第30話 仲間たち

 これから座学だという中、五人はアロンの部屋に集まる。

 扉を閉めてみると、あまり広くない空間には人が多すぎる。


「暑苦しい。わたしは外で待つから、お前が説明しろ」


 アルテはアロンに託し、部屋から出ようとする。


「待ってよ。アルテが一番重要なんだから」

「は? 何故だ?」

「だって、あたしとアロンは強くないし。そんな二人からの説明じゃあ、イスカとニナも不安だろうし」

「子どもか」


 サラは必死にアルテを引き留めて頼ろうとする。兄のアロンからすると実に不甲斐ふがいない状況だが、悲しいかな、アロンも同感だった。


「頼む、アルテ」


 アロンに言われ、ため息交じりにアルテは説明し始める。


「単刀直入に聞くが、お前ら、死ぬ覚悟はあるか?」

「えっ!? そんなこと言われても……」

「なら、やめよう」


 イスカの弱々しい態度を見て、アルテは扉へ向かっていく。


「あるっ! ここにいる親友たちのためなら僕は死んでも良い」

「イスカ……」


 気弱なイスカが勇気を出して叫んだ。その言葉に、三人は感動しているようだった。

 ただひとり、アルテだけが扉を向いたまま硬直している。


「お前は?」


 そのままの体勢で、今度はニナにアルテは問う。


「……みんなを……死なせない」

「ふっ、笑わせる。守るような口振くちぶりだが、お前みたいなチビ、真っ先に死ぬぞ」


 背中を向けて語ってくるアルテ。


「それなら心配ない。たぶん、この中で生存確率が高いのは、お前かニナだろうから」

「それはどういう意味だ?」


 アロンから不思議なことを告げられたアルテは、ようやく振り向く。


「ニナは剣術に関しては主席だからな。というより、人類種サピエンス史上最強の剣士だってルーク先生からも言われてる」

「な……っ。本当なのか?」


 その問いに対し、恥ずかしそうに頬を染め、手をモジモジさせながらニナがこくりとうなずく。


「信じられんが……魔術は?」


 その問いに対しては、ぶんぶんとニナは首を横に振っていた。


「魔術は俺と同じくらいだ」

「ちょっと待て。なら、この中で魔術寄りはこのチビだけか?」

「そうなります」


 イスカからの答えにアルテは愕然がくぜんとする。


「この話は無しとする」

「何でだよっ。剣術寄りが二人、魔術寄りが一人、そこにオールラウンダーのアルテが居れば十分だろ?」

「お前は何も分かっていない」


 アロンが熱く語るも、アルテは冷静さを失わずに言ってくる。


「剣術と魔術、どちらが有利か分かるだろ」

「その二択で優劣なんてないだろ。戦い方次第だろ?」

「バカかっ。近接のみと近遠両方が同じだと? 近付く前に消されるぞ」

「それは……」


 自らの魔術能力の低さに肩を落とすアロン。


「それに、主席のコイツがレベル3止まりなのだろ? 話にならん」

「出来ます」


 アルテの指摘をイスカがね返す。


「出来る、とは?」

「三日前の演習では出来ませんでしたけど、次はレベル4を成功させます」

「何故、そう言い切れる?」

「僕にも分からないんですが、一度見たり聞いたりした物を素早く習得できるみたいだとルーク先生に言われました。いつも二度目には出来るようになっているんです」


 その発言について、腕を組みながらアルテは考え込む。


「それはつまり……見聞きする度、強くなる、と?」

「だと思います。ただの想像ですけど」

「いいや、想像なんかじゃないって。イスカならきっとレベル5だって使えるようになる」


 かさずアロンがフォローする。


「吸収率にけている……面白いな」

「なぁ、この五人なら良いだろ?」

「……まぁ」


 アロンのフォローの甲斐かいあり、アルテは承諾する雰囲気を見せる。


 そんな中、一人が静かに手をあげる。


「ねぇ、あたしは何寄り?」


 全員が、手をあげるサラを一点に見つめて静寂が起こる。


「さっ、説明するぞ」

「ちょっと、聞いてよっ。ねえ!」


 無視して説明し始めようとするアルテに対し、サラが声をあげる。


「言わなくとも、こいつらにはお前の良さが見えているだろう」

「え? 何? どこ?」

「サラ。お前の良さは強さじゃない。優しさだ。剣術魔術は丸っきりだけど、何つーか、その、あれだ……そうっ、ムードメーカー!」

「ムードメーカー?」

「そうだ、お前が居るだけでみんなが明るくなる。幸せになれるんだ」


 そう言われ、サラは目を輝かせて四人を見る。


「分かります。僕もサラに沢山救われました」

「わたしも……サラ好き」

「みんなぁ……」


 そんな感動的な四人に対し、アルテが一言。


「わたしは鬱陶うっとうしさを感じるが。例えば、胸、とか」

「何よっ。それは嫉妬でしょ?」

「な……っ。そう言えば、早くわたしの服を返せっ」

「仕方ないでしょ。昨日、家に戻れなかったんだから」


 確かにアルテの服装は昨日のまま。実家の二階で着替えをし、恐らくサラのクローゼットに仕舞しまわれたままだと思われる。

 寮のクローゼットから別の服装へとチェンジしたサラを見て、急に思い出したようだ。


