第20話 誤算

 ソフィから任務を受けた二人は門兵に挨拶を送り、城を後にした。

 ね橋を渡り切った所でアロンが言う。


「なぁ、俺がうろつくと逆効果なんじゃないか?」

「何故だ?」

「俺、一回あいつらと会ってるから。ほら、酒場事件で」


 三人衆は皆、アロンの顔を覚えているはずだ。なにせ、一度盗んだ書物を奪い返され、腹立たしさをあらわにさせていたから。


「なら、わたし一人でうろつこう。お前は帰って良いぞ」

「そんな事できるかっ。女の子ひとりに任せるなんて男として終わってる」

「なら、遠くで見ておけ」


 結論としてはそうなるだろう。巨人族タイタンは雄しかおらず、女のおとりの方が有利だ。アロンは遠くからアルテを視認し、危険を察知した時に飛び出す作戦となった。

 ひとり先に歩き始めたアルテがふと立ち止まる。


「一つ良いか?」

「ああ」

「その酒場での一件で、お前はひとりでそいつらと対峙たいじしたのか?」

「そうだ。あの時、危険だからサラとイスカには付いてくるなって言ったからな」

「よく取り返せたな」


 アロンの方へ顔を向けてアルテが言う。その指摘にアロンは妙に感じた。

 あの時、三人が囲むテーブルにあちらも三人で寄ってきた。イスカの書物が狙いだったのか、会話はほぼせず、すぐにそれを持ち去り、店を飛び出していった。慌ててアロンも後を追い、行き着いた先は路地裏だった。狭い場所な上、人気ひとけもなく、ソフィが言っていた様に清掃などされていない雑多な場だった。そんな場で、一対三で戦えば敗北は必至のはず。あちらは三人とも巨人族タイタンなのだから。しかし、あの時の三人を例えるなら、戦闘の凡人。プロではなく、お世辞にも強いとは言えなかった。


「そうだな。変だ。俺は剣術の達人でも何でもない。そんな俺相手に三人がかりで勝てないなんて」

「力を隠していただけだろ。町中で巨人化すれば目も当てられん」

「けど、必要な本なんだろ? 取り返された時、めっちゃ悔しそうだったぞ?」


 必死に告げるアロンを、少し目を細めてアルテが見ていた。


「……頭には入れておく」


 それだけ告げて、アルテはひとり歩き始めた。




 それからかなりの時間、歩き回ったように思う。わざと治安の悪い通りを選び、書物のタイトルを外に少しだけ見えるよう、それでいて自然にアルテが小脇に抱えて歩いた。遠くからアロンがその様子を心配な視線で観察するも、一向に声を掛けられる気配はない。

 ようやく声を掛けられたかと思えば、迷い人かと思われ、道案内をされ、老婆からは棒付キャンディーをもらう始末。恐らく、アルテのことを子供などと思ったのだろうが、それがかんさわったアルテはいつものつま先の癖を発揮させていた。


 あまりの収穫のなさに観念したのか、アルテは渋々アロンと合流する。


「どうだ?」

「全くだ。どれくらい経った?」

「二時間だ。もう昼前だな」

「はぁ……何故食いつかん?」


 ふたり思案する中、アロンが一つの思考に至る。


「なぁ、お前も見られてたんじゃないか?」

「は? わたしはその時酒場になど居なかっただろ」

「いや、次の日だ。俺がお前を背負って酒場まで運んだろ。その時に」

「そんな目立つことか?」


 アルテは自らの容姿に気付いていないだろうが、目立って当然だ。夜の町中で、人を背負って歩くだけでも目立つのに、それが美少女なら目を引くに決まっている。特に男ならすぐ見てくるだろう。ソフィに報告していた憲兵も男だろう、アルテのことを美しいと表現していた。


