2.戦争と平和


〝野郎共! 空賊の天下はアレキサンドライトにあり!〟

と、ガムパスの首を持ったシャークが高らかに笑う。

更に、鉤腕の左手が開き、わざわざガムパスの頭を撃ち抜き、更に高らかに笑う。

「やめろぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」

大声を上げ、飛び起きる。

シンと静まった部屋の中、シンバは、あれ?っと辺りを見回す。

「元気だね」

と、部屋に入って来た少女。

思わずシンバはベッドから立ち上がり、戦闘態勢をとろうとして、両腰に剣がない事を知る。そして、横腹の痛さにも気が付く。

「まだ寝てた方がいいよ」

「誰だ、お前!!!!」

「助けてあげたのに、そんな言い草?」

「助けた? 頼んでない!!!!」

「そうだね。でも頼まれなくても、人は人を助けるものでしょ?」

「人は人を助けるもの?」

「そうだよ、ほら、寝てた方がいいよ」

と、少女は、シンバに手を伸ばす。その手を弾き返し、

「オイラの武器はどうした!?」

と、威嚇しまくりのシンバ。

「さぁ? 武器なんて持ってなかったけど?」

「嘘付け!!!!」

「嘘はついてないけど、武器が必要なら、うちにもあるから、持って行っていいよ。木を切る斧も草を刈る鎌もあるよ?」

そんな武器じゃないと吠えようとした時、シンバはクラッとして、その場にヘナヘナと座り込む。

「ほら、貧血を起こしたんだよ、急に立ち上がったり大声出したりするから」

シンバは額を押さえながら、記憶を辿る。

飛行船から落ちて、服に装着してあったパラシュートがうまく開かなくて、地上スレスレで開いたが、着地に失敗し、かなり体を地面に打ち付けた。

意識はあり、その場から離れる為、歩き出すが、気がついたら、ここにいる。

恐らく、途中で意識を失ったのだろう。

そういえば、武器は船のデッキにしがみついた時には持ってなかった。

そのまま武器も船から落としたのだろう。

「・・・・・・オヤジ」

「え?」

「殺されたかもしれない」

「お父さんがどうかしたの?」

「空に帰らねぇと――」

「空?」

問い返すが、シンバから返事はない。

そのまま眠ってしまったようだ。

少女は、シンバをそっと横にし、布団をかけ、その部屋を出た――。

再び、シンバが目を覚ましたら、すっかり日が高く、少女はいなかった。

昨夜は暗くて、部屋の様子もわからなかったが、シンバは起き上がると、ぐるりと部屋を見渡した。

小さな部屋が2つと、屋根裏のあるログハウス。

少女はここで一人で暮らしているのだろうか。

横腹には包帯が巻いてあり、シンバはその包帯を外してみると、薬草が塗ってある。

掠り傷だけあって、もう、そんなに酷くは痛まない。

カーテンの隙間から差し込む光。

そっとカーテンを開け、外を覗くと、辺りは草原ばかりで、集落からは離れているようだ。

草原を跨いで、一本の砂利道があり、リヤカーを引きながら、その道を歩いてくるのは、昨日の少女だ。

シンバと大差ないくらいの年齢だろう。

女の子らしい白い肌と長いハニーの髪はツインテイルにしている。

リヤカーには、切花が沢山ある。

摘んで来たのだろうか。

今、フゥッと一息し、少女がこちらを見たので、シンバは思わずカーテンを閉め、ベッドへ潜り込んだ。

暫くすると扉が開く音がして、

「まだ起きてない?」

と、少女が入って来た。

カーテンを開け、部屋に光を入れ、少女は、

「そろそろ起きたら?」

と、シンバに声をかけた後、

「空賊だ」

と、呟いた。その台詞に、シンバはバッと起き上がる。

「びっくりした、起きてたの?」

少女が見ていた窓を覗き込むと、幾つモノ小さな船が、草原へ降り立とうとしている。

「アレキサンドライトの奴等だ・・・・・・」

「え?」

「オイラを探しに来たのか?」

「え? アナタを空賊が探してるの? どうして?」

シンバは、腰に手をあて、武器がない事を思い出す。

この際、斧でも鎌でも、いや包丁でもいいかと思い、隣の部屋へ行くと、テーブルの上に、ジャマダハルとマインゴーシュが置かれている。

「オイラの武器!」

「アナタが倒れていた所辺りを探してみたの。そしたら、二つの武器を見つけて、どっちかわからないから、どっちも拾ってきたの。でも良かった、アナタの武器だったのね。それで、どっちがアナタの武器?」

「どっちもだ」

と、シンバは両方を腰に携え、自ら、相手へ迎え撃とうと、外へ出ようとしたが、

「駄目だよ、まだ傷が完全に治ってないんだよ?」

と、少女がシンバの腕を持つ。

「離せよ!」

「駄目だったら!」

「なんなんだ、お前!」

「そんなに急に動いたら、傷も開いちゃうよ!」

「ほっとけ!」

「ほっとけないから助けたんじゃない!」

「離せよ! くそっ! なんなんだ、お前! 殺されたいのか!!!!」

少女は頑固なのだろうか、シンバの腕を離さない。

アレキサンドライトの連中がここへやって来たと言う事は、シンバの行方を追っているに違いない。

このままでは、この狭い家の中で、足掻く事もできないまま、捕まってしまう。

ガムパスの無事を確認できないまま、簡単に捕まる訳にはいかない。

ドアを叩くノック音。

少女のせいで戦闘態勢がとれないシンバ。

今、ドアが開く――。

「あ、女の子がいる! おーい、女の子がいるぞー!」

入って来た男が仲間にそう叫び、

「ご丁寧にノックしてやったんだぞ? 返事くらいしたらどうなんだ?」

と、部屋に踏み込む。

隣の部屋で息を潜めるシンバ。

「な、何か御用ですか?」

少女は精一杯の笑顔で、そう尋ねる。

「あぁ、昨日の夜中、ここら辺で音がしなかったか?」

「音・・・・・・?」

「空から何か落ちるような? それか、ぐちゃって感じの死体があったとか」

「いえ・・・・・・」

「丁度、キミくらいの年齢の男の子なんだが」

「いえ、わかりません・・・・・・」

男は頷くと、部屋をグルリと見回し、

「一人で暮らしてるのか?」

そう聞いて来た。

「は、はい」

「親は?」

「祖父がいたんですけど、去年、亡くなったので、今は一人で暮らしています」

「そりゃ大変だなー」

と、隣の部屋へ入ろうと、歩き出す。

足音が近づいて来る事で、シンバはゴクリと唾を呑み込み、剣を両手に握る。

「あの!!!!」

少女が、男の足を止めた。

「お茶でも入れましょうか? 折角のお客様ですから・・・・・・」

「あぁ、悪いな、ひぃ、ふぅ、みぃ・・・・・・全員で6人だ」

それは6人分のお茶を淹れろと言う事だろうか。

――図々しいな、早く帰れよ。

シンバはそう思いながら、冷や汗をかいている。

この狭い部屋で、どれだけ戦えるのか、一気にやらなければ、やられる!

「おい、何してやがる、サッサとしろ」

と、また別の男が現れた。

「いや、この女の子がお茶出してくれるって言うからさ」

「お茶ぁ!?」

「ちょっと一服しようや。どうせ、サードニックスのガキなんて死んでるさ、船から落ちたんだぜ?」

「パラシュート入りの服を着てる可能性もあるだろーが! 何かしらサッサと探して、船に戻らねぇと、シャークがまたキレるぞ。ガムパスの老いぼれも早いトコ始末しねぇと、アレキサンドライトの天下はないんだぜ? あのガキの死体、もしくは、何か手掛かり的なもんでも見つけねぇと、老いぼれを殺せないって言うし。全くシャークも、なんで、あんなガキ1匹の生死を気にしてんだか!」

――アレキサンドライトに捕まってはいるが、まだオヤジは殺されてない!

