木漏れ日コーヒー

あやえる

第1話

 空気がとても澄んでいた。


 風も空気も冷たく、それにより空気が澄んでいる様に感じたのかもしれない。


 なんてこと無い、団地街のちいさな公園。


 ちいさな砂場と、ちいさなブランコ。


 三つの大きさの違う鉄棒。


 地面から半分だけ顔を出している色とりどり仔タイヤ達。


 ちいさな水飲み場。


 恐らくかつては、ペンキで塗られていたであろうベンチ。


 そのベンチに、一人の眼鏡をかけた女性が座っていた。


 年齢は、七十代後半だろうか。


 綺麗なショートヘアーで、茶色く染められた髪には白髪が強かったであろう部分は少し赤毛のように見えるが、それも嫌味なく彼女のセンスにすら感じる。


 彼女は、誰もいないこの公園のベンチで、静かに木漏れ日の中、近くのコンビニのカップコーヒーを飲んでいた。


 そこへ、着物を着た女性が通った。


 彼女も、同年代位だろうか。


 しかし髪は黒く、少し白髪があるくらい。


 着物コートに羽織をまとい、恐らく手作りであろう和柄のカバンと、エコバッグ。


 せかせかと歩く彼女と、コーヒーを飲む彼女の目が合う。


「素敵な着物ですね。」

「ありがとうございます。貴方も、なんにもないこの公園のベンチが、まるで絵画の一枚の様に感じたわ。」

「ふふふ。ありがとう。お急ぎかしら?」

「いいえ。昔っからせっかちな性分でね。」


 着物を着た女性が、ベンチに近付く。


「私も水筒を持っているの。少しお休みしようかしら。お隣いい?」

「えぇ。喜んで。」


 着物を着た女性は、手作りのカバンからちいさな水筒を取り出してお茶を飲んだ。


「素敵な香りのお茶ね。緑茶かしら?」

「えぇ。私は、九州の出でね。お茶には拘りがあって。色んな緑茶を飲んだけれども、ここの緑茶が一番好きで、今も取り寄せてまで飲んでいるのよ。」

「素敵な拘りね。そして素敵なお着物。カバンもハイカラで素敵。」

「ふふふ。でもこのカバンもエコバッグも破れてしまった着物の残り生地で作ったものなのよ?」

「これまたハイカラで素敵じゃない。しかも縫い目を見ると……手縫いね。ミシンより繊細で丁寧な縫い目で素敵。」

「でも、駄目ね。だんだんと目が見えなくなってきて。針に糸を通すのもやっとよ。」

「皆そうよ。“身体のどこが痛い”。“血圧だ”。“糖尿だ。透析だ”。なんてばかりじゃない。」

「そうね。私も膝が痛くてね。杖がないと歩くのも大変で。」

「不思議と、何故か不健康自慢の話になるのよね。私も高血圧よ。

 でも、こないだ病院へ行ったら、まるで学生の時みたいに集まりが出来ていて。その人達ったら“最近◯◯さんが来てないけれども風邪かしらー?”って。ふふふ。おかしな話よね。風邪を治す為の病院になのに。」

「病院が、憩いの場なのね。ふふふ。」

「そうはなりたくないわ。」

「ふふふ。本当にね。でも本当に素敵なお着物。それだけ愛用するって事は、お茶かお花ではなく着物を着ていらっしゃるんじゃなくて?」

「あら。鋭いわね。そうなの。私は日本舞踊をやっていてね。」

「素敵。じゃあかなり裕福なのね。」

「いいえ。子供が成人して出ていってからカルチャーセンターから始めたのよ。でも若い頃からの貯金でお名前を取り、師範代になって、そこの団地で細々と日本舞踊の先生をやっているわ。」

「まあ、素敵!生涯現役なのね。」

「ふふふ。生徒さん達よりも体力があるわよ!」

「ふふふ。私も久々に日本へ帰ってきて、ここら辺をお散歩していたの。」

「あら。ご実家……それかご家族がお近くに?」

「あの棟の団地に家族がいるの。」

「まあ、素敵。私はひとり暮らしだから。」

「そうなの?私も、アメリカに住んでいるのだけれども、あちらだとひとり暮らしよ。」

「まあ!貴方もなかなかのハイカラね!日本のご家族と一緒に暮らさないの?」

「えぇ。アメリカには……亡くなった夫との生活があるから。残された貯金と、そしてボランティアで日本人の新婚旅行や家族旅行者の現地アドバイザーをしているの。」

「現地アドバイザー?」

「そう。空港って広いし、みんな何時に何処へ行ったらいいか、とかわからないからね。その案内や、飛行機までの時間で、現地の話や……私の昔話をしてあげるの。」

「貴方もなかなかのハイカラで、生涯現役じゃない。」

「ふふふ。ひとりになっても、歩くのが不自由でも社会と繋がっていたいのよね。」

「わかるわ。私もひとり暮らしだから。ずーっと駆け抜ける様に生きてきたのに。勢いは落ちても、まだ駆け抜けてゆきたいのよね。」

「ふふふ。お互い、何やらひとクセありそうね。」

「そうね。これもまた、素敵なご縁ね。」


 二人の女性は、ほんの少し風が吹くと落ち葉が少しだけ浮く公園のベンチで、お互いの人生を語りだした。



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