3.空賊と飛行機乗り


「じゃあ、ララ、いい子にしてるんだぞ?」

「うん、リーフおじさんもね!」

「オレか? オレはいつだっていい子さ」

そう言って笑うリーファスに、神父は呆れ顔。

「シンバ、また会えるといいね!」

「・・・・・・」

黙っているシンバに、

「ね?」

と、再び、聞き返すララ。

「・・・・・・また・・・・・・会えると・・・・・・いいね――」

途切れ途切れに棒読みで言うシンバに、ララは

「それ、私の真似しただけでしょー!?」

と、シンバを突き飛ばす。

笑うリーファスと神父。続けてララも笑う。だが、シンバは笑わずに、

「・・・・・・お前、名前は?」

そう聞いた。ララはきょとんとした顔で、

「名前? 私の? 教えたよ」

そう言った。

「覚えてない。でも覚えてやる」

「・・・・・・そう、ラティアラ・ラピスラズリ。愛称ララ」

「覚えた」

言いながら、シンバは、昨日のリーファスと神父の話を思い出す。

伝説の飛行機乗りオグル・ラピスラズリという存在を――。

ララと神父に別れを告げ、リーファスの後について行くシンバ。

「飛行機はララが住んでた家から、少し離れた山林に隠して置いてある。そこまで歩きだ」

リーファスはそう言うと、コクリと頷くシンバの頭を撫でようとして、その手を弾き返された。

「触んな!」

「つれないねぇ」

「うっせ!」

「あ、ほら、見ろ、シンバ! 鳥の群だ。すげぇな。海を渡る群れが、列を成して飛んでいく横を、飛行機で一緒に飛ぶとな、まるで鳥になった気分になる。お前、鷲とか鷹とか見た事あるか? 大きな鳥でな、カッコイイんだぜ。うん? どうした?」

「先に言っておく。オイラはオッサンと一緒について行く気はない。オイラはサードニックスに戻る。オイラのオヤジはガムパス・サードニックスだ」

「あぁ・・・・・・? なんだ、お前、もしかして、昨夜、オレと神父の話を聞いたのか?」

「オッサンが大事に思う女の名前は覚えた。ラティ・・・・・・ラティなんとか・・・・・・兎に角、ララだ! オッサンは、オイラをサードニックスに届けるだけでいい。余計な事はするな。もし、余計な事をしたら、オッサンの大事な、あの女がどうなるか――」

「ははは、賊っぽいねぇ」

「っぽいってなんだ!? オイラは空賊だ!」

「だが、サードニックスがなくなってたら、どうする?」

「え?」

「お前、戦いの末、空から落ちたんだろう? サードニックスが無事に勝利してるかどうか、わからんよなぁ?」

「・・・・・・」

「相手は、あのシャーク・アレキサンドライトって言うじゃないか。ガムパスはかなりの爺さんだったしな? もう殆ど動けない体だと聞いている」

「・・・・・・」

「もしサードニックスが負けていたら、お前、どうするんだ?」

「・・・・・・」

「行く宛はあるのか?」

「・・・・・・」

「昨日の話、聞いていたなら、オレが思った事を言おう。お前、空賊はやめろ。だが、空は好きだろう? 飛行機乗りになれ。オレが飛行船なんかじゃねぇ、最速の飛行機の操縦、教えてやる。気持ちいいぞ、風になるのは――」

「・・・・・・オッサン」

「オッサンと呼ぶな、リーファスと呼べ。リーフでもいいぞ」

「・・・・・・オッサン、わかってねぇよ、何も!」

「うん?」

「オイラはサードニックスだ! オイラが生きているって事はサードニックスはまだ全滅した訳じゃない! たった一人になっても、オイラはサードニックスだ!」

そう言い切ったシンバに、リーファスは、ニヤリと笑い、

「気に入ったよ。オレの見込んだ通り、お前は本当にかっこいいねぇ」

そう言った後、シンバにデコピンを食らわし、

「オッサンって言うな」

怖い顔を向けて、そう言った。

デコピンされたオデコを手で押さえながら、言いたいとこはそこかよ!?と思うシンバ。

シンバの小さな身長では、リーファスにデコピンを返せない。それが悔しい。

背伸びをしても、手を伸ばしても、届かない位置に顔がある。

チクショウと呟き、ムッとした表情になるシンバ。

「シンバ、飛行船も空を優雅に漂い、悪くはない。だが飛行機はもっといいぞ。何よりスピードが出せる! お前、空へ帰りたいのは何故だ?」

「オイラの名を世界に広めるんだ。誰が一番強いのか、空で天下をとれば、地上にも響き渡る!」

「ま、そんなトコだろうな、賊が考える事は」

「そんなトコ!?」

「思ったままの答えだと言ったんだ、くだらねぇなぁ、と言うか、小せぇなぁって事だよ」

「どこが小さいってんだよ、空だと国境のスカイラインさえ渡り、全てを支配できるんだ! その中でも最も強い奴が一番になれる!」

「で? 一番になったら?」

「え? あ、えっと、一番になったら、ずっと一番でいるようにするんだよ!」

「つまり一番がゴールって事か?」

「そうだ!」

「ゴールが見えるなんてつまんねぇだろ。いいか、スピードはゴールなんてない。新記録が出たとしても、それをまた塗り替える為に飛ぶんだ」

「・・・・・・」

「悪いが、お前等、空賊とはスケールが違う。どうせ、戦う事ばかり考えてんだろ? そんなの空じゃなくても海でも陸でもできるじゃねぇか。舞台は空だぞ? なのに小さいねぇ! かっこ悪すぎる! 頼まれてもオレはそんな生き方はごめんだね!」 

「なんだと!?」

「いいか、シンバ、男は大きく夢を持て! 常に挑戦する精神と何事にも揺るがない度胸を持て! 負ける事に脅えず、それをチャンスに変えろ! 毎日が祭り気分になるワクワクするような冒険をしろ! それが空で生きる男ってもんだろ」

――ヤバイ。

――今、オイラの体を風が通り抜けた気がした。

――不思議な衝撃。

――この不思議な感情が、ヤバイと思わせた。

――何故だろう?

――カッコイイと思ってしまった悔しさか?

