第31話 特性

 午前の座学、午後の演習と何事もなく終わる。


 皆が演習場を離れる中、五人はその場に残る。何かを察したのだろう、ルークも戻らずにとどまっていた。

 十八歳クラスが消えたことを確認し、ルークは語り掛けてくる。


「そのお二人も誘いましたか……」

「先生っ、この五人なら認めてくれませんか?」


 アロンから言われ、ルークは下を向いて考えている。


「先生、もう一度レベル4を試してみて良いですか?」


 突然、イスカがそう言った。

 本日の演習は、レベル4への程遠さを三日前に感じたルークが、レベル3演習に落としていた。


「良いでしょう。お願いします」

「はいっ」


 しっかりとした足取りでイスカは皆から離れていく。そこには普段の弱気な姿はなかった。


 定位置に着いたイスカは、右手に左手を添えて、遠くに立つ的を見る。

 ゆっくりとその腕を上げ、唱え始めた。


「炎魔法:レベル4――灼風スカーゾ――発動」


 少しのが失敗かとよぎらせたが、その手には赤き水晶が出来あがっていた。ふわりとそれが宙を舞い、高速で的へ追尾行動を開始する。その的のすぐ下に落ちたそれは、灼熱の火柱をとどろかせ、跡形もなく的を消し、地に大きな円跡を残した。


「すっげぇ……」


 アロンがポツリと呟き、その後、隣に立つアルテに視線を送る。何事もないといった表情だったが、目の奥には光るものを感じた。


「流石ですね。お見事でしたよ」

「ありがとうございます!」


 この時、現十八歳クラスの中で初めてレベル4を成功させた生徒が誕生した。過去をさかのぼっても成功者は数えるほどだ。

 自らに少しばかり誇りを抱くようにイスカは戻ってきた。


「しかし、出国は認められません」

「何故ですかっ? レベル4が出来たじゃないですかっ」


 ルークの意見に、イスカが曇り顔を見せて訴える。


「出来たと言っても、たった一つです。まだまだ未熟です」

「そんな……っ」

「ひとつ良いか?」


 悔しがるイスカの横で、静かに手をあげて告げるアルテ。


「はい。何でしょう?」

「コイツから聞いた話だが、吸収率の高さには気付いているのだろ?」

「ええ。存じていますよ」

「じゃあ、何故多くを教授しない? 怖いのか?」


 その一言に、ルークは丸眼鏡を直す。


「そうかもしれませんね。イスカさんの習得速度からすれば、私を抜くのも時間の問題でしょうから」

「いいや、嘘だな」


 そう言われ、仏のルークの目が少しばかり開いた。


「流石ですね……確かに理由は別にあります」


 五人が一様にルークに視線を向け、空気は重苦しい。


「何だ?」

「成長か死か、ということです」

「どういう意味だ?」

「長年教官をして、多くの生徒を見てきました。その中にイスカさんのように吸収率が異常に高い方を数人経験しました。知識のなかった私は人類種サピエンスの希望だと喜びいさみ、その者たちに多くのことを学ばせました。しかし、結果として、皆早死にしました」


 ルークの過去談を聞いたイスカは顔を青ざめる。


「それはつまり、習得と引き換えに寿命を削る、と?」

「恐らくは……イスカさんも自覚がおありなのではありませんか?」


 そう言われ、すぐにイスカはその場に座り込む。


「イスカっ!? どうしたんだっ!?」

「ちょっと眩暈が……」


 この時、アロンは気付いた。先程見せていたイスカの顔の青さは、ルークからの話によるものではなく、レベル4を習得したことで起こったのだと。


「そう言えば、イスカって新しい魔法覚えるといつもフラフラになってたわよね。じゃあ、本当……なんだ」

「じゃあ、覚えまくったらイスカは死ぬんですね?」

「恐らく。先に見てきた生徒たちが皆、同じ結末を辿たどりましたから」


 一瞬にして地の底かと思えるほどの絶望を皆は味わう。


「なら、この話は無しだ。解散とする」

「平気ですっ。みんなのためならこんな生命いのち――」

「バカっ! 何でそんなこと言うのよっ。みんなで一緒に長生きするのっ」

「サラ……」


 イスカに目線を合わせるようにサラはしゃがみ、そう言った。


 座り込むイスカを見下ろしながら、ルークは語る。


「まぁ、そこに関しては必要最低限の高魔法を選択して習得すれば問題はないでしょう」

「じゃあ」

「良いでしょう。三人なら心許こころもとないですが、五人なら」


 その言葉にアルテ以外の全員が喜びをあらわにする。


「ちょっと待て! 偉くコイツを擁護ようごするのだな」


 アルテはニナを指差してルークに告げる。


「ええ。ニナさんだけは認めていますから」

「何故だ? 剣術が主席と言っても魔術はろくに使えんのだろ?」

「剣術より魔術が優れているとは一概に言えません」

「教官までそんな考えでどうするっ。頭大丈夫か?」


 皆から神とあがめられるルークに対し、馬鹿にするかのようにアルテは自らの頭に指を差す。


おっしゃりたいことは分かります。一般的に見て、魔術の方が優位なのは当然のこと」

「なら、何故――」

「ニナさんだけが特別なのです。入学してすぐの演習を見て、圧倒されました。このような常人離れした剣士が居るのか、と。ニナさんの力は恐らく神から授かったギフトなのでしょう」

