーファスはコクリと頷き、
「だが、お前の家が焼かれ、風祭どころではないだろうと思ったんだが、今年もやっぱりララを風祭に連れて行くよ。オグルもそうしてほしいだろう」
そう言った。
「やったぁ! 楽しみ! 一年ぶりにリンシーおばさんにも会えるのね!」
「リンシーおばさんって誰?」
喜ぶララに、尋ねるのはカイン。
「エクントのホテルの舞台で歌ってる、有名なステージシンガー。歌姫って言われてるのよ、すっごくすーっごく、とーっても綺麗な歌声でね、すっごくすーっごくとーっても美人で、リーフおじさんの好きな人!」
「そうなの!? うわぁ、僕も会ってみたいな!」
喜ぶ二人を置いて、その場を去るシンバを追いかけるリーファス。
「おい! おい、シンバ!」
「気安く呼ぶな! オイラは祭りなんか興味ねぇ! しかも、飛行機乗りの祭りなんて行く訳ねぇだろ! オイラはなぁ、サードニックスなんだ! 今、オヤジがシャークに捕らわれてるってのに、遊んでられるか!」
「チャンスが来る迄、ぼんやりしててもしょうがないだろ。確かに飛行機乗りの祭りだが、今後、お前が飛行気乗りになる為にも、飛行機ってものを知るいい機会だ」
「ふざけんな! オイラは飛行気乗りにはならねぇ!!!!」
「そんなに空賊がいいか?」
「当たり前だ!」
「お前の憧れと理想が空賊の世界にあるのか?」
「・・・・・・憧れと理想?」
「お前も、カイン同様、まだ子供じゃないか、もっと世界を見てみろよ、お前が憧れ、理想に想うものが、他にあるかもしれないだろう? 今直ぐ、コレって決める必要ないだろう」
「それが飛行気乗りだって言うのか?」
「まぁ、空賊よりはいいんじゃないか?」
「そんなに空賊は悪ぃのかよ!」
「良くはないだろうな。お前、シャークの船の中で、ガムパスに会ったか? ガムパスがいる部屋は見つけたんだろう? 何か話したのか?」
「・・・・・・」
「ガムパスはお前に何て言ってた?」
「・・・・・・」
「シンバ?」
「いいだろ、なんだって! オッサンには関係ねぇよ!」
「オッサン言うなって言ったろ!」
「なんでオイラだけダメなんだよ、アイツ等はいいのかよ!」
と、少し離れた場所で、喜んではしゃいでいるララとカインを指差すシンバ。
「あぁ、リーフおじさんと呼ぶからか? アイツ等はいいさ」
「なんでだよ! オイラが空賊だからか!」
「何卑屈になってんだ、そうじゃない。お前はオレと対等だからだ」
「・・・・・・対等?」
「あぁ、だから、お前をガキ扱いしないと決めた。お前も、オレをオッサン扱いして、オッサンと呼ぶのはやめろ」
「・・・・・・」
「わかったか?」
「知らねぇよ! 呼び方なんてどうでもいいだろ!」
シンバはそう言うと、その場を去ろうとする。
そんなシンバの背に、
「教会にいるからなー?」
と、叫ぶリーファス。
シンバはガムパスの台詞を思い出す。
〝シンバ、お前は空から下り、地上へ行き、自らジェイド王に会え――〟
「・・・・・・ジェイド王に会って、なんて言えばいいんだよ」
溜息混じりに、ぼやく。
――オイラはここの王子だって言うのか?
――そんでもって、シャークがオイラを利用しようとしてるって?
――それで、何とかしてくれって?
――何とかしないと、ジェイドエリアをシャークは乗っ取るつもりだって?
――ジェイドエリアだけじゃなく、全ての大地を手に入れるつもりだって?
――誰がそんな事を信じるんだよ。
――大体、本当にラブラドライトアイって、いろんな書物に出てくるのか?
――悪い象徴として?
――なら、なんで、オイラを殺さずに、ガムパスは空へ連れて行ったんだろう?
――疫病神のオイラをどうして?
――そういえば、リーファスもオイラを見た時・・・・・・
――ラブラドライトアイだと言っていたな。
「シーンバ?」
振り向くと、ララが笑顔で立っている。
「シンバ、また助けてくれてありがとうね」
「助けた?」
「ほら、空賊に捕まったのを助けに来てくれたんでしょ?」
「・・・・・・お前を助けたのはカインだろ」
「でもシンバも助けに来てくれたんでしょ? それに、ほら、あの黒い髪の男の人」
「セルトの事か?」
「その人が私に向かって来ようとした時、シンバ、武器を抜いて戦ってくれたでしょ?」
「・・・・・・」
「本当はあの人と戦いたくなかったんじゃない? でも戦ってくれた」
「オイラは戦いたくて戦った訳じゃない。お前を無傷で助けるって約束したから、しょうがなくだ」
「約束って、リーフおじさんと?」
「あぁ」
「そっか。でも、なんだか、おかしいね」
そう言って、クスクス笑うララ。
何がおかしいのか、シンバには、全くわからない。
「私達、助けたり、助けられたりしてる。最初、シンバが草原で倒れてるの見た時、助けるのやめようと思ったんだ。なんか、面倒そうだし、変な事に巻き込まれそうって思ったの。予想通り、家は燃えちゃうし、空賊に捕まる事になったけど」
「・・・・・・」
「ちょっと楽しかった」
「楽しかった?」
「うん。ハラハラもドキドキも一杯して、楽しかったよ。でもこれ以上の冒険は嫌かも」
と、クスクス笑うララ。
「度胸の据わった女だな、空賊に捕まって、家もなくして、楽しいなんてさ」
「そりゃそうよ、私はオグル・ラピスラズリの孫娘なんだから」
「・・・・・・伝説の飛行機乗りか。お前も空賊より飛行気乗りの方がいいと思うのか?」
「前はそう思ってた」
「前?」
「シンバに会う前は、そう思ってた。でもシンバに会って、空賊も悪い人ばかりじゃないって知ったから。だから、今は空賊もいいと思う」
「・・・・・・」
ララは何も言わないシンバの手を握った。
ララの温もりに、シンバはドキッとする。
「行こう? シンバも一緒に」
思わず、どこへ?と聞いてしまいそうな程、ララが手を引いて、どこかへ連れて行ってくれそうな錯覚に陥る。
まるで閉じていた窓を開けたら、光が入り、そこから広く澄み切った空が見える、そんな感じ。
だけど、その手を、シンバは自分から振り解いた。
光へと両手を伸ばす程、今のシンバは、まだ何も答えを見つけてなくて、窓は閉じたままだ――。
「じゃあ、先に教会へ行ってるからね?」
教会へ一緒に行こうと言う意味だったのかと、シンバは、まだ残っているララの手の温もりを握り締める。
あんな風に、手を握られたのは初めてだ。
どうして人は嫌いだったものを好きになる時があるのだろうか。
今は空賊もいいと、ララは言ったけど――。
なら、その逆もあるだろう。
好きだったものを嫌いになる時――。
シンバは瞳をギュッと閉じる。
不幸を象徴するラブラドライトアイの意味を知り、ソレを持っているシンバを、ララはどう思うだろうか。
あんなに笑って、優しくしてくれて、いつも楽しませてくれたのに・・・・・・
〝笑えよ、シンバ――〟
そう言ってくれたセルトは、酷く冷たい目をしていた――。
何に悩んでいるのか、何を迷っているのか、自分がわからないから、兎に角、苛立ってしょうがない。早く、全てを元に戻したい、それだけなのに――。
今は、リーファスの言う通り、チャンスを待つしかできないから、苛立つんだ。
シンバは深く溜息を吐き、教会へと向かった。
今夜は教会に泊まり、カインは孤児院へと戻った。
次の日、カインは孤児院からの外出許可をもらい、シンバもララもリーファスについて、エクントへ向けて出発する準備をする。
エクントはジェイドエリア。
ジェイドへ行けと言うガムパスの言葉が何度も頭を過ぎる。だが、行った所で、何をどうすればいいのか、全くわからないシンバは、溜め息ばかり。
「そんなに風祭に行くのが嫌なのか?」
そう言ったリーファスに、それも憂鬱だと、シンバは、溜め息。
「なら、サードニックスの空賊であるシンバに、エクントへ行く理由を1つ教えてやろう」
リーファスがそう言うので、シンバは、くだらねぇ事を言う気だなと、睨む。
なになに?と、ララとカインは、教えて教えてと、興味津々。
「エクントがある空の大陸は、今から、数十年前、お前達が生まれる前だな、突然、空から落ちて来るように現れた。ジェイド城の真上、そして、ジェイドエリアの上空、地上では、嵐のような強風で、崩れた建物もあった。それどころか、上空から、巨大な岩も落ちてきたりして、ジェイドは人口が多い大国だから、そりゃもう何人もの死亡者が出たくらいだ」
リーファスの話を、ララとカインは、真剣に聞いているが、シンバは、それ別に空賊関係ねぇだろと、そんな災害で死んだ奴の事を、まさか空賊のせいにするんじゃねぇだろうなぁと、リーファスを睨み付けたままだ。
「その大陸へ最初に着陸したのは、サードニックス、ガムパスの船だった」
そのセリフに、シンバの目が、見開いた。
「それから、ジェイド国の騎士達。そして、革命家と言われる者が、空の大陸に行き、その3大勢力が戦ったんだ。革命家は捕まったが、サードニックスは、逃げ切ったんだろうな。ジェイド国の騎士達は、空の大陸、つまりジェイドエリアを守り抜いたんだ。そして、ジェイド王が空を愛する人だったからな、飛行機乗りのテリトリーとして、今は、エクントと言う町もある」
なんだそれ!?と、折角、サードニックスの活躍が聞けるのかと、思ったのに、ジェイドエリアを守った騎士の活躍かよと、シンバは、またリーファスを睨み付ける。
「その時、ジェイドの騎士達を指揮していたのが、ジェイドの姫君だって話しでね、しかも、そこには勇者もいたって言うんだ」
勇者!?と、ララとカインは声を上げる。如何にも子供の好きそうな話ししやがって、いるわけねぇだろ、なんだよ、勇者って!!と、シンバの目は益々キツくなる。
