第16話 書庫

 テーブルの上に大量にあったはずの料理は空っぽになっていた。


「お前、どんだけ食うんだよっ」

「ホントよっ。大食いの女の子は嫌がられるわよ?」


 マールが出て行った後、先にアロンとサラが満腹で手を止めたが、アルテだけは最後までずっと休むことなく食べ続けた。

 今は背もたれに身を預け、腹に右手を添えている。


「今、全大食家を敵に回したな」

「けど、あらあらぁ、こっちには栄養回らなかったのかしら?」


 サラは悪戯いたずらな表情で、自らの胸辺りを指差していた。


「くっ……そんな脂肪要素、要らんわっ」


 腕組みをしてそっぽを向くアルテを見て、サラは口に手を当ててクスクスと笑っていた。


「あいつらにも食わせてやりたかったな」

「あの二人はここへは来たことないのか?」


 急に話を変えたアロンを見て、アルテはイスカとニナについて言及する。


「いや、何度かある。俺らよりはずっと少ないだろうけど。ソフィも二人のこと、気に入ってる」

「そうか」


 自分だけが受け入れられなかったことへの落胆なのか、アルテは少し暗い表情に見えた。


 そんな会話をしている時だった――。


「きゃっ!」


 突然、閃光が走り、爆音がとどろく。その音に反応したサラが両耳を塞ぎながら叫ぶ。


「雷か……」


 アロンが窓の外を見やると、急に降り出した激しい雨が視界に入り、先程の轟音ごうおんが落雷によるものだったと気付いた。


「お前のお漏らしじゃないのか?」

「バカっ! そんなわけ――きゃぁああ!」


 大の雷嫌いのサラは椅子から立ちあがり、耳を塞いでその場に座り込む。茶化すアルテに言い返す余裕はない。


「来る途中、空がどんよりしてたなとは思ってたけど、やっぱ降ってきたか」

「さっきのアイツが降らせたんじゃないのか?」

「ソフィがそんなこと出来るわけないだろ。自然現象だ」


 椅子から立ちあがり、鬱陶しいものを見るかのように不機嫌そうなアルテが窓の外に目を移す。


 その時、部屋の扉が開かれ、案内してくれたメイドが慌てた様子で立っていた。


「皆さん、酷い雨ですので、今日はお泊まりください、とソフィ様が申しておられますが、如何いかがなさいますか?」

「こんなもの、ただの夕立だ。すぐに止む。わたしは泊まらんと伝えろ」


 的を得ているアルテの提案に、アロンとサラも同感であることをうなずいてメイドに示唆しさした。


「かしこまりました。伝えて参ります」


 深くお辞儀をし、メイドは扉を閉めた。


「思った通りだ……」

「ん!? 何がだ?」

「いいや、別に」


 不可解な言葉を発するアルテに対し、アロンが聞いても答えは返ってこなかった。


 それから暫く部屋で待機しているが、一向に止みそうにない。それどころか、雨は更に酷くなり、暴風まで吹き荒れてきた。雷は鳴り止んだが、改善しているとは言い難い。


 その時、ふたたび部屋の扉が開いた。

 三人がそちらへ目を配らせると、今度は別の者が立っていた。


「ソフィ!? どうしたんだ?」

「嵐が一層厳しくなってきましたので、失礼かと思いながらも、もう一度提案をしに参りました」


 ソフィが入ってきてすぐ、アルテは険しい顔をして、窓の方を見やり、アロンたちに背を向ける。


「言ったはずだ。わたしは帰る」


 振り返らず、背中を通してアルテが語り掛けてくる。


「ですが、この雨では……」

「随分、自然に好かれているのだな」


 アロンとサラは二人のやり取りを聞いても真意が汲み取れない。だが、気になっていたのはソフィの態度である。向こうを向いているアルテには見えないからなのか、右手はドレスの裾を強く握り締めていた。


