Rendezvous Point ④

 チリチリと紫外線の様に熱く降り注いでいた視線が消え、逃げる事に徹していたさっきとは切り替え、足音を出来るだけ殺す事に切り替える。


「もう少しで港だけど、まだ走れそう?」

 後ろを走るアリスにそう問い掛けたつもりだったが、聞こえていないのか一向に返事が返ってこない。

「もしもーし?」

 そう言って振り返った彼の視界に入った空に、夜になってもハッキリと見える臙脂色の煙が、自分たちが向かっている港の方向に伸びていた。


「ありゃ、見つかっちゃったな」

「……ほんと厄介」

 自分にしか聞き取れない程小さな声でそう一言発したアリスは臙脂色を見上げて、男に頷いて再び2人で走り出す。


 それ程広くない街を走り続けていたためすぐに開けた海の景色に変わり、階段を駆け下りて揺れる船着き場の桟橋の上を走る。


「犬のマークの船は──あった!」

 1番奥に停められていた小型高速艇に飛び乗った2人は、橋と繋がれていたロープを解いて出港の準備を進める。


「こっちは大丈夫」


 周りの船と繋がれていたロープを海に投げ捨てたアリスは、操舵室の男に言いながら親指を立てる。それを見て船のエンジンをかけた男だったが、「もう来たか」と呟いて時代遅れの銃刀を抜く。


 空から降って来た2つの影が船の先端に着地して、大きく船を揺らす。

「よぉ、今夜の漁は大漁になりそうだな」

 根元に黒の混ざった金髪の男がアリスを背中に隠しながら、腰から取り出した警棒を伸ばして臨戦態勢に入る。

その隣では小柄な女が臙脂色の髪を左耳に掛けながら、右手で最新の静脈認証式の拳銃を構える。


「動くなよー、そのままだぞと──保護した、今は睨み合ってる。ターゲットは武装してるだろうが武器は未確認」


 オフィスからの指示があったのか、男は女の方を一瞥して合図を送り、それを汲み取って女が銃を構えたままゆっくりと近付いてくる。部屋になっている操舵室にじりじりと近付いてくる視線の死角で、ドアノブに引っかかって垂れ下がったロープに手を伸ばす。


「動くな!」

 その動きに勘づいた女が掛け出すと同時に男の背中に隠されていたアリスが男の腰に腕を回し、勢い良く後方へ身を投げ出して大きな飛沫を上げながら一緒に海に落ちる。

 女が操舵室のドアノブに手を掛けた瞬間ドアを蹴り開けて海に叩き落とし、フルスロットルで船を港から出す。

「待てくそ! 油断した、ロリーナ!」

 水面に浮かび上がった2人は遠くなっていく船を見送ることしか出来ず、男は水面を叩いて怒りを顕にする。


「エイリスは」

「そうだ、あいつも一緒に落ちたはずだ」

「逃げられた」

 ドアを蹴り開けると同時に外へ投げていたロープにアリスが掴まり、2人の追跡を華麗に撒いていた。

「逃げ切れた?」

「向いてるかもなっ──こう言うの」

 遠くの水面から顔を出している2人を目視してから船を止め、アリスを甲板に引っ張り上げる。手のひらと手のひらを叩き合わせてハイタッチをして、ドゥブロヴニク脱出をまずは祝う。

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