「お前は空賊である前に男だろ? だったら、男らしく生きろ。折角、男に生まれたんだ、勿体ねぇ!」

「・・・・・・」

「しかも、お前は空を舞台にしてんだ。空でしかできない事をやったらどうだ?」

「・・・・・・アンタこそ、男の癖に恥ずかしげもなく、べらべらべらべらくだらねぇ事言ってんじゃねぇよ!! さっさとオイラを空へ戻せ!!」

「はいはい、わかりましたよ、空賊の坊っちゃん」

リーファスのアッサリとした態度。

だが、シンバを諦めた様子ではない事に、シンバも不機嫌な顔のまま。

それにしても、地上から見上げる空の綺麗な事――。

「おい、何か、風が妙だな」

「え?」

「感じねぇか? 雲の動きを見てみろ」

そう言われ、シンバは空を見上げる。

でも、雲の動きと言われても、地上から空を見上げた事などなかったシンバは、雲の動きが、わからない。いつもは空から空を見ていたから――。

すると、来た方向から、大きな荷物を持った家族が走って来た。

「空賊だ! 空賊が攻めて来た!」

そう叫びながら。

リーファスは、そう叫んだ男の腕を掴み、

「待て! 空賊が攻めて来たって、空から下りて、町を襲ってるのか?」

そう尋ねた。

「そ、そうだよ! 教会にいる女の子が目当てみたいだけど、その女の子が、教会にいなくて、そしたら、老婆と一緒にいたらしく、その老婆が女の子を庇って、それから、それから、兎に角、老婆が殺されたんだよ! そしたら、町の若い奴等が怒り出して、空賊と喧嘩みたいになって、銃で撃たれた奴もいた!」

「なんだって!?」

「もういいだろ、離してくれ! 逃げないと!」

男がそう言うので、リーファスが手を離すと、家族揃って、急いで逃げて行った。

「あぁ、オレが逃がしたアレキサンドライトだな。ララと一緒にいるのを見られたからな、殺しておくべきだった。だが、ララの前で殺す事はできなかった・・・・・・」

リーファスがそう呟きながら、顔を苦痛で歪める。

――オイラが網で捕まった時の事だな。

「・・・・・・オッサン」

「リーファスだ、もしくはリーフだ」

「・・・・・・リーファス、町へ戻っても、あの子は人質となってて、既に船の中かもよ?」

「そうだな」

「行っても無駄だよ」

「そうだな」

「ここら辺はポルトエリアだ。暫くしたらルッツェ王の耳に入り、兵士達がやってくる。ジェイドエリアも近い。ジェイドは大国だし、強い騎士がいるって噂もある」

「そうだな」

「あの子は捕まったかもしれねぇし、何人かは死んだとしても、直ぐに兵士か騎士が来る。だから大した被害にはならねぇよ」

「兵士か騎士が来る? 待ってられると思うか?」

「待つしかねぇだろ」

「待ってられるか!! 被害云々じゃねぇ!! オレが気に入らねぇんだ、こんなやり方をしてくる空賊がな!!」

「気に入らないって、子供かよ!」

「お前は聞き分けのいい大人なのか? シンバ、これ、飛行機のキーだ」

リーファスはシンバの手の中に鍵を入れる。

「ララの家から東方向の山林の中に飛行機はブルーシートに被せて置いてある。お前、船の操縦はサードニックスで教わったのか?」

「とりあえず」

「なら、大丈夫かもしれねぇな」

「大丈夫って何が?」

「いいか、シンバ、お前は、飛行機でアレキサンドライトの船に乗り込む。オレは町へ行き、人々を助ける。まだララも船の中とは限らないからな! だが、船にララがいたら、絶対に助けろ!」

「二手に別れるって事か。だけどオイラ、アレキサンドライトの船に乗り込めるなら、あの子よりオヤジを助ける。でも、まぁ、あの子も助けてやってもいい」

「助ける順番は好きにしろ、只、ララを無傷で助けねぇと、許さねぇ」

「わかったよ」

と、シンバが頷くと同時に、リーファスはフォータルタウンへ走り、シンバは山林へと走る。

燃えて、跡形もなくなったララの家を通り過ぎ、東方向の山林の中、飛行機は確かにあった。シンバは、ブルーシートを外し、美しいそのボディに息を呑んだ。

「・・・・・・お前、凄いな、綺麗だ」

思わず、飛行機にそう話しかけるシンバ。

赤いボディに、横腹には、金色でNEVERと文字が描かれている。

レッドとゴールド、まさに王者の色。

前と後ろに二人乗り込めるようになっている。

だが、この山林の中で、プロペラを回す事も走らす事もできないので、飛ぶ事なんて、できる訳がない。

「くそっ! あのオッサン、オイラ一人で、この飛行機を広い場所まで、どうやって運べって言うんだ! 考えナシかよ!」

一人のチカラでは、押しても引いても、飛行機は動かない。せめて後一人いればとシンバは下唇を噛み締めながら、何度も飛行機を押してみる。

ふと、町から逃げてきた人々が目に入った。その中の一人――。

「おい、おい! お前! おいお前って!! そこの子供!!!!」

シンバは人々の所へ走り、手を振り、そう叫んだ。だが、止まらない人々の流れに、シンバは、人々の中に入り、一人の子供を捕まえた。

「おい、子供! お前、何無視してんだよ!」

「こ、子供って、キミも子供だろ・・・・・・」

「お前、あの女の友達だったな!?」

「あの女って、ララの事?」

「手伝え!」

「ええ!?」

「早く来いよ!」

「な、何をする気なの?」

「お前、何脅えてんだ? 早く来いって言ってるだけだろ!」

「お、脅えてはないけど・・・・・・知らない人にはついて行っちゃいけないし」

「知らない人だぁ!? 確かに! よし! お前、名前なんだっけか?」

「カ、カインだけど・・・・・・」

「カイン、よし、覚えた。オイラの名前はシンバだ、覚えたか?」

「お、覚えたよ・・・・・・」

「よし! 今から、お前はオイラの仲間だ!」

「え? ええええええええええええええええええ!?」

「来い! 飛行機動かすの手伝ってくれ! 早くしろ、コイン!」

「カインだよ!!!! 覚えてないじゃん!!!!」

シンバはカインを連れ、山林へ戻り、飛行機を、すぐそこの広い草原まで出したい事を言う。

「これリーフおじさんの飛行機だよね?」

「知ってんのか、あのオッサンの事!」

「勿論だよ! リーフおじさんは孤児達の憧れだもん!」

「憧れ? お前、孤児なのか?」

「そうだよ、でもバカにするなよ! 教会の日曜学校に通ってるし、学問は身についてるんだからね! 平日は新聞売りをして働いているんだ。ララも日曜学校に通って、平日は花売りをして働いてる。キミは何をしてるの?」