「捕まった革命家は、未だ、キツネに化かされたと言って、精神状態が異常だと診断を受けていると言うから、それこそ狐憑きにあってるんじゃないかって、その戦いは、本当に謎に包まれていてね、ガムパスも捕まらないから、証言させようがない。だが、不思議でね、死人が、少ないんだ」
は?と、シンバは、リーファスを見る。
「確かに、空の大陸が落ちて来た事で、ジェイドエリアに多大なる被害は出た。それで死人も多く出たが、その大陸での戦争では、まるで3大勢力がぶつかったとは思えないくらい、死者数が少なかった。しかも、ジェイドの騎士を指揮をしていた姫君も、サードニックスのガムパスも、革命家も、誰も死んでない。勇者だけが、消えていなくなった。その戦いを、聖戦と呼ばれるようになった」
聖戦?と、シンバも、ララも、カインも、首を傾げる。
「余りにも死亡者が少なく、しかも長期戦の戦いを予想していたが、短時間の戦いで終わり、あのガムパスでさえ、最後、大笑いしたと言う話しでな、そこにいた者全員が拍手喝采だったと、妙な戦いだったんで、これは、本当に神のお導きか、或いは、キツネにつままれたかってね、空と言う場所での、聖なる戦いだったと言う意味で、聖戦と言われているんだ」
有り得ねぇと、勝利してもない戦いで、オヤジが大笑いするなんてと、シンバが思った時、カインが、
「シンバは、その戦いに参加したの?」
と、聞くから、ララが、だから私達が生まれる前の話よと、言って、そっかと、カインが頷くが、シンバは、セルトは、その戦いに参加したんだろうかと考える。
「勇者は、どこへ消えたんですか?」
そのカインの質問に、リーファスも首を傾げ、
「さぁ? どこへ消えたんだろうなぁ?」
と、言うから、ララが、
「ジェイドの姫君と結婚したのかも」
と、女の子ならではの発想を口にし、リーファスが、
「ジェイドの姫は、他国の王子と結婚して、今は妃様だろう」
なんて言い出し、ララが、そこはリアルに話しを持っていかないでよと怒り出したので、いや、これはリアルの話しだったんだがなと、リーファスは笑う。
「なんにせよ、その戦いは聖戦と名付けられ、歴史に残る戦いになった。空賊の戦いで、歴史に残るなんて、サードニックスだけだろうな」
そのセリフに、シンバは、リーファスを見る。
「サードニックスのファンにとったら、空の大陸は聖地だろ? どうだ? 行きたくなって来ただろ?」
「オイラはファンじゃねぇ!! サードニックスの賊だっつーの!!」
怒鳴るシンバに、溜め息ばかり吐かれるよりは、そうやって怒鳴ってくれた方がいいと、リーファスは笑う。
そんな話をしながら、フォータルタウンの駐機場へ向かう。
オグル・ラピスラズリの駐機場、そこには、色とりどりの飛行機がズラッと並ぶ。
全部、オグル・ラピスラズリの飛行機で、今はそれをリーファスが譲り受けている。
大はしゃぎのカインは、飛行機を見て回る。
ララはもう見慣れているのだろう、はしゃぐカインに、
「こっちの階段を下りて、地下に行けば、もっと飛行機があるよ」
と、教えている。
シンバは、この大きな貸し倉庫へ入った時、直ぐに目に付いた飛行機があった。
青いボディに白い線の入った一人乗り用の飛行機だ。
他の飛行機達に比べ、小柄で、一人乗りにしても、かなり小さい方だろう。
リーファスが愛用している、あの赤いボディの飛行機は王者の風格があり、美しいと思ったが、この青い飛行機は未熟な雰囲気がある。
だが、その分、可能性が広がる。
まるで青い空のように、どこまでも広がるイメージ。
「コイツが気に入ったか?」
あんまりシンバが青い飛行機を見つめているので、リーファスがそう声をかけた。
「別に」
そう答えながら、シンバは飛行機をジィーっと見ている。
「普通の青より、暗めの青だろう、青にもイロイロあってな、ひとつひとつに名前がある。例えば、スカイブルー、パウダーブルー、ダークブルー、ネイビー、インディゴ、ロイヤルブルー。オレが知ってるだけでも数え切れない程の青の中、コイツのボディの色は、ミッドナイトブルーって言うんだ」
「ミッドナイトブルー・・・・・・」
「夜空に同化する飛行機だ」
「・・・・・・」
「流れ星のように速いぞ、コイツは。無駄なものは何もついちゃいねぇしな。だが、コイツはヤンチャすぎる。お前ソックリで言う事はなかなか聞いちゃくれねぇ」
「オイラにソックリ? オイラ、こんなに挑発的か?」
「挑発的?」
「・・・・・・なぁ、オイラ、コイツに乗っていいか?」
「なんだって?」
「コイツに乗りたい」
シンバが青い飛行機をジッと見ながら、そんな事を言うので、リーファスは少し驚く。
あんなに飛行気乗りは嫌だと言ってた癖に、何故、突然、乗りたいなどと言うのか。
「シンバ、お前、まさか飛行機と対話できるのか?」
「対話?」
「飛行機の声が聞こえるのか?」
「聞こえるよ、コイツがオイラに乗れるもんなら乗ってみろって、喧嘩売って来やがった。売られた喧嘩は買うのが空賊だ」
「・・・・・・」
「言っとくけどなぁ、オイラはブライトを操縦したんだ!」
「え?」
「コイツ、飛行機なんて操縦した事もないだろって言うから、ブライトを操縦したって言ってやったんだ。そうだろう? オイラ、オッサンの飛行機、操縦したよな? 言ってやってくれよ! 飛行機の操縦くらいできるって!」
「ちょっと待て、お前に、オレの愛機がブライトって名前だと話した事あったか?」
「は? オッサンに聞かなくても、ブライト本人から聞いたよ」
「本当に対話してやがるのか・・・・・・」
リーファスはシンバとの出会いに運命を感じ始めた。
更に、シンバは飛行気乗りになる男なんだと絶対的な確信を持ち始める。
「オレは飛行機と対話できねぇ」
「え?」
シンバは飛行機から目を離し、リーファスを見上げた。
「だが、オグルは対話できたらしい」
「オッサン・・・・・・飛行機の声が聞こえないのか?」
「あぁ、聞こえねぇ」
聞こえない事が不思議なのか、シンバは驚いた顔をする。
「おいおい、普通はオレの方が驚いた顔をするもんだ、対話なんてできないのが普通なんだからな?」
「・・・・・・」
「シンバ、コイツに乗ってみたいか」
「売られた喧嘩は買う! それがオヤジの教えだ! オイラを挑発して煽って来た事、後悔させてやる!」
「はーっはっはっはっ! 飛行機に売られた喧嘩か。そりゃいい。でもな、コイツを乗るなら、もっと飛行機を知ってからだ。簡単に乗られて、簡単に壊されでもしたら困るからな。いいか、シンバ、飛行気乗りにとって、飛行機は自分の命と同じだ。そうだな、空賊が自分の強さを自慢に思うのと同じで、自分の飛行機は自分自身であり、自慢に・・・・・・いや、誇りに思うものだ。特にコイツは天邪鬼だ。乗りこなすには、それなりの腕を持ってなきゃ乗れない。もし、お前が本当にコイツを乗りこなしてやると思っているなら、まず、もっと飛行機を知り、もっと自分を磨け」
「・・・・・・」
黙って飛行機を見つめているシンバに、
「もし、お前がオレの見込んだ通りの男なら、いつか、コイツをやろう」
リーファスは真剣にそう言った。
「コイツを?」
「あぁ、お前の分身にするといい。その時は名前を考えてやれ」
「名前?」
「あぁ、お前自身に名前があるように、コイツにも名前をやれ。嘗てオグルも全ての飛行機に名をつけていた。勿論、このオレもな。でも、コイツがお前のモノになったら、オレが付けた名で呼ぶ意味はない。お前が新しい名をつけて呼んでやれ。新しいコイツの誕生となる、その時は、お前の相棒だ」
「名はもう決めてある」
「気が早いな」
「コイツと最初に目が合った瞬間、オイラはコイツを呼んだから」
「無意識の内にか?」
「多分。考えて呼んだ訳じゃないから」
「何て名だ?」
シンバは、リーファスを見上げ、
「在り来たりの見たまんまの名前だよ、でもオイラのじゃないだろ? だから、今は呼ばないよ」
と、笑顔を見せた。
リーファスは内心、シンバを抱き上げ、笑えるじゃないかと大喜びしたい所だったが、そんな事をして、今のシンバの笑顔を失ってしまう事が嫌だったので平常心を装う。それに、もしかしたら、シンバは飛行機乗りになる気になってくれたんじゃないかと、本当は今にも大声で喜びたい気分だった。
「でもオイラは飛行気乗りにはなんねぇよ」
「え?」
「もらえる宝はもらう。それが空賊ってもんだ。だろ?」
「・・・・・・この野郎! 糠喜びさせやがって!」
と、リーファスはシンバの尻辺りに軽く蹴りを入れた。
「なぁ、リーファスの赤い飛行機さぁ、ボディに金色で文字が書いてあるだろ?」
「あぁ」
「あれ、ブライトって書いてあんの?」
「何言ってんだ、ボディに入れた文字はNEVERだ」
「ネバー?」
「まぁ、いろんな意味を込めて入れた文字だ。一度もタイムを抜いた事はない、絶対に諦めない、未だ嘗てないとかって意味だな」
「へぇ」
「なんだ、お前、字、読めないのか?」
「読めないし、書けない」
そう言ったシンバに、そうかと、サードニックスで育ったのだから、学はなんだろうと思っていたが、まさか読み書きできないとは・・・・・・と、リーファスは思う。
そこから教え込む必要があるんだなと――。
「ブライトってのはな、輝かしい、晴れ晴れする、明るい、そんな意味がある。アイツに乗ってると、オレはいつだって、そんな気分だからな」
シンバはフーンと頷きながら、あの飛行機にピッタリの名だと思っている。
「オグルのモンスターを見るか?」
「モンスター?」
