リーヴ王国スラム地区

第19話 任務

 二度目にアロンが目覚めると、目を撫でるの光を感じる。

 ソフィとの会話の後、どうやってサラを説得しようか模索していて寝落ちしたらしい。

 起き上がり、右側に視線を振るも、二人の女性は夢の中。その時、時計はもう既に朝の八時を告げていた。


 本来なら近い場にいるサラを先に起こすべきなのだろうが、この時ばかりは先客を、とアロンはアルテに近付いた。小さな声で呟き、揺すり起こす。


「おい、起きろ」


 壁の方を向いていたアルテがゆっくりとアロンを見る。その目はぼんやりとしていてまだ夢現ゆめうつつだった。


「なんだ? もう――」

「しーっ」


 アルテが声を出してすぐ、アロンが遮る。機転の利くアルテはすぐに何かを察知した。アロンに合わせる形で声を静める。


「なんだ?」

「ちょっと良いか?」


 立って手招きをすると、音を立てずに掛布団を退け、アルテがベッドから降りる。サラをその場に残したまま、二人で部屋を出た。


 扉の前では、と感じたアロンは少しばかり廊下を歩き、距離を取ったことを確認してから切り出した。


「昨日、ソフィから二人で来いって言われたんだ」

「何故だ? 今日は学校はないのか?」

「ああ。週末の二日はいつも休みだ。それは良いんだけど、なんでサラ抜きなのか分からない」


 そう言うと、アルテは右手を顎に当てて下を向く。


「そんなことより、何故わたしを呼ぶのか、それの方が疑問だ」

「まぁ、行けば分かるだろ。来てくれるよな?」

「わたしはアイツが苦手なんだがなぁ……それより、どうやってアイツだけ帰すんだ?」


 この時点で、昨日アルテが言っていた苦手という対象がソフィであると分かった。まぁ、マールに対しても苦手意識を抱いているだろうが。


「そこなんだ。学校もないのに俺らだけ残るなんて不自然だからな」

「……よし、任せろ」


 しばらく考えた後、アルテが目を見開いて言った。


「おい、どうすんだよ? 大丈夫なのか?」

「たぶんな。お前は、三人で出掛けたかったのに、とでも言っておけ」

「?」


 全く意図が掴めないが、ここは信頼する他なかった。

 二人は帰りも静かに戻り、扉を開けた。


 そこには未だ熟睡している妹がひとり。すーすーと心地良さそうな寝息を立てていた。

 扉近くでアロンが立つ中、アルテはおもむろに真ん中のベッド――サラに近付く。厳密にはサラに、ではなく、その横のサイドテーブル。その上には丁寧にたたまれた娼婦着が置かれていた。

 その服をアルテが持ち上げると、その下には、これまた丁寧にたたまれた下着が忍ばせてあった。


「――ッ!」


 思わず声が出そうになるアロンは必死に口に手を当てた。着替えを持たずに出向いたにもかかわらず、下着が上下ともサイドテーブルの上にある。それはつまり、今現在、サラは王室御用達ごようたし寝間着の下に何も身に付けていないことになる。メイドが寝間着を持って来た際、受け取ったのはアロンであり、その時に替えの下着など無かったことは承知していたからだ。

 以前から不審には思っていた。寮で派手な寝間着を身に着けていることは良く知っているが、その強調された胸元には異様な柔らかさを目で感じ取れていたからだ。もしや、とは思っていたことが確信に変わり、とても複雑な気持ちになる。