――しかも、コイツ等の小船を奪えば、空へ帰れる!

――コイツ等が外へ出た時、オイラも窓から飛び出て、コイツ等を始末するか・・・・・・

「おーい、向こうの丘で使い捨てたパラシュートを発見したそうだー!!!!」

外で、また別の男が叫ぶ。

「やっぱり生きていたか! どこへ逃げやがった、あのガキ!」

「ガキが見つからなかったら、シャークが暴れそうだな。そうだ、この女、連れて行くって言うのはどうだ?」

「え? 私?」

「あぁ、いいかもしれねぇなぁ、お嬢ちゃん、こんな家にいるより、うんと贅沢できるし、悪い話じゃねぇ、おれ達と一緒に来ねぇか?」

「え、あの、遠慮します!」

少女の嫌がる声が聞こえ、男達が、少女を外へ連れ出した。

シンバは、男が外へ出たのと同時に、窓から外へ飛び出し、音もなく、男の背後へと走り抜け、一人の男の背中をジャマダハルでぶっ刺した。

少女を捕まえていた男は、何が起きたのか、わからず、そのまま倒れる。

少女は悲鳴を上げ、その場に座り込む。

もう一人の男が、ソードを抜き、シンバに向かってくるが、シンバはクルクルと回転しながら、攻撃を交わし、マインゴーシュで、ソードを受け止めると、次はジャマダハルで、男の胸を突き刺した。

他にもアレキサンドライトの者がいただろうが、皆、パラシュートが落ちている場所へと向かったのだろう。

シンバは草原に止まっている船に走り出す。

小さな飛行船はどれもこれも二人乗りで、高速飛行にも対応している為、カプセルのような中に入って操縦するタイプだ。

「クソッ! ご丁寧に鍵がかかってやがる!」

シンバはマインゴーシュで、強引にカプセルの扉をあけようとするが、無理そうだ。

「なんだよ!!!! クソッ!!!!」

再び、殺した男達の所へ戻り、鍵を持ってないか調べる。

だが、鍵らしいものは見つからない。

「あ、あの、あの! 助けてくれてありがとう」

少女が震えながら、シンバの腕を掴んで、そう言った。

「あぁ!?」

「助けてくれて、ありがとう、でも、でも――」

「助けた!? 何勘違いしてんだ、お前! オイラは空へ帰りたいんだ!」

「・・・・・・アナタも空賊なの? だから人を殺すの?」

「なんなんだ、お前! 離せよ!」

「・・・・・・どうして、目が赤いの?」

少女がそう言うので、シンバは自分の感情の苛立ちを落ち着かせようと、深呼吸した。

「・・・・・・赤いか?」

「真っ赤・・・・・・だったよ・・・・・・今はブラウン・・・・・・」

「オイラは感情で目の色が変わるんだ。通常はブラウンだけど、怒りで赤くなったり、混乱してイエローになったり、ブルーだったり、シルバーだったり」

「そうなの? 雰囲気が変わるね、瞳の色が違うと――」

言いながら、少女はシンバの腕を強く握り、

「凄く怖かった。まるで人じゃないみたいだった」

と、震え出す。シンバはその少女の手を振り解き、

「化け物だって言いたいんだろ? あぁ、そうだよ、オイラは化け物だ。だけど化け物でも、今の時代は強ければ権力になる。オイラは空賊の中でも最強と言われるサードニックスの者だ。将来、サードニックスを背負う頭になる予定。戦いの世で、勝ち残れば、化け物だろうが、なんだろうが、勝った者が世界を支配できるんだ」

そう言った。少女は唖然としていたが、いきなり、シンバの横腹をギュッと触った。

「イッ!!?ッテェーーーー!!!! 何すんだよ!!!!?」

「傷、痛い?」

「イテェに決まってんだろ!! バカか!?」

「痛いのに、どうして戦うの? どうして人が人を殺すの? アナタは化け物じゃない。只、凄く怖かったけど、アナタは痛さを知ってる人間でしょ?」

「経験不足なだけだ。これからは痛いなんて言ってられない程、オイラは傷を負って行く。その傷が、オイラを強くするんだ」

「なにそれ? 経験積んでも痛いものは痛いでしょ」

「アイツ、肩の肉をえぐってやったのに、まるで痛さがないように平然としやがった」

「え?」

「アレキサンドライトのシャークだよ! アイツ、オヤジより強いかもしんねぇ!」

「・・・・・・その首から下げてるゴーグル、空を飛ぶのに必要なの?」

「あぁ!?」

「アナタが寝てる時、邪魔になると思って外してあげようと思ったんだけど、無意識の中で、アナタ、そのゴーグルを外すの嫌がってた。アナタは空賊なの?」

「だから空賊だって言ってんだろ」

「空が好きなだけじゃ駄目なの?」

――空が好き?

――好きってなんだ?

――肉とか、魚とか、大好物なもんって感じの事か?

「お墓作ってあげなくちゃ」

「いいんだよ、ほっとけ、そんな奴等!」

「でも私の家の前に死体があるなんて怖いじゃない!」

「変な奴だな、お前。生きている者は死ぬ。当たり前だ。死体が転がってるのは、ソイツが死んだからだ。もう生きちゃいねぇんだから、なんもして来ねぇよ、怖い事なんて何もない」

「ここは地上なの。空賊が言う理屈が通る空じゃない! それに空賊なら、国の兵士達に捕まっちゃうんだから! 私は無関係なのに、アナタが殺した人達の事で、私まで捕まっちゃったら、どうしてくれるの?」

「墓つくりゃいいんだろう!!!! うるっせぇな!!!!」

シンバは苛立って、そう吠えると、その場で、地面を掘ろうとして、

「何してるの、やめてよ、ここは私の家の前なんだよ! お墓は教会に頼んで作ってもらうの! 神父さんにお祈りもしてもらって、魂をあの世に送ってあげなくちゃ!」

と、少女に止められる。

「兎に角、私、町へ行かなくちゃ」

「町!?」

「うん、花売りをしてるの。夕方、町の教会で神父さんに相談しよう? だから手伝ってくれない?」

――手伝え?

――何を?

――まさか、オイラに花売りをしろと!?

――ふざけるなよ、この女!

