第12話 家畜

 校舎から一旦外に出て道なりに南を目指す。大きな校舎の横、一回り程それより小さな学生寮の建物があった。


「ボロボロだな」


 イスカに先導されて着いたその場で、木造三階建築を見上げてアルテが苦情を呈す。


「言うと思ったよ」


 三人より少しだけ付き合いの長いアロンは察していた。


「これも物資がどうとか、なんだろ?」

「そうだっ。寝床があるだけ感謝しろよ」


 そのままイスカを先頭に、寮内へ五人が入っていく。

 建物内には少しばかり生徒が見えた。五人の様子に気付くと隠れるように部屋に戻っていく。


「なんだ? ここは人見知りばかりか?」

「お前が原因だろっ。あんな魔法見せられて怯えないわけないだろ」


 四人に視線を向けられてアルテは理由に気が付いた。


「ふっ、小心ばっかだな」


 アルテの嫌味は四人の胸に刺さった。確かにその通りだ。人類種サピエンスの希望になりたいと志願した者たちが無様な姿をさらしている。こんな状況で他種族に敵うはずがない。


 無言のまま通路を進み、途中にある階段の前で立ち止まる。


「僕らは三階なので、上がりますね」


 最初にイスカが、その後にサラ、ニナと続き、アルテが上がりかけて止める。


「おい、お前、先に上がれ」

「え!? 何でだ?」


 一番最後に上がろうとしていたアロンにアルテが先を譲る。不思議に思いながら、おもむろにアロンが階段上へと視線を移すと、そこにはサラとニナの下着がスカートの中から顔を覗かせていた。


「ち、ちょっとどこ見てんのよっ!」

「み、見てないっ、見てないっ」


 急いでスカートの裾を押さえるサラ。しっかりと赤い布が目に入ったが、咄嗟にアロンは嘘をついた。ニナに至っては天然のために状況が把握できず、隠そうともしていない。スリット部分からは純真無垢な性格を表現するかのような白布が見えている。


「それに、あんたっ、自意識過剰よっ。あんたは膝丈なんだから見えるわけないでしょ!」

「一応な。というより、お前が短すぎるのだ。ただの露出魔だな」

「これはファッションっ! わざと見せてるわけじゃないのっ」


 機嫌を損ねたサラが裾を押さえたまま横にれ、アロンをイスカの後ろへと促す。それを受けて、今度は男ふたりが先に階段を上がる。その後をサラ、ニナ、アルテの順に続いた。


 三階まで上り切り、そこから南の方角へと真っ直ぐに進む。そして、その突き当たりで五人が立ち止まった。


「俺の部屋は一番端なんだ。良いだろ」

「それは良いが……コイツが隣じゃあなぁ」

「なによっ。文句あるわけっ?」


 奇跡的にも顔見知りの四人の部屋は隣に続いていた。最南端がアロン、そこから北へサラ、イスカ、ニナという順に部屋は並ぶ。


「あぁ、トイレは階段脇だからな? 一人で行けるよな?」


 宿屋での一件があったので、アロンはアルテに教えておいた。


「あらぁ、夜のお手洗いは一人で行けない系?」

「チッ、一人で行けるっ。キサマも変な言い方はよせっ」


 サラに茶化されたのが気に食わなかったのか、かなりご立腹な様子のアルテがアロンを指摘する。アロンは、「だって、あの時」と言いそうになったが、生命いのちの危機を感じて心の中に留めておいた。

 そんなやりとりの後、互いに挨拶を軽く交わし、それぞれの部屋に入った。




 アロンが先に入り、床に散らかった衣類を拾って歩く。


「汚いな、ちゃんと整理しろ」


 その様子を部屋の入り口に立ったまま、アルテが呆れて言った。


「仕方ないだろ。男の部屋なんてこんなもんだ」

「チビはちゃんとしていそうだがな」

「う……っ」


 アロンは知っていた。今までに何度も訪ねたイスカの部屋がきちんと整理整頓されていたことを。男なら雑というのは酷い偏見だった。


 入り口から真っ直ぐに歩いてきたアルテがある物を見て眉間にしわを寄せる。


「おい、まさかこれに二人で寝るのか?」


 指摘の通り、部屋のベッドは狭い。宿屋の物がダブルベッドで、一方こちらはシングルベッド。半分強と言った所である。


「知ってる。だから、今日こそ俺は床で寝るつもりだ」

「構わん。ここは一応お前の部屋だ。所有者を木床きどこに寝かせるのは気分が悪い」

「けど、それじゃあ身体からだが……」

「何とかなるだろ」


 先に靴を脱ぎ、ぴょんとベッドにアルテが横になる。まるで宿屋での再現を取るかのように窓の方を向き、アロンに背中を向けていた。ただ、今回は状況が違う。ダブルベッドでは、わざと端ギリギリまで身を寄せて一切触れずに済んだアロンだが、これではそれも不可能だ。同じ方向を向けば、後ろから抱き寄せる形になるし、背中をくっ付け合う他ない。


「なぁ、本当に良いのか?」

「構わんが……臭いな」


 ベッドメイキングが施された無臭の宿屋ベッドとは違い、この週末まで洗濯をしていない男臭ベッドはアルテには酷だったようだ。


「我慢しろよっ」


 本来なら夕食を摂る所ではあるが、色々とありすぎて早く寝たい気持ちはアルテと同様であったアロンは、夕食を抜くことを決意し、ベッドに近付く。


「じ、じゃあ、寝るぞ?」

「ああ」


 掛布団を外して見たアルテの背中は、宿屋の時にも感じていたが、あまりにも小さかった。本当にこの身体からだからあの馬力が、と夢でも見たかのような感覚がアロンを襲う。その背中に自らの背中を突き合わせる形でアロンは横になる。