「オイラ? オイラは・・・・・・」

シンバは自分の日常を思い出す。

夜、見張りだった場合、朝は寝ているが、見張りじゃなかった場合、朝から起きて、船員達の飯の仕度、午前中の内には船の掃除もある。

午後からは剣の練習も兼ねて、体を鍛える。

夕飯前に船員達の飯の仕度、その後は、酒を飲んだ奴等がバカ騒ぎして――。

勿論、他の船と戦ってない場合の日常であって、これが戦争となると、朝から晩まで、相手が白旗をあげるか、全滅するか、もしくは、こっちが負けるまで、戦いは続く。3日3晩、続いた戦争もある。

つまり、朝から晩まで、血を浴び、人を殺している。

全く学問を教わってない訳じゃない、だが、シンバが教わっているのは人の殺し方。

最強と謳われた空賊ガムパスの全てを伝授される為に、シンバは存在する。

――オイラは空賊だ、日曜学校なんて必要ないし、金なら人を殺せば幾らでも入る。

そう思うのに、なんだか、とても虚しく感じる。

その感情が、どういう事なのか、シンバはまだわからない。

シンバは感情がない。それは、そういう風になろうとして、生きて来たからだ。

ひとつひとつ、湧き上がる気持ちが、なんなのか、思い出す事もできない程に。

無駄な感情など全て捨てた。なのに、今更、心を揺さぶられる気持ちに名前があるのなら、その名を思い出そうとしているのか、迷いと混乱と、苦しさに悩む。

「なんで黙ってるのさ? ねぇ、リーフおじさんの飛行機があるって事は、もしかして町で暴れてる空賊をリーフおじさんがやっつけてくれるのかな? 知ってる? リーフおじさんも孤児だったんだ、僕はリーフおじさんのようになるんだ、将来、飛行気乗りになって、空賊達を倒すんだ、カッコイイだろう?」