 その上下赤い布のうち、下の布だけを取り上げ、アルテは自身のスカートのポケットに押し込んだ。

 用事が済んだとばかりに着替えを最初の形に戻したアルテは、アロンに軽く合図を送る。


 扉から離れ、サラに近付き、肩を揺する。


「おい、サラ。朝だぞ?」

「ふえぇっ!?」


 何事か、と勢いよく飛び起きたサラ。その際、清楚な寝間着にもかかわらず、たゆんと揺れ、アロンは頬を少し染めて視線を外す。


「お前、娼婦の上に寝坊助と来たか」

「朝から何てこと言うのよっ。サイッテー」

「もう帰る時間だから、早く着替えるぞ」

「分かったわよ」


 アロンが仲裁に入り、着替えを促す。

 先に隅で隠れながらアロンが着替える。アルテはそのままの恰好で寝ていたため着替えを必要とせず、二人はサラに言われて部屋を出た。

 扉の外、二人が小声で話す。


「これで良いのか?」

「まぁ見ておけ」


 しばらくして娼婦服――いや、勝負服に身を包んだサラが扉から少しだけ顔を出す。


「ねぇ……ちょっと良い?」


 手招きするサラに従い、二人は部屋の中に戻った。


「なんだ?」

「……あたしの……知らない?」


 アルテの問いかけに、サラはモジモジしながら濁す。


「何の事だ?」

「……下着よ……ないのよ」

「知らんな。お前なら穿いていなくても大丈夫だ。娼婦なのだから」

「バカっ! ノーパンで出歩けるわけないでしょ! あぁぁ、あれ高かったのにぃ」


 この時、ようやく作戦内容を把握したアロンが事前に言われた台詞せりふを告げる。


「えっ!? けど、今日休みだから三人で町をぶらつこうかと思ってたんだけど」

「ごめん。あたし、寮まで帰る。こんな恰好じゃソワソワするし」

「ワクワクの間違いじゃないのか?」

「バカっ! ホント、ごめん。ソフィに先帰ったって言っといて」


 そう言い残し、スカートの裾をとても慎重にケアしながらサラは上品に歩いて帰っていった。決してスカートが乱れないようにゆっくりとした歩調で。


 サラが去ったことを確認し、アロンが言う。


「助かったよ。サラには悪いことしたけど」

満更まんざらでもないんじゃないか? 出歩けないと言っておきながら寮まで帰るのだから。メイドに言えば替えなどいくらでも貸してくれるというのに。アイツは頭が回らんな」

「妹の悪口はそれくらいにしてくれ。切なくなる」


 ごもっともな指摘をされ、アロンはサラに同情心を抱いていた。


「じゃあ、案内してくれ」

「分かった。こっちだ」


 サラを無事に帰し、二人はソフィの部屋を目指した。




 夜更けにも訪れたその扉をアロンがノックする。


「はい?」

「アロンだ」

「どうぞ」


 事前のやり取りにより、すぐにソフィは応じてくれた。

 アロンが扉を開けると、夜更けと同様、ソフィは書斎机に向かっていた。


「どうぞ、お掛けください」


 座ったままのソフィに促され、事前に用意されていた豪華な椅子に二人同時に腰掛ける。


「で? 話ってなんだ?」


 アロンがそう言うと、ソフィは椅子から立ちあがり、近付きながら言ってきた。


「昨日、アロンと少しお話を致しました。あなたのことについて」


 視線をアルテに向けたソフィ。互いに鋭い目つきである。


「アロンはどうもアルテさんには甘いようで。その信念に押され、試してみることにしました」

「試す?」


 アルテはしっかりとソフィを見て尋ねる。


「あなたが人類種サピエンスの敵ではないということを証明して頂く、ということです」

「ほう、どうやって?」


 ソフィはおもむろに書斎机に歩み、夜更けに手を添えて拒んだ青のファイルに手を伸ばす。ただ、手に取ったのはそれではなく、その下に隠された一枚の紙だった。

 それを持って二人に近付き、アロンに手渡す。


「数週間前から発生し始めた、この国の厄介事を解決して頂けませんか?」


 渡された紙には機密案件とあり、ゴロツキ三人衆――正体巨人についての内容が記されていた。

 巨人と言う二文字を見たアルテは驚きの表情を見せていた。


「そうか。俺らで解決すれば、晴れてアルテも仲間入りってわけだな」

「まぁ、疑いが完全に晴れるわけではありませんが、協力して頂いたことに敬意を表し、少しばかり私の態度が変わるかと」


 アロンから紙を受け取り、上から下まで穴が開きそうなほど念入りにアルテが見る。


「お前がわたしを疑うのも無理はない……か」

「お分かり頂けたようで」

「ただ、解決と言ってもどうするんだ? 得体の知れない者を捕まえるのは厳しい。その上、外界と疎通している者なら、そいつらが落ちれば行動を開始するんじゃないのか?」


 黙るアロンをよそに、二人のやり取りが続く。


「ごもっともです。それは私や憲兵たちもずっと悩みの種です。あなたならどう解決します?」

「ひとつ聞くが、殺しても良いんだな?」

「ええ。お任せします」

「ちょっと待てよ! それはいくらなんでも」


 残酷な内容に、アロンが声をあらげる。


「そんな猶予があるのか? 巨人化するのだぞ? そうなる前にまなければ町は壊滅だぞ?」

「……」


 ソフィも同意見なのだろう、二人が迷いなき眼差しをアロンに送っていた。


「これを見るに、三人は窃盗を繰り返し、その品を誰かに手渡しているとされているな。だとすると、リーダー格だけを残し、受け渡すポイントを聞き出して、そこで接触するしかないな」

「やはりそうなりますか。私と全く同じ考えです」

「問題は殺せるのかどうか、だ。ここで見た書物には一切弱点など書かれてなかったからな」


 その書物は、昨日書庫でアルテが必死に読んでいたものだろう。やはり意図があり、選んでいたらしい。


「『八種族オクトーレイス生態概論』ですか」

「そうだ」

「当然です。他種族を見知り得ない人類種サピエンスが上辺だけで記したにすぎませんから」

「それともうひとつ。発生した三件の窃盗品だが、草、擂鉢すりばち、植物図鑑……なんだ? これは」


 不思議そうにアルテが言うが、アロンもその三点の共通点が浮かばない。美味しいティーでもしょくすというのだろうか。


「私には、病んでいるように見受けます」

「病んでいる?」

「最初の草、これはこの地域でしか取れない物で、古くから病気平癒に使われています。その効能を植物図鑑で確認し、擂鉢すりばちで加工するのでしょう」

「あっ、この前イスカが取られかけたの、病理本だったな」


 ソフィの理論を受け、アロンがあの夜のことを思い出す。


「あれは私がイスカさんに差し上げたものです。だとすれば――」

「奴らは誰かを癒すために物品を集めている……病理系の本を借り、それを持ってうろつけばゴロツキが寄ってきそうだな」

「その通りです」


 またも二人の意見は一致する。才女のソフィに迫る辺り、アルテも相当に頭が切れる。


 アルテからの意見に納得したソフィは、書斎机近くに置かれた棚に移動していく。そこから一冊の本を取り出してアルテに手渡す。


「『生態病理論』か……」

「お願いできますか?」

「分かった」


 すぐに引き受けたアルテを見て、ソフィの口元が初めて緩んだ。


「ところで、サラ抜きってのは?」

「単純に、あの子を巻き込みたくないだけです。あの子の実力では……」

「まぁな……」

「そんなに酷いのか?」


 曇る表情を見せる二人を見て、アルテが言ってきた。


「ああ。サラは小さい頃からドジでな。十五で俺が指南学校に入るって言ったら、自分も、って聞かなくてさ。最終年だが、アイツは万年ビリなんだよ、剣術魔術ともに」

「自分を語らないのはそういうことか。巨人相手なら、ものの数秒だろうな」

「だからです。あの子には生きていて欲しい……」

「わたしとコイツは死んでも良いかのような言い草だな」


 気分を害したのか、椅子からアルテは立ちあがり、扉の方に向かっていく。


「そんなことっ――」

「条件がある」


 扉の方を向き、背中を向けたままアルテは鋭く言ってきた。


「……何でもおっしゃってください」

「昨日以上の飯を食わせてくれ」

「え!?」


 余りにも想像していた事柄とかけ離れており、ソフィは口を開けたままである。


生命いのちを賭けるんだ。それくらい良いだろ?」


 首だけを回してアルテが微笑ほほえみながらソフィを見た。


「ええ! 最高の料理を用意してお待ちしています」


 ソフィも微笑ほほえみながらアルテにそう告げた。

 少しだけ距離が近くなった二人を愛おしい目でアロンは眺めていた。

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