The calm before the storm ②
乾いた銃声が響いた直後に終了を合図するブザーが鳴り、拡張現実が可能にした実地訓練のホログラムが剥がれ落ちる。元の鉄に囲まれた景色に姿を戻した部屋の真ん中で、ロリーナは訓練用の銃を手に天井を仰いだ。
これ以上伸びないスコアと知り尽くした訓練内容にうんざりしていた。
この2週間で5つのシミュレーションを全て最高得点で終えることを可能にしているのは、完璧に達成するまで続ける負けず嫌いな所にあった。
実質5日でやることが無くなったロリーナだったが、より無駄の無い動きを身に付けるために続けていた訓練もここに来て遂に飽きが勝ってしまう。
「まだ居たのかロリーナ君」
短く息を吐いたロリーナの頭上の管制室に、先程病院で会ったニコラ教官が立っていた。
「教官。もう終わる」
「最後にもう一度しよう」
「いい」
「まぁまぁそう言わず、次は私が相手側に回るよ」
相変わらずにこにことしながら緊張感の無い雰囲気で言うニコラに、ロリーナは正直面倒くささを感じていた。敵の動きは毎回変わりはするがある一定のパターンがある。それを変えない限りひとり増えたところで大差が無い。
訓練用の銃を抱えて降りて来たニコラがロリーナの前で立ち止まり、「お手柔らかに」と言う挨拶と握手を求めてくる。それに応えて握手で返したロリーナの手を少し強く握り、纏っていたふわふわとした空気を飲み込むように息を大きく吸った。
「今まではシミュレータのAIのせいでどうしてもパターンがあったが、私が指揮を執るからには楽に仕事が出来ると思うなよロリーナ」
あまりの空気と口調の変わりようにロリーナは面食らい、咄嗟に握手した手を本能で振り解いて後ずさってしまう。
背中を向けて歩いて行くニコラ教官と共にホログラミングが始まり、訓練をするにはあまりにも小さかった部屋が比べ物にならないほど広大な大地へと拡大する。
「Lady study──Go」
開始のアナウンスと同時にいつもの狙撃ポイントとなる部屋に滑り込むが、窓のある部屋に足を踏み入れたと同時にグレネードが転がり込む。
爆発から逃れるために反転して廊下に飛び込み、破片で体が吹き飛ばされないように伏せて蹲る。埃が立ち込める部屋が打って変わって、瓦礫が崩れ落ちて再び静寂に包まれる。
「ランダムのはずなのに位置がバレてる」
呆気にとられて行動が慎重になっていくロリーナとは逆に、本来は攻められる立場のニコラが攻勢に出ていた。防衛目的の護衛対象を連れ、入り組んだレンガ造りの街の中を隠れながら進む。
「良い反応速度だ、反面経験は難アリと。直感的で本能のまま動く。底力こそ劣りはするものの、Crack1に近い所まで行けるかもしれないな」
そうひとりで呟くニコラは拡張現実として目の前に映っている視覚共有の映像を見ながら、それぞれの分隊に指示を送り続ける。
「そろそろ俺も出るか。っと、銃より忘れちゃいけないものを」
立ち上がって歩き出そうとする足を戻し、脇の机に置かれたマリッジリングを手に取り、内側に彫られた名前の向きを確認して左の薬指に通す。
そして指輪に彫られている名前と同じ名が彫られたHK416を胸の前に掲げ、Sieoraの字を優しく撫でて建物から歩み出る。
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