第11話 部屋の争奪戦

 演習時間が終わり、十八歳クラスの本日の予定は完了する。皆が去ってもなお、五人だけが芝の演習場に残っていた。

 アロンの後ろに三人が身を潜め、ただひとりポツンとアルテだけが離れた場所に立っている。


「おいっ、もう終わったのだろっ? 早く寝床に案内しろっ」


 アルテが怪訝けげんな面持ちで腕組みをして右足をトントンとさせる。何度か見るが、恐らく癖の類だろう。


「あ、あたし関わりたくないっ。殺されちゃう」

「僕は……ご教授願いたいけど」

「わたし……アルテ好き」


 口々に違う意見を述べるが、その場から動こうとはしない。好意を示すニナですら、本心では恐怖の方が勝っているのだろう。それでもアロンは地下での一件を公表することはできず、別の策でなだめ始める。


「でも同じ人類種サピエンスだ。アルテが居れば闘技会にも勝てるかもしれない。そうなれば救世主だぞ?」

「けど……ルーク先生ですら驚いてたじゃない」

「ルーク先生は究極魔法って言われてる最上位のレベル5を唯一使える魔術師だ。きっと、さっき以上の魔法だって使えるって」


 どれ程アロンが知恵を絞ろうと、現実に見たその異様な光景はちょっとやそっとで脳裏から消えるわけがない。口ではアロンもそう言っているが、本心では、もしかするとアルテならレベル5すらも軽々と使うかもしれないとは感じていた。もしそうなら、救世主かもしれないが、一度襲われた経験から、悪魔に転ずる可能性が脳裏をよぎる。


「ふっ、究極魔法……」


 究極魔法という単語に反応し、アルテが吹く。そうやって再び四人には恐怖心のみが揺れ動く。


「まさか、お前……使えるのか……?」


 アロンが意を決して核心に迫ると、その真意を汲み取るかのようにアルテはアロンを一瞥いちべつし、語り掛ける。


「使えん。確かに難しいな、と思っただけだ」


 少しだけ穏やかな雰囲気に乗せてそうアルテが言うと、場の空気が緊張から緩和へと変化していく。


「な、なんだぁ。驚かさないでよ。使えないんじゃあ、やっぱルーク先生以下ってことね。なら安心だわ」


 やっぱ、という表現を使ってはいるが、サラとて、もしかしたらという不安はあっただろう。アルテの能力の天井が発覚した所で皆がアルテに寄っていく。


「けど、僕らよりは遥かに凄いです。一体どこで習ったんですか?」

「昔に師から、な」


 人見知りであるイスカは好奇心や探究心は非常に強く、不思議な物事に対する疑念の解消という思いが、アルテに話し掛けるという奇跡を起こす。


「そうですか。会ってみたいですね」

「もう居ない」


 師の存在は過去物語だと知り、気まずい雰囲気になる。


「すみません……」

「気にするな。それよりお前が寝床に連れてってくれ」

「は、はい!」


 魔法の師匠とでも言わんばかりにイスカは指示に従う。今まではアロンに全てを頼んできたアルテが別の者にゆだねている姿を見て、少しだけアロンは寂しい気分になった。


 イスカが皆の先頭に立ち、芝の演習場を出ようとして一言。


「ところで、アルテさんの部屋は何号室なんですか?」

「アロンと同部屋だが」


 思いがけないアルテの一言で三人が身じろぐ。


「はあああぁぁぁあああ! 男女同部屋なんて何考えてんのよっ! 何が清楚よっ」


 頬を真っ赤にしてサラが地団駄じだんだを踏み、抗議の意を示す。


「わたしが決めたことじゃない。さっきのルークとか言う眼鏡が決めたことだ」

「そ、そんな……」


 ルークの指示であれば反論の余地はないが、腑に落ちないサラは食い下がる。


「アロンは? それで良いの?」

「いや、俺も最初は断ろうと思ったさ。けど、ルーク先生から先に、寮の部屋が今満室だって言われたんだ」

「そ、そう……」


 肩を落とすサラを横目で見たアルテが提案してくる。


「なら誰かが部屋を譲れ。そうだ、お前とお前、男同士なのだから一緒に寝ろ」


 アルテがアロンとイスカを指し示し、合理的な案を出す。


「む、む、無理です……」

「なぜだ? さては、お前、女か?」


 女性のような仕草でモジモジするイスカに対し、アルテが言ってみる。その内容に確証などないが、それでも付き合いの長いアロンとサラまでもがイスカの姿を上から下へと見やる。見た目には中性的だからだ。