――いや、でも、待てよ・・・・・・

――それは好都合かもしれねぇなぁ。

――この近くに町があるとしたら・・・・・・

――コイツ等アレキサンドライトの連中も、そこへ移動している可能性がある。

――コイツ等はオイラを探している。

――オイラが町へ行くだけで、コイツ等の仲間が勝手にオイラを探してくれる筈。

――それにこの死体を見つけたら、オイラがここら辺にいる事を知らせる事になる。

――なんせ、ジャマダハルの傷口は、ちょっと変わっている。

――オイラにやられたとしか考えられないだろう。

――そして、コイツ等の仲間をぶっ殺せば、船の鍵を手に入れられる。

――オイラは空へ帰れる。

「わかった、手伝うよ」

「何か企んでる?」

「はぁ!?」

「目の色が怪しくパープルに光ったから」

そう言われ、シンバは思わず目を両手で隠す。

「た、企んでねぇよ、これは素直になった色なんだ!!!!」

とは言うものの、思いっきり怪しい素振りに、少女は、ふーんと言うだけ。

「あの切り花を積んであるリヤカーを町まで運ぶの」

「わかった」

「私、ラティアラ・ラピスラズリ」

「え?」

「私の名前。ラティアラ・ラピスラズリ」

「へぇ」

「覚え難いし、言い難いでしょ? 愛称はララ。だからララって呼んで?」

「持って行くのは、このリヤカーだけでいいのか?」

――何を思って、名乗ってるのかねぇ。

――名前なんて聞いても、意味がない事くらい、わかるだろうに。

――この女とは、直ぐにバイバイなのだから。

「アナタ、名前は?」

「シンバだ。シンバ・サードニックス。今に有名になる。覚えておくといい。いつか、オイラとこうして話した事を自慢できるようになる」

偉そうにそう言ったシンバに、ふーんと、どうでも良さそうに言うララ。

ちょっとムカッと来るシンバに、ララは、

「今、ちょっとムッとした? 目の色が変わったよ」

と、笑う。

「いちいちオイラの目の色うかがってんじゃねぇ!!!!」

ララはリヤカーの切花を2本持ち、死体の上に置き、

「夕方には神父さんに来てもらえるようにするから、迷わず、成仏して下さい」

と、祈りを捧げ、バケツを2つ持つと、リアカーを引くシンバの傍へと駆ける。

「ねぇ、シンバは家族は?」

「家族? サードニックスのみんながオイラの家族だ」

「ふーん、でも血は繋がってないんだよね?」

「血? そんな繋がり意味ないだろ? それに空賊に繋がりなんて不必要なもんだ」

「ふーん、シンバは、いつからサードニックスにいるの?」

「生まれた時から・・・・・・」

「ふーん、じゃぁ、サードニックスのみんなが、シンバを育ててくれたの?」

「まぁ、なんていうか、オイラを育ててくれたのは、セルトって言うアニキだ」

「ふーん、私はおじいちゃんがいたんだけど、去年、突然の発作で亡くなったの。おじいちゃんが死んだ時、凄く悲しかった。もう生きていけないって思ったよ。シンバも、空賊の仲間が死んだら悲しい?」

「悲しい? なんで?」

「だって死んだら会えなくなるんだよ?」

「くだらねぇ事言うなよ。言ったろ? 人はみんな、いつか死ぬ。そんな事にいちいち悲しんでられるかよ。でもそうだな、どうせ死ぬなら、オイラはシャークを殺してからだな。オイラが一番強いと世の中に知れ渡ってから、オイラは死ぬ! そしたら、心置きなく、安らかに死ねるってもんだ」

「その方がくだらないと思うけど」

「じゃあ、くだらなくない死に方ってどんなだ? お前が言う悲しいって、それこそ一瞬の感情じゃねぇか。今は悲しんでない、そうだろう?」

「今だって悲しいよ、思い出したら、涙も出るよ。でも克服したの」

「克服?」

「そう、悲しんでばかりいたら、おじいちゃんが悲しむから。私ね、結構、泣き虫だったの、おじいちゃんが、泣いてる私をよく慰めてくれた。だから、おじいちゃんがいなくなって、もう泣かないって決めたの。あの世でおじいちゃんが心配してたら、余計、悲しいから。そうやって人は強くなるんだと思う。シンバの言う強さとは違うけど、本当の強さって、誰かを想って、その人の為に、頑張る強さの事だと思う」

「・・・・・・」

「じゃあ、シンバの本当の親は?」

「・・・・・・」

「赤ちゃんの頃の記憶ってある?」

「・・・・・・」

「私はね、ずっとおじいちゃんと二人きりで住んでたの。両親は私が生まれたばかりの頃、事故で亡くなったんだって。おじいちゃんはちょっと変わってて、人と付き合うのが苦手らしくてね、あんな辺鄙な所に住んでるの。でも、私は気に入ってるの、だって風で、草原の草が横に靡いて行くのを見るのが好きだし、夜は草原に寝転がって、星を見るのも素敵だし、草の香りも大好きだから。シンバは好きなものとかある? やっぱり空?」

「・・・・・・」

「あ、重くない? いつも、重くて、途中で休みながら行くんだけど」

「重くねぇよ」

「ホント?」

「こんなの重い内に入らねぇ」

「そう? 力持ちだねぇ、シンバって! 私なんて、いつもすごいハァハァ言っちゃって、大変なのに! シンバ、呼吸も乱れてないもんね!」

「・・・・・・よく喋るな、女って」

「そう?」

「くだらない話ばっかり」

「でも大事な事だよ?」

「どこが?」

「シンバの目が優しい色になってるから。草と同じグリーン」

「なんだそれ」

やっぱりくだらないとシンバは溜息を吐く。

ララのツインテイルにした長いハニーの髪が歩く度に揺れる。

瞳も髪と同じハニー。

シンバの少し癖毛の雑じった短めのシルバーの髪が涼しそうに風に揺れる。

今の瞳の色はグリーン。

気分は不思議と落ち着いている。

「町が見えてきたよ、ほら!」

ララがバケツを振り上げながら、町へと駆けて行く。

「あれは・・・・・・水の都フォータルタウン――」

シンバはそう呟きながら、上空を見上げる。

昨夜はこの辺りの空を飛んでいたのかと、高い空を見上げても、今は船など見当たらない。

「空ってこんななのか・・・・・・地上から、空見たの、初めてかも――」

余りにも広く高い空。

これが感動と言うのかもしれない。

こんなに空が広く美しく、光でイッパイだとは思わなかった。

尚更、空を自由にする空賊の凄さに、シンバは興奮する。

「シンバー! こっちよー!」

遠くで手招きしているララに、シンバは、リヤカーを引きながら、早く空へ戻りたいと思い、歩き出す。

噴水の水をバケツに入れ、もうすっかり、しんなりしてしまった切り花を、そのバケツの中に入れる。

「1本1ゲル!?」

その値段の安さに驚くシンバ。

「うん、全部売れて、300ゲルかな」

「たった300ゲル!? そんなんで何が買えるんだ!?」

「結構、買えるよ? パンとかミルクとか」

「パンとミルクで腹が膨れるのか!?」

言いながら、今日はまだ何も食べてないとシンバの腹が鳴った。

「お腹すいたよね? 花が売れたらパン買ってあげるね」

笑顔でそう言ったララに、シンバは唖然。

大体、そんなに花が売れる訳もない。

待っても待っても、客は来ず、噴水の前でバイオリン弾きがクラッシックを奏で出し、そっちの見物客の方が多い。

苛立ったシンバは、立ち上がり、目の前を通った男性に、

「おい、オッサン!!!! 花買えよ、花!!!! 買わねぇとぶっ殺すぞ!!!」

と、脅し出した。

「何やってるの、シンバ!」

「花なんか全然売れねぇじゃねぇか! こんなもんはな、売るんじゃなく、買わせればいいんだよ! しかもオイラが1本1000ゲルで買わせてやるよ!」

「そんな事しても嬉しくないの!」

「あぁ!? 1本1000ゲルだぞ! 全部売れたら・・・・・・幾らだ? ええっと・・・・・・」

「300000ゲルでしょ」

「そう! 300000ゲルになるんだぞ!」

「この花はね、朝早く起きて、私が一本一本、丁寧に摘んだものなの、ほしいと思ってくれる人が買ってくれなきゃ意味がないの。幾ら大金出されても、大事にしてくれなきゃ、売れないの!」

「花なんか、明日には枯れるのに、誰が大事にするかよ!」

「大事にしたら、もっと長く綺麗な花を見せてくれるよ」

「それでも、直ぐに枯れるもんだろ!」

「だから? シンバ、花にも命があるの知らないの?」

「命?」

「シンバと同じ命なんだよ」

「オイラがこんな花と同じだってのか!? ふざけんな!」

「ふざけてるのはシンバの方だよ! 少し噴水の水でもかぶって頭冷やして大人しくしててよ!」

――全く意味がわからない。

――高く買わせて何が悪い?

――直ぐに枯れてしまうようなもの、誰が大事にするもんか!

