第26話 隠し通路

 ニナに案内され、四人は丸テーブルにつく。今までなら男女交互に座り、決してアルテの隣には行かなかったサラが、すぐにアルテの隣に座った。その様子には、イスカとニナは驚いているようだった。

 兄のアロンだけはよく知っているが、サラは元来そういう性格なのだ。人当たりがよく、社交性に富んだ性格のため敵は非常に少ない。その反面、ある限度を超えた拒絶対象には酷く警戒しがちとなり、それが今までのアルテへの態度だったというわけだ。ここへ来てアルテが良人であると認識したサラは仲間だと認めたのだろう。


「ご注文は?」


 ニナがメモを片手に聞いてくる。


「俺、ビーフシチュー」

「僕はバターライス」

「あたし、豆乳パスタ」


 サラが注文を告げてすぐ、隣のアルテがサラを見やる。


「それ以上大きくしてどうする」

「え?……ちょっと、どこ見てんのよっ」


 困惑していたサラは、視線が胸にあることに気付き、すぐ腕で隠す。


「アルテは? 何にするんだ?」

「……エビグラタン」


 それを聞いて四人が微笑ほほえむ。一番喜びをあらわにさせていたのは当然ニナだ。気に入っていることを食堂で知り、その上で注文を受けたのだから。


「お前、気に入ってんな」

「うるさい」

「あたしのと半分こしない? 成長するかもよ?」

「チッ……黙れ」


 成長という単語に合わせ、アロンがちらりとアルテの胸を見たが、気にする程小さいとは思えない。しかし、理想としているサイズには個人差があるだろう、とアロンは何も触れなかった。


 ニナがお辞儀をして、席を外す。


「今日は三人で何してたの?」


 イスカは何気なく言ったのだろうが、アロンとサラは少しぎくりとした。アルテは全く動じていなかったが。


「あぁ、適当に町をぶらついてた」

どおりで化粧を……じゃあ、アルテさんのそれはその時買ったんですね?」


 眼鏡を手で修正し、イスカがアルテの装いを見る。修道院の時にもちらちら見ていたが、今のタイミングで尋ねてきたのだろう。


「そうそう。似合ってるでしょ?」

「はい、とても」


 幼少からの馴染みだが、サラの服だという認識はイスカにはなかったようなので、サラが上手く合わせた。

 褒められてもアルテの顔色は変わらなかった。アロンが褒めた際には頬を赤くしていたが、今は先に控える任務を頭に抱いているからだろう。


 その後、ニナが運んでくれた食事を談笑しながら食べ、幸せなひと時をアロンは感じていた。他の皆もそんな雰囲気だった。




 夕飯を食べ終えた時、アロンが切り出す。


「あっ、俺ら、母さんに呼ばれてたの忘れてた」

「そうだわ。アルテを家に連れてきてって頼まれたわね」

「あっ、王宮でマールさんに会ったんだね。連れてきてってことは、アルテさん、気に入られたんですね」


 アロンの嘘にサラが合わせ、イスカは何の疑いもせずに返答してきた。正直な所、罪悪感はアロンの中にあった。だが、それ以上にイスカを巻き込みたくなかった。

 王宮へ行く理由は毎回同じなので、深くは詮索してこないし、昨夜王宮に泊まったなど知るよしもないので、イスカはそう言ったのだろう。休日には自宅で外泊する学生も少なくないから。


