第17話 マイ・ディア・リトル・シスター

着いたか。

東の島国の大地を踏みしめ、スナギは思った。

長い歴史を感じさせる町並みは灰に包まれ、再利用不可能な建物は今も解体作業が進んでいる。

「頭領さま、お待ち申しておりました。」

と眼帯の男鬼と短い髪の毛で覆面をした女鬼が出迎えた。

「おお、そなたたちか。して、首尾の方は?」

スナギは手甲を外しながら二人に尋ねた。

「上々でございます。しかしながら、人数が足りぬゆえ、作業に遅れが見られます。」

そう覆面女が答えた。声色はいささか申し訳なさそうである。

「仕方あるまい。ルフマンとやらの15万の兵士、奴らの活躍に期待するとしよう。」

スナギがそう告げると、二人は小さく頷いた。

「さて、我は城に戻る。護衛は要らぬゆえ、そなたたちも作業に戻られよ。」

「はっ、そのように。」

と答えると、二人は素早くその場を立ち去った。

スナギは船頭に軽くお辞儀すると、目の前に広がる戦闘後の景色の中に歩み出る。

(我ながら徹底的にやったものだ・・・。)

片付きつつある瓦礫を背景に、スナギは時折脇目を振りながら港町であったものの中を進んで行く。

解体作業にあたる鬼の忍者達はスナギに気がつくと手を止めてお辞儀する。

その中には一際、屈強そうなオーク達も混ざっている。

そうして港町から離れ、ほど近い竹藪の中に鎮座する小さな城に着いた。

スナギが近づくとスッと門が開くが、スナギは門番に目もくれず、前へ前へと進んで行く。

そして天守閣の一室にたどり着くと、

「ねえさま!お帰りなさい!」

という元気な少女の声と共に、明るい色の着物を着た少女の鬼が出迎えた。

まだまだあどけないが、顔はスナギにそっくりである。

しかし、背は低く、体格は大柄なスナギと比べるまでもないほど華奢だ。

「おお、オナギ。戻ったぞ!」

と手を取り合って再会を喜ぶ二人。

「お疲れでしょう、夕飯の支度が出来てございます。」

とオナギは言い、腕まくりをした。

「相変わらず気が利く。かたじけない。」

とスナギは小さく笑いながら礼を述べた。

武芸に秀でたスナギだが、礼儀作法や詩を読む事には疎い。

詩や歌声、楽器の腕前は天下一品だが虫も殺せぬオナギ。

少し年齢の離れた二人は仲の良い姉妹である。

今居る竹藪は、二人の思い出の場所であり、唯一肩の力を抜ける場所でもあった。

人目に付かないよう鬼達は、こうした密林に隠して置かれたのである。

休みの時に普段からやることは人間の子供とあまり変わらない様子だった。

野山を駆けまわり、虫を捕まえたり、山菜や木の実を採集したり、武芸や手芸に励んだり。

だが、二人には両親の記憶がほぼ無い。

記録もほとんど残されない任務の末、討ち死にしたのだろう。

そのため、姉妹二人の二人三脚で今までやってきたし、これからもそうだろう。

オナギの晩酌で酒と食事を摂るスナギだが、その表情は険しい物であった。

「お口に合いませぬか?」

と心配になったオナギは尋ねた。

ハッと気がついたスナギは、

「いいや、とても美味である。このように手の込んだ物は久方ぶりに食べた。かたじけない。」

早口で取り繕った。

「では、なぜお顔の色がすぐれぬのでしょうか?」

とオナギは恐る恐る尋ねた。

「いやな、遂に戦の時を迎えた上、人間の領主を倒しその城と武具、そして金銀財宝と溢れんばかりの食料を得た。我は遂にこの城の主となった。」

盃を盆に置き、一旦話を区切るスナギ。険しい表情はどこか物悲しげになっていく。

「しかし、どうであろうか。ついこの間まで、この城は豚のような外見と強欲さを持った城主が支配しておった。そやつの首を刎ねたのは他でもない我自身である。」

「目覚ましいご活躍でした、本当に尊敬いたしまする。」

と笑顔を浮かべて褒めるオナギ。だが、スナギは物憂げな表情のままである。

「しかし、我の心持ちは暗い。」

そう語るスナギ。

「自分でもいまひとつ整理がつかぬ。横取りした形であるからか?人間どもが思いの外雑魚であったからか? 」

自問するも、答えが見いだせないスナギ。

「わからぬ。まるで大雨が降る心持ちだ。」

そう結ぶスナギ。

「ご安心ください。そのうち気持ちは晴れますゆえ。」

笑顔で姉に語りかけると、オナギは琵琶を手にした。

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