リーヴ王国中央地区

第28話 報告

 修道院側に出た頃、外は真っ暗になっていた。

 町の時計は午後七時を指している。


「ねぇ、こんな時間でも入れてくれるかな?」

「アイツのことだ、情報は早く欲しいだろう」


 アルテの予想を信じ、三人は王宮へ向かった。




 こんな夜道に、変わった恰好をした三人が近寄れば、当然門兵が寄ってくる。その通り、王宮前のね橋で止められた。


「お待ちください。こんな夜遅くに御用ですか?」


 ソフィから聞かされていないのか、門兵は遮る。


「ちょっと王女に用事なんです。急ぐ要件なので、聞いて来てもらえませんか?」

「しかし……」


 アロンがニット帽を脱いで説得を試みるも門兵は首を縦に振らない。


「あのぉ、ソフィから聞いた例の件なんです」


 今度は説得上手なサラが試みる。例の件と言われても未だ門兵はピンと来ていない。

 そんな門兵にサラが手招きをする。


 化粧効果もあり、門兵は少し恥ずかしそうに歩み寄ってくる。

 三人の傍にやってきた門兵に、辺りの人々に聞こえぬようサラが耳打ちする。


「おっきくなっちゃう男の人の件、です」

「な……っ」


 それを聞いて門兵の顔色が変わる。

 すぐさまね橋を渡り、後の二人の門兵に相談していた。


 皆が一様に首を縦に振り、向こう岸から手招きしてくる。

 それに従って三人はね橋を渡った。


「それでは、お入りください」


 今回は大門を開けず、隣に小さく開けられた小扉から中へ入る。高さが低く、腰をかがめて王宮庭へ入った。

 入る際、三人の門兵がサラの姿ばかりに目を向けていたのが印象的だった。


 噴水広場を歩きながら話す。


「お前、確実に変態扱いされたな」

「え? 何でよ?」

「大きくなる男、ねぇ」


 アルテから指摘されると何かに気付いたサラは顔を真っ赤にさせる。


「いやいや、そういう意味じゃないからっ」

「奴らはそう思っていたかもな」


 どおりでサラばかりに目を向けていたはずだ。いや、実の内容はきちんと把握しているだろう。ただ、言い方が卑猥ひわいといえば、そうだろう。


「うぅぅ……そんなんじゃないのにぃ」


 アルテの横を並んで歩くサラは徐々に足取り重くなっていた。




 玄関扉まで辿たどり着くと、二人のメイドが出迎えてくれた。


「あら? お三方、御用事ですか?」

「王女に用事があるんです。聞いて来てもらえますか?」

「かしこまりました」


 アロンの願いはすぐに聞き入れてもらえた。


 片方が席を外してすぐ、もう片方のメイドが言ってくる。


「お嬢ちゃん、そのお洋服よくお似合いです。お人形さんみたい」


 それはキャスケットを深々と被るアルテに対してだった。

 褒め言葉に、アルテは軽く黙って会釈をした。


 そのすぐ後、玄関扉が開く。


「お待たせ致しました。ご案内致します」


 メイドに先導され、三人はソフィの部屋まで歩く。


「お嬢ちゃんだってぇ」

「くっ……」


 先程の仕返しとばかりに、サラがアルテに耳打ちする。


破廉恥はれんち女よりマシだ」

「ぐっ……」


 今度は、アルテがサラに耳打ちし、お互い睨み合う。


 そんな中、ソフィの部屋の扉までやってきた。


「どうぞ、お入りください」


 そう言ってメイドは扉を開ける。


「皆さん、どう――ッ! サラ!?」


 出迎えたソフィはサラの姿に気付いてすぐ驚きの声をあげ、それと同時に二人を睨む。

 不穏な空気の中、三人は部屋の中へ足を踏み入れた。


 三人が入ったことを確認し、メイドは扉を閉めて去る。

 ソフィに指示され、三人は椅子に腰掛けた。


「約束と違います!」

「ソフィ、待ってくれ! サラを巻き込むつもりはなかったんだが、流れでこうなった」

「流れってそんな――」

「ソフィ、何であたしに黙ってたの?」


 今まで威圧的だったソフィの顔が、怒り口調のサラを見て真っ青になる。


「だって……あなたが大事だから」

「信用してくれなかったんだぁ」

「待って! そんなつもりじゃないの。お願い、信じて」


 目に涙を浮かべ、サラの腕を必死に掴むソフィ。

 その姿を見て、アルテは驚いているが、これが昔からの姿なのだ。

 実はソフィは少し同性愛者な部分があり、サラをとても大切に想っている。幼少の頃からサラに怒られる度、嫌われたと泣いていたことを思い出す。


「分かった。許してあげる」

「本当!? ありがとう」


 そう言ってソフィはサラの手を取り、自らの頬にあてがう。


「巻き込んでしまったことは謝るが、正直、コイツが居なければ成功しなかった」

「アルテ……」


 初めてアルテから褒められ、サラはほわぁとした表情を送っていた。


「そうですか。サラ、よく頑張りましたね」

「へへ」


 納得したソフィはサラの頭を撫で、その後、書斎椅子に座った。


「それでは、報告を宜しくお願いします」

「ああ。まず、あのゴロツキ三人衆だが、皆巨人族タイタンではなかった」

「そうなのですか?」


 その点に驚く辺り、ソフィも気付いていなかったと見える。


「理由は知らんが、恐らくは誰かからの入れ知恵だろう。そう言っておけば憲兵から手出しされることはない、ってところだろうな」

「……殺したのですか?」

「いいや。どうせただのゴロツキだ。その必要はないだろ。今、スラム地区の処刑場みたいなところに監禁してある。行って牢屋に引っ越させろ」

