第14話 デペンディエンテ
休憩に入った会議の大テーブルを拭きながら、メグことデガータは周囲に聞き耳を立てていた。
「ナンシー、久しぶりだね、昇格おめでとう。」
痩せてていて髭を蓄えた、神経質そうな中年男が同じ年齢くらいの女性に近寄って挨拶する。
外務大臣と呼ばれていた男だが、名札も何も付けていないので名前までは分からない。
着ている服はかなり上等だが。
「どうも、でも手放しで喜んではいられないないようね?」
外務大臣にナンシーと呼ばれた目が細く、白髪交じりの長髪を後頭部で結んだ中年女性はややきつく言い返した。
地味な色合いだがかなり上等なドレスを着ている。
かなり長年着ている服のようで裾がやや色あせてきている。
二人はデガータことメグの姿がまるで目に入らないかのように、メグが拭いているテーブルのすぐ近くで会話を続ける。
「まったく、信じられないよ。 前任のオーウェルとは長年の友人だった。」
きちんと後悔や悔やんでいる様子は感じ取れるが、さほど動揺はしていない声色で外務大臣は告げる。
「そのようね。」
経済大臣は興味無さそうに相づちを打つ。
二人は深くも浅くも無い仲のようだ。長年の仕事仲間か、学友か何かだろうか、とデガータは一瞬、思った。
「私は吸わないが、オーウェルは片時も煙草を手放さない男だった。正直高齢でもあったし、いつ倒れてもおかしくなかったんだ。」
「安っぽいゴシップは抜きに話しましょう。」
とナンシー。
長い前振りに少しいらだっている。
「では率直に言うが、魔物との和平交渉には賛同かね?」
一瞬、メグの手が止まった。
外務大臣はあからさまに声を潜めて経済大臣に尋ねる。
「おおむね賛同です。」
経済大臣ナンシーは、手元の書類の束に目を落としながらこちらも声を潜めて賛同する。
「・・・魔族と全面戦争になった時の我が国と同盟国の経済的・人的損害は計り知れません。」
書類を注意深く見ながらナンシーが続けた。
「そうだとも。お互い、若いときに先の大戦を目にしたし、親族を何人も失った。」
安堵しながらやや大げさに賛同する外務大臣。
「ええ、そうですね。」
苦い記憶があるのか、やや苦しそうな表情を浮かべて賛同するナンシー。
若干、芝居じみた声色で外務大臣が続ける。
「焼け野原からの復興は辛いものだ。歴史的に重要な文化財や観光資源まで危険にさらされてしまう。それらは人類すべてにとって宝だ。」
「おおむね同意します。」
とすかさず賛同をするナンシー。
「ところで、具体的な算出は出ているのか?」
と主語を伏せたまま尋ねる外務大臣。
相変わらず声量は小さい。
「・・・戦闘が始まればおおざっぱに見積もっても10年分の財力と資源を次の季節までに失うことになります。」
絞り出すように答えを告げるナンシー。
「なんてことだ。」
とショックを受ける外務大臣。
彼は遠くを見つめながら蓄えた髭を撫で始める。
「経済が発展している我が国ならともかく、周辺同盟国は向こう何十年も立ち直れなくなるだろう。」
声量は小さいままでまくしたてる外務大臣。
「おっしゃるとおりです。」
と経済大臣。困り果てた、と表現するより他ない表情を浮かべている。
「この会議に出席している他の者の賛同を得てくる。君にも根回しを頼みたい。」
両手を握り締め、力強く訴える外務大臣。
「法務大臣の賛同を得たら、早速彼女に草案の作成を頼んでみるよ。」
その提案をすかさず訂正するナンシー。
「いえ、法務大臣とは同じ大学で学んだのです、仲が良い私から。」
と、新たな提案をすかさず打ち出す経済大臣ナンシー。
「頼んだ、では私は税務の大臣に話を通してみる。」
そう外務大臣が告げると、二人は素早くその場を離れた。
磨かれたテーブルに写る自分の顔を覗き込みながら、メグことデガータは考え込んでしまった。
(このまま和平合意が実現したら、西の大国とは戦わずに済む。)
ゆっくり雑巾を持つ手を動かしながら、尚も考えを巡らせる。
(西の大陸は落としたのと同然の状態になり、あとは東、南、北の軍事列強国を順番に攻めれば済む。)
