第25話 時間潰し

 サラが泣き止んだことを確認し、アルテは身体からだを離す。その背中にアロンが語り掛ける。


「さっきの凄かったな」

「簡単な拘束魔法だ。知らないのか?」

「ああ、見たことない」


 すっと立ち上がり、アルテは横に首を回して片目だけでアロンを見てきた。


「そうか」

「つーか、いつから気付いてたんだよ? 巨人じゃないって」

「この建物に入る直前だ」


 そう言われ、潜入直前の記憶を辿たどってみる。扉に石をぶつけ、ゴロツキが出てきて、その後近付いて聞き耳を立てて。どう思い出しても判断材料に至らない。

 困惑顔のアロンを呆れた様子でアルテが言う。


「奴らが言っていただろ。『俺らは本を読まない』と。文献や眼鏡が言うに巨人族タイタンは知的で本好きなのだろ?」

「あぁ……けど、それだけで判断すんのはちょっと……」

「気だ。奴ら三人から魔力を一切感じなかった。巨人なら人間より能力が上のはずだろ? 魔法が使えないはずがない」


 その答えにアロンは返答しなかった。だが、内心ではアルテの異質さに震えていた。ルークから三年以上に渡り、座学と演習を受けたが、気を感じ取るなど聞いたことがなかったからだ。その理由に、あのルークでさえ、初めてアルテを交えて行った演習時、魔法が使えるのかどうかを尋ねていた。つまり、人類種サピエンス最強の魔術師であるルークですら叶わない技ということだ。

