第24話 嘘

 脱出は出来たものの、敵はあと二人。


「なぁ、後の奴らは――」

「しっ」


 アルテの背中に語り掛けてすぐ、人差し指を口の前に持っていくアルテ。一度失敗しているアロンは、先の教訓を活かし、アルテの指示に黙って従う。

 忍び足で部屋の扉に近付き、向かって右側に二人でしゃがむ。内開きの扉では開いた際に死角となる場だ。壁にピタリと身体からだを寄せて待機する。


 その体勢になってすぐ、部屋の扉が開く。


「おい、何か音しなか……おいっ!? どうしたんだ!?」


 入ってきたのはもう一人の下っ端。倒れている男に負けず劣らずの細身である。

 入ってすぐ仲間が倒れていることを察知し、扉を開けたまま真っ直ぐに仲間に駆け寄った。まだ二人には気付いていないようだ。


 そのことを把握したアルテは、するりと立ちあがり、少し腰をかがめる。教会地下でアロンが襲われた瞬間に見せたポーズだ。


 次の瞬間――。


 間近くに居たはずのアルテの姿が消える。


「う……っ」


 消えると同時に小さな声が聞こえたので、視線を鉄格子入り口に向けてみた。

 すると、先程仲間を揺すっていたはずの男が、その男の上に乗っかる形でうつ伏せになっていた。

 驚いたアロンは音を立てないようにアルテに近付いた。念のため、小声で声を掛ける。


「何したんだ?」

うなじに手刀を入れただけだ」


 今の一瞬で、アルテは男に近寄り、気絶させた。一見すれば正義のヒーローらしく思えるが、アロンには恐怖でしかなかった。アロンの手は少し震えていた。


「おい、手伝え」


 見るとアルテが、上に乗っかる男の足を掴んでいる。


「え!? 手伝うって?」

「頭を持て。その中に入れる」


 どうやら牢屋内に、眠る男を運ぶらしい。すぐに従い、アロンは男の頭側を、アルテが足側を持ち上げて鉄格子の中に運び入れる。


「もう一人もだ」


 先程と同じ作業を下敷きになっていた男にも行う。

 先に入れた男は仰向けに寝かせたが、今度の男はうつ伏せに、ちょうど二人が抱き合う形で置いた。


「よし。良い眺めだ。遊びたいなら男同士で遊んでおけ」


 無事に搬入作業を終えると、アルテは鉄格子の扉を閉め、床に落ちた南京錠をその扉に掛け直した。

 そしてすぐ、アロンに対しててのひらを出してきた。


「え?」

「鍵を寄越せ」

「あぁ」


 その手に銀の鍵を乗せると、アルテは部屋の隅に向かって勢いよく投げ飛ばした。

 壁に当たって落ちたそれは部屋の端に位置し、牢屋内の二人からは絶対に届かない。


「よし、あと一人だ」


 アルテがニヤリとしながら扉に向かう。

 アルテに続いてアロンも部屋を後にした。念のため、アロンは部屋の扉を閉めておいた。


 二人静かに階段を上っていく。いつもなら先に上がれと指摘をしてくるアルテだが、やはり少し動揺しているらしく、そのことに意識を向けてはいない。それは良いのだが、サラから借りたスカートの丈が短いために、どうしても気になってしまう。サラを早く助けなければ、という緊迫感と、前を行くアルテのなまめかしい生足に対する胸の高鳴りが混在していた。


