第10話 演習
五人がほとんど同時に昼ご飯を食べ終わる。
「残飯言ってた割には良く食うな」
エビグラタン同様、案外気に入ったアルテは、隣のニナからウィンナーのお裾分けを譲り受け、それも込みで食べ切った。
「まぁまぁだな。それにコイツは良いヤツだ。アイツよりは嫌いじゃない」
ナプキンで口元を拭きながら、『コイツ』でニナを、『アイツ』というタイミングでサラを見てアルテが告げる。
「あたしもそうよっ。それにあたしはニナのこと、嫌いじゃない、じゃなくて大好きだけどね」
「サラ……」
ニナが乙女の表情をサラに向ける。従順なニナは引っ込み思案ではあるものの、その中身を知れば恐らくどんなタイプにも好かれるはずだ。それは例えアルテであろうと例に漏れず。それほど純真な子だった。
「さっきの座学、ニナも後列に来れば良かったのに」
「……」
アロンは座学室で真ん中右側にニナが座っていたことには気付いていた。だから言ってみた。それを聞いてすぐ、ニナはちらりとアルテに視線を落とす。
「こんな毒舌家が居れば当然よねぇ」
「お前のような
「何ですって!」
またいつもの言い争いが勃発する。だが、確かに的は得ているだろう。引っ込み思案であれば、新入生には気を遣うはずだし、アルテの雰囲気に押されるのも当然だろう。
「けど……アルテ……良いひと……わたし好き」
二人に割って入る形でニナが純真無垢を発揮する。好きというストレートな言い回しに流石のアルテも頬を少し染めて下を向いた。
「それより、何でアロンとあんたが二人で酒場に行ってんのよっ」
「あぁ、それはな――」
「言っただろ。我々の秘密だ、と」
「くっ……」
アロンの言葉を途中で遮り、意地悪に事を運ぶアルテ。わなわなと震える手を必死に抑えながらサラは我慢していた。
「そんなことより、これでようやく寝られるな」
椅子から立ちあがり、何も持たずに食堂へアルテが戻り始める。
「おい、なに言ってんだよ。午後は演習だ。今見えてる芝に集合だぞ」
「な……っ。聞いてないぞっ。まだやるのか?」
ようやく安眠が、と思っていたアルテが裏切られた気持ちを
「あんた、お盆片付けなさいよ?」
「なんだと!? 客に片付けまでさせるのか?」
嫌々お盆を手に取り、重い足取りでアルテが食堂内に入ってくる。返却口に順々にお盆を置いていく。最後にお盆を置いたアルテと厨房内のコックの目が合った。この場を気まずい空気が支配する。
「……まぁまぁだったぞ」
その圧に押されたのか、アルテがコックに褒め言葉を与えると、今度は逆の意味で目に涙を浮かべ、コックが喜びを表していた。
食堂を出た所でアロンがアルテに言ってみる。
「優しいとこあるじゃないか」
「うるさい」
その後、五人で廊下を進み、中央付近まで戻ってから演習場の芝スペースに足を向けた。
もうすでに演習場には数人の生徒が来ており、ルークは不在という状況だった。
「ルーク先生はまだみたいだな」
「またあの眼鏡のおっさんなのか? 他に居ないのか?」
「お前っ、何ちゅう言い方すんだよっ。俺らは最終学年だから担当者はルーク先生なのっ。ルーク先生の講義を受けたくて十八まで頑張るんだよ」
「あんな細目で大丈夫なのか?」
失礼極まりないアルテの発言に腹は立つが、確かにルークの素性を未だ伝えていなかったと気付いたアロンは説明を
「言うの忘れてたけど、ルーク先生は現リーヴ王国一の魔術師なんだ。俺らからすれば神みたいな存在だ」
「神、ねぇ……」
その注釈によって一応は納得してくれたらしい。素直に生徒が集まっている所まで付いてきてくれた。
アロンたちが生徒の群れに合流してすぐ、校舎側からルークが歩んでくる。
「神らしき眼鏡が来たぞ」
「おいっ」
理解してくれたのかどうか、その一言で分からなくなってしまう。
「えー、それでは演習を始めます。新入生がおられるものの、座学とは違い、復習とはいきませんので、アルテさん、今回は見学して頂けますか?」
無言で軽く
「それでは今日はとうとうレベル4です。その前にまずレベル3を実演して頂きましょう。イスカ君、こちらへ」
ルークの指示に従い、オドオドしながらイスカが生徒たちの前へ歩いていく。
「なぜチビが行くんだ?」
「その呼び方失礼よっ。イスカはね、このクラスの主席なのよ。剣術は苦手なんだけど、魔術は圧倒的よ」
「あれが、か?」
サラがフォローするも理解できないのは無理もなく、気弱なイスカは皆の前でたじろぐばかりである。そこには主席の威厳はまるでなかった。
「それではお願いします」
「は、はい……」
ルークから頼まれてイスカは右手首に左手を添えて、右手を前に突き出して詠唱する。
「炎魔法:レベル3――