「あのオッサンは賞金稼ぎで倒してるんだろうが。飛行機乗りとは関係ねぇだろ」

「だから、賞金稼ぎにもなるんだよ。空賊達をバッタバッタと薙ぎ倒してやるんだ」

「へぇ、じゃあ、薙ぎ倒してもらおうか」

「え?」

「逆に殺されねぇようにしろよ、ほら、そっち押せよ!」

「押してるよ!」

飛行機が少しずつ動き出す。

「おい、機体を木に当てるなよ!」

「わかってるよ!」

「まぁ、木に当てたくらいじゃぁ、ビクともしないだろうけどな」

「わかるの? 飛行機の事」

「あぁ、わかるっつーか、コイツが、オイラに語ってくるから――」

「語る? 語るって喋ってるの? 飛行機が?」

「あぁ! 飛びたいってさ」

「・・・・・・大丈夫?」

「なにが?」

「いや、なんか、頭でも打った?」

「は?」

「それとも、キミって意外とメルヘンチック?」

「何言ってんだ!? ふざけた事ばっか言ってると殴るぞ!!」

「ほ、褒めたんだよ、悪い意味じゃない!」

「黙って押せよ!」

「押してるよ!」

ちょっとした上り坂で、二人は歯を食いしばり、大きな飛行機を押す。

流石、子供と言っても男の子。

いざとなれば、凄いチカラが出るものだ。

なんとか広い草原に飛行機を出せた。

「悪かったな、もう行ってもいいぜ」

言いながら、シンバは首に下げているゴーグルを目にする。

もう行ってもいいと言われても、カインは辺りを見回し、誰もいない事に溜息。

皆、どこへ逃げたのだろう、置いてけぼりだ。

「・・・・・・キミ、ゴーグルしてどうする気? まさか、飛行気乗りなの!?」

「冗談だろ」

言いながら、シンバは飛行機のキーを取り出し、前と後ろのドアを開け、まず、後ろの操縦を自動操縦に設定してあるか確認する。

「何してんだよ、リーフおじさんはどこにいるんだよ?」

「ここにいたら、わざわざ、お前を呼んだりしねぇよ」

「どういう事? ねぇ? これ、リーフおじさんの飛行機なんだよね? 勝手にいじったらダメだよ!」

「いいんだよ、そのお前の憧れのオッサンに許可を得ている」

「許可? やっぱりキミは飛行気乗りなの? 子供なのに?」

「冗談だろ、オイラは空賊だ」

シンバはそう言うと、先頭の操縦席に乗り込んだ。

「空賊・・・・・・?」

カインは驚いて、飛行機に乗り込むシンバを唖然として見ていたが、プロペラが回り、草原の草が飛び散るのを見て、何を思ったか、後ろの操縦席に乗り込んだ。

そんな事は知らないシンバは、初めての飛行機の操縦にドキドキしている。

エンジンスタートは飛行船と違い、超うるさい。

思わず、耳を両手で塞ぎそうになるくらいだ。

ふと、ヘッドホンがある事に気が付き、シンバはヘッドホンを耳にする。

草原を走り出す、赤い飛行機。

フワッと風に乗るように舞い上がり、空へ一直線に走り出す。

シンバの額に汗が滲む。

「エンジンのスロットルを全開」

そう呟き、操縦確認をする。

みるみる加速する飛行機。

この速さに、シンバは焦る。このまま加速したら、頭の中が真っ白になりそうだと、

「レバーをゆっくり引き上げ、テイクオフ」

再び呟き、丁寧な操縦。

飛行機のスピードも落ち着き、

「いい子だ、流石、見た目が綺麗なだけあって、中身も綺麗で優しいんだな、お前。よく言う事を聞いてくれる」

と、飛行機を褒める。

目の前は広い青空。だが、空に魅入る余裕はない。

「2000フィート辺りかな、そろそろ水平飛行にするか」

と、スロットルも少し戻す。

気がつけば、手の平は汗でびっしょりだ。

「方向確認するから、このまま、いい子でな」

だが、そう簡単に飛行機は手懐けない。

フライトレベルを維持するのは大変だ。

高度が少しずつ下がって来るから、少しずつ上昇しては戻すの繰り返し。

そして、風の影響は小さな機体には物凄い。

上空と言うのは横風が強く、どんどん流される。

その度に機体を傾けたり、コースを調整しなければならない。

今、方向確認などしている辺り、焦るばかりだろう。

「くそ! 真っ直ぐ飛んでくれよ、頼むよ!」

こんなにも風の影響があるとは思わず、シンバはレバーを強く握る。

コース確認をしてから飛びたてば良かったと、シンバは歯を食いしばる。

〝行き過ぎたんだよ、戻って戻って!〟

ヘッドフォンから声が聞こえる。

「???」

〝フォータルタウンを過ぎてるから戻って!〟

「誰だ、お前?」

〝え? ぼ、僕? えっと、僕は、そう! この飛行機だよ! キミに語りかけてるんだ、キミにしか聞こえない声で!〟

「あぁ!? ふざけんな、お前、カインか!? まさか、後ろに乗ってんのか!?」

〝バ、バレちゃった? だって、これ、リーフおじさんの飛行機だから〟

だから、なんなんだと思うシンバだったが、

「まぁいい。方向確認、頼む」

と、カインのナビを聞く事にした。

操縦に一杯一杯のシンバは方向確認ができない状態だった。

〝どんどん東に流されてる〟

「わかってる! 風が強いんだ」

〝うわぁ!〟

「どうした!?」

〝空がとても綺麗だよ〟

殺してやりたいと思ったが、シンバはララが〝ぶっ殺す〟と言う言葉を言うなと言っていたので、下唇を噛み締め、黙り込んだ。

何故、ララの言う事をキッチリ守っているのか、そんな自分もわからない。

だが、そんな事を考えてる余裕など、今のシンバにはない。

〝あ、飛行船だ! 空賊の船が真下にある!〟

カインがそう叫び、シンバは真下かと、どうやって近付こうか、考える。

――よし、真っ直ぐ飛んで、途中で曲がるか。

――なんだよ、この飛行機、ステアリングチラーがない!?

――どうやって曲がる?

――内側になる方のブレーキをかける方式で曲がるか。

だが、なかなかうまく曲がれず、シンバは空の上、行ったり来たり。

――くそっ! 風がこんなに邪魔だとは思わなかった!

――飛行船とは全く違う!

――大体、こんな高速で、目的地にどうやって着くんだ!?

――そうだよ、飛行機って、空でずっと止まっていられるのか?

――飛行船と違い、漂う事もできないだろう?

「おい! 聞こえるか?」

〝聞こえるよ〟

「空賊の飛行船の真横を飛んだ瞬間、オイラは飛び降りて、飛行船に乗り移る」

〝えぇ!?〟

「この飛行機は自動操縦にしとくから、オイラが飛んできた所を自動で飛んで、着陸していた場所、草原に自動的に着陸する」

〝ちょ、ちょっと待ってよ〟

「お前はそのまま乗ってればいい」

〝キミは本当に空賊なの!? 空賊達と一緒に町を荒らすの!?〟

シンバは、その質問には答えず、もう飛ぶ事に集中している。

速度を落とし、ゆっくり下降。そして、次に曲がり、Uターンすれば、飛行船の隣ギリギリを水平に飛ぶ。

シンバはゴクリと唾を飲み込み、飛行機のドアに手を置く。

風が怖いと思ったのは初めてだ。

空がこんなに近くに感じ、自らと共に存在していると知った。

いつもは景色として見ていた空が、自分と隣り合わせにあり、時には一体化した気分にもなる。

飛行船が風を感じてない訳ではない、飛行機程ではないが、それなりにスピードも出し、飛行する。

だが、やはり、飛行機と飛行船は違う。

同じ空を飛ぶ者同士なのに――。

シンバはドアを開け、風を切るように、飛び出した。

同時に後ろのドアが開き、カインも飛び出した。

驚いたシンバは、思わず、体勢が崩れ、飛行船のデッキの上、うまく着地できず、ゴロゴロ転がる。

体勢が崩れなくても、風のせいで、小さなシンバの体は飛ばされていただろう。

カインの体も宙を舞い、風に捕らわれ、飛行船のデッキの上、転がった。

飛行機は自動操縦で、空を駆け抜けていく――。

「おい! お前、なんで下りたんだ、ここがどこなのか知ってるのか!?」

「空賊の船だよね」

「知ってて何故飛び降りた!?」

「キミが飛び降りたから」

「は!? なんだよソレ! それにここは只の空賊じゃない!」

「只の空賊じゃないって?」

「ここはアレキサンドライトの船だ」

「アレキサンドライト? あぁ、あの悪そうな顔の人だ! 手配広告を見た事ある! 最強なんだよねぇ?」

「最強だよ!! しかも顔だけじゃねぇ!! シャークは本当に悪い奴だ!!」

「あぁ・・・・・・でも僕にとったら、どの空賊も全員、悪い奴だよ」

――そういうもんなのか。

――そうか、コイツにとったら、オイラも只の人殺しか。

――違いない、確かにオイラは人殺し。

――シャークと変わらないか。

「ねぇ、でもこの空賊の船、誰もいないのかな? 静かだね」

「みんな町を荒らしに出てんだろ、オイラはアレキサンドライトに捕らわれたオヤジを助けに行く」

「オヤジ? キミのお父さんが空賊に捕まってるの!?」

「あの女も捕まってるかもしれねぇ」

「あの女?」

「ほら、お前の友達の――」

「ララ? ララがどうして?」

「そうだ、お前、その女を捜せよ。オイラ、オヤジ探すから」

「え!? 一人で行動しろって事!? 無理だよ!」

「無理? お前、結構、勇気あるじゃねぇか、無謀とも言うが」

「そ、そうかな、えへへ」

「じゃあ、オイラ、あっち行くから、お前、そっちへ行け」

「ちょ、ちょっと、一人で行動は無理だって!」

「なんでだよ!」

「こ、怖いよ! 一人はやだ! 置いて行かないでよ!」

「・・・・・・嘘だろ、お前、もしかして、一人で行動とれないだけか? それでオイラの後にくっついてるだけなのか?」

「・・・・・・」

何も答えないカインに、シンバは額を押さえ、とんだ臆病者だと舌打ち。

「なぁ、カイン、お前、自分が思ってるより、凄い奴だよ」

「え?」

「オイラが操縦した飛行機、乗ってるのも、かなり怖かっただろ? なのに、お前は空を綺麗だと言った。それに飛行機から飛行船に飛び移った。パラシュートもないのに、普通はできない」