「おや、ララちゃん、今日はボーイフレンドと一緒かね?」

散歩している老婆がララに話しかけてきた。

「おばあちゃん! あ、そうだ、ほら、おばあちゃんが言ってた黄色い花、見つけて来たよ! この花でしょ?」

「おや、まぁ、そうそう、この花だよ」

「はい、あげる」

ララは、老婆に、黄色の花を手渡した。

「幾らだい? お金払うよ」

「いいの、いつも買ってもらってるから、それは、私の気持ち!」

「そうかい? 悪いねぇ」

笑顔で手を振り、老婆を見送るララ。

「バカじゃねぇの? たった1ゲルだとしても、もらえよ、金」

「いいの、あのおばあちゃんは、いつも買ってくれてるから。ほら、見て、シンバ」

ララは老婆を指差す。

「おばあちゃん、お花見ながら、ニコニコして歩いてる。嬉しそうね」

「・・・・・・オイラは全く嬉しくないけどね」

「シンバはどんな時、嬉しい?」

「そりゃぁ・・・・・・戦いに勝った時――」

「ふーん」

「なんていうか、生き残った時?」

「ふーん・・・・・・それって嬉しいって感じなの?」

「そりゃそうだろ」

「それって、生き残って良かったって、安心したって事じゃないの? 嬉しいとは違うんじゃない?」

――生き残って良かった?

――安心した?

――なんだそれ。

「オイラは、戦いに勝って、また強くなれた事に嬉しいって思ってんだよ」

「ふーん。なんか空賊ってつまんないね」

「はぁ?」

「もっと他に嬉しい事ないの? 私なんて、嬉しい事、いーっぱいあるよ。さっきのおばあちゃんのニコニコしてる笑顔を見るのも嬉しいし、ほら、噴水の傍でバイオリン弾いてる人がいるでしょ? あのバイオリン弾きが、私の知ってる曲をたまたま弾いてくれると嬉しくなるし、それから――」

突然シンバは背を向けて、どこかへ行こうとする。

「どこ行くの?」

「お前のくだらない話は聞き飽きた」

と、その場を去る。

――アレキサンドライトの奴等は何をしてるんだ?

――オイラはここにいるって言うのに、誰も現れない。

――なんてマヌケな連中なんだ。

イライラする。

早く空に帰りたいのに、未だ、地べたを這っている気分で、苛立つ。

あちこちに設置された噴水。

町の中央には大きな噴水があり、皆が集い、優雅に過ごしている。

――しかし武器も持たず、よくも歩けるもんだ。

平和な世界を築く為には武力や力で築くのではなく、互いのない知識を補い合い、互いの違いを受け入れ、互いを思い遣る事が必要だと、世界中の王は語る。

だが、その裏で、賊に高い金額を払い、国を潰すよう取引をする王も少なくはなく、新たな時代を築こうと、戦争を企む革命家だっている。

大体、戦争を起こしているのは、賊だけかのような言い草で、賊に賞金を賭けるのは、果たして平和を築こうとする人間の知恵と言えるのだろうか?

結局、国の騎士達も賊を取り締まれず、今や知らん顔。

そうやって無関係を装うから、戦争は止まない。

シンバは空を見上げる。

大空が青く、こんなにも光が溢れている。

光を遮る闇など、空には存在しない。

雲も白く光り、自由に流れる。

――早く帰りたい・・・・・・

切なく見上げる空が眩しすぎて、俯くと、

「――レオン王子?」

と、見知らぬ女性が声をかけて来た。

「ジェイド王国のレオン王子ですよね?」

「は?」

「え? あ、違いますか?」

「見りゃわかんだろ、違ぇよ」

「やだ、すいません、とても似ているから。まるで鏡のよう。でもレオン王子が、そんな格好で1人でこんな所にいる訳ないですよね。私、昔、レオン王子がこーんな小さい頃に、乳母をやっていたんですよ。それでよく知っているので、声をかけてしまって。でも幾らソックリだからって、雰囲気は違うのに、間違えるなんて、ホント、どうしようもないわ、私ったら!」

「・・・・・・女はくだらねぇ事をよく喋るんだな」

「え?」

「あの女だけがよく喋るのかと思った」

言いながら、シンバはララの所へ帰ろうと思った。

地上を歩き続けても意味がない。

ララの所以外、行く場所はない。

またアレキサンドライトの連中がララの所へ来る事を祈るしか、思いつかない。

シンバはララの所へ戻ると、ララは、同年齢くらいの少年と楽しそうに話をしている。笑っているララと、その少年。

「ホントホント! こーんな大きなパンを一人で食べちゃったんだよ!」

「アハハハハ! もうやめて、お腹痛いよ」

何がそんなに可笑しいのだろう、ララは大きな口を開けて、大笑いしている。

少年も、クスクス笑いながら、ララを見ている。

シンバは、そんな二人の笑い顔を見ながら、シャークの嫌な笑みを思い浮かべていた。

〝小猿、確かにガムパスの言うように、お前は強い。その強さは、そう育てられたのか? 可哀想にな。ガムパスなどに拾われなければ、お前は今頃、両親に愛され、ヌクヌクと生きていたんだろうな?〟

もし、空賊じゃなければ、シンバも、あんな風に、くだらない話しで、笑いあっていたのだろうか。

子供同士、子供らしい会話で、大笑いしたのだろうか。

〝それが今は空賊の端くれか? 教えてやろう、空賊がどんな者なのか! 大空を自由にし、大海原をも行く空賊の飛行船。この世で最も強さと自由の象徴の旗の下、集まった我等は、只の人殺しなんだよ。子供を殺す事も、女を犯し殺す事も、年寄りを嬲り殺す事も、聖職者だろうが、仲間だろうが、恩人だろうが、邪魔なら殺せる、何も思わない只の殺人鬼なんだよ。貴様はその仲間入りしたんだ。わかるか? その意味が!〟

シンバは、フッと笑みを零し、

「わかってるさ、シャーク。いちいちオイラの思考に入って来て、同じ事を言わなくても、オイラは理解している。それが空賊であり、それがオイラだ」

自分に言い聞かせているのか、それとも納得の上の台詞なのか、どこにもいないが、シンバには見えるシャークの影に、そう囁く。

そう、シンバは空賊だ、それを誇りにも思っている。

例え、楽しそうに笑う子供達を見た所で、羨ましくも、妬ましさもない。

「ララは笑い上戸だなぁ」

「そんな事ないよ、カインが面白すぎるんだもん」

「じゃあ、また明日、面白い話、持って来てあげるね? じゃあ!」

と、少年は手を上げ、振り向いた瞬間、背後にいたシンバにぶつかり、尻餅をついた。

「いったぁ・・・・・・」

「大丈夫!? カイン!?」

「うん、大丈夫。それより、そっちは大丈夫かな? ごめんね」

と、少年はシンバに謝るが、シンバは気に入らないのだろう、少年の襟首を持ち、その少年を立ち上がらせると、

「誰にぶつかってんだ、あぁ!? ぶっ殺されてぇのか!?」

と、吠え出した。

「やめてよ、シンバ!」

「ご、ごめんよ、でも、態とじゃないし」

「そうだよ、カインは態とぶつかったんじゃないよ、謝ってるんだし、離してあげて!」

あんまりララが甲高い声を出すので、シンバは舌打ちをし、少年を突き飛ばすようにして、離した。

「ラ、ララの知り合い?」

「え? あ、うん、新しい友達なの」

「そ、そう、でも友達は選んだ方がいいよ」

――どういう意味だ、そりゃあ!!!!