「ここに泊まれない理由でもおありですか?」

「いいや。ただ、居心地が悪いだけだ」


 余りの空気の悪さに、アロンが提案する。


「いいじゃないか、アルテ。さっき誓いもしたことだし、もう俺ら、友人だろ?」


 くるりと身体からだを反転させ、アルテはアロンの方をじっと見つめてきた。


「はぁ……好きにしろ」


 それを聞いて三人の表情に明るさが戻る。


「それでは部屋に案内致します。こちらへどうぞ」


 最初に部屋を出たソフィに続いて三人が後を追いかける。

 二階の赤絨毯じゅうたんを進み、行きに通った階段を下りる。

 一階へ着いてから玄関とは反対の方向に道なりに進んでいく。その通路最奥右手に扉があった。そこから更に奥を見やると、吹き抜けになった大広間が存在感を示している。


「こちらです」


 ソフィが扉を開けると、そこには先程の部屋の二倍はある床面積に、大きなベッドが三台等間隔に置かれていた。


「えっ!? ソフィ、三人同部屋なの!?」


 誰でも状況判断できるその材料を見たサラがソフィに告げる。


「ええ。こちらはファミリーでお泊まりになられる客人用です」

「えっ、でも、男女同部屋だなんて、そんな」

「問題ないでしょう。あなたとアロンは兄妹ですし、アルテさんとアロンにそんな雰囲気を感じませんから」

「それはそうだけど……」


 入り口付近でソフィとサラが話し合う中、ずかずかと歩き、向かって左のベッドにアルテが寝転がる。右の方に窓が取り付けてあるため、それを避けたのだと思われる。


「あっ、ちょっと! 端、取らないでよ! あたし窓の下イヤよっ」

「なら、真ん中で寝ろ」

「あんたの隣なんて……けど、仕方ないか」


 結局、窓の下に面する右のベッドにはアロンが、真ん中にサラ、左にアルテとなった。


「まだ夕刻ですが、もうお休みになられるのですか? どこか案内して差し上げても……」


 ソフィの提案を聞いたアルテが、ベッドに座り直す。真っ直ぐにソフィを見て言ってきた。


「書庫はないのか?」


 聞かれてすぐ、ソフィは顔に力を入れた。


「ありますが、何をお調べで?」

「いや、調べ物じゃない。ただの暇つぶしだ」

「そう……ですか。でしたら、こちらへ」


 来客用の部屋を出て、ソフィに連れられて三人が歩く。

 先程見えていた吹き抜けの大広間から左へ向きを変え、真っ直ぐに進む。この様子だと西に伸びた離れの建物に向かっているらしい。何度もここへ足を運んだアロンとサラだが、書庫へは一度も行ったことはなかった。


「こちらです」


 ソフィが扉を開けて電気をともすと、そこには周りを書棚で取り囲んだ書庫があった。中央にはソファが置かれ、そこで読書をするのだろう。


「凄いな。俺、初めて入った」

「ちょっとほこりっぽいわね」

「最近はあまり使用していませんから。私は用事がありますので、ゆっくりしていってください」


 そう言い残し、ソフィは書庫を後にした。

 ソフィが居なくなってすぐ、アルテは先端の書棚から時計回りに眺めて歩いている。


「あたし、本はあんまり」

「俺も」


 流石は双子なだけあって、どちらも苦手なことはそっくりである。中央にあるソファに二人は腰を下ろした。


 少しすると、ある書棚に目が留まったのか、アルテが手を伸ばしている。だが、収められた場が高いあまり、全く届いていない。


「ねぇ、アロンに高い高いしてもらったら?」

「くっ……うるさい!」


 見かねたアロンは近付いて尋ねる。


「どれだ?」

「それだ」


 アルテが指差した先にはとても分厚い書物が収納されていた。

 それを軽々取り出し、アルテに手渡す。

 アルテは早く中身が知りたいのか、ソファに行くことなく、立ったまま読書を決行する。

 アロンはサラが座るソファに再度戻った。


 その後も二度ほど呼ばれ、書棚の本を取らされた。




 それから数時間が過ぎ、何かに納得したアルテは書庫を離れようと提案してきた。半分寝ていたサラを揺すり起こし、三人は客室に戻っていった。


 戻る中でアロンは考えていた。

 それは書庫でアルテが手に取っていた本についてだ。本嫌いなアロンだが、何もただ座っていたわけじゃない。アルテについて疑っているのは現状も変わらない。つまり、アルテがどのような書物に触れるのか興味を持ってしかりだ。


 そして、アルテが読んでいたのは三冊。


 歴代のリーヴ国王の過去帳である――『リーヴ国王記』

 八種族オクトーレイスの様々な特性が記録された――『八種族オクトーレイス生態概論』

 千年前に発生したラグナ大陸の惨劇の記録――『八種族聖戦ラグナロク伝』


 どれもこれもアルテが知りたそうな内容ばかり。そのことが余計に、アルテ=他種族という可能性を高めていた。


 そのせいで、書庫へ来る時より、アロンの足取りは重かった。

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