第6話 試合

「よし、受付は完了でさぁ、相手は連戦ですぜ、旦那は運がよろしいようで。」

賭け試合のようで、観客の大半はサミュエルの対戦相手に掛けた様子。

もちろん、大穴を狙ってサミュエルに賭けた者も少数いた。

その賭博の元締め兼受付の者に荷物とフリードを預け、サミュエルは盾と剣を取り出す。

そして胸元にあるペンダントを見つめた。

砕けた白い石が嵌まっているそのペンダントの裏には、祈りの言葉が刻まれている。

「光を見いだす者は幸いである、その人は必ず救われる。」

砕け散った白い石は、何を隠そう、30年前のあの日、魔王妃の剣を受けて砕け散った物である。

そして利き腕である右手に握られた長剣の刀身を見つめる。

長年仕舞い込んでいたと言うのに、鏡のような刀身には錆びや染みどころか、擦り傷すらない。

古めかしい作りで細身のこの剣は、あの日魔王妃から奪い取り証拠として持ち去ったものである。

言い伝えでは、この砕けた白い石は聖人の骨である。

そしてこの剣は人間の勇者を倒す為に特別に作られた物の一つ、という事らしい。

自分を殺そうとした物と、命を救った物。

相反するこの二つをサミュエルは大事にしてきた。

白い石はメリンダからお守りとしてプレゼントされたものであった。

魔王妃の剣を受けて砕け散ったが、その際にまばゆい閃光を放ってサミュエルの命を救ってくれた。

奇跡と呼べば良いのか、何らかの化学反応だったのか、今でもサミュエルには判断も理解も出来ない。

この剣は魔王妃の手に握られサミュエルを殺そうとした。

しかし結果的にサミュエルの手に渡り、魔王妃を倒した上でサミュエルを救った。

(運命とは分からないものだな・・・。)

観客にもみくちゃにされながらも、サミュエルはこの雑踏の中心へと歩いた。

急に視界が開け、円形に並んだ観客達の中心部へと進み出たのだと理解する。

「・・・ここで腕に覚えのある老兵のご登場でさぁ!ささ、皆さん賭けてくれ!」

賭けの締め切り時間が迫っている。

サミュエルは地面の石畳を見つめた。

そして深呼吸すると、準備が出来た事を合図すべく、剣を掲げた。

元締めは大声でサミュエルへと説明する。

ルールはシンプル。

1対1の決闘で降参するかKOするまで試合は続く。

制限時間は無制限。

互いに礼をして、同意をしたら試合開始。

どうやらサミュエルは、連勝を続けたせいで相手が居なくなってしまった男とこれから戦うらしい。

決闘の相手は褐色の肌をした大男で、曲がった双剣を携えている。

鍛え抜かれた上半身は裸で生々しい傷跡があちこちに残っているが、どれも浅い傷である。

これは、この大男が優れた反射神経を持つ歴戦の猛者であると暗に物語っていた。

今は連戦により滲み出た汗をぬぐっている。

サミュエルが分析を終えると、その男は剣を手に広場へ進み出た。

両者は観客達から腕一本分の距離を取り、互いに初めて視線を交わす。

これから始まる戦いを前に沸き立つ観客たち。

ルールに則りサミュエルはお辞儀をしようと腰をかがめた。

すると不意に、大男が双剣を使い大道芸を始めたではないか。

逆立ちして剣を脚でつかんだり、背中で受け止めたり・・・。

どうやら彼は根っからのエンターテイナーのようだ。

真剣な表情で一歩間違えれば怪我をする芸を続ける。

そしてその場で二回宙返りを決めた後に剣を両手に握ると、サミュエルに深々とお辞儀をした。

予期せぬパフォーマンスにボルテージ全開の観客。

よく見れば屋根に上って望遠鏡で観戦していたり昼食のサンドイッチを手に見張り台から眺める兵士がいる。

あとで灸を据えねば・・・。

しかし、このまま試合開始ではつまらない。

サミュエルは剣を鞘に収めて盾をつかみ、返礼のパフォーマンスをすることにした。

盾を使ったパフォーマンスは、前線で戦う兵士たちが暇つぶしで編み出した娯楽の一つだった。

腕を十時に延ばし右手から左手へと転がし、また左手から右手へ受け渡す。

兜の上の一点で盾を制止させ自身も片足で立つ。

片足から更につま先立ちへ、そして一瞬で軸足を入れ替える・・・。

鍛錬にもなり、何よりやっている方も見ている方も楽しめるこれらの大道芸。

いつ死ぬか分からない兵士が輝ける瞬間でもある。

大技をフィニッシュさせ、深々とサミュエルは観客と大男にお辞儀をした。

一呼吸置いて、沸き立つ観客を前に試合は開始された。

割れんばかりの歓声を上げる観客達をよそに彼らはお互いの経験のみを頼りに動き始める。

まずはお互いに間合いを詰めながら様子見を始めた。

サミュエルは隙無く盾を構え、男は双剣を時折揺らしながらじりじりと間合いを詰める。

そしてお互いの間合いに入った瞬間、目にもとまらぬ速さの連撃がサミュエルの盾を叩いた。

速いだけでなく、重さもある!

並の男なら盾と首をはね飛ばされていただろう。

しかし、サミュエルは怯まなかった。

相手の攻撃にタイミングを合わせ、シールドバッシュと回転切りを繰り出した。

しかし、男は身軽にバックステップと宙返りでそれらの攻撃を躱した。

渾身の一撃をかわされたサミュエルは一瞬だけ戸惑ったが、すぐに闘争心が沸き立った。

そうこなくては。

よく見ると大男の口元にも笑みがこぼれていた。

お互いに久しぶりの強敵らしい。

観客も沸き立つ一方である。

よく聞くと、町民たちは大男を応援し、兵士たちはサミュエルの正体もわからぬまま応援している。

町民はこれからの食い扶持を少しでも稼ぎたい。

兵士達は自らの大先輩であろう老兵をほとんど義務感で応援している。

まさに町を二分する勢いだ。

すると大男の双剣がサミュエルを捉えた。

脇見をしてしまったのを見過ごさなかったのだ。

必死で男の剣を盾で凌ぐサミュエル。

すると、大男の狙いが分かった。

わざと兜に剣を叩きつけ、サミュエルを気絶へと追い込みたいようだ。

しかし、このままでは兜を弾き飛ばされて正体が露見してしまう。

とっさの判断でサミュエルは男の双剣を僅かに躱しながらも、まともに顔面で受ける事に決めた。

兜は弾き飛ばされ、顔を真一文字に深く切られたサミュエル。

鮮血がほとばしり、地面を濡らすと同時にサミュエルの顔面を赤く染めた。

予期せぬ動きに大男がたじろぐのをサミュエルは肌で感じ取った。

・・・見切った!

サミュエルは剣を握ったまま、男の懐に踏み込み、アッパーと膝蹴りの二連撃を大男に浴びせた。

脳が大きく揺れた次の瞬間にみぞおちにサミュエルの全体重が乗った膝をもらい、男は膝をつき、そのまま崩れ落ちた。

町民たちは騒然となり、兵士たちはサミュエルに歓声を上げている。

どうやら正体が露見した訳ではなさそうだ。

気絶した大男は微動だにしないが、すぐに気がつくだろう。

三歩ほど先に落ちた兜を拾い上げて深々と被る。

すると目を丸くした係の者からフリードの手綱をひったくり、サミュエルは大広場を後にした。

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