 それは、アルテが人類種サピエンス以外である可能性を大幅に高める情報となった。


 アルテは床に落ちた病理本に手をかざす。


「何してんだ?」

「持ち歩くのは不便だからな」


 次の瞬間、本の周りに白い光が現れ、包み込むように縮んでいく。それは、あっという間にビー玉サイズになった。


「保管魔法か? 便利だな」

「その様子だと、これも知らないようだな」

「ああ」


 次から次へと知らない世界をアルテが見せてくる。ビー玉を手に取り、アルテはスカートの右ポケットに仕舞しまっていた。


 未だ座っているサラに近付き、アロンが立ちあがらせる。

 アルテに視線を送ると、床に落ちたグレーのプレートを赤ボタンを隠すようにめ込んでいた。


「にしても、あいつらよくこんな仕掛け作れたな」

「奴らが作ったのではなく、最初から存在していたのだろう」

「え!? けど、ずっとここに潜伏してたんじゃないのか?」

「それは違うな」


 め込み終えたアルテは、振り返りアロンに目を向けた。


「どういうことだ?」

「ずっと同じ場に潜伏しているのなら、憲兵がここを割り出すはずだ。それなら手間を掛けさすまいとアイツが地図をわたしに渡してたんじゃないのか?」

「なるほど。ソフィは居場所が掴めてなかったから全権をアルテに任せたのか……なら、ここを選んだのは偶々たまたま、か」

「だろうな」


 そのことを聞いて、もう一度部屋の風景を目に焼き付ける。グレーのみの冷たい部屋に雑多に置かれた茶の椅子が四脚。ただその殺風景さのみがうかがい知れる。


「でも、ここって何のためにあるんだ? 今は使われてないっぽいけど」

「処刑場だろ」

「えっ!?」


 突然の単語に、アロンとサラは悲愴な面持ちで同時に声をあげる。


「天井を見ろ」


 そう言われ、二人が見上げてみる。すると、そこには頑丈なコンクリート天井に、これまた頑丈そうな黒のフックがねじ込まれていた。


「そこにロープを掛け、死刑囚の首に巻く。その後、このボタンで床を落とすのだろう」

「け、けど、それなら地下の牢屋は? すぐ死ぬんだから必要ないだろ?」

「保険だろう。通常、首吊りでは窒息死より先に頸椎損傷死を起こす。だが、稀に失敗もあり、地下で暴れられれば厄介だろうからな」


 横を見ると、今にも泣き出さんとばかりのサラが居た。

 その様子に気付いたアルテが頭を掻きながら言う。


「すまん。怖がらせたな」

「でも、不自然だな。この国はずっと昔から死刑制度を嫌っていたらしいのに」

「なら、その更に昔には存在していたのか……または秘密裏ひみつりに決行していたのか……」

「ねぇ……もう行こうよ?」


 暗い話ばかりを進める二人に対し、正論を述べるサラ。


「そうだな。ごめんな、サラ。行こう」


 三人はゴロツキのアジト――旧処刑場らしきを出た。

 スラム地区の空気は非常に重く、足早に安全な地域に向かった。




 歩くこと四十分。

 ようやく懐かしい風景が戻ってくる。安全な地域に機嫌を良くしたサラが普段の陽気さを取り戻す。


「でも、結局はあたしのお手柄だったんじゃないの? 二人だけじゃあ渡しも出来なかったんだし」

「よく言うな。ピーピー泣いていた癖に」


 先頭を歩くサラがピタリと立ち止まり、振り返ってアルテに言う。


「アルテ、そのことなんだけど、イスカとニナには内緒にして、お願い」

「まっ、言ってやりたいが、今回は隠密おんみつ任務だからな。仕方ない」

「ありがと」


 歯を見せて笑うサラと、口角を少し上げるアルテ。初対面の頃には考えられなかった距離感に、アロンは心が軽くなる。


「それにしても予定時刻まで、まだ時間があるな」

「それより気掛かりなことがある」


 現在から予定時刻までの二時間をどう使うか悩むアロンに、アルテは目を細めて言う。


「何だ?」

「ローブのチビだ。奴らが言った場所は修道院の近くの石像だ。アイツは休みの日は必ず修道院に居るんじゃないのか?」

「そっか! バレるとマズいな……」


 イスカのことを考え、二人は悩む。


「じゃあ、ニナのお店に誘わない?」

「余計ダメだろっ。ニナにもバレるぞ?」

「言わなきゃ分かんないって。石像のとこでコソコソしてるのがバレたらマズいんでしょ? だったら、一緒に食事しよ、ってイスカを誘ってニナのお店で時間を潰したら良いじゃない。こんな時間ならイスカとニナもそこから寮に戻るだろうし、あたしたちだけ先に抜けるようにすれば――」

「おいっ、お前、付いてくる気なのか?」


 アイデアを熱弁するサラの言葉を遮り、アルテが言う。


「え? そうだけど」

「バカかっ! また危ない目に遭いたいのか? 却下だ」

「何でよっ! あたしだって役に立ちたいっ!」

「いいやっ、ダメだっ! 帰れっ」


 ついさっきまで仲の良かった二人がもう喧嘩を始めている。


「おい、二人ともやめろって」

「ねぇ、アロンお願い。ほら、ロリって言ってたじゃない? あたし、子どもをあやすの得意だから」

「相手は他種族だぞ? 見た目がそうなだけで、子どもとは限らんぞ」

「アルテは黙ってて! アロンに頼んでんの!」

「何だとっ! 人が助けてやったというのに!」


 今度は掴み合いの喧嘩になる。急いでアロンが間に入る。


「待て待て! 落ち着け! なら、こうしよう。三人で行って相手の様子を見てから決めるってのは?」

「甘いな。デカブツの言うロリと耳という単語から察するに、恐らく相手は獣族ウルフ、または妖精族エルフのどちらかだ。仮に獣族ウルフだった場合は聴覚に加え、嗅覚が異常に発達してると書いてあった。コイツの乳の匂いを嗅ぎつける」

