第29話 説得

 王宮を後にし、夜道を二人で歩き、語り掛ける。


「なぁ、アルテは外の世界、知ってるんだろ?」

「さあな」


 断言しないアルテに対し、アロンは強く言う。


「俺は外の世界を知りたい」

「知ってどうする?」

「それは分かんねぇけど、さっき聞いた話に、俺は絶望より希望が湧いたんだ。王以外に外に出た人が居たんだ、ってな」

「まっ、今は九個の白骨死体だろうがな」


 目を輝かせるアロンに対し、冷たくアルテは告げる。


「そんなん分かんねぇだろ? 生きてるかもしんねぇし」

「やはり、お前の頭の中はお花畑だな」


 少しトーンを下げた言い方をアルテが見せる。


「……外ってそんな地獄なのか?」

「さあな。それ以前に、眼鏡を説得できると思うのか?」

「それは……」

「まっ、頑張れ」


 悩むアロンをよそに、一切手伝う素振りを見せないアルテが前を歩いていた。




 王宮から三十分、ようやくクレスト剣魔指南学校に到着した。


「おい、今から行くのか?」


 すぐに校舎へ向かおうとしたアロンに対し、アルテが言ってくる。


「確かに……明日にするか」


 時計は既に九時を回っており、校舎のあかりは消えていた。それを見て諦め、二人は南にある学生寮に向かった。




 寮の三階まで着くと、突き当たりに人の気配を感じた。

 近付いて声を掛けてみる。


「サラ」


 アロンの声を聞いて、サラが二人の方に目を向ける。目元は赤く腫れていた。


「どうなったの?」

「あぁ、却下された。ルーク先生を説得できたら少しは考えてくれるみたいに見えたけど」

「そう……」


 寮の廊下のすみ、重い空気が支配する。


「わたしは疲れた。先に休ませてもらう」


 肩を揉むような仕草を見せながら、アルテがアロンの部屋の扉へ向かっていく。


「あたし……アルテと寝る」


 突然の誘いにアルテの手がドアノブを掴んだまま固まる。


「断る」

「ふ~ん、そっか。やっぱアロンの方が良いんだ。本当は好きなんでしょ?」

「な……っ。ふざけるなっ。誰がこんな変態っ」

「じゃあ、お願い……こっち来て」


 最初は冗談交じりだったサラだが、今は真剣な眼差しで訴える。

 その様子にアルテはドアノブから手を離して言う。


「チッ……案内しろ」

「ありがと! こっちこっち」


 すぐに近付き、サラはアルテの手を両手で掴み、自らの部屋に連れて行った。

 扉が閉まり、ひとり取り残されたアロンは寂しくドアノブを回した。


 暗く、あかりの消えた自室を見る。久しぶりの一人タイムだが、心は晴れなかった。明日、ルークを説得できるのかどうか、という不安。外の世界がどんな場所なのか、という希望と絶望。そんな気持ちが渦巻いていたからだ。