「そうそう。強く抱きしめてたわね。顔をこうやって」


 サラが胸に何かをうずめるような仕草を見せると、イスカは頬を染めて言う。


「僕も最初されました。幼少の頃ですけど」

「今もしてもらいたい?」

「――ッ! い、いえ、決して、そんなっ」


 サラがからかうと、イスカは身を引き、眼鏡がズレる。


「男は皆、変態だな」


 その強烈なアルテの一言により、店内の空気が凍る。なにせ、この中の男衆は皆一様に、ニナを卑猥ひわいな目で見ていたのだから。


「そ、そんなことより、マールさんが待ってますよ? 僕はこのまま寮に戻りますから」


 空気感を変えようと、イスカが促してくれる。


「ああ、ごめんな。じゃあな」


 作戦通りの展開に三人は満足げにその場を後にした。

 店を出る際、アロンとサラはニナとイスカに手を振っていた。




 酒場を出てからすぐ目的の場を目指す。

 ここで再びアロンは手に持つ黒のニット帽を被り直した。


 十五分かけて修道院に着いた頃には日は沈み、辺りは暗く、静寂に包まれていた。


「あれだな」


 アルテを先頭に石像を目指す。


 近付いて見てみると、白の本体に多くの黒い汚れが付着していた。相当古く見える。剣を携えた女性の像で、所謂いわゆるヴァルキリーなのだろう。

 その像の後ろ側に三人が回ってみる。


「何もないぞ?」

「えっ!? 大男に騙されたの?」


 ヴァルキリーの背中が確認できる以外、台座や床の芝にも違和感がない。


「ん? これ……」


 アルテが台座の天板を手で撫でる。


「開けゴマ的な? 撫でたら開くの?」

「違う。この台座、中央だけくぼんでいる」


 見ると、正方形の台座の中央――ヴァルキリーが立つ場だけ数ミリ沈んでいた。周囲のふちとの境の溝が嫌に目立つ。


「これ、横にスライドするのか?」

「お前にしては勘が良いな。気付かないかと思ったが」

「酷い言い方だな……よし、俺が引っ張る」


 男の力の見せ所とばかりにアロンが一人で台座のふちを横へ引っ張る。すると、予想通り、横へスライドしていき、空間が見えた。


梯子はしごか……」


 アロンが中を覗き、呟く。

 空間は下だけに伸び、暗がりで底が見えない。


「何があるか分からん。わたしが最初に下りる」

「えっ!? 大丈夫なの!?」

「ああ、平気だ」


 威風堂々としたアルテの立ち居振る舞いに二人は感心していた。

 安全をすため、アロンがライトを発動し、アルテ、サラ、アロンの順に梯子はしごを下りていく。


 しばらく進むと、底が見えたが、サラとアルテが見当たらない。しかし、単にくるりと曲がっただけで、その先の通路に二人の姿をとらえた。


「結構深いな。地下で他種族と会ってたのか? なら、この国の地下に他種族が生息してるって言うのか?」

「さぁな。進むぞ」


 梯子はしごの先は一人分ほどの狭い一本道だった。あかりもなく、ただライトの光のみが頼りだった。


 またしばらく進むと、行き止まりに辿たどり着く。


「また梯子はしごか……」


 アルテが見上げてそう言った。


「この様子じゃあ、ただ壁を越えるためだけの地下通路ってとこか。梯子はしごの先はリーヴ王国の外だろうな」

「そのようだな」


 人類種サピエンス生息領域の地下に他種族が生息していないと知り、アロンは安堵の中にいた。

 だが、すぐに不安な出来事が発生する。

 それは、見上げるアルテが一向に梯子はしごを上らないからだ。


「どうした? 上に何か居るのか?」

「えっ!? 嘘っ! 怖い……っ」

「いや、何も居ない」

「なら、安心だな。さあ、行こう」

「……」


 アロンが促してもアルテが行動を開始しない。まさか、教会地下でのように力を失い、動けなくなったのかと不安がよぎる。


「どうした?」

「そうよっ! 何で上がらないの?」

「……先に上がってくれ。わたしは最後にする」

「はあ!? アルテ、何言ってんだよっ。この先に敵が居るんだ。一番猛者もさのアルテが行ってくれないと」

「そうよっ! お願いよっ!」


 必死に二人が説得をする。

 すると、首だけを回してちらりと二人の様子をアルテが見て言う。


「……背後から敵が来るやもしれん」

「来るわけねぇだろ! 一本道なんだから。あっちは人類種サピエンス領域じゃないか」

「はは~ん。そういうこと」


 重く恐怖的な空間の中に、いつものサラのトーンが響く。


「どういうことだ?」

「あんた、下着見られるからでしょ?」

「はあ!? こんな状況でまさかそんな……」

「…………」


 信じたくはないが、アルテの様子を見るに、どうやらサラの判断が正しいらしい。


「呆れたぁ。先頭切って下りてくれて、格好良いなって思ったのにぃ」

「うるさいっ! キサマがこんな短い物を貸すからだろっ」


 今まで口を閉ざしていたアルテが、核心を突かれ、怒り出す。


「良いじゃないの、見られたって。黒の似合ってたわよ?」

「黒っ!?」


 アルテの召し物がまさかの黒と知り、清楚系とのギャップでアロンは思わず声を出す。

 恐らく、自宅の二階で着替えをした際にサラは見たのだろう。


「キサマっ! 何故言うっ!」

「でも、意外だったなぁ。清楚、清楚言ってたから、てっきり白かと思ったんだけど。結構攻めてんじゃない」

「うるさいっ!」

「あっ、だけど、盛ってないってことは本当だったわね。嫉妬しちゃうくらい綺麗な形だったし」

「お前に褒められても嬉しくない」


 下着の色から胸の形まで、アロンの頭の中が他種族とのミッションを掻き消すかのように支配されていく。


「おいっ! お前っ! 何て顔してるっ! さっさと上れ!」


 ニヤケ顔を察知され、アルテからお叱りを食らうアロン。

 だが、それよりも問題なことがあった。


「上れって言われても、狭いし通れないって」


 最後列に居るアロンが最初に上るためには、この狭い通路で場所を入れ替わらなくてはならない。人一人通るのがやっとだという中、可能だろうか。


「横をすり抜けられるだろ?」


 二人はどちらも細身のため、壁に身を寄せれば、少しばかり隙間が見えた。


「分かった。やってみる」


 覚悟を決めたアロンは、まずサラの横をすり抜ける。

 だが、壁に背を向けて立つサラのとある部分が引っかかる。


「あぁっ!」

「おいっ、変な声出すなよ」

「だって」


 余りに大きな胸が二つともアロンの胸をこすり、可笑おかしくなりそうだった。


 何とか越えられ、次の難所に挑む。


 同じように壁を背にするアルテの横をすり抜ける。

 妹以上に気を遣ったことと、とある部分の差により、触れることなく乗り切れた。


「やった! 触れずに行けたぞ」

「アロンっ。しーっ!」

「え?……なっ」


 背中にサラの指摘を受けたアロンが振り返る。すると、そこには鬼が降臨したかのようなアルテが睨んでいた。


「はは……さあ、上らないとな」


 苦笑いをしながらアロンは梯子はしごに手を掛けた。

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