第3話 夜汽車
高校二年生の秋、オレの誕生日に、母親は男と逃げた。
農協に勤めている父親は、「すぐに捨てられて戻ってくるさ」と、澄ました顔をしていた。
父親は料理が好きで、オレは洗濯や掃除を引き受け、男二人で気楽に暮らしていた。
冬になり、年末年始の休みに入ると、父親はいなくなった。
正月には、父方、母方、両家の祖父母が三段重ねの重箱を抱えてやってきた。
五人で、盛大に飲み食いして新年を祝った。
祖父母たちは、「まあ、若いもんにとっちゃ、こげな田舎はがまんできんのさ」「仕方ねーな」と、諦めたように語りあった。
若いといっても、オレの両親はもう中年だけど、と思ったが黙っていた。
父方の祖父は、両家の祖父母たちを代表して、「わしらは年金で充分暮らせる。おまえは好きな大学に入れ。金の心配はいらん。アルバイトなんかしなくていいぞ。たっぷり送金してヤッから」と、胸をたたいた。
祖父ちゃんは、隣の県の名産の吟醸酒を飲み過ぎていた。
親友に、「祖父ちゃんたちは気前がいいけどさ、年寄りの世話になるのはなんだかなぁ。行方不明とかじゃなくてさ、両親そろって交通事故で死んでくれたら、保険金がしっかり入るのに、気が利かない親だわ」と感想を述べた。
そいつは、じっとおれの顔を見つめ、やがて目を潤ませ、「……オレの前では強がらなくてもいいのに」と声を詰まらせた。
えっ? おまえはそういう暑苦しい奴だったの。
びっくりしたけど、今までどおり、仲良く遊ぶことにした。
オレの村は過疎が進み、路線バスは廃止になり、唯一の公共交通機関はジーゼルカーだ。昔は、二両編成だったのに、いつの間にか一両だけになっていた。
ジーゼルカーが、夜、鉄橋を渡るとき、川面に列車の明かりが流れる。その景色が好きで、時々、見に行っていた。
ある夜、写真に撮ろうと思って、川岸でスマホを構えて待っていた。
定刻にジーゼルカーが近づいて来て、鉄橋の中央部に差し掛かったので、撮影ボタンを押した。
とたんに、列車はぐらりと揺れ、川に落下した。
赤字路線なので、保守点検の費用をケチっていたために起きた事故だと報道された。
最終列車に乗っていたのは、運転士と戻ってきたオレの両親で、三人とも即死だったらしい。
親友に向かって、なにげに口にした言葉は実現した。
オレは、両親の保険金を手に入れたのだ。
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