第12話 コマンダンテ

「デガータ、貴方に申しつけがあるわ。」


晩餐の席でヒルダは、傍らに立つデガータに言った。

慌ただしく給仕が行き来する食堂は、広く、そして暗い。

沢山灯されたろうそくの明かりのみが頼りである。

硬く、重い木材で作られた食堂のテーブルには二人以外の姿は無い。

栄養価と味は良さそうだが、こじんまりとした食事が並んでいる。

「はっ、なんなりと。」

デガータは仕える姫君に、すかさず答えた。

「今でも腕前は健在だと信じて頼むわ。」

ヒルダはナイフとフォークを置き、 ナプキンで口元を拭くとデガータに申しつける。


「できるだけ早くに西の大陸に出向き、ウィンストの王宮に侍女として潜入なさい。」

暗いため表情は読み取れないものの、デガータはかがめた背筋を伸ばした。

ヒルダは任務の詳細をデガータにのみ聞こえるよう、小声で話す。

「情報を集め、そして、機会があれば王族と参謀、大臣達を抹殺するの。」

一旦、話を区切るとデガータに伝えるヒルダ。

「最重要なのは、サミュエル前王。」

灯りのせいだけでは無いだろう、デガータの表情は少し暗い。

「・・・私の後任はいかがいたしましょう?」

怪訝な表情で尋ねるデガータ。

しかし、ヒルダはいつもと全く変わらない様子で彼女に言う。

「その心配いらないわ、いつもの方法で適宜、連絡をとるように。」

「・・・かしこまりました、では直ちに。」

答えると、お辞儀をしその場を離れるデガータ。

デガータの靴音が遠ざかるのを聞きながら、ヒルダは食事に戻った。


「あなた、見ない顔ね?名はなんて言うの?」

早朝のウィンスト王宮内にて。

メリンダはサミュエルの代行で、自分に出来る仕事は全て行う事にしていた。

そして慌ただしく駆け回る大臣達を背景に彼女は、てきぱきと仕事をこなす侍女の一人に声を掛けた。

王宮内では見慣れない、黒い髪に黒い目をした背の高いメイドだ。

「新任のメグと申します、何なりとお申し付けください。」

彼女は掃除の手を止めると、深々とお辞儀をした。

それを聞き、ああ、そうだったわ、とメリンダは合点がいく。

「あの、背が高くて綺麗な顔をした、ミーガンという侍女に姉が居ると聞いていたわ。」

「左様でございます、彼女の姉でございます。」

メグはすかさず答える。

「あの子の姉なら安心ね、よろしくお願いね。」

それだけ伝えるとメリンダは立ち去った。

それを見送ると、掃除に戻るメグことデガータ。


思えば潜入は非常に簡単であった。

国家の非常事態は目くらましとしては最上である。

誰もこれ以上の問題は抱え込みたくない心情を利用できた。

まず、メリンダの話にも出たミーガンに偽造の転勤を文書で知らせた。

そして、最近他界したばかりの彼女の姉になりすました。

仕事熱心なミーガンは既に他国へと旅立った後である。

少しでも人手が欲しい王宮は詳しい身辺調査を省いて、メグことデガータを雇い入れた。

あとは魔王一族特有の変身能力とデガータ個人の潜入スキルを駆使するのみであった。

メグことデガータは、さりげなく大臣と参謀たちの会話に聞き耳を立てた。


「こんな重大な事態だというのに信じられない!あのサミュエル様が旅に出るとは!」

休憩中の大臣や将校達が数人で集まり、噂話をしている。

デガータには魔力を駆使し、周囲の音をはっきりと拡大して聞く能力がある。

魔王一族特有の力である。

「仕方あるまい、私がサミュエル様だったら居ても立ってもいられんだろう。」

「・・・しかし、何もご自身のみで行かれる事は無かったのでは?」

「近衛の兵士には旅に慣れた者も居るというのに、ご信用しておられなかったというのか?」

「それは無いだろう、私はサミュエル王を良く知っている。」

「自分で斥候や伝令を買ってでるような猛者であるが、誰にも迷惑を掛けたくないという難儀な性格をしていての行動なのだ。」

「とにかく、午後の会議でミカエル王から直接話があるそうだ、それまでは煙草でもふかしながら待つしかあるまい。」

軽食やお茶でも摂るつもりだろうか、彼らの声が遠のいていった。


しまった、とデガータは内心冷や汗をかいていた。

先手を打たれた?いや、私とヒルダ様以外にこの潜入を知るものはほぼ居ない。

情報漏れではなく、ほとんど入れ違いでサミュエルは旅に出たのだろう。


なんと幸運な男であろうか。

まさしく、神の息が掛かっているとしか思えない。

しかし、奴らにとっての祝福の神は、我らにとって呪いの邪神である。

どちらにせよ、早馬を走らせたのでなければそこまで遠くには行っていないはず。

時間はまだある。

すると、遠くで男の悲鳴と医者を呼ぶ声が響いた。

大臣の一人が煙草をふかした次の瞬間に倒れ、息絶えていた。

遠巻きにその様子を見て、うっすらと笑みを浮かべるメグことデガータであった。

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