Approaching ,Senior
今村はあり得ないモノを見た気がした。
そんな素振りも見せなかった。そんなことに気付かなかった。
桜の心の支えとしてずっと続けていたものが崩れてしまっていたのを初めて知った。できるなら、崩れたモノを直したかった。
彼女が楽しそうだったから、それだけで始めたバスケ。彼女とやりたくて始めたバスケ。いつの間にか今村自身の支えになっていたもの。
見えていなかったものに気付いて、それは近づいてくる。
* * *
体育が終わった今村はクラスの女子に話しかけた。
女子バスケ部主将の小林である。
「のう、小林」
「お、今村。どうしたの?」
「結城 桜って知っとる?」
「もちろん、あの子有名じゃない?なんで?」
「いや、その……」
「今村が女子に興味持つなんて珍しいね~。あ、でも男バスのマネージャーやってるんだっけ。あの子バスケ好きだもんね」
小林はよく喋る。しかも人をよく見ている。
「ああ。で、だからなんでバスケやめたんかな?と思って」
「あーーーー」
小林の顔が曇る。気まずい、そんな顔をしている。
なぜなんだろう、胸がドキっとする。
「そっか、今村知らないんだっけ。女バスの間では有名なんだけど」
そう言って、小林は怪訝そうに話した。
* * *
正直言って胸糞悪い話である。
小林から聞いた話によれば、全国大会での予選に桜は怪我をした。
怪我をするのはよくあることだ。しかし、問題なのは怪我の理由だ。
顔面にボールが当たった。それも飛んできたらしい。
相手チームの選手はわざとではないと言っているが客観的に見れば故意にである。
その日を境に桜はボールが投げられなくなったらしい。
今村は桜の性格をよく知っている。おそらく桜のことだから、それを自分が誰かにやらないかと思っているのだろう。優しすぎる彼女のことだから、そこに恐怖心を持ってしまったのだろう。
一度打てるようになればきっとまた元のように打てるようになるだろうが、それまでが長い道のりである。
「どうしたもんかな…」
今村は今後の試合よりも頭を悩ませることとなった。
* * *
部活も終わり、今村は忘れ物をとりに体育館に戻っていた。
「ん?」
中から誰かがシュートを打つ音がする。
誰だろうと少し開いた扉の隙間から中を覗くと、音の主はなんと桜であった。
驚いて扉にぶつかってしまい、ガタンと大きな音がした。
「「えっ!?」」
驚いた桜が振り向いてボールが手から放たれる。
が、そのボールはあらぬ方向に向かうのではなくきちんとゴールに向かう。
シュッという音をたてて、決まる。
「わあ、今村先輩……。お疲れ様です。」
ぽかんとした顔を向けられる。それもそうだろう、いつもだったら誰もいないような時間なのだ。
「お、お疲れ……。いつもこんなことしちょるん?」
「あー、はい。一応やらないと腕がなまるので……」
へへっと笑う。でもその笑顔がどこか痛そうだ。大会のことを引きずっているのがわかる。
「……」
だから、なにも言わず転がっていたボールを持ち、そしてシュートを打つ。
綺麗な軌道を描いてゴールが決まる。
「流石ですね、先輩は……。私なんか、もう……」
どこか遠くを見つめる桜にどう言っていいのかわからない。何年か前まではよくわかっていたし、よく知っていたはずなのに、いつの間にか距離がつかめない。
「大会の話聞いた」
ビクッと桜の身体が揺れた。強張った、という方が正しい表現だろう。
「じゃあ、知ってますよね。打てなくなっちゃったんです、シュート」
振り向いた顔を見て今度は今村が強張った。
見たことない、泣き笑いみたいなそんな顔。
ギュッと心臓がつかまれたみたいに痛くなる。
「誰かに当たるんじゃないか、自分もそういうことしちゃうんじゃないかって怖くて。そんなことないのわかってるけど、でもやっぱり。ね……」
「優しいもんな、桜は」
「そんなことは、ないけど」
「そんなことあるって」
「先輩のほうが」
お互いハッとして、今村も桜も笑う。昔みたいに。
昔みたいに、お互いがお互いをほめる。先輩と後輩じゃなくて、ただの幼馴染として話す。
「ちょっと元気出た」
「そか」
静寂がまた二人を包む。
「あ、あのね」
沈黙を破ったのは桜。
「一人だとシュート打てるんだ。でも誰かが一緒だと――」
「じゃあ、打ってみ?」
「えっ?いや、今の聞いて?!」
桜があたふたしている、珍しく。
「うん、だから。ほら」
ボールを掴み桜にパスする。
「っと。わかったよ……」
整ったフォームでゴールに向けてボールが放たれる。そして、ボールは綺麗にゴールに吸い込まれた。