 そんな時だった――。


「やだっ……やめて……っ」


 上の階からサラの声が聞こえてきた。

 少し早足で階段を上り切り、扉の前で聞き耳を立てる。


「目覚めんの待った甲斐あったな。この反応、たまんねぇ」

「イヤッ! 触んないで……っ」


 叫び声が間近に聞こえない。この扉の位置が二人とは離れた距離にあることを悟ったアルテは静かに扉を開けてみた。

 すると、椅子の背もたれに腰をロープでくくり付けられ、手足を縛られていた。腕を後ろに回させられ、見るも無残な拘束状態だった。

 身動きの取れないサラの胸を、大男は下からたぷたぷと持ち上げている。


 その時、アルテが右てのひらを床に接地させた。淡く黄色に光った後に現れた小さな水晶が自動で動き出す。うように地を進む水晶が、ちょうど部屋の中央辺りで停止した。

 大男はサラに釘付けで、全く気付いていなかった。


 定位置に運べたことを確認したアルテは、ゆっくりと部屋に入っていく。


「柔らかいか?」


 そう呟いたアルテを視界にとらえた大男は瞬時に怒鳴る。


「てめぇ! どうやって……っ!」

「バカな手下を持つと苦労するな」

「あいつら……っ。くそっ!」


 アルテの後にアロンが部屋に入ると、床に置いていたダガーを大男が手にしてサラの胸元に近付ける。


「ひ……っ」


 余りの恐怖に、サラは目に涙を浮かべていた。


「近付くなっ! 来たら殺すぞっ!」

「何故そんなに焦る? 隠された力はどうした?」

「うっせぇ! 解放すんのに時間がかかるんだっ!」


 巨人族タイタンに関する知識のないアロンには大きな収穫だった。どうやら巨人化には時間を要するらしく、今は変化できないのだろう。それならここで一時的に拘束し、情報を聞き出せる。

 しかし、アロンの頭にはどうやって拘束するか、そのことが気掛かりだった。


「そもそもその力をここで解放しても大丈夫なのか? 高さが低いように思うが」

「分かってねぇな、嬢ちゃん。俺が力を出せば、こんな建物突き抜けるぞ」

「そうか。それは怖いな」

「だろ? なら、諦めて姉ちゃん置いて帰れっ」


 そう言われた後、アルテはゆっくりと大男に歩んでいく。


「そうもいかない。わたしはお前に用がある」

「はあ!? 何だよ?」

「その書物、誰に渡す?」


 アルテが指を差したのは、床に雑に投げ捨てられた病理本。


「ガキに関係ねぇだろ!」

「そうか……なら仕方ない。お前の餌食えじきになるとしよう」


 途中で歩みを止めたアルテ。


「そりゃあどういう意味だ?」

「我々の生命いのちはここで尽きるということだが?」


 アルテの言葉に、大男の顔がほころんでいく。アルテが白旗をあげたと感じているようだ。だが、それはアロンも同様であり、仲間でありながらアルテの意図が分からない。


「そ、そうか、素直じゃねぇか嬢ちゃん。姉ちゃんの後に遊んでやっても――」

「ただ、わたしは強い。本気を出さないのならお前は即死だろうな」

「な……っ。はったりだっ! てめぇみてぇなチビに何ができるっ?」


 そう言ってはいるものの、アルテが少し踏み込むと大男は身じろぐ。


「どれくらい要するんだ?」

「はあ!? 何のことだ!?」

「力の解放に、だ」

「そりゃあ……一、二分か……いや、三分だっ」

「分かった」


 所要時間を確認したアルテはきびすを返し、大男から距離を取る。そして、壁際に置かれた椅子を手にし、その身に寄せて腰を下ろしていた。

 アロンは、アルテと男の中間地点で、ただただ突っ立っている他なかった。


「何の真似だっ!」

「待ってやる。さあ」


 腕と足を組み、右手をどうぞと言わんばかりの仕草に乗せてアルテが言う。

 アロンはアルテの自信過剰ぶりに焦りしか感じなかった。どれ程強さに自信があろうと、わざわざ変化する時間を与えるなど自殺行為だ。巨人化した相手に秘策でもあるのだろうか。