「ち、違います! 僕は男です」


 ほっ、という声がアロンとサラから聞こえてきた。


「なら、なぜだ?」

「僕、修道院での生活の癖が残ってまして、誰かと一緒だと寝られないんです。落ち着かなくて」

「はぁ、なんて性分だ」


 アルテが落胆するのも無理はなく、イスカが抜けたことで選択肢の幅が相当に狭まってしまう。


「なら、お前とお前、一緒に寝ろ。女同士なら平気だろ」


 アルテは、今度はサラとニナを指差して提案した。


「それ、良い……わたし、サラ好き」

「……」


 目をキラキラと輝かせるニナに対し、少し曇り顔のサラ。普段ならテンションの高いはずなのに、なぜか静かだ。


「おい、それで良いな?」

「ち、ちょっと待ってよ……」

「なんだ? 両想いなのだろ? さっき好意を示していたじゃないか」

「そうだけど……」


 かたくなに譲ろうとしないサラを、ちょこちょことサラに寄ってきたニナが下から不安げに顔を覗いている。


「サラ……わたしのこと……嫌い?」

「そ、そうじゃないのよ。好きよ。大好きよ」

「じゃあ、決まりだな」


 ようやく着地点が決まったことに足取り軽く歩み出すアルテ。そんな中、サラが大きな声で理由を述べる。


「待って! やっぱ無理……ニナ寝てる時手に負えないのよっ」

「は? どういう意味だ?」


 また議論し直しか、と不服そうに振り返り、アルテが聞く。


「今までにも何度か一緒に寝たことあるのよ。ほら、ニナは父子家庭でしょ? 母親が居なかった寂しさで、寝てるとあたしを母親だと勘違いするみたいで」

「それのどこが無理なのだ? 良いことだろ。せいぜい甘えさせてやれ」

「それが……その……」


 顔から蒸気が吹くかの如く赤らめたサラは、なぜかアロンとイスカの方を見る。


「なんだっ、はっきりしろ」

「……朝までずっと胸ばっか揉んでくるのよっ」


 サラの叫びに、思わず皆がサラの胸に釘付けになる。アロンに至っては実の妹だというのに鼻の下を伸ばしたりしていた。


「……ごめん……なさい……知らなかった」

「良いのよ、ニナ。けど、分かって、ね?」


 こくりとニナがうなずき、アルテが溜息をつく。


「なら、どうする? それを聞いた以上、わたしもソイツとは寝られん」

「けど、あんたの胸なら大丈夫なんじゃあ……」


 この場の空気がよどむ。男たちは気付いていた。小さくはないが、サラよりはアルテの方が慎ましやかであることを。


「チッ……もう一度言ってみろ。さっきのヤツ、やるぞ?」


 恐ろしい目つきのアルテが右手のひらを上に向けた。やはり本人もコンプレックスに感じているらしい。


「ご、ごめん! それだけはっ」


 両手を合わせて目をつむり、サラは謝罪を提示する。


「わたし……アロンと同部屋ヘーキ……けど……お父さん怒る」


 ニナがアルテの代わりに男女同部屋を決行しようと考えるも、父親の過保護ぶりを思えば無理だと悟った。それは三人も同意見だった。ニナはずっと箱入り娘のように育ってきたから。


「なら、お前がコイツと寝ろ。兄妹なのだから何の問題もない」


 最終的にはそうなるだろうと予想はしつつも、いざアルテに指を差されると戸惑うアロンとサラ。


「そ、それはどうかなぁ。アロン、変態だし」

「おいっ、そういうこと言うなよ」

「お前、妹に手を出すほどに落ちているのか?」

「ちげぇよ! 人を天下の変質者みたいな言い方すんなっ」


 途中、アルテに茶々を入れられる。ただ、それ以上に危険を感じたのは、サラが左手で両眼を隠すジェスチャーをしたからだ。あれは恐らく下着アイマスク事件のことを表しているのだろう。胸に手を当ててみると、アロンは自らの変態性に愕然がくぜんとするのだった。


「なら、やはり当初の案通り、わたしがコイツと寝る他ないだろ」

「けど……」

「あのなっ、わたしがこんな男を意識するとでも思うのか? コイツだぞ?」

「それはそうだけど……」

「おいっ、二人とも失礼だぞっ」


 アルテとサラが平気でアロンの心を踏みにじってくる。


「もし、アロンが手を出してきたら?」

「殺すだけだ」

「なら、大丈夫かぁ」


 そこで納得して欲しくなかったとアロンは心に傷を負った。なにせ、その理屈だとアロンが襲いたがりの変態ということ前提だからである。


 変な結論に至った所で、五人はもうすでに日も落ちた演習場を後にするのだった。

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