そう吠えようとした時、

「どういう意味?」

と、ララが先に聞いた。

「どういうって・・・・・・だって・・・・・・」

「友達は選ぶものなの? 仲良くなるのに、選ぶ必要があるの?」

「でも・・・・・・何て言うか・・・・・・」

しどろもどろと、カインと言う少年は言いながら、シンバをチロッと見る。

「シンバは乱暴だし、言葉も悪いけど、いい所だってあるよ」

「いい所って?」

「それは・・・・・・これから見つけるの!」

そう言ったララに、なんだそりゃ!?と、シンバは思う。

まるで今はいい所がないようだ。

「それに、私、もし友達を選ぶとしたら、シンバを友達として選んでるよ! カインを友達として選んだようにね!」

ララが言う事に、納得したのか、カインはフーンと頷き、

「じゃあ、もう行くよ」

と、シンバの横を通り、バイバイとララに手を振って行ってしまった。

カインがいなくなって、ララはシンバをキッと睨みつけ、

「二度とぶっ殺すなんて言葉、言わないで!」

と、怒り口調で言う。

「オイラにも説教か、随分と偉ぇんだな、お前。ちっとも花なんて売れてねぇのに。こんな花、どうせ捨てるんだろ、だから一本1000ゲルで売れば良かったんだよ。無駄なもんを、わざわざ朝から採って来るなんて、無駄ばっかだな!」

シンバはバケツに一杯入った花を見て、そう言った。

「今は花の事は関係ない! 二度とぶっ殺すなんて言わないって約束してよ!」

「約束?」

「そして二度と、誰も殺さないで」

「誰に言ってんだ? あぁ!?」

「アナタよ、シンバ!」

「空賊のオイラに向かって言う台詞か!?」

「空賊のアナタになんて言ってない!」

「あぁ!?」

「私の友達のシンバに言ってるの!」

――意味わかんねぇ。

――いつ友達になったんだ。

――なんなんだ、この女、マジで!

――大体、友達、友達じゃない、その前に、オイラは空賊だっつーの!

「シンバ、花をリヤカーに乗せるの手伝って」

「は?」

「いつも売れなかった花は、教会に寄付してて、身寄りのない人達のお墓に添える花になるの」

「・・・・・・」

「無駄な命なんてないの、少しでも、誰かの為に、生きてるの」

「・・・・・・」

――意味わかんねぇ。

――無駄な命はない?

――誰かの為に生きてる?

――だからなんだっつーんだよ。

シンバは花をリヤカーに乗せ、教会へ向けてリヤカーを引きながら歩く。

これでも10本は売れて10ゲルは儲けたんだと、ララは笑う。

ララはよく笑う。

一人で喋って、一人で笑って、一人で頷いて。

同じ話を何度もして、何度も笑って、何度も頷いて、意見を聞きたがる。

だが、何も答えないシンバに、またララは同じ話をしては、繰り返し、エンドレスで、笑ったり頷いたり、そして、また意見を聞きたがる。

シンバは、只、ララが喋る声を聴いていた。

その内容は本当にくだらなくて、笑いもしないが、頷く事もできなくて、でも、只、ララが喋る声を聴いていた――。

――オイラの目、今、どんな色をしてんだろう。

――今、オイラ、どんな感情でいるのか、自分の事なのに、わかんねぇや。

「あ、シスター!」

教会の外で、水をまいているシスターに、ララは軽やかに駆けて行く。

「ララちゃん、いらっしゃい」

「お花、届けに来ました!」

「あら、今日もありがとう、そうだ、いつものお花のお礼に、いいものあげるわ。ちょっと待ってて?」

と、シスターは教会の中へ入って行き、暫くすると出てきて、

「はい、クッキーよ、まだ焼きたてだから温かいわ」

と、可愛い袋に入ったクッキーをララに手渡した。

「ありがとう、私、クッキー大好きです!」

ララは本当に嬉しそうだ。

「あの、今日は花を届けに来ただけじゃなくて、神父さんに相談があるんですけど」

ララは死体の事を神父に話すのだろう。だが、

「今、出かけてるのよ。昨夜、ここら辺の上空で戦争があったらしいわ。何体かの死体が降って来たらしく、その供養でね」

と、シスターが言うと、

「そうですか」

と、ララは俯いた。

「空賊なんて早く捕まればいいのにね、いつまた死体が降って来るかと思うと怖くなるわ。ほら、降ってきた人にぶつかって死んだなんて話しも、よく聞くし」

そう言ったシスターに、シンバが何か言うと思ったのだろうか、ララは、深く頭を下げると、急いで、リヤカーから花を下ろし、サッサとその場を去り出した。

「ララちゃん?」

と、シスターがララの背に声をかけるが、振り向きもせず、行ってしまうララ。

「おい、おいって! なんで急に感じ悪く帰んだよ、丁度良かったじゃねぇか、オイラが殺した奴等の死体も、空から降って来たって言えば良かっただろう?」

「知らないの? 空から降ってきた死体は完熟トマトが潰れたみたいにグチャグチャなの。シンバが殺した死体はグチャグチャじゃないから、空から降って来た死体だなんて誰も思わない」

「だったら空賊が空から降りて来て戦ったとか言えばいい。実際、そうなんだし」

「空賊が地上で暴れたら、速攻死刑だよ、地上は空賊のエリアじゃないの、だから地上で戦ったら、直ぐに捕まっちゃうんだからね!」

「死刑が怖くて空賊なんてやってねぇ! どの道、賞金首だ」

「簡単に死ぬような事、言わないで!」

「どうせ神父に言うつもりだったんだろうが!」

「神父さんは空を好きな人には優しいから」

「・・・・・・意味わかんねぇ」

優しいから、なんだと言うのか、賊を見逃してくれるとでも言うのだろうかと、シンバは、めんどくせぇと、黙り込み、ララの言動に、悩み出す。

「シスターも優しいんだけどね、ほら、クッキーもらっちゃった」

見ていたから、もらったのは言わなくてもわかるが、今、ララが笑う意味がわからない。

益々、意味不明だと、シンバは少し苛立ってくる。

何故、理解不可能な事は、こんなに苛立つのだろう。

ララの家に戻ると、ログハウスが全焼していた。

全て焼き払われ、死体も残っていない。

「どう言う事!?」

ララはわからないようだが、シンバには直ぐにわかった。

アレキサンドライトの者の仕業だと――。

まだ残り火がある中へ入ろうとするララを、

「火傷するぞ」

と、忠告するシンバ。

リヤカーをその辺に置き、シンバは、両腰の剣を抜いた。

草原には、まだ船が置いてある。

死体を見た連中は、ここにシンバが戻ってくると確信し、ログハウスを焼き払い、挑発しているのだ、だから、どこかで、連中は、この様子を見ている筈。

殺気を感じる。

銃で撃たれたら最後だと、シンバの頬を伝う嫌な汗。

銃声が聞こえ、案の定、草むらから、飛んできた銃弾。

狙いが定まらないのか、シンバに掠りもしないが、シンバは身動きできなくなる。

シャークの弾が、横腹を掠った時の恐怖を思い出して、足まで震えてしまう。

只、掠っただけだ、掠っただけなのに、あの時の事を考えると怖くてならない。

ララが銃声に驚いて、シンバの傍に駆け寄り、シンバを抱きしめる。

恐怖に支配され、動けなかったシンバはハッとして、

――この女を盾に進めばいいんじゃないのか?

そんな事を考えてしまう。

銃弾がどこから飛んでくるかわからない。

草むらの方だったが、長く伸びた草が、敵を隠し、敵は移動もしているだろう。

草が動けば、そこにいるとわかるのだが、風が全ての草を動かしている。

――そうだ、早く、この女を盾にして進めばいい。

――オイラも草むらまで行けば、隠れながら相手を探せる。

――ほら、早く、この女を盾に!

そう思っているのに、シンバは、

「邪魔だ、あっち行ってろ!!!!」

と、ララを強く突き飛ばし、ララを倒した。起き上がろうとしたララに、

「起きるな! 這って移動しろ、狙いはオイラだ、オイラにくっついてたら、お前までやられるぞ!」

そう叫んだ。

シンバは草むらまで駆け抜ける。

他に影になって隠れる場所はない。

相手に至近距離で弾を撃たせるようなもんだが、そうしなければ、まともに戦えない。

シンバが草むらに滑り込もうとした瞬間、トラップが発動し、大きな網がシンバを呑みこんだ!