「あぁ、すげぇぞ、化け物みてぇにデカイ癖に、乗り手によっては物凄いスピードを出す。オグルの愛用機で、オグルが名付けた時のまま、そのままだ。オレはモンスターを手懐ける気はない。あれは・・・・・・アイツは、永遠にオグルの飛行機でありたいと、そう願っている気がするからな」
言いながら、今のモンスターの気持ちを聞いてみたいとリーファスは思っている。
飛行機と対話できるシンバなら、声を聞けるんじゃないだろうか。
全ての飛行機を譲り受けても、モンスターだけは別だ。
だから手入れはしていても、操縦は一度もない。
もう空を忘れてしまったかもしれないモンスターに、また飛びたいのか聞いてみたいのだ。
だが、シンバは首を横に振った。
「伝説の飛行機乗りのなんだろ、だったら今は会わない」
飛行機に対して、〝見ない〟ではなく、〝会わない〟と、そう言ったシンバ。
「何故会わない?」
「オイラはオヤジを尊敬してる。オヤジ以上の奴はオイラの中で存在しない。だから、今は会わない。でもいつか、もしオイラと、そのモンスターが運命で繋がっているなら、会う時があると思う」
「そうか・・・・・・お前の中でガムパスは絶対なんだな。お前は空賊の癖に忠誠心が強い。ガムパスが、お前を気に入るのがわかるよ。お前は裏切ったりしない。今の時代に必要なんだろうな、お前みたいな奴が。オレもお前ならと考える。お前なら全てを譲ってもいいと――」
「・・・・・・」
「お前は新しい風を生み出しそうだ、その可能性を、お前に感じる。きっとガムパスも、お前に、それを感じてるんだろうな」
「リーフおじさーん!!!!」
向こうでララとカインが手を振り、呼んでいる。
「さぁて! 出発するか!」
リーフは言いながら、ララとカインに手を振り、歩いて行く。シンバは青い飛行機に、
「またな」
そう言うと、リーファスの背を追いかけた。
真っ白なボディに、優しげな顔をしている飛行機に乗り込む。
操縦席にリーファス。
その横の操縦席にはカイン。
後部座席にはララとシンバ。
飛行機は、駐機場の中の道を走り、出口となり扉が空へ向けて開いていて、そこから、勢いよく飛び出し、フォータルタウンの上空へと舞い上がった。
片手で操縦しながら、リーファスはリモコンで、赤い飛行機ブライトを呼び出す。
暫くすると、ブライトは白い飛行機と並ぶように飛んで、一緒に付いて来る。
「遠隔操作もできるんですね! 凄いや!」
と、カインは手を叩いて、喜ぶ。
「喜んでないで、よく操縦見とけよ、飛行気乗りになりたいんだろう?」
「イエッサー!」
カインはまるで軍隊の一人にでもなったかのように、リーファスに敬礼ポーズをとり、返事をする。苦笑いするリーファス。
「ねぇ、シンバ」
空を見ていたシンバに、ララが声をかけた。だがエンジン音が大きくて、聞こえず、シンバは空を見続けている。
ララは、そんなシンバの肩をトントンと叩く。
「ねぇ、さっき、おじいちゃんの飛行機、見てたでしょ? ブルーの」
「え? なんだって?」
「さっき! おじいちゃんの青い飛行機見てたでしょー!?」
顔を近づけ、大きめの声で話すララ。
「あぁ、ミッドナイトブルーの飛行機の事か?」
「そう! それ! あの飛行機、私、大好きなんだぁ。ちっちゃくて可愛いよね」
「あぁ、性格は悪いぞ。オッサンもヤンチャだって言ってた」
「シンバみたい」
と、クスクス笑うララに、シンバは眉間に皺を寄せる。そして、ハッとして、
「ちっちゃくて可愛いってとこじゃないよなぁ?」
なんて聞くので、ララは更にクスクス笑う。
シンバはまた空を見る。
飛行機の窓から見える空。
ブライトに乗った時は余裕などなくて、空を見ていたけど、見ていなかった。
毎日、空を見ても、毎日、違う顔をする空に、シンバは今日の空を目に焼き付ける。
横で笑うララの声がBGMとなるからか、とても穏やかな空に見える。
ララは小さな鞄からシスターが持たせてくれたスコーンを、みんなに渡す。
カインは操縦を見る事に一生懸命で、今はいらないと、スコーンをララに返す。
そのカインが断ったスコーンをシンバに渡すララ。
シンバは、何故カインが断ったものを自分が食わなければならないんだと思うが、やけにいい匂いが機内に漂うから、それを食べる事にした。
「空を見ながら食べるって美味しいよね」
また顔を近づけ、大きな声で、シンバにそう言ったララに、
「空賊の船のデッキで食べると、もっと美味いぞ、空がそのまま、目の前に広がるからな! 流れる雲と一緒に漂いながら、適当に持ってきた食材をパンに挟んで齧り付く! パンに合わない食材でも、なんかわかんねぇけど美味いんだ」
そう言いながら、セルトと一緒に食べるのが、また美味かったんだよなぁと、思う。
セルトの事を思うと、切なくなるが、でも、心は穏やかだ。
やはりシンバは空が好きなのだ。
空が近くに存在するだけで、ご機嫌だ。
ララはそんなシンバに、嬉しく思う。
「良かった、シンバが落ち込んでるから、もうこのまま立ち直れないんじゃないかって思ってた。あの黒髪の人と戦ってから、シンバの目が凄く悲しそうな色から抜け出せないでいたから――」
そう呟くララ。
「なんて? なんか言ったか?」
「なんでもなーい! スコーン美味しいねー!」
ララは大きな声で、そう答えると、スコーンに齧り付いた。
「おい、シンバ、ここからは飛行気乗りのテリトリーの空だ。空賊は入ってこれねぇ。入ったら飛行気乗りと喧嘩になるからな。ここらの空はお前がまだ見た事のない空だ」
リーファスが振り向いて、シンバに大声でそう言った。
「空賊と飛行気乗りのテリトリーは、やっぱり違うんですか?」
カインが尋ねる。
「そりゃそうだ。全く入って来ちゃいけねぇ訳じゃねぇが、ここは飛行気乗りの縄張りみたいなもんだ。ここで空賊が暴れたりしたら、オレは空賊共と戦う。だが、空賊達が空賊の縄張りで戦争を起こしていても、それをどうこう言う権利は飛行気乗りにはない。まぁ、暗黙の了解って奴だな」
「でも戦争を止めさせるのはいい事ですよね?」
「勿論だ。だからと言って、やめろと言ってやめる連中じゃねぇだろ」
「そうですけど」
「なんだ、カインは飛行気乗りになって、空賊共の戦争をやめさせたいのか?」
「・・・・・・わかりません。そもそも空賊の戦争を止めるのが飛行機乗りって訳じゃないですし。でも僕は空賊の死体が空から降ってきて、その落下した死体の下敷きになって死んだ父の為にも、そういう被害をなくしたいと思うんです」
「そうか、カイン、お前の父親は空賊の被害にあったのか」
「はい、母は父が死んでからお酒を飲むようになって、ある夜、酔っ払って、噴水に落ちて、そのまま亡くなりました。二人共、立派な死を遂げた訳じゃないけど、僕は空賊さえいなければ、父も母も、今も健在で、僕に立派な教えを導いてくれたと思っています」
「成る程。グレずに偉いな、お前は」
と、リーファスは、カインの頭をクシャクシャと撫でた。
シンバは、何もそんな話を、大きな声で話さなくてもいいじゃないかと思っている。
エンジン音がうるさい中で話さなくても、二人っきりで、どこか静かな所で話してくれればいいのにと溜息――。
「ねぇ、リーフおじさん! カインはどう? 飛行機乗りになれそう?」
ララが操縦席に身を乗り出し、聞いた。
「そうだな、なれなくはない」
そう答えたリーファスに、カインとララはキャッキャッと、はしゃぎ出す。
そんな二人に、シンバは呆れる。
――なれなくはない、か。
――それって、誰でも努力さえすれば、なれるって事じゃねぇか。
――向いてるって言われた訳じゃないのに、そんな喜ぶ事かねぇ。
窓から見えるブライト。
この飛行機を追い越したり、追い越されたりしながら、ブライトは遠隔操作で付いて来る。
澄み切った青空に赤い飛行機。
シンバは空を見つめ、思い出すのは、やはり、セルトの事ばかり――。
空賊は仲間を裏切るものだ。
自分の利益が第一だ。
ガムパスも、それを承知で、去る者は追わず、来る者拒まずで、空賊の頭をやっている。
人としての仁義も堅気もない。
落とし前もいらない。
だからこそ、仲間を信じる事はするなとガムパスは言う。
大事なモノは作るな、互い大事な存在になるな、死を当たり前と受け入れろ、嘆くな、悲しむな、仲間を頼るな、信じるな、常に孤独でいろ。
シンバはその教えを守って来たつもりだった。
人を信じる事は難しいと言うが、人を信じない事も難しい。
シンバは、セルトを心の底で、信頼していたし、何より、本当に、それこそ、ガムパスよりも絶対的な存在だった。
――セルトは絶対に裏切らないと思っていた。
――セルトは何があってもサードニックスだと思っていた。
――セルトはオヤジの傍から離れないと思っていた。
――セルトはオイラの憧れで、大好きなアニキ。
――オイラはセルトのようになりたかった。
〝え? 俺と同じで短剣を武器にしたい? あぁ、うん、そうだな、俺は短剣を武器にしてる。背負ってる長剣は、まぁ、お守りみてぇなもんつーか、威嚇っていうか、カモフラージュ? それより、そうかぁ・・・・・・短剣かぁ、そういやぁ、シンバ、お前、両手が利き手だよな、だったら二刀流になれよ! 教えてやるよ、賊ってのはな、防具は持たない。攻撃あるのみだ。でも、二刀流なら、ガードできる短剣を持つ事ができる。お前は、防御も極めた方がいい。自分の身は自分で守らないと、俺が必ず守ってやれるとは限らないからな。ガードが付いてる短剣なら、攻撃もできるし、身軽に動けるから、オヤジも、そんな防具は必要ないって言わねぇだろう。俺が、お前の武器を探してやるよ。銃なんかより、剣の方が自分を鍛えられるし、それは武器だけに頼らない強さを手に入れるって事でもあるんだ〟
