第15話 昼食会

 誓いに満足したソフィは、用事があると言ってその場を後にした。

 折角なので昼食をどうぞと言われ、運ばれるのを待っているのが現在である。


「ほらぁ、ソフィだって、あんたのこと化け物みたいに言ってたじゃない」

「お前は呑気だな」

「え!? 何が?」


 思考能力に欠けるサラをよそに、アルテは何かを考えているようだった。


「それよりも飯だ。ここなら期待できるのだろ?」


 高級感のある室内を見れば、庶民よりもブルジョワであると分かる。それに見合う食事が出てくる、と期待してアルテは胸をおどらせているようだ。


「まぁな。王宮だからな」


 アロンが答えてすぐ、扉が開き、メイドが料理を運んできた。立派な配膳台の上には、それに負けじと豪勢な料理が数多く乗せられている。それを丁寧に一皿ずつ円卓に配備していく。


「以上でございます。ごゆっくりおくつろぎくださいませ」


 深くお辞儀をし、メイドは部屋を後にした。


「なんだっ、これは!?」


 肉や魚介類などがふんだんに盛られ、見ているだけで頬が落ちそうである。


「凄いだろ? さあ、食おう」


 アロンが二人にスプーンとフォーク、そしてナイフを手渡す。皆それぞれが小皿に移し替え、自らの前へ持っていく。

 それを一口食べた瞬間、アルテが大声を上げる。


「旨いっ」

「おっ、初めて褒めたな」

「お前らは、なぜ驚かん?」


 確かにアルテの言う通り、三人同時に食べ始めたにもかかわらず、アロンとサラは別段驚くことはせず、当たり前のようにそれらを口に運んでいた。


「毎日食べてた味付けだからな」

「どういう意味だ?」


 小動物のように頬を張らせたアルテが二人の様子を確認してくる。


「これ作ったの、あたしたちのパパとママだから。まぁ、他にも料理人が居るから、厳密には二人で、じゃないけど」

「は?」

「俺らの両親は二人とも王宮料理人なんだ。それで、父さんが料理長。俺らが実家暮らしだった頃は、ここでの残り物をもらってきてくれてたんだ」


 その事実を知ってすぐ、アルテの顔色がみるみる変わっていく。


「キサマっ。そうなら何故あの時、酒場ではなく実家に連れて行かなかった? わたしにはあんなレベルで十分ということか?」


 フォークをアロンの方に向けて怒鳴るアルテ。それを見ていたサラが口をはさむ。


「あ~~、そんなこと言って良いのぉ? ニナ、泣くだろうなぁ」

「くっ……しかし、レベルが……っ」

「あぁあ~~、エビグラタン褒められた時のニナの顔、目に浮かぶなぁ」

「……分かった! もう言わんっ」


 サラに負けたアルテがフォークをテーブルに置いた。この様子を見ると、アルテはニナには相当弱いらしい。それには皆が同感だろう。ニナの顔を涙で濡らしたくないのは当然だ。これが、可愛いは正義ということなのだろう。


「黙ってたのは悪かったけど、他にも理由があるんだ」

「なんだ?」

「すぐに分かる。それ知ったら、行かなくて正解だったって言うよ」


 アロンが言っても、アルテは全然納得していないようだった。


 そんな時だった――。


 突然、大きな音と共に入り口の扉が開かれ、一人の女性が入室してきた。


「あらぁ、二人とも来てたのねぇ。ソフィちゃんに聞いたわぁ」


 王女のことを、ちゃん付けなどという無礼極まりない言い方をする女性。歳はそこそこなのだろうが、とても若く見える。茶髪ロングがサラサラと揺れていた。青のニットに茶褐色のロングスカートというスタイルで、身体からだまとわりつくニットのために、その特大の果実が鮮明に浮き出ていた。


