第18話 潜伏者

 まだ外は豪雨。

 陽射ひざしのない夜更けに、ふとアロンは目を覚ます。

 右に目を向けると、サラがアロン側を向いて眠っていた。だらしなく掛布団は蹴られ、折角の清楚系王室寝間着のスカートの裾が膝上までめくれていた。

 アロンは静かにベッドから降り、サラの元へ近付いた。

 起こさぬよう丁寧に、そして慎重にスカートの裾を直す。その後、静かに掛布団を首元近くまで掛けてやった。


 立ったまま、今度はサラの向こう側に目をやる。すると、今回は落下することなく眠っているアルテが見えた。ただ、サラ同様、とても寝癖は悪く、同じような状態だった。

 すぐにアルテの元へ近付いて、サラの時と同じように掛けてやる。


 そんな作業をしているうちに覚醒してしまったアロンは、用を足そうと部屋を出た。出る際に目に入った時計は午前三時を指していた。




 トイレまで歩きながら、少し前のことを考える。

 浴場でソフィに信頼の証を誓った後、アロンはひとり離れて身体からだを洗い、先に浴場を後にした。

 その後、すぐに戻った部屋では既にアルテが就寝中だった。結局、メイドから渡された寝間着は使用せず、いつもの服装のまま眠っていた。

 そして、暫く後にサラが合流し、アロンとサラは眠りに就き、今に至る。

 至極普通の、何の問題もないような情景だったが、なぜかアロンの胸にはモヤモヤとした感覚が残っていた。


 トイレの扉を見つけ、その中で用を足し、すぐに出る。

 廊下は少しばかりの松明たいまつの光のみで、静けさと寂しさが共存していたが、すぐに部屋へ戻る気になれず、違う道へ足を向けた。


 しばらく進むと、何やら人の語らう声が聞こえてきた。


「あ……ゴロツキ共……にか……のか?」


 盗み聞きなど性に合わないアロンだったが、ゴロツキという単語に足が止まる。

 聞こえてくる扉に忍び足で近付き、耳を澄ませてみた。


「仕方ないだろ、ああ言われたら」

「だが、もう先週から三件も発生している。このままでは我ら憲兵が恥をかくだけだ」


 内容から察するに、扉の向こうに居るのは王宮の警備に当たる憲兵だろう。今はこの部屋で休息を取っているようだ。


「そうだっ。この前だって冤罪えんざい逮捕をしたばかりだろ。りにもってソフィ様の知り合いだったなんて……」


 恐らく自分のことだろう、とアロンは感付いた。


「悪いと思っている。だが、すべがない……他種族と関わっている奴らでは」


 ひとりだけ意気消沈している憲兵が噂の内容を口にする。ゴロツキが他種族と関連しているのはアロンも知っていた。もし、ゴロツキに手出しをして裏に控える他種族がリーヴ王国に攻め入れば全滅は必至だろう。二の足を踏むのも無理はなかった。


「まぁな。それに、あいつらがまさか巨人だなんてな」


 今の台詞せりふでアロンの頭は真っ白になる。それはつまり、酒場で関わったゴロツキ三人衆が皆、巨人族タイタンであるということなのだろうか。確かに巨人族タイタンは常は人類種サピエンスと似た姿と聞いたが。もしそうなら、もう既に人類種サピエンスを滅ぼす計画が水面下で動いていることになる。


「しーっ! 声が大きい。トップシークレットだぞ」

「すまん。しかし、一つだけ言えるのは、恐らく人類種サピエンスは遠くない未来、滅ぶってことだろうな」


 それを聞いた所でアロンは扉から後ずさりする。当然真っ青な表情だった。確かにここ最近急激に治安が悪化しているとは聞いていた。だが、人類種サピエンスの危機がそんなすぐ近くにまで来ているとは知らなかった。

 その時、脳裏に浮かんだのはソフィの顔だった。

 最初にアルテと接触したタイミング、その時のソフィの態度をかんがみれば、危機を知った上での駆け引きだったのだろうと分かった。浴場でのアロンたちに対する誓いも、つまりはそういうこと。