〝バカだな、お前は! みんな飢えてんだから、飯は命がけだぞ? いいか、食べるんじゃなくて、食べる物をとにかく手に入れろ! そんでもって、厨房にいつまでもいたら、酒飲みの餌食だからな、デッキに出てきて、大空の下で、手に入れたものを全部パンに挟んで食う! パンに合わない食材を手に入れたとしても、空の下なら何でも美味い! ほら、食え! いいよ、俺は。お前は育ち盛りなんだから、食っとけって! そんな年齢変わらない? 変わるだろ、なんにしろ、俺はアニキだから〟
〝おれが空賊になった理由? 忘れたよ。どうでもいいだろ、そんな事。兎に角、独りだったおれを拾ってくれたのはガムパスのオヤジだ〟
〝この尻尾のアクセサリー? 可愛いだろ? これで尻振ると、みんな笑うんだ。俺の超お気に入りアクセだ。駄目だって、お前にはやらねーよ、汚ねぇ手で触んじゃねぇ。しょうがねぇなぁ、お前には飴やるよ、ほら、俺の何もない手から、飴イッパイ出してやんから。子供騙し? 違ぇよ、魔法だって。おい、すねんなって!〟
〝シンバ、お前、オヤジに認められて、将来は、サードニックスを背負うって、返事したのか? そうか・・・・・・いや、うん、多分、そうだな、うん、良かった、うん、良かったんだよな〟
〝なんて顔してんだよ、笑えよ、シンバ〟
〝笑えよ、シンバ――〟
――セルト、思い出せば思い出す程、お前が裏切るなんて思えない。
――セルトの台詞、ひとつひとつが偽りだったなんて思えない。
――本当はオイラ以上に、オヤジを信頼してた筈だ。
――なのに、信頼していたオヤジから、跡継ぎはオイラだって聞いた時・・・・・・
――しかもオイラは、サードニックスを背負ってくって・・・・・・
――バカだから、何の考えもなしに、只、喜んで直ぐに簡単に返事しちゃって・・・・・・
――セルトは傷付いたんだよな。
――そういえば、なんとも言えない顔をしていたもんな・・・・・・
――裏切られた気持ちで一杯だったのかな。
――わかっていたけど、人は裏切るんだな・・・・・・
――人は信じちゃいけない。
「シンバ? どうかした?」
そう言って、シンバの顔を覗き込むララ。
――コイツも、こんな無垢な顔して、人を裏切るのかな。
シンバは首を左右に振り、再び、空を眺める。
考えても、答えなどないと、シンバは知っている。
「見えてきたぞ、空に浮かぶ町エクント!」
リーファスが、そう言うと、
「うわぁ、ホントに町が浮いてる! どうやって浮いてるの!?」
と、カインが聞いた。
「さぁな。言ったろ、突然、空から落ちてきた大陸なんだって」
リーファスがそう答えた後、
「ジェイド王も来るだろうな」
そう言うから、シンバは、驚いて、
「祭りにジェイド王が来るのか!?」
と、大声を出した。リーファスは、頷いて、
「毎年来るからなぁ。今年も、王が多忙でなければ来るだろう。特に今の王は空賊と敵対する飛行気乗りに、偉く肩を持っている。今年も飛行気乗り達にエールを送る長い話が祭りの前に行われるかもな。まぁ、ジェイド王だけじゃなく、いろんな国から、王達が来る祭りだ」
そうなのかと、シンバは、頷く。
突然なんなんだと、リーファスは振り向いて、シンバを見て、首を傾げる。
――ジェイド王が来る・・・・・・
――オイラの本当の父親?
――見たら直ぐに父親だと感じるものがあるのだろうか・・・・・・
シンバはドキドキする鼓動を必死で抑え、自分を落ち着かせる。
でも、カタカタと貧乏ゆすりをするシンバに、何を苛立っているんだろうと、ララは思う。
気がつくと、色とりどりの飛行機が空を飛んでいる。
操縦している男が、リーファスに手をあげ、軽く挨拶を交わすと、そのまま追い越して行く飛行機達。青い空を駆けるレインボーのようだ。
――飛行気乗りって結構いるんだな。
――驚いた。
リーファスは賞金稼ぎとして空賊の間でも有名だったが、只の飛行気乗りに空賊達が興味もないのか、話題にもならなかった。
だが、シンバは空を駆ける飛行機達を綺麗だと思っている。
広い空に飛行機達は美しい。
何故、こんな世界がある事を今迄、知らなかったのか。
それが損した気分になる。
エクントには、東西南北にそれぞれ空港ターミナルがあり、次々と飛行機達が空港に下りて行く。
リーファスも上空でウロウロしながら、下りるタイミングを計り、お先にと、まだ待っている飛行気乗り達に手を挙げ、合図を送り、空港へと降り立つ。
ブライトも一緒に降り立ち、皆、無事にエクントへ辿り着いた。
飛行機を降りると、リーファスの元へ直ぐに大勢の男達が集まった。
「久し振りだな、リーフ!」
「今夜、一杯どうだ?」
「今年こそは負けないからな」
「リーフ、飛行機を新しくしたんだ、後で見てくれよ」
「ブライトの調子は良さそうか?」
「リーフ、聞いたぞ、お前、また空賊の首をはねたんだってな?」
「雨雲が近づいているって言うが、今の所、綺麗に晴れ渡っているな」
皆、自分の言いたい事を言って、笑っている。
彼等は飛行気乗りの仲間なのだろう、リーファスと大笑いしながら、だんだん脈略のない話へと進み出す。
そこへララがピョコッと顔を出すと、皆、また大騒ぎ。
「ララか!? 大きくなったな! もうすっかり娘さんだ」
「綺麗になって! オグルの面影が全くない!」
「はっはっはっ! オグル面影があったら可哀想だろう、ララは女の子なんだから」
「それにしても本当に大きくなったな」
ララもニコニコ笑顔で、次から次に喋ってくる皆に挨拶をしている。
「あ、紹介しよう、まだ小さいが将来は飛行機乗りになる待望の二人だ」
と、リーファスはカインとシンバを、皆の前に出した。
カインは待望と言われ、嬉しさの余り顔が緩むが、シンバは、
「オイラは飛行気乗りにはならねぇ!! 何度言ったらわかんだよ!!」
そう吠えると、一人、走り出した。
「シンバ、待って!」
と、ララが追う。
リーファスは、皆に、苦笑いしながら、
「な? 勇猛な飛行気乗りになりそうだろ、あれは」
そう言うと、じゃぁと手を挙げ、シンバを追いかけた。カインもリーファスを追いかける。
この場所は飛行気乗りのテリトリー。
ここにいる自分が嫌になってくるシンバ。
成り行きだとしても、来るべきじゃなかった、そう思っている。
「シンバ、待ってよ!」
その声に振り向くと息を切らせ、人込みを掻き分けながら、ララが走って来る。
「勝手にどんどん行かないで、迷子になっちゃうよ」
「何しに来たんだよ、ほっといてくれよ」
ララはシンバの瞳が、また悲しい色になっていると気付き、俯く。
どうしたらシンバの悲しみをわかってあげられるのか、ララにはわからない、わかってあげられない。
「行こう? シンバ?」
と、手を伸ばすが、シンバはプイッとそっぽを向いてしまう。
行き交う人々が、シンバとララを横目で見ながら、通り過ぎていく――。
「今はリーフおじさんの所に戻るのは嫌なんでしょ? リーフおじさん強引だよね、シンバにはシンバのなりたいものがあるもんね」
「・・・・・・」
「でもリーフおじさんは悪い人じゃないから、わかってあげて?」
「悪い人じゃない? 悪い奴じゃない人間なんて、どこにもいやしない!」
「シンバ・・・・・・」
「人は裏切る。どんなに優しくされても、どんなに信頼しても、人は人を裏切る!」
「・・・・・・空賊の仲間の話をしてるの?」
「空賊の話だけじゃない! この世界に裏切らないものなんてない!」
「飛行機は裏切らないわ」
「・・・・・・飛行機?」
「おじいちゃんはそう言ってた。飛行機は絶対に裏切らない。落ちる時も一緒だって。おじいちゃんはね、飛行機の声を聞いて、操縦してたの。私には聞こえない声だったけど、おじいちゃんが言うには、飛ぶ時に怖いと思うのは飛行機も一緒なんだって。でも、操縦する人の事を信じてくれてるから、怖くても飛ぶんだって。だから飛行機を信じて、スピードを出すんだって。風になったら、気持ちいいって。飛行機と共に、その快感を味わうだけで、他に何もないけど、それが楽しいんだって。変よね、私には理解できない」
理解できないと言いながら、笑うララは、理解しているようだ。
「おじいちゃんも頑固な癖に人がいいから、人間は信用ならないって言いながら、直ぐに信用しちゃったり、それで裏切られたり、傷付けられたり、沢山あったみたい。そんな時、よく飛行機の話を聞いたの。飛行気乗りのおじいちゃんの事は、私は知らないんだ。私と一緒にいた時は、もう、飛行気乗りやめちゃったから」
「・・・・・・」
「飛行機乗ってカッコよかったおじいちゃんは、写真と、おじいちゃんの想い出話でしか知らないの」
「・・・・・・」
「ねぇ、シンバ? シンバも私も大人になって、年老いて、いつか、ふと一休みする時に、一番自分がカッコよかった時を、誰かに話せてる自分がいたらいいね。温かいお茶とふわふわのシフォンケーキを食べながら話せてたら最高かな」
笑顔で、そう言ったララに、シンバは微かにコクンと頷いた。
「リーフおじさん、来ないね? 追って来ると思ったんだけど、きっと、私達を見失ったんだね。凄い人込みだもんね、みんな風祭を楽しみにやって来てるんだろうけど。ねぇ、先にリンシーおばさんの所へ行こう? リーフおじさんの事だから、きっとリンシーおばさんに会いに行くと思うの」
そして、ララはシンバの手を握り、
「振り解かないでね、人込みの中、もうシンバを追いかけるのは嫌だよ」
そう言った。
また微かに頷くシンバ。
