第4話 明前
〇 会社員
ちっ。なんなんだよ。この時間はよ。
何があったんだ? 会社には連絡させてくれるのか?
あぁ。そうだな。まったくお互い大変だよな。あんたもあの電車に乗っていたのか?
あの電車で何があったんだ? それが原因で俺たちは足止めされているんだろう?
は? 殺人? まじかよ。俺たちは容疑者ってわけか。
つってもよ、どこの車輌で殺されたんだ?
俺が乗ってたのは一番端っこ。改札に近い方の、あの満員電車の中だぜ? 確かに誰かうめき声みたいなのが聞こえたような気がするけどさ、あんなぎゅうぎゅうに人が詰まってるところで人なんて殺せるかよ。どうせ足踏まれただけだろうぜ? 俺も踏まれたしな。ははっ。
でも冗談でここまで大々的に人が足止めされないだろうからな。何かがあったのは確かなんだろうけどな。
あぁ。何か聞かれた時のために、練習しとこうってか? あんた面白いこと言うな。確かに、言い淀んでいるなんて思われたらたまらないからな。
俺は永福町駅から乗ったよ。
乗りこんだ方とは逆側の扉から、菫が乗ってくるからな。そっちの扉の方に移動した。最近あいつは俺ん家じゃなくて、自分の家に帰りたがっているんだ。男でもできたか?
菫? あぁ、俺の女だよ。いつも同じ電車に乗っているんだ。そうだよ。菫が俺のアリバイを証明してくれるはずだ。俺の手は両方とも菫を支えていたんだからな。何にも出来るはずがないさ。右手が身体を、左手は……吊り革と頭か。
そもそも殺人ってなんだよ。どう殺されたんだ? 誰が殺されたんだ?
あぁ? 菫の身体には痣があったって?
なんだよ、お前もアイツと寝たのか? なんだ。菫の浮気相手はお前だったのかよ。
まぁ、いいや。菫には後でゆっくり、問いただすとして、だ。
アイツは良い声で鳴くだろう? いたぶった後に優しくするとさ、大したことしてないのに、泣いて縮こまるじゃん。「小動物みたいで可愛い」って、あぁいうことを指すんだろうな。
痣は、俺の事を忘れないようにするためだよ。その痣を見る度に俺の事を思い出すだろう? 見なくても痛みで、やっぱり俺の事を思い出す。一日中、俺のことが頭から離れないはずだ。職場も同じだし、俺ん家で一緒に住めばいいんだ。だのに、なんであんたみたいな、暗そうな男と寝たかね。
菫はどこ行ったのかな。
電車で、渋谷に着く前に一度電車が大きく揺れてさ。アイツが俺に寄りかかって、ヒールで俺の靴を踏んだんだよ。
大して痛くなかったけどさ、菫が俺を恐る恐る見上げたわけ。あの目、震える唇。最高だったね。
だから、思わず頭を撫でて言ってやったよ。
「帰ったら、お仕置きだな」
その言葉を聞いた時の、菫の見開いた目が、忘れられないわ。怯えきった小動物のような、くしゃっと潰れてしまいそうな、弱々しい身体。
何を想像したのやら。思わず笑みがこぼれちまったね。
あ? 質問?
なんだよ、何か気になることでもあったか?
こいぬの木を知ってるか?
下北沢駅の南口にあるアレか。
あぁ、下北沢駅に着いた時、閉まっている扉の窓から見えたな。電車に乗っている時は、満員電車だからな、俺くらい背が高くないと見えないだろうぜ。
だから菫に聞いたって無駄だぜ。あいつは背がちっこいからな。
はぁ。何にしろ、菫が俺の事話してくれれば、その殺人なんたらの容疑は無くなるんだからよ。早く合流したいものだぜ。
……なんだよ、あんたら。怖い顔して囲みやがって。俺が何したって言うんだよ。
おい! 離せ!!
菫はどこだ!!
おい!!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます