第32話 条件
演習場を後にした五人は、寮へ戻らずに王宮を目指していた。
「問題はソフィなんだよなぁ。例えルーク先生の許しがあっても断る理由を付けてきそうだし」
「まっ、何とかなるんじゃない?」
「そうだな」
兄妹仲良く語らう中、後ろを歩くアルテが言う。
「流石は双子。適当具合がそっくりだ」
「何よっ。それより、さっきの戦い、もうちょっとゆっくり飛んでくれたら見えたのに」
「キサマっ。何を見るつもりだっ。だが、スピードを気にする余裕など無かった」
アルテが冷静さを取り戻して、ニナを
「わたし、見えた。く――」
「あああぁぁあああ! 言うなっ!」
何かを言い掛けたニナを急いでアルテが制止させる。イスカだけはまだ知らないが、サラから聞いたアロンは、召し物が黒だと既に知っている。
ただ驚きなのはニナの動体視力。あれ程の速度で戦っていたというのに、アルテの召し物を目視していたとは。
一方、イスカはずっとアロンに介抱されていた。
「大丈夫か? 俺たちだけで説明しに行っても良かったんだぞ?」
「ダメだよ、そんなの。出国するんだ、覚悟をソフィに見せないと」
イスカの目力を感じ取り、アロンは支える力に熱を込めた。
歩くこと三十分。王宮前に
そこには普段通りに立つ三人の門兵。
しかし、送ってくる仕草には違いが見えた。
「お三方、例の件、本当に助かりました」
同時に三人の兵が敬礼してくる。ゴロツキ事件の解決に対してだろう。
「そんな……活躍したのはこの子なんで」
紹介する仕草を手に乗せて、アルテを見る。
「えっ!? 一番年少そうな……」
門兵がそこまで言うと、アルテは睨みを利かせる。
「あっ、いや、失礼。こんな清楚なレディが」
その凄みに焦った門兵が慌てて言い直す。するとすぐ、アルテは上機嫌で首を縦に二度ほど
「すこーし、お胸の小さなレディだけど」
「キサマっ!」
サラのからかいにより、取っ組み合いとなる。それをアロンと門兵で引き離す。
「そ、そうだっ。王女様に御用なのでしょう? どうぞお入りください」
早く解放されたいとばかりに門兵が入城を促す。
「ありがとうございます。さあ、みんな入ろう」
門兵にアイコンタクトを取り、アロンは皆を促して、小さな扉の方から中へと入る。
夕暮れの
「いつも馬鹿にしてくるが、コイツよりはあるんだ」
最後尾に歩くニナを指差してアルテが言う。
言われてすぐ、両手で顔を隠してニナがしゃがみ込む。
「バカっ、ニナにそれ言っちゃダメ」
「うっ……うっ……」
実のところ、ニナもそれがコンプレックスなのだ。初対面の時も、サラの胸を見てすぐ、今のような格好をして泣いていたことを思い出す。
「お、おい……」
「あ~あ、泣いちゃったぁ。可哀想ぉ~」
「くっ……」
ニナには甘いアルテは、渋々しゃがむニナに歩を進める。間近くに行き、肩に手を置いた。
「すまん……」
「平気……お胸エステ……頑張る」
「は? 何だ? それは」
困惑気味のアルテが三人に視線を送る。すると、気まずそうに頬を指でなぞりながらサラが言い出す。
「たまにしてあげてるのよ、胸のマッサージ。ほら、揉むと大きくなるって聞くし」
「そうなのかっ!?」
噴水の音を掻き消すかの如く、アルテの声が響く。
「あんたもしてあげよっか?」
「い、要らんっ。そんなの出任せだっ」
「そんなことないわよ。ニナ、ちょっと成長したんだから」
サラの言葉に勇気をもらい、ニナは立ちあがる。
「うん……見る?」
そう言って青のノースリーブの裾をたくし上げようとする。
「待て待てっ! 俺らも居るんだからっ」
急な展開に男二人は頭から蒸気が出そうな表情だ。
「あのぉ、何をなさっておられるのですか?」
全く噴水近くから移動してこないものだから、待ちかねたメイドが歩いて尋ねてきた。
「あっ、いや、何でもないです。ソフィに用なので、お願いできますか?」
「はい、かしこまりました」
動揺しながらアロンが言うと、にこりと笑みを返してメイドは建物内へ入っていった。
玄関扉近くに移動して待つこと五分。メイドが扉を開け、案内を始める。
「それではこちらへどうぞ」
寄り道などせず、真っ直ぐにソフィの部屋へ先導してもらう。
「どうぞ、お入りください」
事前に告げてあるためか、ノックなしにメイドは扉を開ける。するとすぐ、書斎椅子に座るソフィが目に入った。
「どうぞ」