ララの手の温もりが、少し、シンバの苛立ちを落ち着かせた――。
空気が薄い。
だが、空賊として空で生活をしていたシンバには、この方が心地いい。
ララは直ぐに呼吸を乱すが、別に苦しそうではない。
バスに乗り、町中を走る。
都会と言ってもいいくらい、賑やかな町だ。
更に町の上空は、未だ飛行機達が飛び回る。
「あ、見て、シンバ、ほら、飛行機雲!」
「そんなもん、あっちこっちにあるだろう」
「でも、ほら、あの飛行機雲、凄く綺麗に伸びてる! 風祭が始まる時、アクロバット飛行が見れてね、飛行機の航跡でできる雲で、空に絵や文字を描くの!」
「へぇ」
どうでも良さそうに頷くシンバと、今年も楽しみだなと笑顔で空を見ているララ。
バスに10分程、揺られながら、着いたホテルは、かなりゴージャスなホテルで、シンバは動揺する。
慣れた感じでララが入って行くので、シンバは、慣れたフリをして、ララに着いて行く。
広いロビー、シンバは場違いじゃないかと自分の服装を見る。
ピカピカのシャンデリアに意味不明な絵画とふかふかのソファー。
ゴクリと唾を飲み込み、こんなの、普通に空賊達の餌食だとシンバは思う。
高い天井は星座が散りばめられ、3層吹き抜けの優雅な空間。
「もうすぐリンシーおばさんが来るから」
と、受付から帰って来たララに、余りキョロキョロしたら駄目だと、シンバは難しい顔をして、頷く。
だが、リンシーおばさんは、なかなか来ない。
ソファーで、ダラダラし始めるシンバとララ。
「あっちにホテルオリジナルグッズが売ってるから、行ってみない?」
とうとう飽きてしまって、ララがそう言った。だが、
「ごめんなさい! ララちゃん!」
と、ホテルの奥から、駆けて来た美しい女性。
彼女がリンシー・ラチェット。
このホテルの舞台歌手で、飛行気乗り達のアイドル的存在だ。
「リンシーおばさん、私達、リーフおじさんと逸れちゃったの。リーフおじさんから連絡きてない?」
「ごめんねぇ、忙しくて、リーフからの連絡があったかどうか、全くわからないわ」
「何かあったの?」
「えぇ、実はね、今日の舞台に上がる筈だった女優が怪我をしちゃってね、代役を急いで探してるんだけど・・・・・・ララちゃん、やってみない?」
「え!? 私!?」
「女優って言っても子役なのよ、ララちゃん、イメージにピッタリだわ!」
「や、私、歌とかうたえないし、お芝居とかもできないよ!」
「歌は歌えないなら、歌わなくていいわ、でも歌えたら、歌ってほしいけど、そうね、そんな難しく考えないでいいから。台詞も余りないし! ね? お願い! ララちゃん! この際、棒読みでもいいの、代役だから、直ぐにチラシを新しく発行してもらって、ララちゃんが素人だって事も書いてもらうから!」
どうしよう・・・・・・と、シンバを見るララに、
「やれば?」
と、余りにも適当に言うシンバ。
「あら、お友達?」
「あ、うん、シンバって言うの。リーフおじさんのお気に入り」
「リーフの? じゃあ、飛行気乗りに憧れて?」
「ううん、シンバは飛行気乗りにはならないの!」
「あら、どうして? リーフのようになりたいんじゃないの?」
「違うの、リーフおじさんを気に入ってるんじゃなくて、リーフおじさんがシンバを気に入ってて、しつこく追い回してるの、リーフおじさんが!」
「リーフが? 追い回してるの? この子を?」
「そうなの。飛行機乗りになりたいのはカインって言って、もう一人の友達」
「あら、もう一人、お友達が来てるのね? 飛行機乗りになりたいって言うなら、その子も男の子ね?」
「うん」
「じゃあ、ララちゃん、綺麗にオシャレして、舞台で、男の子達に見せてあげましょうよ」
そう言ったリンシーに、シンバはヘッと鼻で笑った。
「な、なんで笑うの、シンバ!」
「別に。只、そんなもん見せられてもと思っただけだ」
「そんなもん!? それって私がオシャレした姿って事!?」
さぁなと、シンバは、どうでも良さそう。
これにはカチーンと来たララは、
「リンシーおばさん! 私、舞台に立つ! とーっても綺麗にしてもらえる?」
勝ち気な性格を露わに、鼻息荒く、そう言った。
「ホント? 助かるわ! じゃあ、早速、打ち合わせに行きましょ!」
と、リンシーはララを連れて行ってしまう。
シンバは行ってしまうララの背に、
「おい!! オイラをここに一人にすんなよ!! おいって!!」
と、叫ぶが、ララは聞いちゃいない。
取り残されるシンバは、周りを見回し、居心地悪そうに、小さくソファーに座った。
暫く座っていると、リーファスとカインが現れた。
ララがいない事に説明をすると、リーファスは、こりゃいいと今夜の舞台のチケットを手に入れなければと、まるで我が子の晴れ舞台を楽しみに待つ親のようだ。
「どうせ何もできやしねぇよ。舞台に立って、棒読みで、棒立ちだよ。見てるコッチが恥ずかしくなるさ」
そう言ったシンバに、
「だから応援してあげようよ」
と、カインは言う。
「応援?」
「うん、頑張れって見守ってあげる事だよ」
「見守る? そんな事でうまくできりゃ、なんぼでもやるさ」
「うまくできなくてもいいんだよ」
「失敗は許されない!!!!」
そう吠えたシンバに、カインは、
「何の話?」
と、ビックリした顔で問う。
「シンバはそうやって生きてきたんだよ、カイン」
リーファスがシンバに代わり、答えた。
「空賊はそういう世界さ。殺されたくなければ、殺さなければならない。殺さなければ殺される。失敗は許されない。失敗は自分が死ぬ時だ。シンバはそうやって生きて来た。誰の事も信じられずにな」
リーファスにがそう話すと、カインは俯いて、シンバをチラッと見る。
平然としている表情に見えるが、本当は辛かったのかなとカインは思う。
いや、シンバは辛いなど思っていない。
それが普通だと思っている。
普通だと思うようにしている。
「だがな、シンバ、失敗も悪くない」
リーファスがそんな事を言うので、シンバはリーファスを睨みつける。
「躓いたり、派手に転んだり、そうやって自分の進む道を探すもんだ」
「そんな暇はない!」
「そうだな、空賊は自由だが、自由な分、誰にも守られない。自由は、不自由でもあり、孤独だよな」
リーファスが、優しい顔をシンバに向け、そう言った。
カインはどうして空賊は仲間がいるのに孤独なのかと不思議に思うが、シンバを見ていると、なんとなく、わかる気がした――。
リーファスは、何故、こんな幼い子供を空賊にしてしまったんだと、その運命を悲しく思っていた。
もし、シンバに、道を選べる権利があったのなら――
もっと光ある方へ導いてやれる者が傍にいたのなら――
ガムパスがシンバにとって、嫌な奴だったのなら――
リーファスには、シンバの過去に後悔を背負わせるような未来が見える。
「リーフ」
その声にリーファスは振り向く。
「一年振りだな」
そう言って、リーファスに話しかける男。
リーファスと同年代くらいだろうか。
少しリーファスより老けても見える。
だが、それはビシッとスーツを着こなしているせいかもしれない。
「そうだな、一年振りだな。待ち合わせはしてなくても、風祭の、この年、毎年ここが約束の場所になってるな。元気だったか?」
「相変わらずさ。リーフ、お前は?」
「あぁ、オレも相変わらずだよ」
「ブライトの調子はどうだ?」
「まぁまぁかな」
「雨雲が近づいているらしいぞ、雨になったらスピードも出し難いな」
「・・・・・・」
「でもリーフなら、今年もぶっちぎりだろ?」
「・・・・・・」
「おいおい、無言はないだろう? 遥々と遠い所から、リーフの優勝を見に来てやってるんだからさ」
「・・・・・・厳しいな」
そう言って笑うリーフに
「よく言うよ、余裕だろ? みんな、お前に期待してるだろ」
と、笑う男。
「今年は、オレより、美女の飛行機乗りが現れたって、あちこちで話題になってる。かなり速いって噂だ」
「あぁ、それなら聞いた。でも、リーフに敵う訳ないだろ。女ってだけで話題になってるだけだよ。それより、今夜、空いてるか? いつものバーで待ってる。今年もオグルの写真を見ながら想い出に語ろう。リンシーも呼んでさ。じゃあ、また後でな」
と、行ってしまう男を見つめるリーファスに、
「誰ですか? 結構、男前ですね!」
と、カインが聞いた。
「あぁ、アイツは、オレと一緒にオグルの傍で飛行機乗りを目指していたライバル」
「じゃあ、あの人も飛行気乗りなんですか?」
「いや、今は実業家だ。もう飛行機からは下りてる。操縦できなくなったんだ。雨の日に事故で、目をやられてな」
「目? 普通に見えてるようでしたよ?」
「あぁ、まぁ、普通には見えてるよ、只、飛行機に乗るには視力が落ちすぎたんだ」
フーンと頷くカイン。
リーファスはぼんやりと昔を思い出す。
あの日、天気予報をチェックしていれば――
あの日、飛行機の操縦を代わらなければ――
あの日、雨が降らなければ――
あの日、意味のない自分を過大評価した自信が事故を起こした。
二度と取り返しのつかない過ち。
何より、大事な友の飛行気乗りとしての未来を奪い、自分は飛行気乗りとして生きている。
それが最大の罪。
失敗も悪くないとシンバに言ったが、それは嘘だとリーファスは深い溜息。
「さぁ、部屋に行こう。最上階のスイートをとってある!」
リーファスが、笑顔でシンバとカインの背中を押した。
何故わざわざスイートなんかをとったんだろうと、シンバはバカだろと思っている。
――祭り如きで、どいつもこいつも大はしゃぎしすぎだ。
――そんなにスピードに拘る必要があるのか、全く理解できない!