「それ……似合ってる」

「おいっ、どこを触ってるっ」


 ちょこちょことアルテにニナが寄っていき、おもむろにブラウスの胸元を両手で掴む。

 その様子に男たちは頬を赤らめる。


「あのぉ、アルテさん。そろそろ説明を」

「そ、そうだったな」


 イスカに言われ、我に返るアルテ。

 ここでようやく説明が開始される。


「お前らが被害に遭ったゴロツキ三人衆、覚えてるな?」

「はい。ソフィからもらった本を酒場でられて、アロンが取り返してくれました」

「え……わたし、知らない」


 ニナだけ真っ青な顔をしていた。それもそのはず、心配を掛けまいとニナには冤罪えんざい逮捕のことを伏せていた。事件が起こった現場がニナの店だったからだ。この様子だと、マスターも言いだせていないらしい。


「ごめん、ニナ。言ったら自分の店を責めそうだったから」

「僕らもごめん。アロンが酒場を出て暫くしてから憲兵の人が本を持って来たんだ。その時、一日だけアロンを拘束するって聞かされて。アロンからの『ニナに伏せてくれ』って伝言を憲兵の人から受けたから、サラと二人で黙ってたんだ」


 事実を知ってすぐ、ニナはその場で正座をし、アロンたちに向けて床に頭をつけて土下座してきた。


「ごめん……なさいっ」

「いや、ニナのせいじゃない。こうなると思ったから黙ってたんだ。ほら、顔上げて?」


 急いでアロンがニナの肩に手を置き、顔を上げさせる。


「お父さん……酷い」

「マスターのせいでもないだろ。ゴロツキが勝手に店に入ってきて、勝手に本を盗んだんだから。何されるか分かんないし、マスターも手出しできなかったんだよ」

「けど……内緒にしてた……アレ、言う」


 険しい表情でこぶしを膝の上で握るニナ。アレという言葉に三人が焦り、すぐさま動き出す。


「ダメだっ、マスターが寝込んじまう。あっ、ほら、事件の後、アルテと二人で店に行ったって言ったろ? その時に沢山謝罪してもらったから」

「エビグラタン代は?」

「それは払ったけど」

「そういうとこ……イヤ。お父さん……ケチ」


 謝罪の気持ちがあればタダにしておけ、ということなのだろう。そこは少し思わなくもないが、生活苦だと聞いているため可哀想である。


「おいっ、説明を聞け!」


 余りの脱線に、アルテが怒りの表情を向ける。

 それに反応し、四人はベッドに腰を下ろす。


「えー……どこまで話した?」

「酒場事件の話だ」

「あぁ、そうだ。王女からその三人衆を捕まえろと指示が出た。当初、巨人族タイタンだと聞いたが、ただのはったりだった。そいつらが盗んだ物を他種族に譲渡していると聞き、修道院の近くの隠し通路から会いに行った」

「えっ!? 修道院のどこに?」


 恐らくイスカが聞いてくるだろうとは思っていた。だが、また脱線しないかとアロンは不安で仕方なかった。


「石像の裏だ」

「そうですか」


 予想から外れ、それ以上尋ねられることはなく脱線はしなかった。


「で、そこに居たのが獣族ウルフの女だった。だが、取り逃がし、上に報告しに戻ったため、こちらから攻めなければ攻め落とされる可能性が浮上した。そこで今、我々で外世界に行きたいと眼鏡を説得しているところだ」

「それで死ぬ覚悟……ですが、王以外で外に出た人は居ませんよね? ルーク先生は許可しないと思います」

「そこで二人の力が必要なんだよ。さっき学長室で説得したら、俺とサラだけじゃ不安だって却下されたから、主席の二人が居れば納得してくれるんじゃないかな」

「おい、そんなニュアンスだったか?」

「まぁ、そんな感じだろ?」

「適当だな、お前は」


 場当たり的なアロンに呆れるアルテ。

 そんな中、外の世界に行くことへの不安なのだろう、二人が下を向く。


「その様子じゃあ無理そうだな。やめて――」

「行きたい」

「わたしも」


 悩んでいるのかと思いきや、天を見上げる二人の顔はどちらも微笑ほほえましいものだった。


「お前ら、怖くないのか?」

「僕、ずっと外の世界に憧れてたんです。本を読む度に知って、いつかこの目で見てみたいって」

「わたし、ケモ耳会いたい。憧れる」


 イスカの夢には幼少の頃から気付いていた。いつもアロンとサラの横で目を輝かせて書物に目を通していたから。

 ただ、ニナについては意外だった。怖がりな性分なので、てっきり断ると思ったのだが。まさか、獣族ウルフに憧れていたなんて。どおりで、うさぎのような着ぐるみや猫耳に尻尾のような恰好を臆することなく見せるはずだ。


「はぁ……ここは変人の巣窟そうくつだな」

「それはアルテも一緒でしょ?」

「は? わたしのどこが変人なのだ?」

「だって、ほら、清楚って言いながら攻めてるもん」


 そう言いながら、サラが自らの下半身を手でトンとしていた。


「キサマっ、言うなよっ」

「え~~、どうしよっかなぁ?」


 最後はなごやかな雰囲気で場が収まり、皆の意見は一致した。


 もう座学まで時間はなく、午後の演習終わりにルークを説得することとなった。

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