「それはキミと一緒だったから、怖くなかったんだ。誰かと一緒なら怖くない」

「わかった、じゃあ、こうしよう、オイラはこの船のどこかにいる」

「え?」

「一人じゃない。どこかにいる。だから、お前はそっちから船を探索してくれ」

「でも!」

「大丈夫。今、この船はガラ空きだ。誰も来やしない。もし、来たら、大声あげろ、オイラが直ぐに駆け付ける」

「本当!?」

「あぁ」

――助けるとは約束しないが。

「わかった、じゃあ、僕はこっちを見て回るよ、ララがいたら助ければいいんだね!」

「あぁ」

「それで、どうやって逃げる? 飛行機は行っちゃったよ?」

「脱出用小船がある。とりあえず、ここで待ち合わせよう」

「わかった!」

シンバはガムパスを探し、アレキサンドライトの船の中、走り出した。

――それにしても本当にガラ空きだ。

だが、警戒しながら、シンバは船の中へと潜り込む。

船内は広く、シャークの趣味だろうか、きらびやかな骨董品などが飾られている。

黄金に輝く妙な置物を見ながら、

「顔に似て悪趣味だ」

と、呟くシンバ。

更に奥へと進み、船内の地下、ドアが幾つか並ぶローカ。

その通りで、シュコーシュコーと言う音を耳にする。

それはガムパスがつけている呼吸器の音と一致する。

シンバは、1つ、1つ、扉の前に耳をつけ、呼吸器が聞こえる部屋を探す。

「オヤジ!」

シンバは呼吸音が聴こえるドアの前で叫び、そのドアを開けようとして、鍵がない事に気が付いた。だが、ここで諦めたくない。

シンバは小さな体を扉に何度も打ちつける。

「――シンバか?」

ガムパスの声が聴こえた。

「オヤジ! 鍵はシャーク持ってるのか?」

「シンバ、お前、何しに来た?」

「何しにって、オヤジを助けに来たに決まってるだろ!」

「いいから、お前はもう空から下りろ」

「はぁ!? 何言ってんだ、オヤジ! シャークにやられて、弱気になってんのか!?」

「そうだな、もう儂も年寄りだ。死も近い。そんな老いぼれの持っていたモノは全てシャークにくれてやった」

それは船も宝も船員も全てシャークに盗られたと言う事だろう。

だが、〝くれてやった〟そう言う辺り、ガムパスは何も捨てちゃいないとシンバは思う。

「オヤジ、オイラとオヤジさえいれば、天下無敵だろう? 何もない所から始めりゃいいさ。サードニックスに入りたいと願う賊は沢山いる。オイラがオヤジの手と足になる。オヤジはドーンッと構えて、いつものように、只、座っててくれればいいさ。オヤジが一人で築いてきたサードニックスの名は、オヤジがいるだけで、意味があって、空で無敵誇ってんだから!!」

「シンバ、ジェイドへ行け」

「ジェイド? ジェイドってジェイドエリアのどこへ?」

「ジェイド国だ」

「ジェイド国? 何しに? そこにオヤジを助ける方法があるのか?」

「よく聞け。お前はジェイド国の王子なんだ」

「オヤジ!? 頭イカレたのか!? シャークに殴られ過ぎたか!? 気をシッカリ持ってくれよ!」

「シンバ、儂は正気だ。ジェイド国には、レオン王子と言うお前の双子の兄がいる」

そういえば、フォータルタウンで、〝レオン王子?〟と女性が声をかけて来たなと思い出す。

「シンバ、お前はジェイド国の王子なんだ。だが、お前は生まれつきのラブラドライトアイ。将来、国の王ともなろう者が、その瞳は許されなかった」

――ラブラドライトアイ?

「オヤジ、聞いてもいいか? そのラブラドライトアイってなんなんだ?」

「お前のその目の事だよ、その目は世界中の地で言い伝えられる悪魔の瞳だ。ある書には未来が見える瞳と言われ、またある書には悪魔の子の証と言われ、また違う書には世界が終わる前触れと言われ、預言書にさえ、世界崩壊を意味した文書にラブラドライトアイは出てくる。地上にある全ての書に、その瞳を福音として書かれたものは何一つない。それだけじゃない、ジェイドエリアでは双子は不吉な象徴とある」

「オイラの目は悪い事の証なのか?」

「あぁ、そうだ、お前はこの地で最も邪悪な刻印を持って生まれた子供だ」

「・・・・・・」

「シャークはそれに気付き、お前の出生を探っている。シンバ、お前を利用し、ジェイド王を脅し、ジェイドエリアを手に入れようって魂胆だ」

「は!? シャークは空賊だろ、なんで地上に手を出すんだ!?」

「空も大地も手にすれば、儂を超えて行けると思っているのだろう。ラブラドライトアイ、その瞳は、ジェイド王だけでなく、地上の全ての人々に恐怖を与えるだろう。シャークは世界を支配する事を考えている」

「・・・・・・なんて奴だ」

「シャークは儂等だけの船ではなく、大きな船は全て襲い、多くの船員を手に入れている。今やシャークの手下は数え切れない。だが、そんなもの幾らいても雑魚だ」

「オヤジ、セルトはどうしたんだよ? セルトがいれば無敵だろ? アイツがやられるなんて絶対に有り得ねぇし!」

「さぁな、だが、確かに、アイツがやられるとは思えない。だとしたら、シャークの手下になったか」

――セルトがシャークの手下に?

――いや、それこそ有り得ない。

――アイツは、オヤジのお気に入りだったし、シャークとも互角に戦える程だ。

――互角どころか、オイラの贔屓目かもだけど、セルトのが強いに決まっている。

――なんて言ったって、オイラ同様、オヤジの右腕だったんだ。

――オイラの憧れのアニキで、オイラの一番大好きなアニキ。

――でもセルトなら、とっくにオヤジを助け出していてもおかしくない。

――なのに、今、どこで何をしているんだ?

「シンバ、お前は空から下り、地上へ行き、自らジェイド王に会え。そして、この現状を伝えろ。ジェイドには、強い騎士がいると聞いている。騎士と組んで、シャークと戦った方がいいだろう。だが、もし、お前の存在を王が消そうとするのならば、迷わず、儂が教えた通り、王を殺せ。王と言っても只の人間だ、儂の教えた戦術で充分、殺せる。お前はお前の身を一番に考えろ」

「何言ってんだよ、オイラは空から下りない! なんでシャークのやる事に脅えなきゃならねぇ!? 騎士だと!? そんなもんと組める訳ねぇだろ、オイラは空賊なんだ、サードニックスなんだよ! シャークが、オイラをどうこうしようってんなら向かい撃つまでだ! そうだろう!?」

「シンバ、お前一人で、シャークをどうにかできる訳ないだろう」

――でもセルトがいれば!!

――セルトを探して、一緒にシャークに向かい撃った方がいいな。

――きっとアイツも、どっかでオヤジを助け出すチャンスを狙っているに違いない!

――もしくはオイラを探してるかも!

