SkyPirates

ソメイヨシノ

1.サードニックスVSアレキサンドライト

闇の大空を漂う一機の船。

重い雲が月の光を遮る。

大きな船の胴体下部に設置されたプロペラが回る音と夜風が流れる音。

船旗はサードニックスの印。

帆は、偉大なる大空を自由に泳ぐ船と共に、風を読む。

空賊の中でも、賞金首が億単位の連中のサードニックスの船。

今や、スカイラインを超え、世界中の空を自由にする空賊達――。

世は空賊時代!

遥か彼方、もう一機の船が、サードニックスの船に近寄ってくる。

狙いはサードニックスが手に入れた宝とキャプテンの首。

「アレキサンドライトの船の襲撃だぁぁぁぁぁ!!!!」

サードニックスの見張り番が、そう叫び、皆を眠りから叩き起こす鐘を鳴らした。

アレキサンドライト。

サードニックスと並び、億単位の賞金首を持つ空賊達。

だが、後一歩及ばず、サードニックスの方が全て上回ると言う風評。

両方の船は、もう既に隣り合わせ。

大砲を使う前に、サードニックスの船は、アレキサンドライトの船から幾つものロープが掛けられ、敵を乗船させてしまった。

剣が交わる音と銃が発砲する音が鳴り響く。

今、アレキサンドライトの船から、出番を待ち兼ねて、現れた男。

キャプテン・シャーク・アレキサンドライト。

左側半分の体は醜く爛れていると噂される男。

左手は鉤腕、左足も鉤足、左目も黒の眼帯で隠しているが、それは最近の傷跡で、今現在は治りかけだとか――。

だが、それ等はキャプテンとしての勲章である。

2メートルは軽くある身長と、それに合った大きな横幅と、一歩、歩く事にズシンと響く、その巨体。

それだけで、威圧的な存在で恐ろしいと思われるが、顔付きがなんとも言えない程の悪い奴で、トゲトゲしい。

シャークはサードニックスの船へ足を踏み入れると、

「野郎共! 死ぬ時はサードニックスの野郎共も道連れにしろ!」

そう吠え、ズシンズシンと船の奥へと向かう。

あちこちで剣を交えたり、銃を鳴らしたり、殴り合ったりしている戦いを尻目に、シャークは船の奥へ、奥へと入っていく。

「チッ! ろくな宝はなさそうだな。所詮、名だけの男だ」

所々にある船内を飾るオブジェに、そう呟き、唾を吐いた。

途中で、キッチンに寄り、酒を手に入れ、ゴクゴクと喉を鳴らし、飲んだ後、再び、シャークは奥の部屋へと向かう。

そして、一番奥の部屋のドアの前で、ご丁寧にノックをしてやるが、返事はなく、シャークはドアを蹴破った。

「シャークか。何も壊さずとも、鍵は開いていただろう」

「ノックをしてやったのに返事をせんかったのは、老いぼれ、お前だろう」

キャプテン・ガムパス・サードニックス。

シャークが言うように、確かに年齢もあるが、ガムパスが老いぼれに見えるのは、もう動けない体だからだ。

大きな椅子に座ったまま、体には幾つもの管がついている。

だが、座ったままでも、シャーク以上に大きな体で威圧感のある男。

「老いぼれ、そろそろ死んで、この世を旅立ってもらおうか。お前がいたんじゃぁ、この俺様の名が大空で響き難い。それに最近は何の活躍もしてないだろう、サードニックスは過去の栄光であり、今は只の老いぼれを乗せた腐れ飛行船だ」

「言うようになったな、シャーク」

「俺様が言うようになったんじゃねぇ。貴様が老いぼれたんだ、クソ汚い哀れな老害めが! いいか、その遠くなった耳で、よぉく聞け! この船はもう終わりだ。貴様の時代は幕を閉じる。このアレキサンドライトによってなぁ!!!!」

