第22話 追跡

 談笑タイムは終了し、階段を目指す。

 その時、不意に後ろから呼び止められた。


「ちょっと待て」


 振り返ると、そこには愛らしい風貌へと変化したアルテ。右手の親指を立て、サラの部屋を指差していた。

 その仕草から察した二人は、アルテの後に続き、部屋の中へと戻る。


 サラが扉を閉めると、アルテが話し始める。


「まだ何も説明していないだろ」

「え? あたしが本を渡す、それだけじゃないの?」

「そこじゃない。行動に伴う意思の方だ」

「え? 意味分かんない」


 サラはさっぱりだという顔だが、アロンもそれは同じこと。アルテは言動にやや深みを込めすぎる。


「さっき言っただろ。わたしに従え、と。今回の任務は学校の演習のような遊びではない。失敗=死を意味する。絶対に自分勝手な行動を取るな」

「なぁ、俺らをもうちょっと信用してくれても――」

「良いな?」

「……分かった」


 念を押したアルテは、二人に行動基準を説明する。


「まず、お前がひとりで本を片手に歩く。一切よそ見をせずに、だ。それをわたしたちが遠くから隠れながら観察する」

「うん」

「相手は三人と言っていたが、同時に来るかは分からない。もし欠けていたなら残りがどこかで見ている可能性が高い。ただ……ひとつ問題がある」

「何だ?」


 アロンが尋ねると、険しい表情でアルテが言ってくる。


「お前らは三人の顔を知っているだろうが、わたしは全く知らない。つまり、わたしは奴らを察知しようがない。そこはお前に頼るしかない」


 頼る主――アロンの方をアルテが見やる。

 それは確かに不利だろう。一番の猛者もさであるアルテが相手を知らないのなら、アロンが見落とした時点で終了となる。


「分かった。そいつらを見掛けたらすぐ報告する」

「そのこと以上に問題なのはお前自身だがな」

「どういうことだ?」

「お前はコイツと違い、多少なり剣術に自信があるだろう。その自信が軽はずみな行動を招かなければ良いがな」

「そんなことしないっ。お前に従うし、単独行動はしない」


 アロンが大きめの口調で告げると、アルテは真っ直ぐな鋭い目で見て言った。


「コイツに危険が及んでも、か?」

「……」


 すぐに返答できなかった。

 妹思いのアロンであれば、危機的状況を境に理性が崩壊するだろうと先に読まれてしまう。


「返答しないとなると、作戦中止だな」

「待ってくれ!……分かった、自分を抑える。サラが危なくなっても」


 アロンのその真っ直ぐな瞳に納得したアルテは告げる。


「まぁ、安心しろ。わたしが守ってやる。絶対とは言えんが」

「それ矛盾してない?」

「例え刺されてもお前の胸がはじくだろ?」

「バカっ! 死ぬに決まってんでしょ!」


 確実性はないにしろ、一応は作戦内容が決まった三人は部屋を出る。


 先頭をサラ、最後尾をアロンとし、三人は順番に階段を下りる。


「あれ? 母さんは?」


 二階へ上がる前には機嫌よく後片付けをしていたはずのマールの姿がどこにもない。


「あぁ、買い物行くかも、って言ってた」

「そっか」


 ここへサラが到着してすぐ一階で会話をしていたのだろう。この三人の風貌を見れば、あのマールなら必ず詮索してきただろう。そのため、この状況は好都合だった。


 玄関を出てすぐ、外を歩く人たちから視線を受ける。こんな美少女二人なら仕方ない。


「よし、とりあえずわたしが歩いたスラム地区を目指せ」

「分かった」


 この時点で作戦は開始された。

 サラが一人で歩き始め、アロンとアルテは建物の陰などに身を潜めながらうかがう。




 実家から歩いて四十分ほどでスラム地区に着く。


 それは着いてすぐの事だった――。


 清楚風を装ったサラに二人の男が近付いてきた。どちらも細身で如何いかにも弱そうに見えた。

 遠い場から二人は小声で話をする。


「おい、どうだ?」

「ああ、あいつらだ」

「やはり二人か……あと一人はどこだ?」


 建物の陰からアロンが必死に辺りを見渡してもう一人を探す。だが、一向に見つからない。


