リーヴ王宮

第13話 通達

 次の朝、窓から射し込む朝日を受けてアロンがゆっくりと目を開ける。


「――ッ!」


 声にならないアロンが目のやり場に困っている。何故なら、窓の方を向いていたはずのアルテがアロンの胸に手を置いて身を寄せていたからだ。こんな状況になったのは、恐らくこうだろう。入り口の方を向いていたアロンが先に仰向けになり、その後アルテがゴロンと体勢を反転させた、と。

 普段では決して見せないような穏やかな、まさに天使のような寝顔を目の前に感じたアロンは、そろそろ理性が怪しくなる。背の違いにより、アルテの顔はアロンより少し下にあるものの、この距離なら額に口づけくらいは出来るだろう。

 意を決し、起きる気配のないアルテの顔に、アロンはゆっくりと顔を近付けた。


 だが、人生はそう甘くはない。

 もうすんでの所という時、不運にもアルテの目が開く。


「お、おはよぅ……」


 おののくアロンが震える声で挨拶をする。それでも暫くは覚醒に時間を要したアルテがようやく状況をとらえる。

 次の瞬間、一瞬にして天使から覇王へと面持ちを変化させたアルテに、アロンは力いっぱい蹴り飛ばされた。


「痛……っ!」


 入り口側に飛ばされたアロンが背中から木床きどこに沈んだ。その際、天災かと思えるほどの音と揺れが部屋を支配していた。


「ちょっと! 今の音、なに!?」


 その音に反応したサラが、鍵の付いていない学生寮の一室に、蹴破るかの勢いで入室してくる。


「はは……サラ、おはよぅ……」

「あんた、何してんの?」


 ベッドから距離がありすぎるため、落ちたにしては不自然だと怪訝けげんな顔をしてサラが上からアロンを見下ろしている。


「ソイツに襲われたのだ」


 遠く、ベッドの上からアルテが告げる。その言葉によって、すぐさまサラの顔が変貌していく。


「な、な、何してんのよっ! 変態っ!」

「痛っ! やめろ……っ」


 蹴り飛ばされて負傷しているというのに、追い打ちをかけるようにサラがアロンを何度も踏みつける。


「それにしても、なんだ? その恰好は」


 アルテがサラの装いを眺めて目を細めて言う。


「寝間着よ。何か問題でも?」

「寝間着? 全くお前は……襲われたいのか?」

「はあ!? 何でよ?」


 そう思われるのも無理はない。仰向けに床で寝そべるアロンがそこから眺めるが、清楚とは程遠い。所々フリルがあしらわれたピンクのトップスは大きく肩部分が開き、薄い生地のために胸の形は良く分かる。ピンクの短パンは余りにも短く、少し丈の長いトップスも相まって、下は穿いていないかのような錯覚に陥る。


「それは俺も前から思ってた。お前のそれ、胸強調しすぎだろ」


 ハッとしたサラが急いで両腕を使って胸元を隠す。


「バカっ! これくらい普通よっ。ていうか、何であんたたち私服のまま寝てんのよっ?」

「わたしはこれしかない」

「俺は疲れてたから」


 呆れた返事にサラが溜息をつく。


「無いなら言いなさいよ。貸してあげるから」

「要らん。そんな娼婦用」

「誰が娼婦よっ。あっ、そっかぁ、あたしのだと胸元すぅすぅしちゃうかぁ」


 またしてもわざと地雷を踏みに行くサラ。案外、一番勇敢かもしれない。

 案の定、殺気立ったアルテが近くにあった枕を力を込めて投げつける。


「痛っ! 何すんのよっ」


 見事に顔面に受けたサラを見て、アルテがクスクス笑っていた。

 そんな騒動を聞きつけたイスカとニナが合流する。


「どうしたの?」


 現れたイスカはローブと同じ緑色の寝間着を着用していた。


「お前の寝間着は面白みに欠けるな」

「そ、そんなぁ……」


 その寝間着は誰が見てもローブと見間違うだろう。いや、一緒なのかもしれない。それくらい瓜二つだった。


「な……っ!」


 その後に登場したニナの寝間着を見た瞬間、アルテがベッドから落ちそうになる。

 ニナが着用しているのは上下繋ぎの白の寝間着だ。フードを被り、うさぎの耳のような物が付いている。更には、全ての素材がモフモフだった。手足の先まで覆われた姿は、さもファンタジーの世界から飛び出したマスコット人形かのようである。