すぐさまイスカの右手に赤き成分が集約し始める。人の頭ほどに成長したそれを勢いよく放った。
随分離れたところに置かれた白的に向かって真っ直ぐに玉が飛んでいく。
そして的に触れた瞬間、凄まじい音と共に
その成果を讃え、ルークも含め、アルテ以外の全員が拍手を送る。
「なるほど」
「どう? 凄いでしょ。あんたには無理に決まってるわ」
サラはそう言うが、アロンだけは分かった。アルテがなるほどと言ったのは驚いたからじゃない。恐らくはその程度で称賛されるのかということだろう。教会地下のことを知るアロンからすれば、あの程度アルテが造作もないのは想像し得るからだ。
「お見事。イスカ君、良かったですよ」
「あ、ありがとうございます!」
深々と頭を下げたイスカはそそくさとその場を後にし、生徒の群れに戻る。
「それでは、今度は私がレベル4を実演致します。皆さん、よく見ておいてください」
ルークが違う的に標準を合わせる形で移動し、定位置を決める。その様子をアロンの隣にいるアルテは興味深く観察していた。この国一の
イスカとは違い、一切の迷いなく素早い動きで構えて詠唱を開始する。
「炎魔法:レベル4――
ルークの右手に、イスカの時よりも小さき赤水晶が作られる。それが宙を浮かんだかと思えば、突如瞬間移動かと思える速さで的に向かう。真っ直ぐというよりは追尾しているように向かったそれは的のすぐ近くの地面に沈み、恐ろしい破裂音を浴びせて太く突きあがる火柱が視界に現れた。
音と柱が消えた後、ぽっかりと空いた跡を見て生徒たちから声が漏れる。
「すげぇな……流石ルーク先生」
流石に動じるだろうと隣のアルテを見やるも、その表情に変化はなかった。そのことがアロンにとって恐怖でしかなかった。アルテの能力値が青天井なのかもしれない、と。
「どうでしたか? それでは皆さん、練習してみましょう」
ルークの指示に生徒たちが散らばる。遠くの方、アルテだけが突っ立っていた。
それから数時間、練習が続けられるも誰も成し得ない。イスカですら完全にお手上げ状態だった。
「はい、皆さん。戻ってきてください」
パンパンと二度手を叩き、ルークが皆を呼び寄せる。聞き分けの良い生徒たちは走って合流する。
「まだ難しかったようですね。ですが、修了までにはまだまだ時間があります。気長に訓練しましょう」
落胆する生徒を慰めるルーク。その生徒の最後列にいるアルテに気付き、声を掛けてきた。
「アルテさん、どうでしたか?」
「何とも」
全員の視線を受けながらもいつも通りにアルテが告げた。
「そうですか……そう言えば入学試験など実施しませんでしたが、魔法などはご存じなのですか?」
「それなりに」
普通入学であれば学科と実技が行われるが、アルテは異例のため行う間がなかった。
「でしたら何かご披露願えますか? 何でも構いませんので」
「……」
テストの代わりとしてなのか、単にアルテ自身に興味があるのか、ルークは促してきた。
それを受けて、渋々だがアルテが皆の前――つまりルークの横まで歩いていく。その様子にアロンも好奇心が募った。アルテの種族の謎を解くには一つでも多くの情報が必要だからだ。
「あの子のことだから赤いビー玉みたいなの、かもね」
何も知らないサラがアルテを小馬鹿にしているが、果たしてそのままの心理で居られるかどうか。
「それではお願いします」
「はぁ……」
ルークに対して嫌そうな目つきを向けて溜め息をついたアルテは、辺りを見渡し、ルークが消滅させた的の横を見据える。等間隔に並ぶまだ破壊されていない的の一つにターゲットを絞り、右手を開けて、手のひらを上に向ける。他人に飴玉でもあげるかのような何の変哲もないポーズだ。
だが、次の瞬間、余りのことにこの場の全員が息を
詠唱を口にするでもないのに、その手のひらの上に紅きビー玉が現れる。ルークの玉と似ているが色が少し違った。それを払いのけるような仕草をアルテが取って
その柱が消えると、ルークが作った穴の三倍はある穴が出来あがっていた。
その時ばかりは仏のルークの細目は消え、嘘か
何事もなかったかのように生徒の群れに戻ろうとするアルテにルークが尋ねる。
「アルテさん……今のは……一体どこで?」
「さっき見たレベル4だか何かだが、違ったか?」
「そ、そう……ですか」
ルークは悩み、下を向く。この場が騒然としているのは当然のこと。誰だって今の魔法がルークの放ったレベル4のそれとは別物だと分かる。歩んでくるアルテを、ある種の化け物でも見るかのように皆が視線を送っていた。その中にはサラ、イスカ、ニナも居た。
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