「そりゃあ子ども……あぁ、いや、女の子が男に背負われてたらな」


 片手にキャンディーを持っているものだから、アロンは思わず子供と表現してしまい、その際に酷く睨まれたが、言い直したおかげで難を逃れた。


「そうか。それが目立つのなら、背負っている側がお前なら尚更だな」

「そうだ。お前も俺の知り合いってことになるからな」


 二人は窮地に立たされた。ソフィに認めさせるため、出来ませんでしたとは言い辛い。だが、このままでは三人衆に出会うことすら叶わない。


「はぁ、腹が減ったな。アイツの店で考えよう」

「ち、ちょっと待て! ニナの店はダメだって。たぶん休日の今日は手伝ってるだろうし。アイツを巻き込みたくないだろ?」

「……そうだな」


 ニナに弱いアルテが過保護ぶりを発揮する。


「なら、どうする? 腹が減っては何とやら、だぞ?」


 今日はソフィとの件があったために、起床時からばたついていた。そのせいもあり、朝食を摂らずに捜査を開始したのが不味まずかった。


「……キャンディー、食うか?」

「要らんっ、こんなものっ。あの老婆、ガキ扱いしおって!」

「けど、結構似合ってるぞ?」


 地団駄じだんだを踏むアルテに、アロンの本音が零れ落ちる。


「……お前を先に殺そうか?」

「す、すまんっ。冗談だ!」

「謝罪は良いから飯だ! どこかないのか?」

「あるにはあるが……」


 案を口にするアロンを、少し機嫌を直したようにアルテが見やる。


「どこだ? 旨い所を希望する」

「俺の家……ほら、今日母さん休みだから」

「な……っ」


 一瞬にしてアルテの顔が曇っていく。嫌がるのは無理もない。王宮であんなやり取りをした後なのだから。


「味は保証する。昨日食ったから知ってるだろ?」

「気が進まんが……仕方ない、か」

「じゃあ、こっちだ」


 腑に落ちないアルテを連れ、アロンは実家に向かった。




 しばらく歩くと、釈放日にも見た青壁が目の前に現れた。もう暫くは見ないだろうと目に焼き付けたが、こんなに早く帰宅することになろうとは。

 アロンは玄関を叩く。


 しばらくすると扉は開かれ、見慣れた美魔女が現れた。


「あら!? アロンちゃんとアルテちゃん。どうしたの?」

「あのさ、母さん。ちょっと――」

「あっ、待って! 皆まで言わずとも分かるわ。結婚の挨拶でしょ?」


 いつも通りのハイテンションに、二人は項垂うなだれる。


「違う! 昼飯を食べに来たんだけど、良いかな?」

「えっ!? もちろんよ! ささ、入って入って」


 マールに急かされ、二人は家の中に入った。

 家にはマールしかおらず、不思議に思い、アロンは聞く。


「父さんは?」

「あぁ、今日王宮で王族の会食があるんですって。だから臨時で出勤」

「そっか」

「すぐ作るから、二人とも座ってて」


 言われるがまま、二人はダイニングの椅子に腰を下ろした。

 作りながらマールが質問攻めを決行する。


「ねぇ、もうチューはしたの?」

「するわけねぇだろ! ただの友人だっつってんだろーが!」

「アルテちゃん、その服ちょっと地味すぎない? 最近は男女攻守逆転の時代よ? 派手なの着て襲わなきゃ」

「な……っ」

「母さんっ!」


 料理の手を休めずに笑いながらマールが言う。気が散る様子なく作っているところを見れば、流石は料理人と言った所だが。


「けど、アロンちゃん、アルテちゃんみたいな子好きよね?」

「はあ!? そんなわけ――」

「昔言ってたじゃない。銀髪っ子サイコーって」

「言うなよっ!」


 横を見ると、自らの身に危機が生じたかのように、アルテが腕で身体からだを隠し、アロンを見ていた。


「やはり変態か」

「違う! 信じてくれ!」

「うふふ、修羅場だわぁ」

「母さんっ!」


 そんなやり取りをしていると、大量に作られた昼食がダイニングテーブルへと運ばれてきた。


「凄いな!」

「うふふ、アルテちゃんに喜んでもらえて嬉しいわ」


 マールを苦手に感じながらも、食事に罪はないとばかりにアルテは目を輝かせていた。




 王宮で食べた物と同じく美味びみな昼食はすぐに平らげられた。大半はアルテの胃の中に放り込まれたのだが。


「俺ら、ちょっと用事があるから二階行って良いかな?」

「良いわよ。好きなように使って」

「ありがとう」


 任務に関する今後の策を練るため、二人は椅子から立ちあがる。


「あっ、ママちょっと出掛けてこよっか?」


 階段を上がろうとした時、マールに提案された。


「え? なんで?」

「いや、その……ほら、気が散るといけないでしょ?」

「気にしなくて良いって。すぐ終わるから」

「だけど、ほら……ミシミシ音はママも流石に恥ずかしいかなぁって」


 そこまで言われて、ようやくアロンはすれ違いの発生を確認する。


「ち、違うって! そういうことじゃないから!」


 隣を見ると、アルテも頬を染めている辺り、その意味は理解しているようだ。


「良いのよ? 隠さなくっても。十八がどんな時期かくらい、ママもよく知ってるから。パパもその頃――」

「もう上行くから!」

「ああぁぁあああん! 聞いてよぉぉぉおおお!」


 叫ぶマールをよそに、二人は階段を駆け上がった。


 二階の三つの扉の内、真ん中に入ろうとしたアロンを無視し、アルテが隣の扉を注視する。


「ここは?」

「そっちはサラの部屋だ。俺の部屋はこっち」

「なら、こっちにしよう」


 何故かアロンの部屋ではなく、サラの部屋にアルテが入っていく。

 その時、アロンの頭の中で寮でのやり取りが思い出された。アルテが臭いと言ったシーンだ。やはり女性は男性の臭いを嫌うのか、と悲しい思いの中、アロンもサラの部屋に入った。


 部屋の中は釈放日に見た時と同じ。

 初めて見るアルテは興味深そうに眺めていた。


「綺麗にしてあるな」

「母さんが整理してるからな。俺らは雑だが、父さんと母さんは几帳面だから」


 クローゼットに近付いたアルテがトンとそれをノックするように軽く叩いて、アロンを見てきた。


「アイツのことだ。凄いのだろ?」

「まぁな」


 面白いもの見たさに、アルテはクローゼットを物色し始める。


「おい、やめとけって」


 色々と驚いていたようだが、最も態度を変えたのは最下段の引き出しの中を目の当たりにした時だった。


「なんてものを穿いているんだ……」

「なぁ、もう良いだろ? こんなとこサラにバレたら――」


 しゃがんでいるアルテにかがんで話し掛けていたその時――。


 突如、入り口の扉が開いた。

 またマールがちょっかいを出しに来たのか、と二人が見やる。


「サラっ!?」

「あんたたちっ! 人の部屋で何してんのよっ!」


 マールの後片付けの音に掻き消され、サラが玄関を開け、階段を上がってきた音を聞き逃してしまった。

 鼻息荒く、腰に手を当てて怒り心頭のサラが二人を眺めていた。

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