バケツへ雑巾を掛けて、さりげなくティーセットの方へと向かうメグ。
(しかし、まだ情報が足りない。)
メグは後方のテーブルで海図と地図を広げて戦略を練っている陸・海の元帥の下にお茶を二杯、トレーに載せて向かった。
「・・・ここに前線基地を置くとして、海からの砲撃支援はどのようになる?」
どちらも同じ縮尺の地図と海図である。
西方の単位で作られたコンパスや定規が地図の周りには散乱している。
「ここからがベストだ、君たちは丘を盾に出来るし、敵は逃げる場所が無い。」
あからさまにテーブルを覗き込むと不審に思われるので、お茶を二人分用意してさりげなく脇目を振り、海図と地図に打たれたピンの位置をメグは一瞬で記憶した。
「どうもお嬢さん。」
と頼んでもない気遣いに礼を言う二人の元帥。
「・・・美味いお茶だ、さて、我が軍の最精鋭5万は既に馬車で移動を開始した。」
熱いお茶のはずだが、あまり気にすることもなく一気に飲み干す陸軍元帥。
「その支援に一般の歩兵が10万随伴している。」
空のティーセットを脇に置くと気を取り直して軍議に戻った。
「・・・確かに美味い茶だな。」
陸軍元帥に習うようにお茶を飲み干す海軍の元帥。
「・・・それで、君たちは海岸線に沿って進軍する必要はないし、危険度が高い。」
彼もティーセットを脇に置くと、真剣な様子で話を進める。
「時折、お互いに伝令を出して連絡を取り合う他ないだろう、そのため連携訓練も毎年、開催してきた。」
二人が現場で直接指揮を執ったのだろう、懐かしそうに笑みを浮かべている。
「それで、兵士の士気だが、おおむね高いが反応はそれぞれだ。」
と陸軍元帥。
顔からは笑みが消えている。
「・・・こちらも似たようなものだ、陸地では馬車に揺られ、海上では船に缶詰めだ。」
やれやれ、と言わんばかりに肩をすくめる海軍元帥。
「お互い下士官から出世した身だ、彼らの気持ちは良く分かる、そういえば先の大戦でも・・・。」
後は老人二人の思い出話が続く様子なのでメグは空のカップを回収しさっさと廊下へ移動した。
「メグ?ちょっといいかしら?」
廊下に出た瞬間にメグはメリンダに捕まってしまった。
「・・・なんでしょうか、奥様。」
「あなた、ご両親はお医者様よね?ちょっと頼みたい事があるのだけれど着いていらっしゃい。」
メリンダは、空のティーセットが載ったトレーをメグからゆっくりと取り上げ、他のメイドに押しつけながら告げた。
内心ぎくっとしたメグだが、すぐに状況を整理して落ち着いた。
魔王族の医療技術は人間のものよりも進んでいる。
単純に寿命が長いので医学研究や薬品開発に費やせる時間が多いのと、各種族の民間療法で特に効果のあった治療法のみ取り入れる方式のため技術が集約されている。
メリンダの後に着いて行くと、そこには寝室に横たわるお腹の膨らんだ若い女性と手を握るミカエルが居た。
王妃はお腹に手を当てて、苦悶の表情を浮かべている。
困り果てた表情をした三人、メグにした話を整理するとこうだ。
カテリーナのつわりが酷く、赤子もカテリーナのお腹を良く蹴るので、カテリーナは疲労困憊している、 とのこと。
もちろん王宮お抱えの医者たちには診せたが、大事な跡取りなので下手な投薬やマッサージなどはできないそうだ。
「・・・ならば、ハーブをお茶にして飲んでみてはいかがでしょうか?」
目を丸くする三人に、敵に塩を送るのは忍びないものの説明した。
赤子と母は同体であることを利用し母体を落ち着ければ赤子も静まる。
それに妊娠時に食べにくい物と食べやすい物をリストアップし、特別にメニューを組めば良い。
ハーブ茶は適宜飲めば常に効いてくるので普段と変わらない気分で暮らせるようになる、と。
新米の側近だったとき妊娠中のヒルダの母が実践した方法でもあった。
「素晴らしいわ!早速、買い出しに行ってちょうだい!」
話を聞き、大喜びするメリンダ。
大金を渡されたメグは、そのまま城から送り出されてしまった。
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