「オヤジ! また必ず助けに来る! 待っててくれ!」

「シンバ! 儂の言う通り、ジェイド王に会え! おい、シンバ!」

だが、ガムパスの言う事など聞かず、シンバはセルトを探す為、走り出した。

――セルトなら、捕まってるとは考え難い。

――シャークが攻めて来た時、セルト、どこにいたっけ?

――もしかして、アイツもオイラと同じで地上に落ちたか?

――でもパラシュート入りの服は着てただろうから、無事でいる筈。

――いや、この船のどこかに隠れているか?

とりあえず、デッキに戻ると、今、探し始めたばかりのセルトがいた。

驚いたのはそれだけじゃない、カインがセルトに捕まっている。

「セルト!」

シンバが叫ぶと、セルトは、振り向き、少しの間、沈黙になった後、

「あぁ・・・・・・ネズミが船にチョロチョロしてるから駆除しないとさ」

そう言って、微笑んだ。

「セルト、ソイツはアレキサンドライトとは全く関係ない! 空賊でもないから、味方でもないし、敵でもないんだ、離してやってくれ。それからオヤジが奥の部屋にいたんだ。鍵がないけど、オイラとお前でドアを体当たりしたら、開くと思う!」

「・・・・・・」

「セルト?」

「俺の話し、聞いてたか? この船にネズミがチョロチョロしてるから駆除しないとって言ったんだ」

「え?」

「いいか、この船はサードニックスの船じゃない。アレキサンドライトの船だ」

「・・・・・・セルト?」

「アレキサンドライトの船のネズミを駆除しないとって、俺が、その台詞を言う意味、わからないのか?」

言いながら、セルトは、腰のダガーを抜き、体ごと、シンバの方を向いた。

カインは、セルトがダガーを抜いた事で、恐ろしさの余り、逃げれずに、その場にヘナヘナと座り込む。

セルトの黒い瞳に映るシンバ。

風に流れる黒い髪。

シンバはセルトの台詞の意味が、まだわからない。

まだ18歳のセルトは、サードニックスの中で、シンバの次に若かった。

幼い子供の頃に、セルトは、サードニックスに入ったらしく、背中には長剣が背負われており、いつもラフな動きやすいスピード重視の格好をしている。

長剣は、使っている所は見た事がなく、只の威嚇などのカモフラージュだと言って、いつも腰に装着しているダガーを使う。

その装着しているダガーの近くには、ふわふわの犬のような尻尾のアクセサリーを付けていて、そんな可愛らしいものを付けるユニークな性格で、いつも、ウケ狙いの言動が多く、サードニックスのムードメーカーとも言われている。

若さ故に無茶もするが、無茶だからこそ、強さもあり、ガムパスの右腕として、その働きは誰もが納得するものだった。

サードニックスの名が今も尚、無敵であるのは、セルトがいたからだと言っても過言ではない。

「なぁ? セルト? よくわからないけど、早くオヤジを助けないとサードニックスの名を失っなっちまうぞ?」

「わからないのか、シンバ。俺はもうサードニックスじゃない」

「え?」

「俺の名はセルト・アレキサンドライト」

「・・・・・・アレキサンドライト?」

「そう、俺のキャプテンはシャーク・アレキサンドライトだ」

「・・・・・・セルトらしくないジョークだ、この状況で、それは笑えないだろ」

「ジョーク? あぁ、よく冗談をかまして笑わせてやったな、サードニックスの連中を。だが、シンバ、お前は笑ってくれなかったなぁ。感情が乏しいお前に、今更、冗談を言うと思うか?」

「・・・・・・セルト? さっきから何言ってんの?」

「お前は赤ん坊の頃、サードニックスにやってきて、俺はメチャクチャ迷惑だと思っていた。お前の面倒は全て俺に押し付けられた。まだガキの俺が、ガキのお前の面倒をみなきゃならねぇ事にも、うんざりだった。お前のオムツの面倒も俺が見たんだ。それにお前が現れるまで、ガムパスのオヤジが可愛がっていたのは、俺だった。なのに、お前が来てから、お前が成長する度に、オヤジの目はお前に向けられ、俺は・・・・・・とっくにガムパスに捨てられていたんだ。お前が現れた時から――」

「・・・・・・」

「いつかサードニックスを出て行ってやろうとチャンスを伺っていた」

「それが今なのか!? しかもアレキサンドライトに行ったって言うのか!? あのアレキサンドライトだぞ!?」

「あぁ、サードニックスと並ぶ賞金首を持ったシャークの船だ、悪くないだろう?」

「サードニックスの一番の敵じゃないか!」

「敵? 俺の一番の敵はお前だよ、シンバ」

そう言うと、セルトはダガーの刃をシンバに向け、走って来て、ダガーを振り回す。

シンバはそれを避けながら、

「シャークに脅されてるのか? そうなんだろう? セルト?」

と、まだセルトを信じている。

「そう思うなら、そう思ってればいい。だが、俺はなぁ、お前と一緒でガキの頃から空賊だ」

その台詞の意味は、信じる者は只一人、自分だけだと言う事。

仲間も、自分の利益になるなら、裏切って当然。

ルールなんてものはない。

全ては自由に生きる。

それが空で生きる空賊と言う者。

例え、今、手を組み、笑い合っていて、心も許していても、次の瞬間、敵になる事もある。

それを責める事はできない、それが空賊だから。

仲間も、自分に利益があるから、存在する。

自分に面倒なら、全て捨てればいい。

そしてセルトはサードニックスを捨てた――。

だが、シンバはジャマダハルもマインゴーシュも抜かない。

只、セルトのダガーを避けて逃げているだけ。

「チッ! 本当に小猿のように素早しっこい動きをしやがる!」

「セルト、オイラはお前に武器は向けれない。オヤジ同様、感謝してる」

「ハハッ! そりゃいい、人から感謝されるのは初めてだ、悪くない気分だ」

言いながら、ダガーを振り回すセルト。

シンバは、セルトとの想い出が、たくさんある。

思い出せば思い出す程、セルトに武器を構える事なんてできない。

シンバが船の先端に追い詰められるその時、

「シンバ!!!!」

その声の方を見ると、ララが立っている。

セルトが、シンバに夢中になっている間に、カインがララを見つけ出し、助け出したようだ。

セルトは舌打ちをし、ララを逃がしてしまってはシャークにどやされるだろうと思ったのか、ララに向かって走り出した。

今迄、追い詰められそうになっても、武器を構えなかったシンバが、右手にジャマダハル、左手にマインゴーシュを構え、セルト目掛け、ジャマダハルを下から上へ振り切った!