「よしっ! やってやろうじゃねーかっ! 乳臭ぇガキが泣きわめく姿が目に浮かぶぜ!」


 大男は決意し、ダガーを床に投げ捨て、サラから離れる。

 アルテとアロンを交互に見やりながら、おもむろに部屋中央へと歩いていく。


 男がその中央部分に辿たどり着いた瞬間――。


「ぎゃぁぁあああぁぁああああ!」


 火花がはじけるような音と共に黄色の網状の球体が男を包み込んだ。それは部屋に入る前にアルテが仕込んだ水晶がしたものだろう。

 叫ぶ男を視界にとらえ、アルテは椅子から立ちあがる。

 ゆっくりと大男に近付いていき、言う。


「どうした? 巨人化しないのか?」

「ぐぁぁあああ! た……助けて」

「巨人化すれば解除など造作もないだろ?」

「……じゃない」

「何?」


 火花の音で正確に聞き取れず、アルテが聞き返す。


「俺ら……は……巨人じゃない……嘘だ」

「だろうな」


 その時、アルテが全てを悟っていたのだとアロンは気付いた。何故巨人族タイタンではないと知ったのだろうか。


「だから……たす……けて」

「もう一度聞く。あれは誰にどこで渡す?」

「……言えない」

「そうか。なら死ね」

「あああっぁぁぁぁあああ!」


 光が一層激しさを増し、男がのた打ち回る。


「……修道院……の近く……石像」

「石像が何だ?」

「像の……裏……隠し……通路……の……先」

「時間はいつだ?」

「今日……の……夜……六時」

「誰に渡すんだ?」


 アルテの問いになかなか男が返事をしない。このままでは相手を知る前に死んでしまうと思ったその時、アロンは耳を疑った。


「……ロリ……耳……」

「は? ふざけているのか?」

「ちがっ……行けば……分かる」

「チッ!」


 そこまで聞いてアルテは右手を閉じた。それに反応し、黄の球体は消えた。

 力を使い果たした大男はうつ伏せに倒れて動けないようだ。


 アルテはその後、移動を開始した。

 向かったのは先程入ってきた入り口横。グレーの壁の中、一ヵ所だけ色の違う長方形があり、アルテはそこを叩いた。

 すると、められていたのだろう板が外れ、何やら怪しげな赤ボタンが現れる。


「なぁ、おっさん。お前の手下が待ってるぞ?」

「な……っ! やめ……っ」


 最後の力を振り絞り、大男が両腕で身体からだを起こそうとした時、アルテが赤ボタンを押した。

 次の瞬間、アロンとアルテが見舞われたように、床は大きく開放され、男は下へ落下していった。


「ぎゃぁぁああああ!」

「アニキっ!」


 アロンとアルテが大穴から下を覗くと、気絶から解き放たれた下っ端二人が大男の腕にしがみ付いていた。


「そこでじっと待ってろっ。憲兵が来るのを、なっ」

「キサマっ!」


 大男は力尽き、後の二人がアルテに向かって叫んでくる。


「あと、そのデカブツに言っとけっ。わたしはガキでも嬢ちゃんでもないっ! れっきとしたレディだっ!」


 終始続いた子ども扱いにご立腹な様子のアルテ。


「何がレディだっ! 小さい胸しやがって!!」

「くっ……」


 地下でのやり取りの際、アルテに魅力的だとべた褒めだったはずの細身にそう言われ、アルテは右手を黄色く光らせる。


「すんませんっ!」

「チッ!」


 状況察知能力にけたゴロツキはすぐに謝罪し、それを見てアルテは床を閉めた。


 アルテはすぐに床に置かれたダガーを拾い上げ、サラに近付く。


「すまなかった。危険な目に遭わせたな」


 そう言いながら腕、足、腰の順にロープを切っていく。


 全てを切り終えてすぐ、サラはアルテに抱きついた。


「うわあぁあああん! ありがとぉ、アルテっ!」

「お、おいっ!?」


 その様子には流石のアルテも焦りの色を隠せない。


「怖かったのぉぉおおお!」

「ああ、悪かった」


 胸の中で大泣きするサラを優しく抱きしめ、アルテはサラの頭を撫でていた。


 この時、アルテが初めて謝罪を口にし、サラが初めてアルテの名を呼んだ瞬間だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る