 だが、いくら考えようとも明日にならなければ先には進めず、平穏を装いながらアロンは静かにベッドに横たわった。



※※※



 次の日、朝六時という早朝に目覚め、自室で準備を整えるアロン。

 今日は平常授業が行われるため、それまでにルークの所へ行かねばならないからだ。


 準備を終え、外に出ると、そこには驚くべき光景が待っていた。


「サラっ!? アルテっ!? どうしたんだ? こんな朝早く」


 随分早く起床したはずのアロンよりも、更に早く起床していた二人はもう既に着替えを済ませ、扉の外の廊下に立って待ち構えていたのだ。


「こっちの台詞せりふよ。行くんでしょ? ルーク先生のとこ」

「いや、何でサラまで……アルテ、反対してたんじゃないのか?」

「チッ……コイツには参る」


 つま先をトントンとする仕草をアルテが見せながら呟く。


「朝起きたらアルテが賛成してくれたの。理由は分かんないけど」

「な……っ、お前、よくそんなことが言えるなっ。わたしはもう二度とお前と寝んからな」

「えぇっ!? 何で?」

「何でって……本当に覚えてないのか?」

「うん……」


 サラのその発言に、アルテは溜息をついて呆れていた。


「お前は朝までずっとわたしを抱き枕代わりにして泣いていたのだ。自分も外に行きたい、などと言ってな。お前の胸で何度窒息しかけたかっ」

「嘘っ!? ごめん……」


 流石のアルテもそのサラの熱意に打たれたというわけだろう。


「よし、じゃあ三人で行こう」

「えっ!? 良いの?」

「ああ」


 その場で少し飛び上がりながらサラは喜びをあらわにさせていた。しかし、そのことは同時にサラを危険な目に遭わせることにも繋がる選択でもある。

 アロンは複雑な気持ちのまま、ルークの居る学長室を目指した。




 学長室と札の下がる扉をノックする。


「はい?」


 少し抜けたようなルークの声が聞こえ、アロンは扉を開ける。


「おや? 皆さん、どうしました?」

「ちょっとルーク先生に相談がありまして」


 アロンたちの真剣な表情を察し、ルークが招き入れる。


「どうぞ、お座りください」


 サラを真ん中に、三人並んでソファへ腰を下ろす。

 その様子を見てからルークも対岸のソファに腰を下ろしていた。


「それで、何でしょう?」

「昨日、俺ら三人でちまたを騒がせていたゴロツキ三人衆を取り押さえました」

「ほう……それは王女がおっしゃられていた例の」

「はい。でも、その三人は巨人じゃなく、他種族に物品を渡していただけでした。代わりにその待ち合わせポイントに行き、交渉相手が獣族ウルフの女の子だと判明しました」

獣族ウルフ……」


 種族が判明し、ルークは丸眼鏡を手で直す。


「ただ、ちょっと怒らせてしまって。その子が去り際に上の者に伝えると言っていました」

「それは……困りましたね」

「ここからが相談なんですが、攻められる前に俺ら三人で獣族ウルフ生息領域に行きたいんです。認めてもらえませんか?」


 アロンの声が響いた後、沈黙が訪れる。


「それはソフィ様が指示なされたのですか?」

「いえ、ソフィには反対されました」


 アロンはテーブルに目を落とす。


「でしたら、私も反対致します」

「先生っ。そんな……っ」

「よくお考えください。現人類種サピエンスの中で王以外に外を見た者は居ないのですよ? そんな危険な場に愛する生徒たちを送りたいと思いますか?」

「それなら大丈夫ですっ、アルテがいますっ」


 ふたたびルークは丸眼鏡を手で直し、アルテを見やる。


「確かにアルテさんの強さは認めますが、あなたたち二人は未熟です。特にサラさん。あなたはお止めなさい」

「先生っ、何でですか?」


 不意に自らを否定され、サラは尋ねる。


「サラさん? あなたはいくつ魔法を使えましたか?」


 そう聞かれ、サラは両こぶしを握り締めて下を向く。


「……ゼロ、です」

「そしてアロン君。あなたも使用できるのはレベル1のみでしょう? 剣術は才有さいありですが、それでも十八歳クラスの主席ではありません」

「……はぃ」


 サラに続き、アロンも同じポーズで下を向く。兄妹揃って凡人なのである。


「結論は出ました。では、また座学でお会いしましょう」


 ルークに話を切り上げられ、アロンたちはソファから腰を上げる。

 深々とアロンとサラがお辞儀をし、学長室を後にした。


 学長室から出てすぐ、アロンに衝撃が走る。


「イスカ!? ニナ!? こんなとこで何して……」


 見ると、そこには少し不機嫌そうな二人が立っていた。


「それはこっちの台詞せりふだよ。昨日も帰り遅かったみたいだし、僕らに内緒で何してるの?」

「いや、何もないって」

「なら、こんな早朝から学長室に何の用なの?」

「それは……」


 廊下に不穏な空気が漂う。


「ほら、行くぞ」


 それを裂くように、アルテがアロンとサラを促す。


「待って! 何か隠してるよね?」

「チビには関係のないことだ。着ぐるみ女にも、な」

「……アロン、言ったじゃないか。僕らに嘘は無しだ、って」


 普段、声をあらげることのないイスカが、必死に訴えてくる。

 幼少からの馴染みであるイスカと、その当時約束していたこと。それが、アロンとサラ、そしてイスカ、この三人は真の友情で結ばれ、嘘偽りなく接しよう、だった。


「わたしも……ウソ嫌い」


 そんなイスカの後ろには、目に涙を浮かべて立つニナの姿。


「分かった。じゃあ、二人とも、俺の部屋に付いて来てくれるか?」

「うん」


 その二人の圧に押されたアロンは、今度は五人で来た道を戻ることにした。

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