 そう考えた瞬間、アロンの足は無意識にソフィの部屋へ向いていた。




 よく訪ねたソフィの部屋付近に来て、すぐに気付いた異変。

 それは、こんな午前三時過ぎという真夜中に扉の下からうっすらとあかりが漏れていた。

 何をしているのか不安に感じながら、アロンは扉をノックする。


「誰ですっ!?」


 余りに動じたのか、大きな声で返事をしてきた。


「俺だ、アロンだ」


 自ら先に名乗り出ると、すぐに扉は開かれた。


「アロン。こんな夜更けに何です?」


 少しだけ開けられた扉からソフィが目元だけを向けてきた。


「ちょっと話があって。入って良いか?」


 アロンがそう告げると、少し躊躇ためらいがちに視線を横にらすソフィ。暫くの間の後、言ってきた。


「どうぞ」


 大きく開けられた扉。

 中を見やると、部屋の電気は消されているが、書斎机のスタンドは煌々こうこうと灯っていた。

 アロンたちと似た白の寝間着に身を包んだソフィが早足で机に戻り、腰掛けた。その時、机の上に置かれていた書類を横に寄せていた。


「そこへお掛けください」


 書斎机の近くに置かれた高級そうな椅子にアロンは言われた通り腰を下ろす。


「何でしょう?」

「さっき、浴場で誓ったよな? 裏切らないって」

「ええ。しっかり胸に響きましたよ。ありがとう」

「けど、俺は聞いてない」


 そう言うとソフィの顔から笑顔が消える。


「どういう意味です?」

「ソフィからは裏切らないって言葉がなかったな、って」

「アロン、まさか私を信じてないのですか?」

「そうじゃない。なぁソフィ、俺たちに何か隠してないか?」


 すぐにソフィの顔が曇る。


「……いいえ、何も」

「じゃあ、それは? 今何か隠したよな?」


 椅子から立ちあがり、アロンは机の上に置かれた書類を指差した。ただ横に寄せたのではなく、何かの上に置いたと気付いていたからだ。


「あなたには関係ありません」


 すぐに書類の上にソフィが手を添えた。


「ソフィ! なんで――」

「お互い様です! あなたも、嘘……ついているでしょう?」

「いや、俺は何も……」


 険しい表情で睨んでくるソフィ。攻守逆転した瞬間だった。


「なら、もう一度聞きます。アルテさんとはどうやって知り合いました?」

「言ったろ? 行き倒れてたから助けたって」

「まだしらを……はっきり申し上げます。それでは辻褄つじつまが合いません」

「どういう……ことだ?」


 どうにか嘘を突き通そうとするアロンを才女が攻め入る。


「あなたは言いました。路地裏に倒れていたアルテさんを助け、酒場に連れて行った、と。路地裏とはつまり、あまり清掃などされていない場。そんな所で行き倒れていたのなら服は汚れ、髪など乱れていても可笑おかしくないでしょう。けれど、私が憲兵から頂いた目撃資料にはこう書かれていました。冤罪えんざい逮捕をした少年が、酷く目立つ整った服装と銀髪を携えた美しい少女を背負い、通りを歩いていた、と」


 あの時の様子を憲兵に見られていたようだ。うたぐり深いソフィのことだ、ここ数週間の治安悪化を受け、目立つ事象を逐一ちくいつ報告させていたのだろう。

 観念したアロンは静かに腰を下ろした。


「流石だな……本当は教会で会った」

「教会……」


 教会と聞き、ソフィは視線を机に向ける。


「教会の礼拝椅子に座ってたんだよ」

「そう……ですか」


 嘘に嘘を重ねたが、何故かソフィはとがめてこなかった。いや、それ以上は指摘する種がなかったのかもしれない。


「なぁ、アルテのこと信じてやったらどうだ? 甲に誓いもしてくれたろ?」

「あれは互いに演技です。私もあちらも、決して信頼などしていない」

「けど、人類種サピエンスの救世主だったらどうする? ルーク先生から演習のこと、聞いてるんだろ?」

「聞きましたが、それも逆に懸念材料です。優れているということは敵に回せば厄介になります」


 マールの件で薄々は感じていたルークの件が確信となる。報告は余念なくされていたようだ。


「敵じゃないって言ってただろ?」

「それも言い換えれば、味方でもないということ。我々が襲われても静観する可能性もあるでしょう」

「考えすぎだって。ソフィは昔からそうだ。人を信用しないから前進しないんじゃないのか?」

「私はリーヴ王国を守らねばならない! 今だってどこに誰が潜伏しているとも分からないのに、一体誰を信用しろと言うのですっ?」


 急に椅子からソフィが立ちあがり、声をあらげてきた。


「落ち着け。気持ちは分かるし、俺も同じだ。確かにアルテに不信感はある。だけど、今の人類種サピエンスには希望がないってのも知ってる。魔法だってレベル5まで使えるのはルーク先生だけなんだから。だからこそ、アルテに賭けたいんだ」

「もし賭けに負ければ、人類種サピエンスは絶滅します。冗談では済まされませんよ?」

「だけど、今のままでもどの道全滅なんだろ? 巨人が三人もいるんじゃあな」

「――ッ!」


 どこで知ったのか、と言わんばかりの顔をソフィが呈す。じっとアロンを見つめ、嘘偽りのないことを悟り、静かに椅子に腰を下ろした。


「分かりました。あなたに従いましょう。明日の朝、アロンとアルテさんの二人でここへ来てください。決してサラは呼ばないようお願いします」

「何でだ?」

「その時説明します。良いですね? 必ずサラを寮へ帰してください。頼みましたよ?」

「分かった」


 そう言い残し、アロンは椅子から立ちあがり、ソフィの部屋を後にした。最後までソフィは険しく、口元を緩ませることはなかった。

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