「処刑場……」


 その単語を聞いて、ソフィの顔がわずかに曇る。


「知っているのか?」

「いえ……知りません。直ちに憲兵たちを向かわせます。助かりました」


 少しがあったようにも思えるが、ソフィが処刑場のことなど知るはずがないだろう、とアロンは感じていた。


「で、そいつらから情報を聞き出し、修道院の近くの石像に向かった」

「…………」


 ソフィは黙ってじっとアルテを観察している。


「その石像裏が隠し通路の入り口で、外の世界に通じていた」

「そうですか」

自棄やけに冷静だな。知っていたのか?」

「いいえ。ただ驚きで固まっているだけです」

「そうか」


 途中の指摘に動じなかったソフィを見れば、嘘ではないのだと推測される。


「それで、会っていた人物だが、小さいなり獣族ウルフだった」

獣族ウルフ……」

「病気について知りたいようで、説得を試みたが、く失敗した」

「そう……ですか」


 失敗の要因がアルテの性感帯にあることを、アロンもサラも黙っていた。この重い空気の中で発言できる内容ではないからだ。


「ただ、一つ問題が起きた」

「何です?」

「そのクソ犬が去る間際、上のヤツに知らせると言っていた。大勢を引き連れてくるやもしれん」

「何と……っ」


 余りの事実にソフィは下を向く。

 しばらく静寂が訪れ、ソフィは必死に何かを考えているようだった。


「なぁ、俺から一つ提案なんだが」

「どうぞ」

「こっちから先に獣族ウルフ生息領域に出向くってのはどうだ?」

「なりませんっ!」


 アロンの提案に、ソフィは書斎机を両手で叩いて立ちあがる。


「けど、攻められる前にやらないと終わっちまう」

「誰を向かわせると言うのですっ? 私はもう……嫌です」


 ふたたびソフィは机に視線を落とす。


「さも前例があったかのようだな」

「……」


 ソフィのその少しのに不信感を抱いたアロン。

 その問いに、ソフィは答え始める。


「三年前、私の指示で他種族領域へ調査隊を送りました。人類種サピエンス生息領域に近い、獣族ウルフ領域、巨人族タイタン領域、機械族オートマタ領域へ」

「本当かよっ」

「三人一組で三地点に、計九名を向かわせ……誰も帰ってきませんでした」


 その事実を聞かされ、三人に衝撃が走る。アルテは動揺していないように見えるが、内心は分からない。サラに至っては半泣きだ。


「なぁ、三年前って言ったら王と何か関係あるのか?」


 毎月行われる『八種族首脳会談オクトーサミット』におもむく車両から王が顔を見せなくなって三年。偶然にしては不自然だとアロンが問う。


「いえ、関係ありません」

「最近、王と王妃を見ないけど、元気なのか?」


 幼少の頃、アロンとサラが二人でここを訪れていた際には顔を見せてくれていた二人。ソフィに似てどちらも容姿端麗でスマートだった。


「ええ、元気にされていますよ」

「なら、何故お前が兵の指揮をるのだ?」


 アルテも不審に思ったのか、口をはさむ。


「王から全権委託されています。私の力を買ってくれているのでしょう」

「まぁ、それは分かる。昔、王が言ってたからな。ソフィの頭脳は人類種サピエンス史上最高の叡智だ、って」

「そんなことより、これでお分かり頂けたかと。他種族領域に向かうなど無意味です」

「無意味かどうかは俺らが決める」


 ソフィを一点に見据えてアロンが言う。


「まさか、あなた……」

「兵を向かわせるのが嫌なら、俺らが行く」

「ダメですっ! あなたたちを失ったら、私……っ」


 目に涙を浮かべ、ソフィは拒否してくる。


「アルテが居れば大丈夫だ。今回の任務でその強さは良く分かったから」

「わたしは行くなどと一言も言っていないが?」

「頼むよ。どうせ俺ら獣族ウルフに顔知られてんだから」

「チッ……面倒だな」


 足を組み、嫌がるアルテ。


「あたしも行くっ」


 その重い空気感を切り裂くように、最弱のサラが堂々と言う。


「イヤっ! サラっ! 行かないでっ!」


 一瞬にして弱々しいソフィに変わり、サラの太ももにしがみ付く。


「そうだぞっ! お前は付いてくんなって!」

「何でよっ。あたしだって活躍したじゃない」

「バカかっ。こんなお遊びのような領域と訳が違う。もう一度言うが、死にたいのか?」

「危なくなったらアルテが助けてくれるんでしょ?」

「お断りだ。自分の身を守るだけで精一杯だ」

「そんな……っ」


 全員から否定されたサラは、しがみ付くソフィをけ、泣きながら部屋を飛び出していった。


「サラっ!」


 アロンとソフィが同時に呼び止めたが、もう既にサラの姿はなかった。


「まっ、どちらにせよ、この件は無しだ。二人だけで外の世界など自殺行為だ」

「私もアルテさんと同じ意見です。それに、ルークだって必ず反対します」

「なら、ルーク先生を説得できたら良いか?」

「それは……」

「よしっ、一度聞いてみるか。そうと決まれば善は急げだ。アルテ、寮に戻ろう」


 椅子から立ちあがり、意気揚々とするアロンを見て、アルテは溜息をつく。


「わたしも馬鹿な者と関わったものだな」


 呆れながらもアルテは立ちあがり、二人は青ざめるソフィに挨拶をして部屋を後にした。

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