突然の事に、セルトは驚いたが、シンバのその攻撃をうまく交わした。

「・・・・・・なんだ? お前、急に本気だな? あの女と何かあるのか?」

「あの女は無傷で返さなければならない。そう約束をした」

「約束? 誰とだ?」

「・・・・・・誰だっていいだろう」

「そうだな、誰でもいいな。俺の知ったこっちゃねぇ。でも、これでハッキリした。シンバ、お前は空賊になんか向いちゃいねぇ。何回、そう言って来たかな。ガムパスも、本当にイカレてるよ。お前にサードニックスを受け継がせようなんて、シャークの言う通り、只の老いぼれだったって事だ。確かにガムパスは強かった。無敵と言われる程に。だが、所詮、過去の栄光に過ぎないんだよ、サードニックスはな!」

「どういう意味だよ」

「シンバ、お前、なんで俺のジョークに笑わなかった?」

「え?」

「お前、本当は笑いたかったんだろう? 大口開けてさ、大笑いしたかった。違うか?」

「・・・・・・オイラは、笑いたければ、笑うさ」

「そうか? まぁ、俺の寒いギャグに笑う奴も珍しいが、お前は、泣いた事もないだろう? 赤ん坊の頃はよく泣いていたが、物心ついて、空賊だと悟った時から、お前、泣かなくなった。本当は大きな声で泣きたかった時もあったんじゃないのか? もっと怒りに任せ、怒鳴りつけたりしたい時もあっただろう? 全くの無感情だとは言わないが、お前は、自分の感情を殺して、空賊であろうとしているだけだ。そうだろう?」

「何故そんな事言い切れる? オイラでもない癖に、オイラをわかってるかのような事言うなよ」

「わかるさ、シンバ、お前だけだ、自分を偽っている事を悟られてないと思い込んでいるのはな。みーんな、知ってるさ、お前が本当は感情豊かな奴だって事をな」

「は?」

「あぁ、それそれ、また変わったな、色が。そのお前の目の色を見ればな、わかるんだよ」

そう言われ、シンバはハッとして、思わず、腕で目を隠す。

「今更、隠しても遅い。お前は感情が豊かで、本当は人を思いやり、悲しみも分かち合える、そんな奴だ。いつもそうだ、冷たい表情でも、その目は優しい色を放ったり、悲しい色を放ったりしていた。そんな感情を表に出す奴が空賊の頭になれると思うのか? ガムパスも何を血迷ったか、お前のようなガキをサードニックスの跡継ぎにすると言い出した時は、本当に、俺よりも寒いジョークをかます奴がいるもんだと思ったぜ」

シンバは、隠してもしょうがないかと、腕を下ろし、セルトを見た。

「・・・・・・オイラは今、どんな目の色をしてる? なぁ、セルト、オイラの目は――」

「くだらない事聞くなよ、どうせ、お前はここで死ぬんだからな」

セルトはダガーを振り上げ、シンバに襲い掛かる。

そのダガーをマインゴーシュで受け止め、シンバはジャマダハルを振り切った。

セルトの左腕に掠るジャマダハルの刃。

セルトは掠り傷など気にもせず、ダガーを振り回し、シンバを後退させる。

――オイラは、今、どんな目の色をしているのだろう。

――何故、こんな厄介な目を持って生まれたのだろう。

――こんな目さえ持って生まれなければ、オイラは・・・・・・

――オイラは空賊じゃなかったのかもしれない。

――だったら、オイラはこの目に感謝しなければ!

――オイラはやっぱり空が好きだ。

――空に連れ出してくれたガムパスに感謝している。

――オイラはやっぱりサードニックスをなくしたくない!!!!

シンバの本領発揮か、後退していたが、セルトのダガーをマインゴーシュで受け止め、ジャマダハルで、今度はセルトを追い詰めていく。

だが、戦闘の基本はガムパスでも、本当の戦い方をシンバに教えたのはセルトだ。

シンバの動きなど、セルトは手に取るようにわかる。

直ぐに逆転し、シンバを追い詰めるセルト。

「セルト、知ってるのか? シャークは地上にも手を出そうとしている! 全ての世界を手に入れようとしている! 最早、空賊の域を超えているんだ!」

「だから?」

「オイラ達は空賊だろ!? 確かに空賊は自由だ、でも、自由だからこそ、手を出しちゃ駄目な事もあるじゃねぇか! 地上になんか手を出したら、国々の王は黙っちゃいない! 今でこそ、国の軍は大人しくしてるが、空賊が地上を手にするとなったら、国も空賊を放っておけなくなる!!」

「だからなんだよ?」

「だから、シャークを一緒に倒そう!! セルトがアレキサンドライトになるなんて、そんなの有り得ない!! セルトは、サードニックスだろ!! もしかして、アレキサンドライトに潜り込んで、オヤジを助けるとか、そういう事なのか? そうなんだろう? セルトがアレキサンドライトになんか、絶対になる訳ない!!」

「お前は、サードニックスとアレキサンドライト、どう違うと思ってんだよ」

「どうって・・・・・・」

「サードニックスもアレキサンドライトも同じだろ。それとも何か? サードニックスは正義だとでも? だとしたら、シンバ、お前、とんだ勘違い野郎だな。やっぱ、お前は空賊には向いてねぇよ。今、楽にしてやっから――」

シンバの喉を捉えたセルトはダガーを突き上げようとした瞬間、

「そこまでだ、やめろ、セルト」

と、シャークの声に止められた。

見ると、シャークの背後に、リーファスが立っていて、シャークは両手を上にあげている。背に銃でも突きつけられているのだろう。

それにしても、リーファスは、どうやって、この船にやって来たのだろう。

シンバはそんな考えも、どうでもよくなる程、呼吸が乱れている。

「キャプテン・シャーク、何故、止める必要が?」

「セルト、見てわからんのか!」

「さっぱり。折角、シンバに止めを刺せるチャンスだったのに」

「お前が止めを刺していたら、俺様はこの賞金稼ぎに撃たれていた。それにな、その小猿は生きて捕らえろと命じた筈だ。いいか、セルト、俺様の言う事を聞け。お前はアレキサンドライトだろう、それを決めたのはお前自身だ。わかったら、俺様に従い、ダガーを仕舞うか捨てるかしろ」