まるで生け捕った大きな魚。

網の中、暴れるシンバ。

隠れていたアレキサンドライトの連中が、草むらからヒョコヒョコと頭を出し、

「出せ、コノヤロウ!!!! ぶっ殺すぞ、ふざけんな、お前等全員、ぶっ殺してやる!!!! こんな事して只で済むと思うなよ!!!!」

と、網の中で、叫んでいるシンバを確認する。

「ハハハ、見ろ、大漁だ、空賊じゃなく海賊気分だな! 大きな魚を捕らえると、こんな気分なのか」

「ハハハ、本当にな! それにしてもマヌケなガキだ」

「所詮、こんな簡単なトラップに引っかかる子供だ、サードニックスも気が違えたのさ、子供を空賊に入れるなんてよ」

草むらから、シンバに近寄ってきて、そんな事を喋っていると、突然、船が爆発音と共に炎上!

驚いたのは、アレキサンドライトの連中だけじゃない。

網の中のシンバも目を丸くして、草むらの上で煙が上がっているのを目にする。

網の中、倒れて、起き上がれない為、船が爆発したのは見れないが、船があった場所で大きな音と煙が上がったのだ、シンバは、何故、船が爆発したのか、驚いている。

「最近の空賊は地上に降りて来て、悪さするんだなぁ」

と、現れた男。

アレキサンドライトの連中が、口々に囁く。

「世界最速の男リーファス・サファイア」

と――。

シンバは網の中、足掻きながら、なんとか立ち上がろうとしている。

アレキサンドライトの連中の内、一人が、

「何が世界最速だ! 只の飛行気乗りが偉そうに一匹狼気取りで空賊狩りか!」

と、銃を向けた。

「おお、いい銃だな。お前んとこの賊は儲けてると見た! 賞金稼ぎのオレにしてみれば、嬉しい獲物だねぇ。おい、一発撃ってみろ」

と、リーファスは男を挑発している。

「儲けてるだとぉ!? 俺達はアレキサンドライトの者だぁぁぁぁ!!!!」

男は怒り狂いながら、大声を上げ、トリガーを弾くが、発砲しない。

慌てて、銃を見るが、

「覚えておきな、銃ってのはなぁ、弾切れするんだ。自分が何発撃ったか、常に数えてから相手に銃を向けろ」

と、背後で、そう聞こえ、男は身動き取れなくなる。

いつの間に背後に回ったのかさえ、わからない。

そして、背中に何かを突きつけられ、男は、冷や汗をかきながら、ゆっくりと両手を上げるが、

「おいおい、空賊が簡単に負けを認めるような行動をとっちゃいけねぇなぁ? 命、かけて空にいんだろ?」

そう言われる。

だが、男は手を上げたまま、どうする事もできない。

「アレキサンドライトかぁ、お前等、あのシャークの下っ端かぁ、まぁ、悪くない獲物、というか、大物だ。あの悪どいシャークの下っ端なら、国に売りつければ、それなりどころか、大金を出してくれそうだ。そうだな、お前等は、多くの民達の前で、死刑になる。いやいや、それは可哀想だな、空賊の中でも、あの最強と言われるアレキサンドライトの奴等だもんな? じゃあ、ここで、先に死ぬか?」

そう言い終わった後、リーファスは、

「バンッ!!!!」

と、大声で、銃が発砲する音を出した。

ヒィッと、妙な声を出すと、男はヘナヘナとその場に座り込んだ瞬間、他の連中も一目散に逃げ出した。

だが、男はどこも怪我などしていない。

見れば、リーファスの手に持たれているのは、短剣。

グリップの部分を男の背中に押し当てていただけのようだ。

男は情けない格好で、草むらの中、這いずっていると、

「次は本気で殺すぞ、去れ!!!!」

そう吠えられ、必死で逃げ出した。

逃げる男と入れ違いに、ララが走って来る。そして、ララは、リーファスに飛びつき、

「リーフおじさん!」

と、リーファスの首に手を回した。そんなララを抱き上げながら、

「ははは、ラティアラ! 大きくなったなぁ!」

と、再会を喜んでいるようだ。

「どうでもいいけど、オイラを網から出せ、コノヤロウ!!!!」

ずっと網の中、足掻いていたシンバ。

リーファスはララ下ろし、網にかかったシンバに近づく。

網の中、リーファスを見上げるシンバ。

――コイツが、世界で最も速く飛ぶ飛行気乗り。

――そして空賊狩りの賞金稼ぎリーファス・サファイア・・・・・・

――嘘だろ・・・・・・

シンバの目に映るリーファスは、シャークやガムパスより小さく見える。

だが、大男ではないが、ガッチリした横幅とそれなりに高い身長。

オールバックにした髪型、おでこにはゴーグル、中年だが男前の顔、ごつい革ジャンと破れたジーンズ、そしてブーツ。如何にも飛行機乗りと言う格好。

リーファスが、シンバを網から出してやると、シンバはその場からバッと素早く離れ、武器を構えた。

「おいおい、助けてやったのに、警戒しまくりか? まるで野生児だな」

「リーフおじさん、シンバも空賊なの」

「空賊? このガキが?」

「ガキじゃねぇ!!!! オイラの名前はシンバ・サードニックスだ!!!!」

「サードニックス? ガムパスの所だな? そういやぁ、噂でガムパスが子供を懐かせてるなんて聞いた事があったなぁ、お前の事か?」

リーファスは言いながら、シンバの目の異変に気付く。

「おい、お前、その目・・・・・・ラブラドライトアイ?」

「あぁ!?」

意味のわからない台詞に、シンバの怒りが増す。だが、一番、怒っているのは、ララのようだ。

「シンバ! さっき約束破ったでしょう!!!!」

と、シンバの傍に行き、

「そんな物騒な刃物、早く仕舞いなさい!」

と、叱り付ける。

「約束だと!?」

「ぶっ殺すなんて言わないって約束したでしょ!?」

「オイラはそんな約束してねぇ!! お前が一方的に勝手に言い出した事だろうが!」

口喧嘩をする二人に、

「ララ、何故、ガムパスの秘蔵っ子と知り合いなんだ?」

と、リーファスは首を傾げる。

それを言うなら、何故、空賊狩りのリーファスとララが知り合いなのか知りたい所だ。

「昨夜、この辺りの空で戦争があったみたい。あちこちで空賊の死体が降って来たらしいの。私も倒れているシンバをあっちの丘で見つけて、助けてあげたの。そしたらシンバ、追われてるみたいで、それで、さっきの空賊達がシンバを狙ってやって来たの。うちも焼かれちゃったし・・・・・・」

「そうだな、問題は家だな」

と、リーファスはシンバの事よりも、ララが住む場所がなくなった事に悩み出す。

「世界最速だが何だか知らねぇけど、抱き合って喜び合うくらいなんだから、一緒に住んでやればいいじゃねぇか」

シンバがそう言うと、

「それはできない」

と、リーファスは直ぐに答えた。

「シンバと言ったな? お前、ガムパスにこう教えられなかったか? 大事なモノは作るな、俺達は家族であり仲間だが、互い、大事な存在ではない。家族が、仲間が、死ぬ事を当たり前と思え。人はいつか死ぬ。死ぬ事は当たり前だ。嘆く事も悲しむ事もない。だが、個々、死ぬ事への恐怖は忘れるな、死にたくなければ、強くなれ。相手に対し、深い感情を抱くな、自分に対し、常に孤独であれ――ってな」

「・・・・・・」

「まぁ、近いような事は教えられたんじゃねぇのか? いつの世も戦う者は、大事な存在を作らない。大事な存在が自分を弱くする。そして大事な存在が敵に知られたら最後だ。どうやらオレはお前に知られちまったようだな」