ソフィから軽くそう言われ、五人は中へ入る。それを見て、メイドは扉を閉めて去る。
一瞬のソフィの表情の変化と、椅子が三脚しか置かれていないことを見ると、イスカとニナの登場には内心驚いているのだろうと気付いた。というより、いつも思うが、何故メイドは来客人数など詳細に伝えないのだろうか。
「椅子が足りませんね」
「あっ、俺は立ってる」
「わたしもそうする」
アロンとアルテが立つことを選び、残りの三人が腰を掛ける。
「これはどういうことです?」
「誘うつもりはなかったんだけど、バレちゃったんだよ。それで、結局一緒に行こうって話になって」
「そうですか。それで、ルークは何と?」
その時、顔を上げて真剣な眼差しをソフィが向けてくる。
「演習の様子や実力などを考慮して納得してもらった」
「そうですか……」
「なぁ、ソフィ。これで許可してくれるよな?」
「良いでしょう」
「やった――」
「但し、条件があります」
了承を得られてすぐ、言葉を遮られるアロン。恐る恐る聞いてみた。
「何?」
「サラだけは置いて行ってください」
「ソフィ! あたし、言ったよねっ、一緒に行きたいって!」
すっと椅子からソフィは立ちあがり、静かにサラの元へ歩み寄る。目の前に立って一言。
「無理……」
「え?」
「イヤなのっ。サラと離れるなんて、私
「ち、ちょっと……っ」
またいつものように泣きながらサラにしがみ付くソフィ。徐々に下へと下がり、太ももに顔を埋めている。
「一生会えないわけじゃないだろ。クソ犬との件が解決したら帰還する」
「けど、死んでしまったら?」
「わたしとコイツ、眼鏡に変態。これだけ居れば十分だろ。ソイツが一番生き残りそうだ」
「あなたたち全員でサラを守ってくれると?」
サラに抱きつきながら視線をアルテへ向ける。泣き顔のせいでソフィの美貌は少し崩れていた。
自分の呼称が変態であることに不満はあったが、アロンは必死に耐えた。
「そう言ったつもりだが」
それを聞いてソフィは立ちあがる。元の位置へ移動し、腰掛けてから言う。
「分かりました。それなら許可しましょう」
「本当かっ!? ありがとう!」
アロンが喜びを
「出国前にご家族の許可もお取りください。私の勝手な指示だと思われても困りますので」
「ああ。分かった」
「あと……ひとつだけ私の願い、聞いて頂けますか?」
ここでまた不穏な空気が漂う。ふたたび、恐る恐るアロンが尋ねる。
「な、何……?」
「出国前に一晩だけ、サラとこの部屋で過ごしたいのです」
「えっ!?」
その願いにサラが大きな声をあげる。
「何だ、そんなことか。サラ、良いよな?」
「えっ……でも」
何の
「お前、わたしとも寝ただろ。何の問題がある?」
「そうです、サラ。アルテさんやニナと一晩を共にするのと大差ありません」
「う、う~ん……でも、ソフィ、何かちょっと……」
椅子から立ちあがり、大きく手を広げて受け入れ体勢のソフィに対し、サラはもじもじする。
「何だっ、はっきりしろっ」
アルテに急かされ、サラは告げる。
「小さい頃から何度かここでソフィと寝たことあるんだけど、何か他の人と違うって言うか……あたしのファーストキスってソフィとだったし」
「えっ!?」
三人が同時に声をあげ、その場の空気が少し曇る。
「何も
「だけど、いっつも起きたら、あたし裸だよね?」
「えっ!?」
ここでまた同時に声が上がり、より一層空気が重くなる。
アロンも長年見てきて、薄々は感じていたことだったが、まさかここまでの想いだったとは思いもしなかった。
「それはサラの寝相が悪いだけです。自ら脱いでいましたよ?」
「ちょっと待て! わたしがコイツと寝た時はそんなことはなかったぞ」
「…………」
目を
「お前が一番変態じゃないか」
「アルテさんっ! そういう言い方はやめてください! 私とサラの関係はそんな
「まっ、ご自由に」
静観するだけとばかりにアルテは
「サラ、出国のためだ。頼む」
「えっ!? あたし、何か失わない?」
「皆のためだ。そんなもの、さっさと捧げておけ」
「バカっ! 何てこと言うのよっ」
そんなやり取りの中、ソフィが呼びかける。
「サラ、お待ちしていますよ?」
「え……あ、うん……」
優しい視線を送られ、サラは観念したのか、頬を染めて
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