「可愛いだろ。俺も最初見た時、驚いたよ」

「ニナは存在が反則なのよねぇ。あたしが着てもこうはならないもん」

「……ありがと」


 モジモジしながらお礼を述べるニナを見て、アルテ以外の三人がほわぁとした温かな笑みを送る。


「あっ、そうだ。あんた、これ貸してもらったら?」

「要らんっ。そんな物、着られるかっ」


 弱みを握ったかのように、サラがそろりとアルテとの間合いを詰める。


「あんた、きっと似合うって。ニナ寄りの見た目だもん」

「要らんっ! 近寄るなっ!」


 危機迫るアルテが掛布団にくるまり、難を逃れようとする。それを必死に引き剥がそうとするサラ。

 だが、結果は目に見えていた。


「はぁはぁ……あんた、どんだけ力強いのよっ。もう良いわ、今度にするから」

「今度!? キサマっ、まだ懲りてないのか?」


 まるで雪だるまのように、掛布団から顔だけ出して応戦するアルテ。


 そんなひと悶着な一室に来客が現れた。


「あれ!? 皆さん、何をされているのですか?」


 全員が入り口に視線を移すと、そこには神聖な白ローブに身を包む見慣れた師の姿があった。


「ルーク先生!? 寮に来られるなんて珍しいですね」


 無礼を改めるため、すぐに床から起き上がってお辞儀をするアロン。それにならってアルテ以外の面々がお辞儀をする。


「ええ、急な言付けだったもので。早朝に王宮から通達がございました。アロン=オリバー、サラ=オリバー、アルテ=カリスのお三方に王宮へ来て頂きたい、と」

「えっ!?」


 アロンとサラが同時に声をあげる。それは王宮から呼ばれたからではなく、三人で、という所にある。二人ならば、たまに呼ばれることがあるからだ。


「差出人はいつもの方でございますよ」

「それは分かってますけど、何でアルテのことを知ってるんですか?」

「それは当然です。本学の入学手続きに王の判が必要ですから。昨日のうちに届けましたので、その時には」

「そうですか」


 ルークの返答を聞いてもアロンの頭の中には少しばかりの疑問点が残っていた。


 それだけを言付けて、ルークは会釈をして去っていった。


「じゃあ、僕は修道院に行くから」

「ああ」


 三人が用事で空けると知ったイスカは、週末の休日には必ず向かう修道院への支度をしに、部屋に戻っていった。


「わたし……お店手伝い」

「ああ」


 ニナも休日の日課である実家手伝いに行く準備をしに、部屋に戻っていった。


 そして、この場に三人だけとなる。


「わたしは行かんぞ。面倒だ」


 二度寝をしようとアルテが掛布団を被り直す。


「なに言ってんだっ。王宮からだぞ? 通達は絶対だ」

傲慢ごうまんだな。強制など民主主義にあるまじきだ。そんな王、み嫌われ、いずれ謀反むほんが起こるぞ」

屁理屈へりくつを言うなっ。起きろっ」

「そうよっ。さっきの寝間着、着させるわよっ」


 サラひとりの時とは違い、二人掛かりで掛布団を引っ張られ、仕方なく観念したアルテがベッドから降りた。


「チッ、仕方ない。愚王ぐおうを見に行ってやるか」

「しーっ! 誰かに聞こえたら死罪だぞ?」

「出来るなら、な」

「やめろっ」


 手刀を作ろうとする仕草をしたため、アロンが必死にアルテをなだめる。見たことのないサラは頭にハテナを乗せたような顔だった。


 それから準備をした三人が部屋の前で合流し、寮を後にした。




 王宮までの道すがら、アロンとサラは必死でアルテに対して、王宮内での作法を教え込むのだった。両手で両耳を塞いでいたようで、理解してくれたとは思えなかったが。

 そんな中、アロンが不安を募らせて天を見上げると、そこにはどんよりとした空模様を見せていた。まるで今のアロンの心を察するかのような天気だった。




 そんなやり取りの中、歩くこと三十分。

 三人は王宮前にたどり着く。

 巨大な白の城壁の周りを堀が囲んでいる。大門に通ずる橋は上がるように細工され、門の前には三人の憲兵がリーチの長い槍を手に立っていた。

 その余りの高級感にアルテが愚痴を零す。


「国の金が全部吸い取られているんじゃないのか?」

「こらっ、アルテ。それと、さっきの作法分かってるな?」

「王のひげを引っ張るのだろ?」

「バカじゃないのっ、あんたっ。恥を知りなさい、恥を」

「お前の恰好の方が恥だろ。何故、娼婦モードで来た?」

「放っといて! 理由があんのっ」


 全然作法を学ぼうとしない異質者と、王宮の正装には似つかわしい娼婦モードの妹。自棄やけを起こしそうになるアロンが右手で頭を抱えていた。

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