と、シャークが腰に携えた剣を抜き、座っているガムパス目掛けて走り寄った時、ガムパスの背後から、小さな影が飛び出し、シャークの大きな剣を弾いた。

「なっ!?」

「それ以上、オヤジの悪口を言ってみろ、オイラがぶっ殺してやる」

小さな影は、小さな少年。

まだ12、13歳程の、あどけない少年だ。

少年は両手に短剣を持ち、シャーク目掛け、振り払い、迫っていく。

「なんだぁ!? このクソガキは!?」

シャークは後退しながら、少年の攻撃を避けていたが、このままでは壁に追い詰められると、剣を少年目掛け、振り落とす。

だが、少年は、クルクルっと回転し、シャークの攻撃を交わした。

「いい動きをするじゃねぇか。成る程、噂に聞いていたが、コイツか? ガムパスの秘蔵っ子ってのは? 流石、老いぼれ。自分の死期を悟り、サードニックスの後継者を育てていたとはな。そんな噂、嘘だと思っていたが本当だったとは!」

「シンバだ」

ガムパスは、少年の名を言い、

「ソイツは強いぞ、シャーク、本気でかかれ」

と、挑発染みた台詞を吐く。

「本気を? こんなガキ相手にか? 冗談だろ? 死ぬ間際にボケたか? まぁ、ボケは今始まった訳じゃねぇなぁ? この世のお尋ね者の空賊を継がせるなんて、狂ってやがる。世継ぎは王だけで充分だろう? それが自由気ままな風使い空賊の生き方ってもんだ!」

「オヤジを悪く言うなって言っただろう、殺されたいのか!」

と、シンバが叫びながら、シャークに飛び掛かった。

シャークは思ったよりシンバの動きが素早すぎて、避けきれず、右肩の肉を短剣で削られた。

噴射する血。

部屋中に飛び散る赤黒い血と生臭い臭気。

だが、シャークは痛みを感じないのか、平然とした顔で、

「・・・・・・クソガキ。舐めた真似をしてくれたな」

と、シンバをギロリと睨む。そして、

「いいだろう、望み通り、本気で戦ってやろう」

と、シャークは剣をシンバに向けた。

右手で構えるその剣はグレートソード。

その名の通り、巨大な剣である。

グレートソードは2メートルから5メートルの非常に長い剣もあるが、シャークが持っている剣の長さは180センチ程だろうか。

それでも通常のロングソードなどより、長い。

この長さになると、通常の剣のような太刀裁きは不可能で扱い方としては剣ではなく、槍に近くなる。

しかも、重い故に命中率は非常に低い。

通常、一対一で斬り合えば、100%負ける。

しかも重さのネックは長時間バトルには向かない。

グレートソードは儀礼用や処刑など、戦闘以外に使われる為の剣だ。

だが、シャークにとってグレートソードは一般的なソードと変わらない。

その長さも、2メートル以上ある身長には丁度いい。

その重さも、片手で充分である。

そして戦闘において、左の鉤腕や鉤足など、なんの障害にもならないと言う動き。

シンバが扱う短剣は、右手にジャマダハル、左手にマインゴーシュ。

ジャマダハルは切るよりも刺す事に特化した特徴的な形状を持つ武器である。

通常の短剣の柄とは違い、その握りは刀身と垂直に鍔とは平行になっており、手に持つと拳の先に刀身が来る。従って、拳で殴りつけるように腕を真っ直ぐ突き出せば、それだけで相手を刺す事ができ、その為、力も入れやすく、鎧も貫通しやすい武器だ。