「神? 笑わせる」

「試してみればお分かり頂けます」


 そう言ってルークは演習場のふちへ歩んでいく。

 そこに並べられた竹刀しないを二本手に持ち、元の場所まで帰ってくる。

 それを無言でルークはアルテに差し出した。


「わたしにコイツと戦え、と?」

「ええ」

「チッ……分かった」


 荒々しくルークの手から竹刀しないを受け取り、アルテは芝の中央へ歩いていく。

 そのアルテに向き合う形で、少し離れた場に竹刀しないを受け取ったニナが立つ。


「おい、ルールを決めるぞ。そうだな……わたしの服に竹刀しないを当ててみろ。少しでもかすればお前の勝ちだ」

「……分かった」

「あと、本気で来い。わたしを殺すつもりで」

「……イヤ……殺せない」


 ついさっきまで両手で竹刀しないを支えていたニナが、竹刀しないを胸に抱き、なよなよとした態度を見せる。


「例えだっ。そういうつもりで、ってことだっ」

「……分かった」


 呆れたアルテが溜息をつき、竹刀しないを適当に構える。

 それに合わせてニナも竹刀しないを両手で握る。


「それではお願いします」


 ルークの開始の合図を受けてすぐ、ニナが腰を落とす。

 次の瞬間、すぐアルテの目の前にニナが居た。


「な――ッ!」


 その余りの速さに動揺はするも、アルテもすぐに竹刀しないはじき返す。

 ニナは軽く腰を落とし、竹刀しないを少し引いてぎ払う形を見せた。

 それを受け流すため、防御の姿勢をアルテが取った瞬間、ニナの身体からだは真上高くに移動する。

 その瞬間移動のような速さでアルテは少しばかり見失ったかのような仕草を見せる。その隙に、天高く飛んだニナが空気の壁を蹴るかの如く、今度は逆方向――真下へ直線高速落下を決める。


「上っ――」


 何とかニナの姿をとらえたアルテが攻撃を避けるため、斜めに高く飛ぶ。

 飛んだアルテをのがしはしない、とばかりに地に着いたニナが追尾するように斜めに高速で飛ぶ。


「くっ!」


 空中で攻撃を防いだアルテだが、軌道の延長線上のニナが、またしても空気を蹴って逆方向に飛び込む。

 空中でアルテが振り返り、それをガードするもニナの力に押され、身体からだごと地面まで持っていかれた。


「あっ」


 もう少しでアルテの服をかすめようかという所で、今度は着地したアルテが真上に高速で飛ぶ。

 それを追いかけるようにニナが飛んだ。


 だが、結果は一瞬にして決まる――。


「あぁっ!」


 最後に響いたのはニナの声。

 天高くからニナと同じように真下へアルテが急速降下をしてきたのだが、そのスピードが尋常ではなく、気付けば下から上を目指していたニナの竹刀しないは手からはじき飛ばされていた。


 尻もちをついて痛がるニナと、格好良く着地するアルテ。

 ニナの方へ振り向いたアルテの瞳が紅だったことが印象的だった。

 そして、すぐにその瞳の色が碧へと戻る。


 ニナに近付き、アルテは手を差し伸べた。


「お前、本当に人類種サピエンスか?」


 アルテを見上げて、ニナはそっと手を取って言う。


「うん……酒場で育った」


 立ち上がったニナを見て、その後、アルテはルークに告げる。


「納得した。見える魔術を犠牲にし、身体能力向上魔術に極振りされているな」


 それは以前ルークが言っていたことと同じ。ニナの場合、イスカのような魔術は使えないが、空気を蹴ったり、瞬発力を増強させる魔術は無自覚に使えるらしい。二段ジャンプや急速降下はまさに獣族ウルフのようである。と言っても、その技はアルテも使用していたようだが。


「そうでしょう。ですが、それよりも私はあなたの強さが気になりましたよ。あなたこそ、人類種サピエンスなのですか?」

「さあな」


 しらを切るアルテに、ルークはそれ以上尋ねなかった。


「皆さん、ひとつ約束してください」


 師の一言に皆が集まる。


「必ず生きて帰ってくる、と」

「先生っ!」


 四人は一斉にルークに抱きついた。その皆をルークは優しく両手で包み込んでいた。

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