第2話
茶髪の女性が先に口を開いた。
「改めまして。私この名前は、ミドリよ。」
続けて黒髪の着物の女性も続けた。
「ミドリさん。私は、恵子よ。宜しくね。」
「恵子さん。」
ふたりが話していると、高校生のカップルが手を繋いで歩いていった。
「微笑ましいわね。私達の時代では考えられないわ。」
「ふふふ。そうね。でもミドリさんのご主人は、外国の方だったのでしょう?」
「えぇ。」
「なら、オープンな方だったのではないかしら?」
「えぇ。とても優しくて寛大な……歳は十歳も離れていたの。」
「十歳も?!」
「えぇ。」
「どこで知り合ったの?」
「彼は……元アメリカ兵士だったの。私が学生の時に学校からの帰宅途中に男性に襲われそうになった時に助けてくれたの。」
「まあ!当時はアメリカ兵士がむしろ女性を襲う事件が絶えなかったじゃない?」
「そうなの。私の友人も被害にあったわ。だからこそ、助けてくれた事……本当に驚いたし、私は彼に恋に落ちてしまったの。
それで、危ないとわかっていつつもその道を通い続けて、彼と再会できて……。そこからは早かったわ。」
「積極的だったのね。」
「ええ。私の家は、兄妹も多い大家族だったけれども、父は私が小さな時に病気で亡くなってしまったの。だから母が精一杯働いてくれて、上の兄妹からどんどん働きに出されていたわ。そんな中、私は……彼との結婚を選んだの。」
「……。」
「もちろん、あの時代ですもの。親戚や世間からは『非国民』と、罵倒されたわ。兄妹達からも凄く叱られた。
でも、母だけは見送ってくれた。
結婚してアメリカに行っても肩身は、お互い狭かったけれども、日本よりは住みやすかった。
でも日本に残された私の家族たちは、年月が立っても『アメリカに嫁がせた非国民』だと肩身が狭い思いをしてたみたい。兄妹達も、違う土地へ就職して、家にお金を送っていたみたいで。
私自身、周囲の反対を押し切って異国の地へ嫁いでしまったから、手紙なんかも送り辛くて……。
アメリカに行って、子供も三人授かったある日だった。
アメリカの人々は、何より家族を大切にする。
だから主人の御義母様が、
『ミドリさん。反対を押し切ってこちらに来られたとはいえ、貴方の御母様は貴方を送り出してくれた。世間の意見や意思ではなくて、御母様の本心を受け止めてあげるべきよ。日本に……家族の元に一度お帰りなさい。
御母様はきっと、貴方の事を思ってる。顔をまた見られるだけでも幸せだと思うわ。』と、日本に帰るお金をくださったの。
そして、私は日本に帰った。本当に浦島太郎のようだったわ。同じ道なのに、同じ土地なのに、全てが変わっていて。人の服装や髪型や、話し方も変わっていた。
そして、家に帰ると……母しか居なかった。
兄の家族と同居していたみたいだけれども、私が昼過ぎに家に着いたから、皆仕事やら学校に行っていたみたい。
気がつけば、嫁いでから十年ぶりに、しかも連絡もしていなくて突然帰ったから…母は、とても驚いていた。背中が丸くなって、ひとまわりくらい小さくなっていた気がした。
それでも、私の顔を見た途端に『ミドリなの?ミドリよね?綺麗になったじゃない。』と、私の頬に触れて泣いてくれた。
私も『お母さん、お母さん。』と、たくさん泣いたわ。
とても心配をさせていたんだなって。でも、お母さんは変わっていなかった。
家の庭に腰掛けて、アメリカから家族の写真を持ってきていたから、子供達や、主人の家族の写真を見せて、十年間の月日を埋めるようにお互いの話わたくさん話したわ。
母は、とても嬉しそうに聞いてくれた。
アメリカに一度来てほしいって話だけれども、母は持病を患っていて、あとアメリカに来るお金もないって行ってたの。
……すっと心につっかかっていた事を母に聞いたわ。
『私をアメリカに嫁がせた事、後悔してないかって』
そしたら母は、
『私が夫に先立たれても、夫を愛していたの。
愛している人がいる事は素敵な事だし、恵まれている事なのよ。だから世間の事よりも、貴方の夫は誠実な人だと思った。国籍や年齢じゃないの。だから貴方と、貴方の夫を信じて送り出したの。』
って、言われたわ。
『でも、世間からは……大変だったんじゃない?』って聞いたら、
『世間じゃない。貴方の幸せが大切よ。でも手紙も無かったのは、“連絡がない事が平和な証拠”なんて言う人もいるけれども、心配だったわ。』
って、言ってくれた。
その話をアメリカに帰って夫と御母様にお話したら『家族全員で日本に行こう』と、仰ってくれて。
母に手紙を書いて、夏に両家全員で再会する事が出来たの。
今でも忘れられない……。
その後も、何回か日本に帰ったけれども、私も主人に先立たれてしまってね。
母や兄妹達から『日本に帰っておいで』と、言われたけれども、私はアメリカに残る事を選んだの。
母が送り出してくれた事。
愛している夫の土地であること。
なによりも私の母が、私達兄妹を育ててくれたから。私も母のような女性になりたかったの。
やっぱり日本人だし、女ひとりでは心細かったわ。
でも、無事に子供達は成人した。
そして、私自身が今こうして、杖でも現役でやり甲斐や生き甲斐とプライドを持ちながらボランティア出来ている。
本当に色々あったけれども、素晴らしい人生を歩めて来れたし、これからもずっと生涯現役でいるつもりよ。」
「ミドリさん。貴女、素敵だわ。本当の心の強さや美しさが滲み出ているもの。」
「ふふふ。有難う。……でも。」
「でも?」
「日本のダンキンドーナツはなくなってしまったのね。」
「あら、懐かしい!」
「アメリカにはまだあるのだけれども。私がねボランティアしてる空港の中にもあるのよ。」
「アメリカのドーナツだものね。」
「私は本当に珈琲が好きなの。
特にダンキンドーナツのブラックコーヒー!
ラージサイズに、クリーム二つにシュガーをひとつがとても美味しいの。いつも観光客にはこの飲み方をおすすめして、ビターチョコのプレッツェルををプレゼントしているの。」
「優しいのね。アメリカにいても日本人特有のおもてなし精神なんて素敵だわ。」
「空港での飛行機の待ち時間はとても長いし、心細くなったりもするから。それに……。」
「それに?」
「日本の……特にスターバックスの珈琲なんて量の割に凄く高いじゃない?!アメリカは日本と同じ位の価格でもサイズが全てビッグだから、せめて私が許せるのはコンビニのこの引き立て珈琲くらいよ!」
「ふふふ。本当に珈琲が好きなのね。」
「実は、両家で日本で会うってなった時にね、アメリカの空港での待ち時間で家族全員で入ったのがダンキンドーナツだったからなのよ。」
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