「あぁ!?」

「ララという大事な存在を――」

そう言ったリーファスの目が余りにも眼力が強すぎて、シンバは身震いする。

「さぁ、ララ、フォータルタウンへ行こうか、ここにいてもしょうがない」

と、リーファスはララを見る。

ララはチラッとシンバを見て、リーファスを見る。

「シンバと言ったな、お前もだ」

リーファスがそう言ったので、ララはホッとした。

何故か、シンバをほっておけないようだ。

「オイラはいい! 空賊狩りなんかと一緒にいられない!」

「いいや、お前はオレが生け捕ったも同然だ」

「なんだと!?」

「オレの大事な存在を知られたのに、野放しにできるかよ」

「知るか!!!!」

と、くるりと背を向けるシンバを、ヒョイッと抱き上げ、

「さぁ、行くぞ」

と、歩き出すリーファス。

「何しやがんだ、下ろせ、コノヤロウ!!!!」

「威勢のいい小猿だなぁ」

「誰が小猿だ、コノヤロウ!!!! シャークと同じ事言いやがって!!!!」

「ハハハ、シャークにも言われたのか!」

「なめんなよ、コノヤロウ!!!! 下ろせ!!!! ぶっ・・・・・・」

シンバは思わず、ぶっ殺してやると言う言葉を呑み込み、ララを見る。

ララはそんなシンバを見て、リーファスを見て、リーファスも、おやおやとララを見て、二人、大笑いし出した。

「何笑ってやがる!!!! 下ろせ!!!!」

「いいだろう、下ろしてやる。シンバ、お前、空へ帰りたいのか?」

「決まってんだろ!」

「オレは飛行気乗りだ、お前をサードニックスの船に連れて行ってやってもいい」

「本当か?」

「あぁ、でもその前に、ララを腐れ神父に預けてからだ」

言いながら、リーファスはシンバを下ろす。

「腐れ神父?」

聞き返すシンバに、

「神父さんとリーフおじさんは友達なの。それで、友人が聖職者になった事が有り得ないとかで、腐れとかつけてるの」

と、ララが答えた。

「でもリーフおじさん、さっき教会に行ったら、神父さん留守だったよ、空から落ちてきた死体の供養に出回ってるとか」

「そうか、でも待ってりゃ来るだろう、礼拝堂は誰でも入れる」

リーファスは、そう言いながら、さぁ行くぞと、シンバとララの背を押した。

シンバとララは再び、フォータルタウンへ向かう。

リーファスの後ろをついて行くシンバとララ。

「ねぇ、シンバ? リーフおじさんと一緒に行くの?」

「空へ帰れるなら」

「そしたら私達バイバイ?」

「あぁ」

「折角仲良くなれたのに寂しいね」

「・・・・・・」

シンバが妙な顔で、振り向いて、ララを見るので、ララは、プーッと吹き出し、

「やだ、笑かさないでよ」

と、クスクス笑う。

「別に笑かしてない。仲良くなれたとか、寂しいとか言うから」

「え? 仲良くなれたでしょ? それに寂しいでしょ?」

「・・・・・・」

首を傾げるシンバ。

寂しいという感情がわからない。

薄暗くなる空。

見上げると、遠くの方で、光がチカチカと輝いてみる。

「東の空の方角だな、どこの船がおっぱじめやがったんだ?」

と、リーファスが言った。

上空で戦争を始めている空賊達。

サードニックスは今頃、アレキサンドライトの支配下に置かれているのだろうか。

シンバは途端にやりきれない気持ちで一杯になる。

サードニックスと名乗っている以上、その名を落としたくはない。

フォータルタウンは昼間とは違い、夜の顔を見せる。

噴水は色とりどりに輝き、美しい。

「相変わらず、この町は水が豊富だねぇ」

と、リーファスは噴水を見ながら呟く。

教会に着くと、とりあえず、今夜は教会の奥の部屋に泊まる事となった。

リーファスと神父は再会を喜び合い、真夜中になっても、話が弾む。

ララは直ぐに眠ってしまったが、シンバは用意された部屋の壁に飾ってある十字架が、なんとなく、不気味に思えて、それに、いつもは硬い床に転がって、毛布を被って眠っているのもあって、ベッドというモノに眠れなくて、何度も寝返りをうっていたが、トイレに起き、部屋を出て、ローカを歩いていると、リーファスと神父の話し声が聞こえた。

「最近の子供は死体を見ても、大して驚かない。空から落ちた死体は大地に衝突し、酷い有様だ。いつ見ても吐き気がする。内蔵は飛び散り、顔も破裂し、目玉も飛び出し、脳みそも溢れている。あちこちで、そういう死体が当たり前のように存在する時代だ。子供達が麻痺しても当然かもしれない。だが、そんな事が当然だなんて、異常だ。今は空賊時代。その時代を潰さないと、今の子供達が大人になった時、恐ろしい時代が来る。人を殺して当たり前、死は当然であり、誰かが死ぬ事を悲しむ事もない。そんな人間が愛を抱けると思うか、リーフ?」

「いや・・・・・・」

「昔は良かったな、リーフ。地上で、戦争は起こっていたが、今より平和だった。そう思わないか?」

「どうかな。賊も、今より、多くいただろう。オレがガキの頃は、賊に潰された集落も結構あって、オレや、お前同様、孤児が多かった時代だしな」

「確かにそうだったな。国々が戦争を起こし、町の若い男達は兵士に志願し、生きる為に戦った。まだ子供だったから、父親が死んだ事、理解もせず、戦争に勝った事にバンザーイって手を上げたりもしたがな。その後は、孤児院行き――」

「ははは」

「だが、やはり父親の死は悲しい。今の子供達は親が死んで、どれだけ悲しむのか。何故、国々の王は空軍を撤退させたんだろう、今の世で天下を築いている空賊を取り締まらないと、時代は変わらないだろう。噂では、賊を裁かない国もできたとか」

「ルールのない空賊相手に、国も下手に手は出せなくなったのさ」

「だが、昔は、賊を厳しく取り締まっていただろう?」

「あぁ、そりゃ、昔は空賊じゃなく、海賊や盗賊と言った地上の賊だったからな。取り締まるのも、やりやすかったんだろう。それに昔の空賊は、今の空賊のような無茶苦茶な戦いや殺しはしなかったさ。空軍とも正々堂々と戦っていた。だが、今は違う。空に浮かぶ船が、容易く手に入れやすくなり、空賊が増えた。賊という賊が、皆、空に行った。空で増えた賊共にルールなんてないんだ、そんな連中が戦いを起こし、空賊として、無闇に群れ始めた。群れると、国の軍になど、恐れなくなり、もう手に負える相手じゃないんだ。なら、空賊同士、戦わせ、自滅させた方がいい。それが、空賊を放置している国としての考えだろうな」

「群れ始めたから、何も恐れなくなり、戦争を起こし続けているのか?」

「・・・・・・一番の理由は、空と大地が繋がってる事を忘れてやがる。だが、それは空賊だけじゃない。全ての人々が忘れてる事だ」

「そうだな。規則として、空賊は地上で争いを起こさない、空で戦争を起こす場合は、海上空域で戦う事とある。だから地上は関係なく、平和が保てる。そんな考えは間違ってたんだ。賊が規約やルールなど、守る筈がない。それに空と地は繋がっているんだ。空で起こった戦いの末の結果が、地に落ちて来て、それが人々に何の影響も与えないと思うのだろうか。残虐なモノを目にすれば、それだけで人の心に闇は生まれる。今の子供達が、死体を目にする事、それがどんな事か、大人達はもっと考えるべきだ。こうなった世を国々の王はどう考えているのだろう。このままでは、空で自由気ままな空賊が、地上で戦わないという規約を、いつまで守るか――」

「・・・・・・なぁ、ララを頼んだぞ? オレはアイツと一緒にはいてやれねぇ」

「一緒にいてやりたい者と一緒にいられないなんて、空に出た事、後悔してるか? 神に懺悔するなら聞いてやる」

「冗談だろ」

「こっちはお前と友人である事に後悔しているよ。毎回毎回、面倒な事ばかり頼んで来て、今回は、あの伝説の飛行機乗りと言われたオグル・ラピスラズリの孫を頼まれるとはね。大体、飛行気乗りも大人しくして、テリトリー争いなど起こさなければ、空賊もまだマシだったんじゃないのか? しかも、お前は、空賊相手に賞金稼ぎだと? そりゃ、お前を恨む賊は大勢いて、お前の大事なララは狙われるだろうな。そして、ララがいるトコは、どこだって狙って来る。なんせ、空賊は、近い未来、ルールなど一切守る訳もなく、地上で暴れ出すだろうから」