「おい、見ろ」


 アルテから言われ、サラの方を見てみると、サラの正面に立つ男が手を伸ばしている。サラは素直に相手の手に書物を渡した。


「よし、後は追うだけだ」


 アルテが占めたと言わんばかりの表情をしたその時――。


 突然、もう一人の男が怪しい行動に出る。書物を受け取ればすぐに退散すると思っていたが、その様子はなく、サラの背後側の男が身体からだを近付けていた。


「アイツっ」

「待て! 言っただろ?」


 すぐに陰から出ていこうとしたアロンを、アルテはかさず制止させる。


 アルテが手でアロンを止めてすぐ――。

 今まで真っ直ぐ立っていたはずのサラが急に背後の男に倒れ込んだ。ぐたりとするサラを二人は介抱するふりをしながら建物の陰へと運んでいた。


「行くぞ」


 アルテの指示に従い、アロンはアルテの後ろに付く。

 少し進んだ曲がり角から様子をうかがうと、人気ひとけのない路地裏で片方の男が、事前に用意していたのだろう南京袋なんきんぶくろを取り出し、サラを中へと押し込んでいる。


「アイツら……っ。ふざけんなよ」

「拉致か……想定外だな」


 想定外というアルテの言葉でアロンは理性を失った。


「もうここで捕まえるぞ!」

「待て! 今出ていけば、もう一人の存在に気付かぬまま対峙たいじすることになる。それに、奴らの目的やアジトも掴めぬままだ」

「くっ……」


 またも制止させられたアロンは泣く泣く、拉致されるサラを静観する他なかった。


 しばらくすると作業は終わり、荷物を運んでいるかを装って男二人が南京袋なんきんぶくろを運んでいく。その姿を絶対に見失わないように、細心の注意を払って二人は後を付けた。


 しばらくは順調に進んだのだが、とある曲がり角で一瞬だけ片方の男の視線が二人をとらえた。

 その男が立ち止まり、手に仕草を添えたので、二人はすぐに物陰通路に身を潜めた。


「マズい……っ。このままじゃバレるぞ?」


 先程の様子だと、恐らく二人の所へ近付いているはずだ。もしバレれば二人だけではなく、当然サラも殺される。

 そのことを意識してか、隣のアルテも額に汗を浮かべていた。


「おい、抱き合えっ。お前はわたしの帽子に顔をうずめろっ」

「えぇぇっ!?」

「良いからっ」


 他に思い付く案もなく、アロンは言われるままにアルテを抱き寄せた。自らの背中にアルテの手が回ると、こんな状況下にもかかわらず脈は速くなる。

 キャスケットに顔をうずめながら待機していると、さっきの男が通路に目を向ける。


「チッ! 何だよっ、ただのバカップルの乳繰ちちくり合いかよっ。腹立つぜ!」


 そう言い残し、男は足早に去っていった。


「よし……何とかなったな」


 難を逃れたはずなのに、アロンの心中は穏やかではなかった。あまりの緊迫と高揚感によりアルテに返事を送ることもできない。その上、胸にはまたあの時と同様のうずきが現れていた。


「おい、何してる? 行くぞ?」

「あ、あぁ……」


 前を走るアルテを見ながら、これは恋煩こいわずらいなのかとアロンは思いながら駆けた。




 追い始めて三十分。

 ようやく長き追尾作戦は終了となり、二人の男がある建物の中へ入っていくのが見えた。


「なんだ? あそこ」

「お前も知らんのか?」

「ああ。こんな地域来たことないからな」


 人類種サピエンス生息領域の拠点となる、ここリーヴ王国は広大だ。そのため、当然未知の場所も多数存在している。

 今、男たちが入っていったのは全面コンクリート打ちっぱなしのグレーの建築物。一見すると廃墟のように見えた。


「よし、行くぞ」


 二人が完全に入り口扉を閉めたことを確認し、少しばかり近付いてみる。だが、間近くには流石に付けず、少し離れた物陰からしゃがんで視線を送る。


「ここだとちょうど入り口の真正面だな」

「ああ。中の様子を知りたいのだが……」


 侵入する策を二人は静かに練っていた。

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