「打てるのは打てるの。人が近くにいると打てないの」
いつもはニコニコとしている桜が少し不機嫌そうである。多分、もう少し分かれよという気分なんだろう。
幼馴染とはいえ、わからないものだってある。
「もう一回」
ニコニコと今村は桜に注文する。
ええ、と不機嫌そうに言いながらもシュートを打とうとしたとき、今村は動いた。
すぐ後ろ、そして桜の頭上から、桜の手元に向けて手を突き出した。
今村の下から桜の声にならない声がする。体の筋肉が強張り、今まで整っていたフォームが少し崩れ、ボールに指が滑る。そして、ボールは手から放たれたもののゴールには届かない距離で落ちた。
「……」
何も言わずに振り返った桜に上目遣いで睨まれる。それはそうだ。いきなりシュートを邪魔したのだから。
「なるほどな……」
目の前に手でも人でもいたら打てなくなるのだろう。桜がさっき言ったように誰かに当てないか心配で体が強張る。
どうしたらいいのか、どうしたらまた。
「桜、もう一回」
「ええー、なんで」
「今度は邪魔せんから」
なんでまたとかぶつぶつと文句を言うくせに言われたことするんだよなと今村はニヤニヤしたくなる。とはいえ、桜も真剣なのだからとそのニヤニヤとしたいのを一生懸命に堪える。
頭の上にボールがセットされた時、ふと今度は手を突き出すのではなく違うことをしようと考えた。
だから、ひじが伸びようとしたとき、今村は桜の後ろから桜の手に自分の手を添えた。そして、そのままボールは放たれスパンという音をたててシュートが決まった。
「決まったな。できるやん」
「う、うん……」
なぜだろう、いつもだったら何してんのと言って睨んでくるはずなのに。
「どうしたん?」
「別に、なんでもない……」
不機嫌そうな声にに何か混じってる。でもよくわからない。
ていうか、何故か振り返ってくれない。それに……。
「耳、赤いけど大丈夫か?」
「へ、平気です…」
今村の目の前で大きなため息がつかれる。
「もう一本」
「おう」
今までのを見ていると多分精神的に楔があるのだろう。
自分も誰かにあてないか、自分も同じことをしてしまわないか。そんなことはない、そう頭ではわかっていても、心がそれに追いついていない。きっと今の桜の状態はそんなだろう。
だったら、自分がやるべきことは一つだ。
シュートが放たれる瞬間、今度は桜の前に出た。
ボールは指から離れている。今更、そこから掴むとかしない限りボールは手元に戻らない。
桜の驚いたような恐怖におびえるようなそんな顔と、口から漏れた彰ちゃんという言葉は何故かはっきり分かった。
そして、いきなり前に出てこられたことに驚いた桜はバランスを崩し後ろに倒れそうになる。そんな桜の腕を今村はきちんと捕らえていた。
「打てるやん。シュート」
「う、うん……」
驚いた顔で今村を見上げている。なにもそこまで驚かんでもと思う今村だったが、仮に自分がやられたら確かに驚くなと人ごとのように考えた。
「立てるか?」
「ありがと……」
今村に腕を引かれ桜は体勢を立て直す。腕を離された桜は胸の前に手をやった。
「びっくりした……」
「ごめん、でも――」
「わかってる、ありがとう」
はあと桜は息をつく。
「でも、心臓に悪いよ?彰ちゃん……」
「すまんことしたな……」
「ううん、やりたいことはわかったから。ありがと」
桜は昔と同じ笑顔でニコッと笑った。
それから、桜はまたシュートが打てるようになり、女子バスケ部にも偶に顔を出すようになった。
とはいえ、男子バスケ部のマネージャーであることに変わりはないし、本人もそれをやめるつもりはないらしい。本人曰く、女バスには悪いけどマネージャーが今は本職だそうだ。
そして余談だが、調子が戻った桜は以前よりももっとキリキリと働くようになり、男子バスケ部の練習はより一層ハードになった。
ハードになっても文句を言える部員がいなかったのは本調子の桜にニコニコとされながら隣で練習メニューを行われ、その挙句には負かされたからであるが。
* * *
3年生は受験もあるがもちろん、大会もある。
冬の大会が最後であった今村たちは予選で敗退した。
夏の大会では勝てたところに負けた。
勝利には執着する方だった今村はあまりチームということを考えたことは無かったが、それでも3年間いたチームに桜もいたチームに愛着はあった。
だから試合に負けて悔しくてひっそりと誰もいないところで泣いた。
「先輩」
会場の外の階段に座っていた今村は後ろから声を掛けられた。桜だ。
「帰らないの、先輩」
「んー?」