マインゴーシュは、その名の通り、左手用短剣である。

グリップにはガードがついており、両刃の直剣であるが、相手の攻撃を受けるガード用、つまり盾のような役目をする武器である。

シンバは小さな体を素早しっこく動かし、相手の懐に潜り込む。

その戦い方は剣術と言うより、武術に近い。

だが、シャークもシンバを懐へは入れないよう、距離をあけて、剣を振り回す。

グレートソードは無闇に船内を壊し始める。

大きいだけあって、一振りで、壁をぶち破るのだ。

シンバはガムパスに、その剣刃が当たらないよう、その部屋を出る事にした。

「ちょこまかと、小猿のような奴だ!」

と、シンバを追いながら、シャークは剣を振り回す。

広い船の先端では、サードニックスとアレキサンドライトの船員達が戦いを繰り広げている最中。そしてシンバとシャークも、そこに躍り出て、戦い始める。

「小猿、お前どこで拾われて来たんだ?」

剣を振り回しながら、シャークはシンバに問いかける。

「お前の本当の親はガムパスに殺されたか?」

まるで、シンバに嫌な記憶でも思い出させようとするようだ。

「小猿、確かにガムパスの言うように、お前は強い。その強さは、そう育てられたのか? 可哀想にな。ガムパスなどに拾われなければ、お前は今頃、両親に愛され、ヌクヌクと生きていたんだろうな? それが今は空賊の端くれか? 教えてやろう、空賊がどんな者なのか! 大空を自由にし、大海原をも行く空賊の飛行船。この世で最も強さと自由の象徴の旗の下、集まった我等は、只の人殺しなんだよ。子供を殺す事も、女を犯し殺す事も、年寄りを嬲り殺す事も、聖職者だろうが、仲間だろうが、恩人だろうが、邪魔なら殺せる、何も思わない只の殺人鬼なんだよ。貴様はその仲間入りしたんだ。わかるか? その意味が!」

シャークの剣がシンバを捕らえ、振り落とされる。

だが、シンバは、それを素早く避け、

「わかるよ、だから、オイラはお前をぶっ殺す」

と、巨体のシャークの体を駆け上がるように、ジャンプし、今、シャークの喉辺り目掛け、ジャマダハルを突き刺す。

シャークも、その攻撃をサッと避け、

「ほぅ、なかなかやるな、なら、これならどうかな?」

と、シンバに銃弾が放たれた。

避けきれずに、弾丸を横腹に掠るシンバ。

掠っただけだが、威力にシンバの小さな体は、跳ね飛ばされる。

見ると、シャークの鉤腕が外れていて、そこから弾が飛び出たようだ。

直ぐに立ち上がろうとして、弾が掠った横腹に激痛が走り、そのままよろめきながら、後退するシンバに、シャークは笑う。

「所詮、経験のないクソガキだな。いいか、人を殺す分だけ、自らの痛みなどなくなる。普通の神経が通わない体となって行く。いつか、自分が化け物であると気付くんだ。それが空賊と言う連中だ。お前は空賊になりきれず、死ぬんだ、それはある意味、素晴らしい事かもしれんぞ? 化け物になる前に人として死ねるんだからな」

ズシンズシンとシンバに近づくシャーク。

横腹を押さえ、痛みに堪えながら、後退するシンバ。

そして船の先端に追い詰められ、逃げ場がなくなる。

「うん? 妙だな、お前、さっきと違う感じがするな・・・・・・?」

シャークはシンバの雰囲気の違いに、気付いたような、だが、気のせいかと、左腕をシンバに向ける。

周りで戦っていた連中も、動きを止め、シャークとシンバを見ている。

「野郎共、この船は今日からアレキサンドライトのものだ。誰か、奥の部屋へ行き、老いぼれ、いや、ガムパスの首をとって来い。サードニックスの時代は終わりだ、あっけなかったなぁ? はーっはっはっはっは! 小僧! このキャプテン・シャーク・アレキサンドライト様と戦えた事をあの世で光栄に思え! 新しい時代の幕開けだ!」

言い終わると同時に、左腕から弾が飛び出し、シンバは、それを避ける為に、身を捻ったが、バランスが悪く、船から落ちた。

だが、船のデッキにしがみ付き、まだ生きている。

シャークは上から覗き込み、しぶといなと、囁いた言葉を呑み込み、

「お前!? その瞳の色!?」

と、シンバの瞳の色に驚きの声を上げる。瞬間、シンバの手が滑り、

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

悲鳴が夜の空の下へと消えていく。

「しまった! ガムパスを殺すなぁ!! あのガキをどこで手に入れたか聞きだせ!」

シャークの怒鳴り声が、船の中、響き渡った――。


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