「そう言うな、ララはいい子だろう」

「確かに、とてもいい子だ。だが、ララも死体を見て、そう嘆く子供でもない。リーフ、お前、本気でララを大事に思うなら、世界を変えてみろ」

「無茶言うな、オレは只の飛行機乗りだ」

「空軍がいなくなった今、お前は空賊が唯一恐れる男だろうが!」

「やめてくれ。オレは、国や民を背負って飛ぶなんて、したくねぇ」

「流石、伝説の飛行機乗り、オグル・ラピスラズリの愛弟子だな。あの人も、確か、空軍としてのスカウトを全て蹴ったんだろう?」

「あぁ、ガキの頃は、よくわかってなかったけど、今なら、わかるんだよ。空が好きなんだ、空を愛してるから、だから、何も背負わずに、空と共に生きて行きたい。只、それだけなんだ。だが、オレは空に留まるつもりもない。地上にはオレを友だと慕ってくれる奴等もいるしな。何より、大地から見上げた空が一番好きだ。オレが憧れた空がある。光イッパイの空が。だからまたオレは空に戻る。そして、空を自由に飛び、風になる。空と一体化した気分だ。だが、あちこちに空賊の船があり、なかなか思ったようにスピードも出せなくなっている。空賊狩りを始めたのは、アイツ等が邪魔だからだ。金や、国、民の為じゃねぇ」

「だけどララは可愛いだろう?」

「オレが飛行機乗りになろうと決断したキッカケは、オグルじゃねぇけど・・・・・・でもオグルのオッサンには本当にイロイロと世話になった。反抗ばっかのオレを、オグルは諦めず、空へと導いてくれた。オレがまだ幼い頃、孤児だったにも関わらず、大事に育ててくれた。大人になり、オグルより速く飛べるんじゃねぇかって自信もついた時、オグルは空から去り、永住の場所を大地へと変えた。オグルは自分の息子より空を選び、親族からは縁を切った筈だったのに、孫は別なんだと。その時は両親を事故で亡くしたララが憎かった。オグルが最速の記録を残したまま、空を去り、オレはオグルと勝負するチャンスさえ失ったからな。オグルがいなくなった後、世界最速と謳われるようになったが、今もオグルの記録は破れねぇ。オグルに何度も空へ戻るよう説得もしたさ。そんなオレにララは、いつも、美味い茶を淹れてくれた。ララはこんなオレを慕ってさえくれた。今となっては、ララとオレのモノとなった飛行機達は大事な形見だ。それと同じくらい、ララもオレにとって形見同然だ、可愛いに決まっている」

「今なら、オグル・ラピスラズリが空から去った理由がわかるのか?」

「あぁ、だが、オレは空を去る事はできねぇ。今の空賊は狂気的だ。オレが空から去った所で、オレを狙わない筈はないだろう。オレを殺して名を上げようとする奴は少なくない。そしたらオレの大事なララはどうなる? 狙われるに決まっている。だからオレは空から去らない。永遠に現役で、空賊共を脅かす存在にならなければならない」

「それこそ無茶だろう、お前は人間だ、いつか死ぬんだからな? でもそれがお前のララへの愛情って訳か。じゃあ、あのシンバって子供はどうするんだ? あの子は空賊の子供だって言うじゃないか?」

「あぁ、アイツは多分・・・・・・大丈夫、変わるさ」

「変わる?」

「空から降りて来たんだ。この大地から空を見上げる事を知っただろう。アイツは、いい飛行気乗りになる」

「・・・・・・お前、まさか、あの子供に自分の跡を継がせようって考えてるのか?」

「どうかな」

「おい、本気でそんな事を考えてるなら、やめとけ。あのシンバと言う子供が入っている空賊達が、それこそ黙ってないだろう!」

「だろうな、だが、ワクワクするんだよ、オグルのオッサンもさぁ、オレを見つけた時、こんな気分だったのかなと思うとさ、嬉しくなっちまう。アイツは・・・・・・シンバは伝説を塗り替えるかもしれねぇ」

「何を馬鹿な事を!」

「それにアイツを見てると幼い頃を思い出すんだ」

「何も似てないだろう、なのに、何を思い出す? お前が子供の頃とは時代も違うだろう」

「似てるんじゃない、サードニックスに属するアイツは、幼いオレの憧れを思い出させるんだ」

「あぁ、そうきたか。お前の子供の頃ねぇ・・・・・・」

「言ったろ? オレが飛行機乗りになろうと決断したキッカケは、オグルじゃねぇ。オレが決断したのは、やっぱり、オレと同じ孤児だったガキで、なんか、ソイツがさ、言うんだよ、オレは光が似合うって。空が似合うってさ。オレが憧れてるなら、憧れてるトコだけ辿ればいいってさ。なんかさ、言っている事がさ、妙にカッコよく思えてさ」

そう言った後、リーファスは、その時の事を思い出すような瞳をした。


『憧れを辿れたらいいね、残してくれる足跡を踏み締めて生きていけたらいい。大好きな人を追いかけて、その姿になれたらいい。ボクも、キミも――』


「オレは飛行機乗りが似合うってよ、そう言ったんだ・・・・・・ソイツは、今、どうしてるのか、知らねぇけど、自分の信じた強い信念みたいなもんがある感じで、オレに比べて、決心は強そうだった。途端に、自分がソイツより、うんとガキに思えたよ」

あれから、どれだけ自分が大人になったのか、リーファスは、一瞬、黙り込む。

「ソイツ、空を見上げてたんだ・・・・・・だからオレは、ソイツを光イッパイの空に連れて行ってやりたくなった。あの頃の、あのオレが、憧れたモノを捨ててまで、飛行機乗りになろうと決断したんだ。あの時、オレは、本当に憧れているのは、光イッパイの空だって気付いた。あの日、あの時が、思い出されるんだよ、わかるだろう、この気持ち――」

「わかるわけない。お前の過去も、その時の気持ちも、そして今の気持ちもわかったら、とっくに賞金稼ぎをやめさせてる。兎に角、あの空賊の子供に、何を感じたか知らないが、お前が無茶をし、死んだら、ララは悲しむ。今となっては身内らしい者はお前しかいないんだからな、あの子には」

「わかってるさ。だから、お前にララを頼んでるんじゃないか」

「神の使いである者に容易く頼むな! お前は、一度ちゃんと神に懺悔した方がいい!」

「オレが懺悔したところで、平和な時代はこねぇよ」

シンバはずっと立ち聞きしていたが、静かに通り過ぎて、トイレに行った後、そのまま部屋に戻った。

ずっと戦う事が当たり前に生きて来たシンバ。

人が死ぬ事は虫が死ぬのと同じ事で、悲しんだり、嘆いたりする事の意味がわからない。

それ以上に、大事に誰かを思う事がわからない。

ガムパスに拾われ、ガムパスを父親として、とても尊敬している。

そして、自分を育ててくれた仲間のセルトの事を、とても慕っている。

だが、またそれ以上に、サードニックスという空賊の中でも強い称号を持つ、その名がほしいだけという気持ちがある。

だから、ガムパスに死んでもらっては困る。

それは悲しいと言う気持ちではない。

そう、そうなんだ、死んでもらっては困るだけ――。

そう思う事は、異常なのだろうか。

だが、これを異常と言うのなら、シンバだけが異常な訳じゃない。

人は自分以上に大事な存在を作らないようになってきている。

神父が言うように、今の子供達が大人になった時、恐ろしい時代が来る事は、誰もが予想できる程、人々の心は冷めている。

「・・・・・・平和って・・・・・・どんな世界なんだ・・・・・・?」

シンバはベッドの上、座り、ぼんやりとしながら、ポツリと呟いた。

戦争が全て終われば、平和な世界が訪れ、人々の心にも光が見えるのだろうか――。


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