部屋はゴージャスどころじゃないくらいのゴージャス過ぎで、シンバは呆気にとられる。
「毎年、こんな部屋に泊まってるのか!?」
「悪いか?」
「飛行気乗りって儲かるのか? それとも空賊の首を売った金か?」
「子供が金の事を気にするな」
「別にアンタの金を気にしてる訳じゃない。只、バカみたいだって思っただけだ。祭りぐらいではしゃいで、部屋に金使って」
「子供は祭りが好きだろう?」
確かにリーファスの言う通り、子供は祭りが好きなのかもしれない。
なんせカインは一人ではしゃいで、ベッドの上ボンボン飛び跳ねている。
「そうか、シンバは空賊だもんな、空賊は毎日が祭り気分か?」
そう言ったリーファスを、シンバは睨みつけ、ベッドの上で飛び跳ねているカインを突き飛ばし、ベッドの中に潜り込んだ。
「おい、シンバ、もう寝るのか?」
シンバを布団の上から揺さぶるリーファスと、
「いったいなぁ、もう! 突き飛ばす事ないだろう!」
と、布団の上から、シンバに蹴りを入れるカイン。
「ねぇ、リーフおじさん、僕に、もっと飛行機の事をいろいろと教えてよ!」
「あぁ、そうだなぁ」
「ねぇ、ロビーの奥に展示してあった飛行機」
「うん?」
「ちょっと変わった飛行機が飾ってあったよ!」
「あぁ! 毎年、風祭になると展示されるんだ。あれはライトフライヤーだな。今時もうないぞ、あの飛行機は。初飛行に成功した飛行機と言われている。グライダーみたいな形してるだろ、パイロットも腹ばいで操縦するんだ。強風にも弱いし、すぐ転倒する」
二人はソファーの方に移動し、飛行機について語り続ける。
布団の隙間から、カインの物凄い真剣な眼差しが見える。
カインの目がキラキラと輝いて見える。
目の色が変わる訳でもないのに、目が輝いているのがわかる。
シンバは自分もあんな風に目が輝く時があるのだろうかと考える。
何故かイライラするので、布団を被り直した。
いつの間にか眠ってしまったのだろう、リーファスに起こされ、ディナーに行くと言われ、もうそんな時間かと、シンバは起き上がる。
「チケット、リンシーがくれたからな、うまいディナー食べながら、ララの初舞台を見られるぞ。楽しみだな」
――あぁ、そういえば、そうだっけ。
シンバはぼんやりした顔で、まだ眠そう。
「ララ、どんな役なんだろう!」
と、カインはワクワクした表情。
――コイツ、ここに来てから、ずっと楽しそうだな。
――疲れないのか、そんなテンションで。
――ていうか、マジで、ウザイな、コイツ。
――いつもこんなウザイのか、コイツ。
――存在そのものがウザいんだろうな、コイツ。
シンバは楽しそうなカインを見て、面倒そうな顔。
眠ったのに、イライラが消えていない。
このイライラが何なのか、シンバはわからない。
只、カインを見ていると、余計イライラするような気がした。
部屋を出て、ホテルのレストランへ向かう。
まだ舞台の幕が上がるまで時間があるが、予約客が、もう既に結構来ている。
今頃、ララは緊張していて、舞台の裏で震えているんじゃないだろうか。
テーブルに案内され、まずはディナーのフルコースが次々と運ばれる。
舞台はリンシー・ラチェットの歌が始まり、照明も薄暗くなる。
ワインを片手に、リンシーの歌声に聴き惚れるリーファスの姿が余りにも似合わな過ぎて、シンバとカインは笑いそうになる。
だが、リンシーが飛行気乗り達の間で、アイドル的存在なのは納得できる。
その歌声はまるで天使のようで、自分との戦いの世界では癒しとなる事だろう。
リンシーの歌が終わると、舞台の幕が上がり、ミュージカル風の芝居が始まった。
ララの出番はいつだろうと待っていたが、なかなか出てこないので、欠伸をしそうになるシンバ。だが、その芝居は結構面白いのだろう、いつの間にか、リーファスもカインも真面目な顔で芝居を魅入っている。
それだけじゃない、芝居を見ながら、笑ったり、難しい顔をしたりする二人は、すっかり芝居の世界に入り込んでいる。
シンバは、この芝居がそんなに面白いのか、よくわからず、首を傾げる。
こんな所で食事を堪能し、優雅に歌を聴き終わったら、ミュージカル風の芝居を見る。そんな慣れないシチュエーションに、シンバは退屈でしかない。
それに、こんなのんびりとした時間の中にいて、許されるのだろうかと、シンバは捕らえられたままのガムパスの事を想う――。
「ララだ」
小声で、そう囁くカインに、シンバは顔を上げ、舞台を見る。
ララは少し震えた声で台詞を言うが、しっかりとした聞きやすい大きな声で、初めてにしては上出来だろう。
ミュージカルだから、ちょっとした台詞を歌にしたりするが、ララもちゃんと歌えている。
流石、オグル・ラピスラズリの孫。
度胸は据わっている。
ララは舞台の上、輝いていた。
カインが飛行機について、リーファスに話を聞く時のように、目がキラキラと輝いている。
――へぇ。
――そうなんだ。
何がそうなのか、よくわからないが、シンバは何かに頷いていた。
そして、更に苛立ちが募っていた。
もう限界かもしれないと言う程、イライラが止まらなくて、シンバは席を立ち、先に部屋に戻った。
最後まで見ていたら、きっと、このイライラは爆発しただろう。
リーファスもカインも、芝居に夢中で、シンバが席を立った事など、気付いていない。
気付かれなくて良かったと思っている。
余計な事を聞かれたり言われたり、今はそういうのは、ウザったい――。
シンバは再び布団に潜り込んだ。
リーファスとカインとララが部屋に戻ってきたのは知っているが、寝たふりをして、シンバは、ベッドから出ずにいた。
その内、眠りについたが、昼寝もしてしまったせいで、夜中に目が開いた。
部屋は薄暗くなっていたが、ララとカインの寝息と、リーファスとリンシーの話し声が聞こえて来た。
「ねぇ、リーフ、ララちゃんを私に預けてみない?」
「子供は嫌いなんだろう?」
「ララちゃんはもう子供じゃないわ。何かあったら、いつもフォータルタウンの神父にお願いしてるんでしょう? もうそれはやめた方がいいわ」
「何故だ?」
「これだから男は駄目よねぇ。これからララちゃんはどんどん大きくなるわ、女としてね」
「・・・・・・あぁ」
「傍にいるのは男じゃなくて、女の方がいいと思わない?」
「シスターもいるさ」
「でも教会はララちゃん以外の子供も集まるわよね? ララちゃんだけ、特別って訳にはいかないんじゃないかしら?」
「うーん・・・・・・」
「将来、ララちゃんをシスターにでもさせるつもり?」
「いやぁ・・・・・・」
「家も燃えたんでしょう? なら、ララちゃん帰る場所ないじゃない」
「んー・・・・・・」
「ねぇ、そんなに悩む事?」
「ララをどうする気だ?」
「今日の舞台を見たでしょう? ララちゃん、初めての舞台にしては堂々としていて、歌声も綺麗だったわ。ねぇ、ララちゃん、将来、歌手になる気はないかしら?」
「歌手? お前みたいなか?」
「そう! もしくは舞台女優としてでもいいの。その素質があると思うのよ」
「それは・・・・・・ララに聞いてみないとな」
「ララちゃんが歌手になりたいって言えば、私に預けてくれるの?」
「あぁ、そうだな。でもどうしたんだ、一体?」
「何が?」
「いや、オグルが死んだ時、ララの面倒を見てくれと言ったら、子供は嫌いだと断ったじゃないか」
「だから、もうララちゃんは子供じゃないわ。それに、あの頃、私、まだ若かったから、子供の世話なんて無理だったし」
「おいおい、去年だぞ」
「そうね、去年よ」
「去年、ララはまだ子供で、今年はもう子供じゃない?」
「ええ」
「そして、去年、お前はまだ若くても、今年はもう年寄りだって?」
「年寄りって言い方は頷けないわねぇ。でも、まぁ、そういう事」
「どういう事だ。本当の狙いはなんだ? リンシー」
「狙いだなんて、変な事言わないで」
「本当の事を言えよ、何故、ララを?」
「育ててみたくなったの! 今日のララちゃんを見て、あの子の将来が見えたのよ!」
「ララの将来?」
「あの子は舞台に立って、光を浴びる、一握りの人間よ。その可能性を持っているの。私にはわかる。ねぇ、リーフ、それとも、アナタ、私と結婚でもしてくれる?」
「飛行気乗りのオレと結婚なんかしていいのか?」
「嫌よ。だから飛行機から下りて結婚してくれる? そしたら、自分で子供でも生んで、その子を舞台に立たせるわ」
「バカ言え。オレの子供でもあるだろう、そしたら飛行機乗りに育てるさ」
「冗談でしょ、飛行気乗りになんかさせるもんですか!」
「想像の子供の将来を話し合っても無駄だ。やめろ」
「そうね、今はララちゃんの話よね。ねぇ、リーフ、ララちゃんに聞いてみたらいいわ」
「何を?」
「舞台にまた立ちたくないかって。きっと立ちたいって答えるわ」
「じゃあ、そう答えたら、その時に考えるさ」
シンバはその話を聞いて、モヤモヤした気持ちが苛立ちを募らせるのを感じていた。
何度も寝返りをうち、これ以上、二人の会話を聞かないよう、両手で耳を塞いだ。
朝、風祭が始まる。
天気は曇り。
今にも雨が降りそうだ。
ジェイド王は来ているのか、シンバにはわからない。
一人、部屋に残り、ベッドから出てないのだ。
体調が悪いと言う嘘の理由で、布団に潜り込んでいる。
