第14話 駆け引き

 三人がね橋に歩み始めてすぐ、向こうから一人の憲兵が槍片手に応じてくる。


「いつもの、ですね?」

「はい」


 親切に応じる憲兵にアロンが返事を送る。サラも余裕を持った表情だが、アルテだけが不審な様子で辺りを見回していた。

 すぐに向こうへと向き直った憲兵が門前に居る二人の憲兵に対して、槍を上げて合図を送ると、その大きな門はおごそかな動きと音に乗せて開いていく。

 全て開き切って憲兵が告げる。


「どうぞ、お入りください」

「ありがとうございます」


 アロンとサラがお辞儀をする中、やはりアルテだけが頭を下げない。そんな様子を見ても、気にも留めずに憲兵は三人皆へとお辞儀をしていた。


 入ってすぐ、中央の噴水が目を引く壮大な中庭が見える。

 その奥にそびえ立つ城に向けて歩きながらアロンが呟く。


「おい、お辞儀しろよ」

「わたしは敬意を払わない主義だ」

「そんなこと言って、ずっと上から見下ろされてたからひがんでんじゃないの?」

「チッ……全身着ぐるみのアイツにも同じこと言えるのか?」


 サラはその例えでニナを示しているのだとすぐに感じ取ったようだ。確かにニナも短身であり、条件はアルテと同じ。だが、ニナにそんな言い方をすれば、恐らくアヒル座りで泣くだろう。


「……言えない」

「ほら見ろ。お前こそ、わたしとアイツで、露骨に差をつけるじゃないか」

「けど、あんたは誰にも頭を――」

「言ったはずだ。認めた者にしか、と。そして、その者はもう居ない」


 そう言った時、アルテのトーンが少しだけ下がり、下を向いた表情には曇りが見えた。その者とは、以前イスカとの会話で出た師のことだろう。その存在に、アロンは嫉妬と感心を同時に抱くのだった。


 噴水を抜けて更に進むと、城の入り口があった。

 入り口の前には二人の女性が、所謂いわゆるメイド服と称される恰好で立っていた。


「あっ、アロン君とサラさん。またお呼ばれですか?」


 向かって左に立っている若い方のメイドが呼びかける。


「はい」

「あら? その方は?」


 二人の後ろに立つアルテを見て、メイドは不思議な面持ちで尋ねてくる。いつも通達は独断で送るようで、内部の者には連絡が行き届いていないのだ。


「あぁ、この子はアルテって言います。最近知り合った友人で」

「そうですか。お人形さんのように可愛らしいですね」


 にこやかな目を配るメイドに照れたのか、アルテが少し視線を外す。


「それでは中へどうぞ」


 大きな城玄関が開けられる。

 中にはずっと続いているのかと思われる程に長い赤絨毯じゅうたんが敷かれている。右手には二階へ続く階段が見え、いつもそこを上がっていくのだ。

 目的の場所までは先程のメイドが案内してくれる。


「サラさん、今日のお召し物可愛いですね」

「そうですよね? これ、新作なんです」


 今まで娼婦、娼婦と馬鹿にされてきた服装を初めて褒められたサラは、得意げにアルテを見やる。腑に落ちない表情のアルテだが、メイドが居るからか言い返しはしなかった。

 また苦言を呈すだろうと、アロンは教訓を活かし、メイドの次に階段を上り始めた。その後ろにサラ、アルテと続く。


 二階に着くと、また暫く道なりに赤絨毯じゅうたんを進んでいく。

 それから三度目の白扉の前で四人が立ち止まる。


「ここでございます」


 その時、アロンだけは妙な感覚に襲われた。既視感とでも言う感覚。目の前にある白扉をどこかで見たような、と過去の記憶を辿たどっていき、行き着いた先にあったのは教会地下での場面だった。そう、アルテが横たわっていた部屋の入り口が、まさにこのような装飾だったのだ。つまり、それはあの場所の創造主が王族ということなのだろう。アルテを保管したのも同一人物なのかもしれない。ともすれば、三人で来て欲しいと言われたことにも辻褄つじつまが合う。


 メイドがその白扉を開けると、気品あふれる見慣れた部屋がそこにあった。


「いつものように椅子にお掛けになってお待ちください。すぐにお呼びして参ります」

「はい」


 そう言い残し、メイドはこの場を去っていった。

 残された三人が円卓に身を寄せる。

 同時に腰掛けてすぐ、アルテが言う。


「落ち着かん」

「まぁな。庶民とは住む世界が違うからな」

「お前ら、王族だったのか?」

「違う、違う。すぐに分かるよ」


 アロンとサラの顔を交互に見て、アルテは頬杖を突く。


 少しばかり経過した時、入ってきた扉が開いた。


「お待たせ致しました」


 扉を開けたメイドが深々とアロンたちに頭を下げ、横にれる。

 その後に、手紙の主が現れた。


「アロン、サラ、よく来てくれました」


 王族でもなかなか身にまとえない超上流階級用の純白ドレスに身を包んだ美しき少女。そのレース入りのドレスと変わらぬ程に白く澄んだ頬、シニヨンにさせた金髪が華やかさを演出させていた。

