Transition ,Senior

高校3年生。人生のターニングポイントにもなるかもしれないこの時期、今村は驚いた。

相変わらずバスケは続けていたし、部長にも任命されたし、成績も上から数えた方が早く順調。



それ以外で彼が驚くことと言ったら、結城 桜のことぐらいしかない。


「本日から、マネージャーとして入部させていただきます。結城 桜です。」




選手だったはずの彼女は相変わらずの笑顔で目の前に立っていた。






今村は知っていた、彼女のバスケに対する情熱を。

だから余計に驚いた。彼女が選手ではなく、マネージャーになったことに。

でも聞けるほど、昔みたいに仲は良くなかったし、そんな勇気もどこかへ行った。

それでも、前と変わりたくなかった。変えたくなかった。

だから、何も聞かずに傍にいた。変わらず先輩と後輩でいた。






   *   *   *


「今村先輩、今日のメニューです。先生から。」


「ああ、ありがとな」


桜から練習メニュー表を貰い、見る。


「ん?」


今までの顧問だったら入れないようなメニューがある。これはもしかして……


「なあ、結城」


「はい?」


「これ、結城が考えたんか?」


「あー」


桜の目がふらふら~っと踊る。なるほど、そういうことか。


「バレました?」


「まあ、な」


「流石ですね、先輩は」


ふふっと桜が笑う。昔と違う笑い方。

昔のように元気がある笑い方ではなく、少しお淑やかな笑い方がなんだか寂しくなる。


「少し抜けがあるかなと思って、私がちょっと付け加えさせてもらいました。あ、もちろん先生からもりりか――えっと、涌井からもOK出てるので」


強豪校出身のマネージャーの涌井 りりか。彼女も承知しているなら大丈夫だろうと今村も思う。なにより、顧問の杉吉は元バスケ選手である。あの顧問が良しを出したのだ、必ず良いものに違いないと今村は部活の時間まで思っていた。






   *   *   *


「き、きつい……」「し、しんどい……」「し、死ぬ……」


周りを見るとみんな床に倒れこんでいる。

その原因となったのは、桜の練習メニューである。今村の想像通り、確かに良い練習メニューである。しかし、その量とキツさ。そこまでは考えていなかった。

おかげで、全員が練習で試合を行う前に体力を使い果たしている。えもいわれぬとはこのことであるというように、全員が指一本も動かせていない。

確かに、桜は女子バスケの中でも優秀で有能な選手である。中学1年の頃から将来が有望視されている。それもこれも、小学生のころから年上でしかも男子と共に練習を積んできたからであろう。

だからこそ、桜が考えた練習メニューは適切で的確だ。そのため、選手の補わなければいけないところが浮き彫りになる。

しかし、だ。そのメニューのキツさから今年は1週間での退部人数が例年と比べて多くなってしまったが。


なお、桜は部員が潰れている様子を見てニコニコと笑っていた。







   *   *   *


3年生の体育は自由である。何かを学習するための体育というよりは勉強の息抜きのための体育あそび

それでも、今村はまま真剣にやる。勝ちには執着する性格なことと、最大の理由はやっぱり体を動かすことが好きだからだ。




「今村~、来いよ」


「ん、どした?」


今村を呼び止めたのは同じクラスの遠藤。遠藤は今村のやや直らない方言を気にすることもなく、周りに対しての人当たりも良い、そんな性格のいい奴だと思っている。


「面白いもん見れるよ」


そんな遠藤が面白いというのだ、今村としてもとても気になる。


「なに?」


「ほら」


彼らが居たのは体育館の2階。そして、遠藤が示したのは1階。

1階では桜たち一年生女子がバスケをやっている。


「バスケ……」


「なあ、今村」


「ん?」


「ほらあの子、可愛いって有名な。今ボール持ってる子――」


ボールを持ってる子って……。

よく知った綺麗なフォームのドリブルと相変わらずのフェイク。

昔と違って伸びた濡羽色の髪の毛。


「……結城?」


「そう、有名なんだよ。結城さん。確かにかわいいよな」


「んー」


小さい時から知っているし、確かに客観的に見ても、そうじゃなくてもかわいいと思う。でも、なんだか小恥ずかしくて素直に”うん”なんて言えない。

それに、可愛くても可愛くなくても桜は桜だし、彰悟としてはそれ以上でもそれ以下でもない。

でもなかった、というのが正しいだろう。それまで”単なる幼馴染の女の子”という認識だったのが”幼馴染の可愛い人気者の女の子”に変わった瞬間である。


「バスケ部のマネージャーなんだろ?」


「ああ」


なんとも気の抜けた返事しかできない。


「いいなあ、バスケ部。しかももう一人のマネージャーもかわいいって噂になってるよ」


「涌井か?」


「そ」


「ほか」


そんなことで噂になってるとは。色んな事に敏感だと思っていたがそうでもないと実感する。

彰悟としてはだ、バスケ三昧でそんなことにはあまり興味が無かったのだが。しかし、幼馴染の名前が出てくると急に興味が沸いてくる。影でそんなことを言われているなんて本人たちは知らないだろうし、本人たちは興味がないだろう。


「あ……」


遠藤の声で現実に引き戻される。


桜がシュートをしようとしている。

あの位置、あの距離と桜の実力なら外すことは無いだろう。


そう思っていた。

何も変わっていないと思っていた。






シュートをしようと跳ぶ。綺麗なフォームで、ゴールに向けてボールを放とうとする。

しかし、不自然に桜の指がボールを滑った。

そのまま、ボールはあらぬ方向に飛んで、落ちた。


一瞬のことなのに、長い時間が経ったように思えた。

とてもゆっくり起こったように見えた。







百発百中のオールラウンダー、そう言われていたはずだった。

シュートを外すことが無かった彼女は、シュートを打てなくなっていた。

その日、彼は初めて彼女の変化を知った。

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