アクロバット飛行が始まったのだろうか、歓声が、窓も開けていないのに聞こえてくる。
この曇り空で、何をしようとしてるんだかと、シンバは祭りに呆れているが、ベッドに引き篭もっている自分が一番呆れると思っている。
ドアが、ガチャリと開く音がして、シンバが起き上がると、リンシーが入って来た。
「体調が悪いんですって? 大丈夫?」
「・・・・・・」
「うふふ」
何故かシンバの顔を見て、クスクスと笑うリンシー。
眉間に皺を寄せ、そんなリンシーをジッと見ていると、
「あぁ、ごめんなさいね、リーフの言った通りだと思ったから」
と、まだクスクス笑う。
あのオッサン、一体、何を言いやがったんだと、更に眉間に皺を寄せるシンバ。
「駄目よ、仮病は」
「え!?」
「リーフが多分仮病だろうって」
「・・・・・・そんな事ねぇよ、腹が痛てぇんだ!」
「あらそう? ねぇ、ここの部屋、とってもいいでしょ」
「スイートだしな」
「部屋から飛行機が走るのを見られるのは、この部屋だけよ。あなたの為にこの部屋にしたのよ、リーフは」
「オイラの為?」
「そう。どうせアイツは風祭なんて行かないって言うだろうからって。あなたに見てほしいのよ、自分が飛ぶところを」
「速いって自慢したいんだろ」
「そうね、男は幾つになっても自画自賛したい生き物だしね。キミはあるの? 自分を褒めれるトコロ」
「・・・・・・」
「うふふ」
「そんな可笑しいかよ!」
「えぇ、だって、アナタ、リーフそっくりだから」
「どこが!?」
「リーフも散々、迷って、悩んで、苦しんで、そして自分の憧れと理想を捨てて、飛行気乗りになったの」
「・・・・・・憧れと理想を捨てた?」
「えぇ、リーフは飛行機乗りになりたかった訳じゃないの。あの人はね、空賊になりたかったのよ」
「嘘だ」
「本当よ、私達が子供の頃、空賊と呼ばれる船が一機、空にあっただけ。空を雄大に行く大きな飛行船。仲間を集め、空を自由に優雅に、何者をも恐れずに行く、その船はサードニックス!」
「サードニックス!?」
「そう、アナタの所属する船ね」
「オヤジが活躍してたのか?」
「えぇ、それはもう、子供達の憧れだったわ、ヒーローそのものよ。空軍にも恐れずに、立ち向かったのだから。当時、賊と言われる連中が海にも陸にもいて、人々を恐怖に陥れていたわ、更に国同士の戦争の名残りもあって、国に属する騎士とか兵士は、偉そうに人々に接してたのよ、特に空軍はね、空から偉そうに民達を見下ろしてた。それをガツンとやっつけたのがサードニックスよ、リーフは夢中だったわ、そのヒーローに」
「それで?」
「うん? リーフの話を聞きたいの? それともサードニックス?」
「両方!」
「うふふ、いいわ、じゃあ、話してあげる」
と、リンシーはベッドに腰を下ろし、シンバと向き合う。
赤いマニキュアと赤いルージュとアップにした髪形。
ふわりと香る香水と白い肌とブルーの瞳。
美しいリンシーは、シンバに優しく微笑む。
「リーフはガムパス・サードニックスに憧れ、空を夢見るようになったわ、だけどリーフの前に現れたのは飛行気乗りのオグル・ラピスラズリ。オグルは一目みて、リーフを気に入って、飛行機乗りに育てようとしたの。でもリーフは嫌がったわ、オレは空賊になるんだってね。その頃、サードニックスは空軍と戦い、勝利し、空を支配した。ずっと偉そうに戦士様だと大きな顔をしていた軍は、退いたのよ、サードニックスにね」
「すげぇ! オヤジ、すげぇ!!!!」
「だけど空が広いように、世界は広い。他にも空賊として名を挙げようと、この世は空賊時代へと移り変わった。空軍も撤退し、空賊同士の戦争が始まる。でも飛行気乗り達は空を空賊達に譲る気はなかった。勿論、空賊達も飛行機乗りに空を譲る気はない。そんな時、オグル・ラピスラズリはサードニックスの船に乗り込んだの」
「伝説の飛行機乗りが、サードニックスの船に? なんで?」
「話をつける為よ。自分の目が黒い内は、空賊なんかに、この空を渡さないってね」
「よく殺されなかったな」
「オグルを殺す? まぁ、喧嘩はあったかもだけど、殺すなんて、そんな事、ガムパスはしないわ、だって、二人は元々、大親友だったんですもの。だから空賊のテリトリー、飛行気乗りのテリトリーがあるのも、オグルとガムパスが決めた契約よ」
「伝説の飛行機乗りとオヤジが親友だったのか? まさか!」
「空を愛する気持ちはお互い一緒よ。オグルはスピードを求め、ガムパスは強さを求めた。それだけの事だもの、空賊も飛行機乗りも、元をただせば変わりないって事。多分、リーフも、それを知って、飛行機に乗る事も悪くないって思ったんじゃないかしら。彼の心境の変化は、ちゃんと聞いたことがないから、よくは知らないけど・・・・・・でも、リーフは、確かにサードニックスに憧れと理想を持っていたのよ」
「・・・・・・」
「そして、リーフが大人になって、飛行機乗りとして頑張っていた時に、事件は起きた。リーフと共に飛行気乗りとして頑張ってきた友人が、雨の日に事故に合って、視力を半減させてしまったの。天候の悪さで、強風にも流され、コースがずれた事にも気付かず、空賊達のテリトリーに入り込んでしまって、戦争に巻き込まれたのよ」
「・・・・・・」
「命は助かったけど、リーフなんかより、ずっと飛行機を愛し、そこに憧れも理想もあったのよ、だけど、それを捨てる事になった。リーフは自分のせいだと自分を責めた。そうね、若かったとは言え、考えが及ばない子供でもなかった。こればかりは、本当にリーフのせいね、オグルの言う事も聞かず、彼を飛ばせたのはリーフなんだもの。だから今も、リーフは自分を責め続けているのよ」
「・・・・・・」
「どれだけの人間が自分の思い描いた憧れと理想を捨てずに、生きていると思う?」
「・・・・・・」
「憧れと理想を捨てる事も、自分の道を切り開く事よ。リーフは飛行機乗りになる為に存在するような男。そこに憧れも理想もなかったとしても、今、リーフは、誰もが憧れ理想とする存在よ。少年はそんな男の背中を見て、憧れるもんでしょ?」
「・・・・・・」
「リーフはね、次の世代に、憧れと理想を残す事にしたのよ。自分は憧れも理想も手に入れられなかった。だから残す事にしたの。そういう生き方もカッコイイと思わない?」
黙り込んで、俯いているシンバ。
「最近の空賊達は、空を愛する事を忘れたみたい。アイツ等は只の賊よ」
「オイラ・・・・・・地上で、初めて空を見た時、綺麗でビックリした」
「そう」
「飛行船から見る空とは違ってた」
「そう」
「でも、飛行船から見る空も悪くない」
「そう」
「オイラ、空が好きだ。だから只の賊だなんて言われたくない」
「そうね、アナタが変えるといいわ」
「変える?」
「えぇ、空賊時代を変えてみて? ガムパスが本当に築きたかった時代に」
「・・・・・・」
「ガムパスは、空軍を一掃したのよ、彼は、その時、間違いなくヒーローだった」
「・・・・・・」
「彼が憧れと理想とするのは、本当に賊だったのかしら?」
「・・・・・・」
「ヒーローだったんじゃない?」
「・・・・・・」
シンバは、何も返事ができず、只、黙り込む。
「ねぇ、見てあげてよ、リーフはアナタに見せたいのよ、そして、アナタに残したいのよ、憧れる事と理想とする事を! リーフを見て、飛行機乗りになれとは言わないわ、でもリーフの生き様を見てみて? きっとアナタの答えが見つかると思うわ」
「オイラの答え・・・・・・?」
「憧れと理想を捨てても、なりたいモノにはなれる!」
そんな事を言われてもと、シンバは俯く。
俯いて、黙っていたが、ゆっくりと顔を上げ、窓へと歩き出した。
それは光ある方へ歩き出したようだった。
閉ざした窓を、今、開ける――。
風がシンバを突き抜ける。
曇った空から落ちる滴。
雨だ。
大勢の人が歓声を上げる。
調度、リーファスの出番だ。
「恵みの雨だって」
背後でリンシーがそう言った。
「恵みの雨?」
「もし自分が飛ぶ時に雨が降っていたら、アナタにそう伝えてくれって。雨は挫折を思い出し、もがき、苦しみ、孤独だが、必ずそれが自分のチカラになるって。だから雨は恵みの雨だって。アナタは今、雨の中、苦しんでるだろうけど、きっと、その苦しみは、アナタの強さになるからって」
確かにシンバの気分は雨模様だ。
でも、この気分が本当に自分のチカラになるのか、強さになるのか、シンバにはまだわからない。
それでも、シンバは、窓を閉めず、リーファスを見届けてやろうと決めた。
――雨は恵みの雨だって?
――雨の日に親友から大事なものを奪った奴の台詞か?
――それとも、その出来事があったからこそ、自分を成長させたと言いたいのか?
――だったら見せてみろ、アンタに、カッコイイと思う所を見せてみろ。
――オイラに、飛行機乗りになりたいと思わせてみろ。
――そしたら、一生、アンタを尊敬してやる!
調度、窓から見える真下に、今、リーファスの飛行機ブライトが現れる。
真っ赤な飛行機。
まさに王者に相応しい色と美しい曲線のボディを持ったブライト。
誰もが今までにない程の大きな歓声を上げる。
これだけの期待を背負っているのに、ブライトから感じるオーラは余裕。
雨でもタイムが更に延びるのだろうか。
その時、大きな音が鳴り響き、瞬間、ブライトと周りの建物が爆発するように吹っ飛んだ!