 背中同士を付けてみて、更に不信感は募る。とても柔らかかったからだ。筋肉など一切感じ得ない。それに、男臭の中に漂う強烈な甘い香り。

 気が狂いそうになる中、突如アロンの胸に痛みが走った。一度だけドンと心臓が跳ねてすぐに治まる妙な感覚。だが、場の空気にまれていたアロンはそれ所ではなかった。


「なぁ」

「はいっ」


 急にアルテから声を掛けられたものだから、思わずアロンは敬語で返事をしてしまう。


「ひとつ聞いて良いか?」


 だが、次の瞬間考えを改める。アルテの声のトーンが真剣そのものだったからだ。


「なんだ?」

「眼鏡の話を聞いて少し妙に思ったのだが、アイツも他種族を見たことがないのか?」

「そうだと思う」

「なぜだ? 人類種サピエンス一の魔術師なのだろ?」


 この質問によって、やはりアルテは人類種サピエンスではないのだとアロンは悟った。


「他種族は強者だから自由に外に出られるだろうけど、最弱の人類種サピエンスはそうはいかない。外に出ればすぐに殺されるだろうしな」

「なぜだ? 憲章だかがあるのだろ?」

「それは表向きだけだ。そりゃあ、公衆の面前では殺せないだろうけど、目に触れないとこなら何でもアリだ」

「そうか」


 憲章に関しても無知であるかのように言っているが、これは演技だと思われる。他種族がどのような生活を営んでいるのか、人類種サピエンスは外に出ないから想像できない。上手く話を合わせた方が得策なのは分かる。


「それにほら、他種族の地域じゃあ資源が豊富らしいから、人類種サピエンス生息領域で採れるもんなんて要らないだろうし。だから、他種族はみんな人類種サピエンス生息領域には寄り付かないんだ。俺らは一方的に恵んでもらってるだけだ」

「それなら受け取りの際にそいつらと対面するだろ?」

「いいや。定期で外門近くにだ」

「落とす?」

「そう。各地の産物をひとつにまとめた巨大な包みが、な。上からってことは竜族ドラグニートからだろ」


 毎回発生する大きな音に興味を抱いた憲兵が張っていたらしいが、その一人が遠い上空に点とした何かが見えたと言っていたのをアロンは思い出していた。


「偉く気前が良いのだな」

「そうなったのは最近なんだ。それまでは一切恵んでくれなかったんだが。理由は分かんないけど」

「じゃあ、人類種サピエンスの中で他種族を見た者は居ないのだな?」

「いや、一人だけ居る」

「誰だ?」


 ここまで話を続けてきたアロンだが、少し口を塞ぐ。まだ種族すらも判別していないアルテ相手に、ここまで明かして良いものなのだろうか。スパイなら全滅必至であるというのに。

 それでもアロンは自らの直感を信じた。アルテが救世主であると信じたかった。


「リーヴ王だ」

「なぜ会える?」

「月に一度行われる『八種族首脳会談オクトーサミット』に出向いてるからな。当然、会ってるだろ」


 定例外交と称してリーヴ王を乗せた車両が町中を出ていくのは有名なこと。このあちらから遣わされる車両にも細工が施されており、それは機械族オートマタが開発した自動運転というもの。運転手は要らないため、本当にリーヴ王だけがおもむく。ただ、ここ数年は王の顔を見ていない。車両の窓には布が掛けられ、一切姿を見せないからだ。そのため、国民からは本当に王が存在しているのかを疑う意見が数多あまた存在していた。


「わたしの言ったこと、的外れでもなさそうだな」

「どういう意味だ?」

「差し詰め、人類種サピエンスは家畜ってことだ」

「なんだとっ!」


 掛布団を跳ねけ、アロンは怒鳴り、アルテの背中を睨みつける。


「だって、そうだろ? 恵んでもらわねば生きられないじゃないか」


 キレたアロンは今日の座学で気付いた本音をぶつける。


「お前……竜族ドラグニートだろ」

「……なぜ、そう思う?」

竜族ドラグニート巨人族タイタンは普段は人類種サピエンスと似た姿をしてるって言ってた。巨人族タイタンは雄だけだから、つまりは――そういうことだ」

「的は得ているが、証拠は?」


 証拠など何もない。ただの思い付きだ。だが、姿というからにはどこかに違いがあるのかもしれない。羽の痕跡などが背中などに。


「背中に……羽の跡が……」

「はぁ……なら、確認してみろ」

「えっ!?」


 予想外のアルテからの返答に、思わずアルテの背中にあるワンピースのファスナーに目が行く。


「どうした?」

「良い……のか?」

「構わん」


 ごくりと生唾を飲み、アロンはゆっくりとそのファスナーに手を伸ばす。

 しかし、アロンは途中で止め、また背中合わせの状態に戻った。


「なぜ、確認しない?」

「俺は疲れた。もう寝る」

「小心だな」

「うっさい!」


 結論には至らず、ただ変な気分になっただけのアロンは悶々もんもんとした気持ちで眠りに就いた。

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