「何てこと言うのよっ!……でも、そうよね? アルテじゃあ匂わないもんねぇ」

「何をっ!」


 ふたたびアロンの腕を振り払い、取っ組み合いが開始される。


「待てって! こんなことしてても仕方ないだろ! アルテ、さっきだって一応はサラの活躍のおかげもある。それに、説得上手なのは本当だ。サラなら争わずに獣族ウルフの対応ができるかもしれない」

「ねっ? お願い、アルテ!」


 生まれてずっと見てきた兄から妹の特技を聞かされ、アルテは溜息をつく。


「……好きにしろ」

「あはっ、ありがと!」


 今度は取っ組み合いではなく、アルテに抱きついたサラ。背の違いから、ちょうど胸がアルテの顔を包み、マールがした行動とまるで同じだった。


「くっ……離れろ」


 必死に身体からだを離そうとするアルテをよそに、サラは感謝を行為に表していた。




 サラの作戦に従い、三人は町の南西角に位置する修道院へとやってきた。

 外観は教会よりも少し綺麗であり、玄関扉は全開されていた。外には緑の芝が短く刈られ、その一面芝の中央に井戸が見える。

 その井戸で汲み取り作業をしている緑のローブの人物が目に入った。


「イスカ!」


 その姿にサラが大きく声を掛ける。

 ニット帽を不必要に感じたアロンはさっと脱ぐ。アルテはキャスケットを被ったままだった。


「あれ!? みんな、どうしたの?」


 井戸から引き揚げた木製の釣瓶つるべを芝に置き、アロンたちの方をイスカが見る。


「みんなでニナのお店に行こうと思って。一緒に行かない?」

「わざわざ誘いに来てくれたんだね。嬉しいな、僕も行くよ」


 そう言って笑顔のままイスカは釣瓶つるべを持ち上げ、修道院の中に運び入れた。

 そしてすぐに修道女と挨拶を交わし、建物から出てきた。


「お待たせ」

「もう良いの?」

「うん。もうそろそろ帰るつもりだったから。にしてもサラ、今日化粧してるんだね」

「まぁね」


 サラが苦笑いを送った後、今度は四人でニナの酒場を目指した。




 修道院から歩いて十五分。

 見慣れた酒場を見つける。アロンが先頭で中に入った。


「――ッ!」


 入ってすぐ、四人の目に飛び込んできたソレに、一同が驚く。


「ニナっ、何だ? その恰好……」


 銀のお盆片手に立つニナ。

 大きめの黒のセーターの袖は手の先まで隠し、下に穿く黒のミニのプリーツスカートを覆っている。

 最大の驚愕ポイントは頭と尻。全身黒コーデのニナの頭には黒の耳、尻には黒の尻尾が付いていた。


「あ、みんな……今日、にゃんの日」


 ニナの指す指先を目で追うと、壁に大きく貼られた、にゃんの日サービスと書かれたポスターが見えた。黒猫が手招きをしているイラスト付きだった。


「もうっ、マスター! またニナに変なことさせて!」


 カウンター奥で皿を拭いていたマッチョ中年――ニナの父親にサラが言う。


「仕方ないんだ。生活費のためだ」


 最近実りの少ないリーヴ王国では皆が抱くその悩み。この通い慣れた酒場にも当然来ているわけだ。過保護なマスターのことだから本当ならニナを看板広告代わりに使用したくないのだろうが、週末の儲けを実感してからは毎週何かをさせていた。

 当たりくじを引いたようで、今回のフェアは今までの比ではない大盛況ぶりである。問題なのはその大半が男性客であり、全員め回すようにニナを見ているということ。

 その様子をマスターは泣きそうな顔で眺めていた。


世知辛せちがらい世の中だな」


 アロンがマスターを見てポツリと呟いた。


「二人も……する?」


 ちょこちょこ歩み寄ってきたニナがサラとアルテに言ってきた。それに呼応するかのように、男性客がニナから二人へと視線を変える。


「えっ!? あたし、遠慮しとく」

「同じく」


 二人の断りを聞き、この場の全員から重い溜め息が聞こえていた。

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