一瞬振り返って無表情の桜を見る。シュートが打てるようになってから、桜は二人きりの時だけタメ語を使うようになった。今村としては、2人の距離間画が昔に戻れたみたいで嬉しかったので何も言わなかった。
「もう少し、な」
「そっか」
「?!」
驚いて隣を見てしまった。隣に桜が座ったからである。
「なんで驚いてんの、先輩」
「珍しいな、と思って」
「ふーん。楽しかった?」
「楽しかった」
「悔しかった?」
「……」
悔しかった、でも言えなかった。それより先に目の前がぼやけた。
前回は勝てた相手だ。だけど侮っていたわけではない。
自分達も成長している分、相手だって成長している。
途中までは勝っていたのだ。でも負けた。
切り札をちゃんと隠していた相手が一枚上手だっただけだ。そこに気付けなかった。見抜けたはずなのに、見抜けなかった。
努力が足りなかった、たったそれだけの話だ。
色んな感情が折り重なって涙が溢れる。
不意に隣から手が伸びてきて、頭を抱えられた。
驚いて桜に抱きしめられた、と理解するまでに時間がかかった。
「頑張ってるの、知ってるから。私は。先輩が……彰ちゃんが頑張ってるの知ってるから」
その一言で、どこか報われた気がした。
その一言で、頑張ってよかったと悔しいが混在して、声が漏れた。
背中に手が回り、さすられた。
「一緒に練習したもん、知ってるよ。私は忘れないよ、頑張ってたのも。努力してたのも、忘れない。ずっとずっと忘れない」
ためらいながら背中に手を回し、ぎゅっと服を掴む。
「だからね、バスケ続けてね。私も続ける。もっともっと頑張ろうね、私達。天才には追いつけないかもしれない。それでも、努力続けたら何か起こるかもじゃん。だから頑張ろ」
「天才」が言った「秀才」になろうと。
今村は知っている、桜は天才であり秀才であることを。天賦の才を持っているのに努力を怠ったことなんて一度もない。天才であり、努力の天才でもあり秀才な彼女はいつも言うのだ。努力を続けたら何かが起こるかもと。
今村はそれを疑ったことは無い、だって彼女はそれを体現してきた。影で泣いているのも知っていた。
「うん……」
「あのねー。私さ、ここまで続けてこれたの彰ちゃんがいたからなんだ。彰ちゃんがバスケ続けてくれてるじゃん、一緒にずっとこうしてやってくれるじゃん。それってすごいことだと思ってるんだ。奇跡みたいに思ってるんだ。だからね、ありがとう」
「うん……」
涙が次から次へと溢れてくる。そんなこと言われたら、嬉しい。嬉しすぎる。
でも自分だってそうだ、桜が居たから続いていた。だって、桜が居なかったらバスケなんて始めていない。しかも桜は自分の目標で、チームメイトで、いなくてはならない存在で、それから……。
そして彼は初めて知ったのだ、彼女は自分にとってもかけがえのない存在だったということに。
そして彼は知った、彼女に恋をしていたことを。
星が綺麗な冬だった。
* * *
そうして、大会も終え、受験勉強まっしぐらとなった今村であったがきっちり第一志望校に合格。無事卒業式を迎えた。
卒業式は、中学と同じように男女バスケ部の後輩から色紙を貰った。やっぱり、一番に探してしまったのは桜の欄で。
「先輩の頑張る姿、自分も努力せねばと思っていました。先輩は私の目標です。」
人並みなようで、今村にとっては人並み以上の言葉が書いてあった。
「先輩、ご卒業おめでとうございます」
卒業式も終わり、今村は桜に部の話をしに来ていた。
「おう。これからも部のことよろしゅうな」
「はい、今までお疲れ様でした。先輩」
綺麗な一礼。
「こちらこそ、ありがとうな。じゃあ」
また、と言えなかった。もう、またとは言えない。
高校までは運よく同じだったけど、大学まで同じとは限らない。
家も近いし、会おうと思えば会える。
寂しい気持ちはあるけれど、これで別れではない。
だから、それ以上何も言わずに去ろうとした。その時である。
「せーんぱい。何か忘れてませんか?」
「何を?」
「ください、釦」
「は??」
予想外のおねだりに驚く。え、ボタンってだって、それは……。
「バスケ部のお守りとしてもらっておきたいんです。先輩の頑張りが後輩たちにも繋がるようにと」
一瞬の期待とは裏腹に、そんな言葉を言われる。たしかに、桜に至っては自分の片想いであるだけだしそれ以上のことはないなと思う。それでも、嬉しいことに変わりはないし、その思いやりや思いが何よりも嬉しい。
「ほら」
「ありがとうございます!!!」
「頑張れよ」
「もちろん!」
ニコっと笑う。その笑顔を見て今村は高校生活で一番満足した。
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