 あるじが入室したことを確認して、メイドは扉を閉めて去っていった。


「ああ。ソフィの頼みだからな」


 アロンが椅子から立ち、頭を下げたその相手こそ、この国を統治するリーヴ王のひとり娘――ソフィ=リーヴ王女である。

 リーヴ王はおおやけに姿を現すが、その娘であるソフィの素性はおおやけにはさらされず、知るのは王族やアロンたちのような知人のみだ。


「ありがとう。あら? サラ、その召し物……」

「そう。これ、前に言ってた新作。見たいって言ってたでしょ?」


 アロンも知らなかったが、これがわざわざサラが娼婦モードで来た理由であった。ただ、こんな恰好をソフィがするはずがないだろうが。


「可愛いですね。ただ……その……少し派手ですね」

「えっ!? ソフィまで……けど、十八の女性はこれくらい普通なのよ?」

「一般論みたいに言うなよっ。ソフィがそんな服着るわけないだろ」


 双子のやり取りを微笑ほほえましいと言わんばかりにソフィが見ていた。

 そこからソフィが視線を移す。


「それで、あなたがアルテさん、ですね?」


 立っているソフィが尋ねるも、アルテはずっと頬杖を突いて目をつむるだけだった。


「おいっ、アルテ。挨拶しろよ」

「人に尋ねる前にまず自分から、だ」


 例え理にかなっていようとも、王族に告げられる台詞せりふではない。それでもソフィは顔色ひとつ変えずに従う。


「失礼しました。私は第二十五代リーヴ王のひとり娘――ソフィ=リーヴと申します。以後お見知りおきを」


 スカートの裾を軽く持ち上げて膝を折る仕草で会釈するソフィ。その態度を見てからアルテが言う。


「アルテ=カリスだ」


 ただそれだけだったが、少しだけ場の空気はなごむ。


「それでは、アロンとサラもお掛けください。少しお話ししましょう」


 今度はソフィも加わり、四人で円卓を囲む。わざとなのか、ソフィはアルテの対岸に座り、そのソフィの左右にアロンとサラが腰掛けた。


「それにしても綺麗な御顔立ちですね。惚れ惚れします」

「あぁ、けど、この子、あれよ? 腹黒系よ?」


 サラが実のところを明かすと、アルテはサラを険しく睨む。


「私にはそうは見えません。決して嘘をつかない、そんな純粋さがうかがえます」

「そう? あたしには天邪鬼あまのじゃくに見えるけど」


 再び、アルテがサラを睨む。負けじとサラも舌を出して挑発していた。


「それより、ソフィ、呼んだ理由は何だ?」

「ただお話をしようと思っただけです。新しいお友達にもお会いしたかったので」

「そっか」


 思い過ごしか、とアロンは安堵する。もし、教会地下に幽閉したのが王族だとしたら根掘り葉掘り聞かれると思っていたからだ。この様子だと、ソフィはアルテについて無知なようである。


「ところで、そのお召し物素晴らしいですね。どこでお買いに?」


 尋ねるソフィに対し、アルテはじっとソフィの目を見ているだけである。


「ほら、あんた、答えなさいよ」

「良いのです、サラ。私が失礼なことをお聞きして――」

「そろそろ正直に言え」


 ソフィの言葉を途中で遮ったアルテ。その内容に三人が固まる。

 しかし、目を見開いて驚きをあらわにさせていたソフィが真剣な瞳をアルテに向けた。


「流石ですね。それでは単刀直入に申し上げます。あなたは人類種サピエンスですか?」


 この時、アロンはようやく理解した。この場に呼んだ理由を。一対一では余りにも聞きづらく、しかしながら絶対に確認しておきたい内容。更には、決して嘘をつかないように見える、と布石まで打った上で追い詰めている。昔から才女だとは知っていたが、ここまでとは。

 だが、アロンにとっても好都合であり、アルテの素性を知る好機である。


「その二者択一によって、お前の態度はどう変わる?」


 ソフィ以上の返答を選ぶアルテ。


人類種サピエンスであるのなら、救世主として今後もルークの下で研鑽けんさんを積んで頂きます。もしそれ以外なら……情報漏洩を希望、と言ったところでしょうか」

「ふっ、そうだろうな。人類種サピエンスは家畜だからな。他種族の弱みを知りたいだろうな」


 核心に迫るソフィの答えを失笑でアルテが返す。


「それは、他種族と判断して良いのですね?」

「そうとは言っていない。ただ、そうだとして、どう情報漏洩させる?」

「……拷問にかける、と言ったら?」


 あまりのソフィの覇気に、アロンとサラはおののいていた。


「ふっ、笑えるな。話にならん」

「な、何故ですっ? 何が可笑おかしいのですかっ?」


 今まで平静を装ってきたソフィが初めて表情を崩す。


「トップがこれじゃあ、人類種サピエンスは一生家畜のままだな」

「バカにしないでくださいっ。あなたに何が……っ」


 椅子からソフィが立ちあがり、荒々しく机を叩いた。その仕草は貴族にあるまじき行為であるが、それ程までにソフィは焦っていると分かる。


「よく考えろ。誰も見たことのない、情報も曖昧な相手だぞ? そんな強者を弱者が拷問にかけられると思うのか?」

「それは……」


 言い返せないソフィは悲愴な顔で下を向く。


「質問の答えにはならないだろうが……敵ではない、それで、どうだ?」


 座りながら返答したアルテを、顔を上げてソフィはもう一度よく確認する。

 少しの間の後、ソフィが告げた。


「それは……本当、ですか?」

「ああ」

「でしたら、ここで誓ってください」


 そう言って、ソフィが右手の甲を上にして差し出す。


「なんだ?」

「誓いの言葉と、甲に口づけを」

「な……っ、出来るわけないだろっ」

「でしたら、あなたを人類種サピエンスの敵と判断します」


 真っ直ぐなソフィの瞳に押されたアルテは溜息をつき、渋々椅子から立ちあがる。

 ゆっくりとソフィに近付いていき、立っているソフィのすぐ傍で両膝をついた。


人類種サピエンスの敵ではないと誓う」


 そう一言アルテが発し、そっと右手でソフィの右手を取り、甲に軽く口づけをした。


「ありがとう。アルテ、あなたのこと、信じています」


 聖者のように微笑ほほえむソフィをよそに、不機嫌そうなアルテが黙って立ちあがった。

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