「来ると思った」


 少し困り顔をアロンが見せる。

 そのアロンにすかさず近付いてきた女性が言う。


「なに言ってるの、アロンちゃん。待ってた、く・せ・に」


 癖に、という言葉のタイミングで、三度アロンの頬をツンと人差し指で突っつく女性。


「誰だ? ソイツは」


 余りにもテンションの高い女性に、圧倒されたアルテが聞いてきた。


「紹介するわ。この人、あたしたちのママ」

「な……っ」


 その見た目と素性の矛盾性によって、更にアルテは困惑する。なにせ、どう見ても二人の子持ちには見えない若さと美貌だからだ。

 この女性こそ、今サラが紹介した通り、アロンとサラの母親――マール=オリバーである。


「あっ、この子が例の……」


 ソフィから内情を聞いていたのだろう。マールがゆっくりとアルテに近付いていく。

 次の瞬間、何を思ったか、自らの胸にアルテの顔を沈めながら抱きしめた。


「いやぁああん! 可愛いわぁ。天使ちゃんだわぁ」

「ぐふ……っ、やめ……っ」


 余りの出来事に、すべがないアルテは、ただただマールの背中を右手で軽くトントンとするだけだった。


「ママっ! やりすぎっ。窒息しちゃう!」

「あらぁ、ごめんなさぁい」


 サラの指摘を受け、マールはアルテを解放する。やはり息が出来なかったようで、しばらくアルテは息をあらげていた。


「何という女だ……流石は阿婆擦あばずれの母親だな」

「誰が阿婆擦あばずれよっ」

「というか、母さん、調理服は?」


 そのマールの恰好を見て、アロンが言う。


「あぁ、今日はもう上がりなの。だから着替えちゃったぁ。あっ、アルテちゃん、わたしの調理服姿見たかった?」

「な……っ」


 恐らくソフィに聞いてきたのだろう。事前にアルテの名を知っていたマールが、これまたちゃん付けで呼んできた。そんな呼び方をされたことのないアルテは異物を見るかのようだ。


「俺ら、昼飯中だから、もうそろそろ、な?」


 何とかこの場をなだめようとマールを帰そうとするアロン。


「あっ、食べてくれてるの? これはパパが作ったやつで~、こっちはママが作ったの。どうだった?」

「あぁ、どれも旨いよ」


 その策も逆効果となる。テーブルの品に関する話題にシフトしたマールは更にテンションが上がっている。これでは火に油を注いだだけだ。


「アロンちゃんには聞いてなぁあい。アルテちゃん、どうだった?」


 胸の前で祈るように手を組んで見つめているマールを見て、明らかに動じるアルテ。


「……う、旨かった」

「きゃぁああああ! アルテちゃん、愛してる、ちゅっちゅ」


 感激をあらわにし、右手でアルテに対して投げキッスを送るマール。


「も、もう良いだろ、母さん。そろそろ、な?」


 入り口に向きを変えさせて、アロンがマールの背中を押す。


「待って。ひとつだけ確認したいことがあるの」


 突然、真面目な雰囲気を出すマールに、三人が顔の表情を引き締める。まさか、マールまで、ソフィのようなことを言い出すのだろうか、とアロンは不安な思いになる。


「……なに?」

「式の日取りは何時にするの?」


 真剣に尋ねたアロンに対し、返ってきた答えは実に間の抜けたものだった。


「はあ!? 母さんっ、なに言ってんだよっ」

「えぇっ!? だって、恋人なんでしょ?」

「違うって! ただ最近知り合っただけ」

「え~~~、けど、寮の部屋、一緒なのよね?」


 やはり、ここで少し前から思っていた疑念が確証へと変わる。マールまで寮の件を知っているとなると、至る結論は一つだけ。それは、ルークが逐一ちくいつ王宮に連絡を入れているということだ。それ程に皆はアルテのことを意識しているということになる。恐らくは、演習での一幕ひとまくも流れているはずだ。このことは、この先どんなことがアルテに起こっても不思議ではない、ということを示唆しさしていた。


「それは満室だったからだけ。特別なことは何もない」

「ホントにぃ? なんにもぉ?」


 もう少しでしのげると思った矢先、アルテが変なことを言う。


「まぁ、襲われそうにはなったな」

「お前っ、変なこと――」

「いやぁぁああん! アロンちゃん、やるじゃない! それで? どうだったの? もう大人の男になったの?」

「なってない! つーか、もう帰ってくれ!」

「あぁぁああああん! そんなぁぁあああ!」


 このままではらちが明かないため、わめくマールの背中を押し、急いでアロンは部屋から追い出し、扉を閉めた。

 静かになった部屋ですぐ、アルテがぼやく。


「お前らの母親……ネジが数本飛んでるな」


 それには、流石のサラでさえ、なにひとつ言い返す言葉が見当たらないようだった。


「昼飯の続きに戻ろう」


 アロンが席について促すと、また三人は食べ始める。


「けど、あたしたちがソフィと友人になれたのはママのおかげなのよねぇ」

「どういうことだ?」

「あたしたちがまだ小さかった頃、王宮料理人をしてたパパとママに連れられて、よくここへ遊びに来てたんだけど、同い年のソフィはなかなか懐いてくれなかったの。パパは無口で子どもに構わないタイプだったから助けてくれなかったけど、ママは違ったの。さっきみたいなテンションで、上手くあたしたちとソフィの仲を取り持ってくれたのよ」

「その縁で呼ばれるということか」


 双子の過去話を聞かされて、ようやく王宮との接点を見出したアルテ。


「そのおかげで、この料理にあり付けたんだから、良かっただろ?」

「それはそうだが……わたしは苦手だな」


 それはソフィのことを言っているのか、はたまたマールのことを言っているのか、アロンにはこの時はまだ理解できなかった。


 何かを考えるように下を向き、料理に手を付けないアルテに対し、隣のサラが声を掛ける。


「こっちも食べてみたら? アルテちゃん?」

「な……っ、キサマっ」


 何かを察したからなのか、サラが冗談交じりに言うと、そのことでアルテの何かが吹っ切れたかのようにアロンには映っていた。

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