「きゃぁ!」
と、その衝撃で、大きな揺れを感じたリンシーは悲鳴をあげ、床に倒れる。
シンバは、リーファスがどうなったのか、窓から下を覗き込むが、人々のパニックと、爆発の煙で、よく見えない。
「リーファスーーーーーー!!!!」
その叫び声もパニックに掻き消されていく。
一体何が起こったんだと、シンバは窓から身を乗り出す。
「空賊の船だわ!」
リンシーが叫んだ。
シンバも顔を上げ、遠くを見ると――
「アレキサンドライト!」
そう、大きな船の帆はアレキサンドライトの刻印。
「ここは空賊は来れないテリトリーとなってるのに!」
リンシーがそう言うが、最早シャークにそんな規約は意味がないのだろう。
空と大地、全てを支配しようとしているシャーク。
すると、この飛行機乗りエリアも邪魔な存在。
片付けておくかと言う所だろうか。
「どこへ行くの!?」
走り出すシンバにリンシーが叫ぶ。
「あの船の中にオヤジがいるんだ!」
「待ちなさい、危ないわ! リーフが来るまで大人しくしてた方が――」
「そんな死んだかもしれねぇ奴の事なんか待ってられるか!」
「リーフは死なないわ! あの程度でくたばる男じゃないもの!」
だが、シンバはリンシーの言う事など聞かず、部屋を飛び出した。
エレベーターは、さっきの衝撃のせいで止まっている。
皆、風祭に出払っていたのか、階段は然程、人がいないと思って、駆け下りていると、どんどん下から人が上ってくる。
空賊が現れた事で、部屋に閉じ籠もって、それで避難するつもりなのだろうか。
こんな建物、大砲一発で、崩れるのに、外に逃げた方が安全だ。
だが、そんな事、どうでもいいと、シンバは、下へと降りたくて、
「おい!! どけよ!! 邪魔なんだよ!!」
と、怒鳴るが、皆、パニックで、子供のシンバの声など、耳に入っていない。
再び、大砲の音が聞こえ、その衝撃で揺れる。
誰かが、エクントは地震のない町だから、揺れに弱いと叫んでいるのが聞こえた。
このままでは下へ進めないと、シンバは身を低め、人の足の隙間を走り抜け、階段の踊り場へ転げ出た。
まだ35階。
部屋から荷物を持って出てくる人と入れ違いに、その部屋に滑るように入り込み、窓を開け、アレキサンドライトの船が、今、どこら辺にいるのか確認する。
「いない!? どこ行った!?」
どこにも見当たらない船に、シンバは180度ぐるりと見渡し、更に上空、真下と見る。
この部屋の窓からは角度的に見えないのかと、シンバは、向かいの部屋へ入り、再び窓を開け、身を乗り出した瞬間、アレキサンドライトの大きな船が、目の前に現れる。
ヤバイと直ぐに窓を閉め、身を隠したが、それはもう遅かった。
窓から飛び込んで来たのはセルト。
シンバを見つけ、決着をつけに現れたのだろう。
割れるガラスと共に、セルトが部屋の中、転がり、スタッと着地するなり、シンバとバチッと目が合う。
合った瞬間に、シンバは、壁際にへばりついていたが、直ぐにベッドに飛び乗り、広い場所に走る。
セルトはニヤリと笑い、ダガーを振り回し、シンバを襲う。
シンバは避けながら、
「ここは空賊のテリトリーじゃないだろ!」
そう叫んだ。
「お前も空賊だろうが!」
確かに!
だが、来たくて来た訳じゃないと、シンバは舌打ちをする。
右手にジャマダハル、左手にマインゴーシュを構え、セルトの前、構えた。
すると、セルトはフッと笑みを零し、
「それでこそ、空賊だ」
と、満足げな表情をし、シンバに構える。
シンバの脳裏に浮かんだ、セルトの教え――。
〝いいか、シンバ、よく聞け。銃だろうが、剣だろうが、武器を抜いて構えたら、それは相手を殺すと言う意味だ。例えオヤジ相手でも、武器を向けたら、その時は必ず殺せ。相手は武器を向けたお前とは、どんなに罪と罰を贖って報いても、もう二度と心を交えることはない。一生、お前を許す事はないんだ、だから、殺せ。じゃなければ殺される覚悟をしろ。それができないなら、空賊をやめるべきだ〟
その教えの通り、シンバはセルトを殺す気でいる。
〝人を殺す事に躊躇わない。空賊とは、そういう連中なんだ。俺達は人であって、人にあらず、それこそが、俺達が空賊であると言う事。デタラメな生き方だと真っ当な人間は言うだろう、そうだな、真っ当な人間じゃないから、デタラメなんだ。いいか、シンバ、自分の存在を考えるな。何故、存在するのか、いちいち考えてたら人は殺せない。人は簡単に生まれる。だから簡単に死ぬ。虫けら同然。命なんてのは、幾らでも溢れてるんだ。気にする事はない。それができないなら、空賊はやめろ〟
――オヤジが、そろそろオイラにも戦い方を教えてやれって言った時だった。
――その頃からだったのかな。
――セルトは、何かと、オイラに空賊はやめろって教えてた。
――オイラが強くなってく事に、オヤジは褒めてくれるのに、セルトは違った。
――どんなに強くなっも、どんなに敵を倒して来ても、どれだけ勝利しても・・・・・・
――寧ろ、その度に、セルトは、空賊なんて向いてないって。
――やめた方がいいって・・・・・・
それでも、オヤジの言い付け通り、セルトはオイラに戦い方を教えてくれた。
空賊とは、どういう者なのかも、教えてくれた。
この世界の全ての悪という悪を背負って生きるんだと――。
空賊とはそういうものだ。
それができないなら、空賊はやめるべきだ。
常に、セルトは、空賊をやめるべき理由を述べていた。
シンバは、その度に、頷いて来た。
まだ幼いシンバが本当にわかって頷いたのか、わからずに、それでも頷いていたのか、今となっては、もうわからないが、それでもシンバは、空賊をやめずに、今迄、生きてきた。
それが何を物語っているのか、今、シンバは自分の苛立ちの理由を知る。
「セルト!」
シンバはセルトと短剣を交えながら、叫んだ。
「オイラ、ずっとイライラしてた! 苛立ちを隠せなくて、余計イライラしてた!」
「何の話だ?」
「ちょっとした事にイラッとして、その苛立ちがわからなくて!」
「お前は短気なんだよ」
「そうかもしれない、だけど、その苛立ちの理由がわからなかった。何にイライラしてるのか、どうしてイライラして、気持ちがザワザワするのか!」
「だから何の話しだ!?」
「オイラ、ガッカリしたんだ!」
「余裕だな、剣を振り回しながら、お喋りなんてよ、シンバ」
と、今、セルトのダガーが、シンバの腕を掠る。
確かに喋りながら戦う事は、かなりの隙を作る事になる。だが、シンバはセルトに聞いてほしいのだろう。
「オイラに色々と教えてくれて、アニキとして慕って来たセルトが、オヤジを裏切った事、悲しいと思うより、ガッカリしたんだ。オイラはサードニックスを背負いたかった訳じゃない! セルトのような空賊になりたかったんだ! セルトはいつだって優しかった。いつだって笑わせようとしてくれた。いつだってオイラを守ってくれていた。だからオイラは強くなれた! セルトの言う通り、空賊として生きて来れたと思う! オイラは、この世の悪を全部背負って、生きていく! そうなる為に、空賊として生きていく為に、オイラはオイラなりに頑張ってた! セルトからしたら、全然駄目だったかもしれないけど、でも、頑張ってきたんだ、セルトみたいになりたいから! でも今はなりたくないんだよ、セルトのようになりたくない!」
そう叫んだシンバに、セルトは、動きを止め、シンバをジッと見つめる。
「オイラは憧れと理想をなくしたんだ――」
シンバも、動きを止め、ポツリとそう呟いた。
カインやララが未来を夢見るように、目を輝かせる度に、シンバは苛立った。
それはカインとララが手に入れたモノに対し、自分はソレを失ってしまったからだった。
「で? だからもう空賊はやめるって事か?」
「そうじゃない!! そうじゃなくて!! もうセルトには任せられない!! だから、セルトに頼る事もしねぇよ!! オイラがサードニックスを背負ってくんだ!!」
「・・・・・・ハッ! 全く、とことんバカだな、なんもわかってねぇ、テメェはよ!!」
「セルト、言ったよな? オイラの目を見れば直ぐにわかるって。なら、オイラ、いつもセルトをどんな目で見ていた?」
「知るかよ!!」
「オイラはセルトを見る時、どんな目の色をしてた?」
「知らねぇよ!!」
「聞かなくてもわかる。きっとオイラの目は輝いてた。そうだろう?」
「もういい。いい加減にしてくれ。うんざりだ」
「セルト・・・・・・」
「俺の何を知って、勝手な理想作り上げて、作り上げた俺に勝手に憧れて、冗談じゃねぇ。お前は、空賊に向いてねぇんだから、さっさと、やめちまえよ」
「そんなにオイラとサードニックスを背負うのが嫌だったのか? そんなにオイラがサードニックスとして、セルトと一緒に生きていくのが嫌だったのかよ?」
「あぁ、嫌だね」
「そうかよ・・・・・・わかったよ・・・・・・もうわかった、わかったよ、セルト――」
「本当にわかったのか?」
「あぁ、オイラを殺したいなら殺せよ、オイラも、もう手加減しねぇ」
「手加減?」
「あぁ」
シンバは頷くと、右手のジャマダハルをギュッと握り直した。そして――
「オイラも、セルトとは、もうやっていけない。セルトに、憧れも理想もない。セルトに対しての、そんな感情は捨てたよ」
――この想いを捨てた今は、戸惑いなどない。
――オイラはセルトを倒し、セルトを超える!
――サードニックスは、オイラ1人でも守ってみせる!!
今、シンバの瞳の色が、迷いから抜け出した光を放った。
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