「・・・・・・チッ!」

セルトは舌打ちをすると、ダガーを床に捨てた。

「いい部下を持ったな、シャーク」

嘲笑うように、そう言ったリーファスに、お蔭様でと、頷くシャーク。

「そこにいる子供達とオレを地上へ下ろす為に小船を出せ。そして、お前達アレキサンドライトは大人しくフォータルタウンから退け」

「フッ、そんな約束守ると思うか? 俺様は空賊だぞ?」

「あぁ、守るさ、守らせてやるさ。お前は空賊かもしれんが、忘れるな? オレは飛行気乗りだ。度胸もスピードも、どっちが上か思い知らせてやってもいい。それにお前一人、殺した所で、空賊の連中はどれだけ悲しむんだ? 寧ろ喜ぶだろう? アレキサンドライトは消えた方がいいと思ってる奴等は大勢いるんじゃないのか?」

「・・・・・・まぁいい、この場は身を引いてやろう」

リーファスよりも、体の大きなシャーク。

見るからにシャークの方が強そうなのに、そのシャークが、リーファスに頷いた。

「オヤジも離せ!!!!」

「なんだと?」

「オヤジも船の奥の部屋に捕まっている! オヤジの事も解放しろ!」

「残念だな、小猿。俺様はガムパスを解放するよう約束はしてねぇ。いいか、約束ってのは一度きりだ。二度はねぇ。そうだろう? リーファス? それとも、ここで暴れてみるか? 一度は身を引いてやろうと考えた俺様も、そう心は広くない。万が一、お前が怪我でもしたら、あそこにいる女の子はどうなる? おっと、これは脅しじゃねぇ。小猿に聞いてみろ、そこにいるセルトはなぁ、ガムパスの右腕とまで言われた男だ、だが、今はアレキサンドライトの賊。勿論、俺様が死んでも悲しまないが、只では済まないだろう、あそこにいる女の子の事もな――」

と、シャークはララをチラッと見る。

見たのはララだが、ララの隣にいたカインがヒィッと声をあげ、ララの背後に隠れた。

「成る程な。シャーク・アレキサンドライトが、随分と大人しく言う事を聞いてくれると思ったら、そいういう事か・・・・・・シンバ、諦めろ、ガムパスなら、そう簡単にはくたばらねぇだろう」

「嫌だ!!」

「シンバ、人質はガムパスだ。なら大丈夫だ」

「嫌だ!!」

「シンバ、駄々をこねるな」

「嫌だ! オヤジも一緒じゃないなら、オイラはこの船に残る! セルトも一緒じゃなきゃ嫌だ!」

そう言ったシンバに、シャークは無音で笑っている。

リーファスは参ったなと溜息。

「私も! シンバが残るなら残る!」

何故か、そう言ったララに、皆、〝え?〟と、ララを見る。

「リーフおじさん、お願い、シンバのお父さんを助けてあげて」

カインも震えながら、

「そ、そうだよ、リーフおじさん! よくわからないけど、助けてあげてよ」

と、精一杯の勇気を出して言ってみる。

リーファスはやれやれと、面倒そうに深い溜息を吐き、銃を構え、狙いをシャークにしたまま、シンバの方へ向かって歩き出した。

皆、どうするんだろう?と思っていると、シンバをヒョイッと担ぎ、

「ララ、カイン、行くぞ! シャーク、小船を出せ! 地上へ下りる」

と、言い出した。

「下ろせ! コノヤロウ! 油断したじゃねぇか! なんだよ! オッサン卑怯だぞ!」

「空賊に卑怯呼ばわりされたくねぇよ」

「うっせ! 離せ! コノヤロウ! オイラは地上になんか行かねぇ!!!!」

「黙れ!!!! 放り投げるぞ!!!!」

何故か、シンバ以外の皆、シャーク迄もが、そのリーファスの怒鳴り声にビクッとする。

「相手は、あのシャークなんだ。スムーズ過ぎた。こんな簡単じゃない筈だ。きっとこれもシャークの手の内かもしれないだろ。それか、お前が残ると言うのをわかっての事かもな、狙いは、ラブラドライトアイのお前らしいから。それとも、シャークの、その思惑通り残るか? それこそ助けられなくなるぞ。いいか、チャンスを見極めろ! それは今じゃない! お前が本気でガムパスを助けたいなら、必ずチャンスは来る。その時を待て! いいな?」

確かに、リーファスの言う事は最もだ。

シンバはガクンと力をなくし、只、担がれるだけの荷物のようになる。

セルトが、シャークに言われるがまま、小船を用意するから、シンバは、本当にアレキサンドライトになったのか?と、セルトを見るが、セルトは、シンバと目を合わす事もなく、言われた事だけやると、さっさと、船の奥へと行ってしまう。

リーファスはシャークに銃を向けたまま、小船へ乗り込む。

ララもカインも一緒に――。

小船の中、やる気をなくしたかのように、只、ぐったりとしているシンバ。

少しでも体に力を入れてしまうと、涙が溢れそうだった。

そんなシンバに、

「なぁ、シンバ、飛行機乗りになれよ、そしたらガムパスを助けてやってもいいぞ」

リーファスがそう言った。

「・・・・・・フッ」

シンバは軽く鼻で笑い、

「それがオヤジを助けるチャンス?」

そう聞いた。そうだと笑うリーファスに、

「いいかもね」

投げやりに、そう答えるシンバ。

これ以上、何か喋ると、本当に涙が溢れ出してしまいそうで、喚き散らして、泣き叫びそうで、シンバは適当に答え、無表情で、口をギュッと閉じた――。

わかっている、ガムパスが、そう簡単にくたばる訳はない。

捕まっていて、扱いが酷くても、ガムパスなら大丈夫だとわかっている。

なら、何が辛くて、こんなに殺した筈の感情が溢れ出す程に苦しくなるのか、それはセルトが、自分に、サードニックスに、背を向けた事だった・・・・・・。

――セルト!!

――セルト!!

――セルトッ!!

瞼の向こう、振り向いてはくれないセルトを、何度となく心の中で呼び続ける――。

「ねぇ、リーフおじさん」

「どうした? ララ?」

「空賊と飛行気乗りってどう違うの?」

「どうって――」

「同じ空の世界で、一緒に空を愛する仲間にはなれないの?」

「空賊共が大人しく、平和に、空で漂ってくれりゃぁ、仲間になれるかもな」

リーファスは、そう言いながら、空賊共も、きっと、飛行機乗りに、大人しく飛んでるだけなら何もしやしないと、そう思ってるだろうなと――。

只、今の子供達が大人になった時、もっと素晴らしい空と地であるようにと願う。

その為には、空賊も飛行機乗りも、今いる全ての大人達が、考えていかなければならない問題がある。

美しい世界を、未来に残す為に――。

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