第9話 昼休憩

 座学が終了し、生徒たちが部屋を後にしていく。


「あぁ、誰かのせいで余計疲れたな」

「あんたねっ」


 まだアルテとサラの揉め事は終わってはいなかった。座っているアルテに、立ちあがってサラが怒りを表現する。


「もうやめろって。ほら、飯の時間だ」

「飯? それは良い知らせだな。丁度腹が減った所だ」


 アロンの一声に、アルテは窓からアロンへと視線を変更させる。


「あたし、この子と一緒イヤなんだけど」

「同意見だな」


 そう言ってアルテが立ちあがり、犬猿の二人が両者ともに腕組みをする。その間でアロンがあたふたしていた。


「仲良くしろって。これから長い付き合いになるんだから」

「付き合うとは言っていないが?」

「あたしも」


 どう説得しても揺るがない。しかし、その様子を見ていたイスカが静かに言い出した。


「ぼ、僕……みんなで食べたい……です」


 人見知りであるイスカの発言はアロン以上の説得力があった。場を鎮めようと必死に自らを奮い立たせているのは三人ともすぐに分かった。


「ほらっ、イスカがこう言ってるんだから」


 アロンが片手を使い、イスカを強調させる仕草を見せる。


「まぁ、イスカがそこまで言うなら」


 先にサラが降りた。幼馴染の奮起に押されたようだ。


「はぁ……どこにあるんだ? 飯は」


 それを見てアルテも渋々溜息をついて降参する。二人の様子に安堵したアロンとイスカは互いに顔を見合わせて微笑ほほえんだ。


「こっちだ。案内する」


 部屋を後にした四人はアロンが先頭になり、その後ろにサラ、イスカ。その少し離れた後ろからアルテが歩いていった。




 食堂の棟は先程受けた座学室の真逆に位置している。南から北へ、廊下を真っ直ぐに進んでいくとそれはあった。

 建物内にはすでに多くの学生で賑わっている。学年違いも集うため、アルテよりも短身な者も当然存在していた。それでも背は平均よりは随分低い方だとは思われる。そんな恵まれない体躯から繰り出される教会地下での激闘。アロンからすれば化け物だと感じても不自然ではない。


「お盆を持ってここに並ぶんだ」

「なんだ、運んではくれんのか?」


 アロンから白トレーを手渡され、不貞腐ふてくされた表情のアルテ。酒場のようなスタイルが当たり前だと勘違いしたのだろう。あちらは給仕制だが、こちらのようなセルフ制の方が多い。


「あら、届かないんだったら取ってあげましょうか?」


 先に並ぶサラが皮肉交じりに野次る。


「チッ、要らん。取れる」


 サラの予想通り、ギリギリではあったが、背伸びをすることでどうにかアルテは食事を手にする。意外にも高い場所にあったため、アルテは珍しく焦り顔だった。そんな苦労をして手に入れた昼飯を眺めてアルテが一言。


「なんだ? この残飯は。我々は家畜か?」


 辺りが騒然とし、一瞬にして静寂が訪れる。三人も唖然としてアルテを見ていた。最も愕然がくぜんとしていたのは調理場のコック。物資不足という理由があれ、自らが丹精込めてこしらえたそれをけなされ、ショックを隠せないでいる。気が弱いのか、うっすらと目に涙を浮かべていた。


「おいっ、アルテ。謝れっ」

「そうよっ」


 アロンとサラにさとされ、周りに目を配り、状況を把握したアルテは少し戸惑いつつも、無言で歩いていった。


「口悪いわね」

「あのまま育つとマズいな」

「あたしたちで教育しないと」

「だな」


 普段は喧嘩が絶えない双子の兄妹が嫌に仲良く一致団結を見せる。三人は急いでアルテを追いかけた。

 辺りをキョロキョロと見やるアルテに、三人はすぐに追いついた。


「席がないんだろ?」

「まぁ、そうだな」

「こっちだ」


 少し困り顔のアルテをアロンが導く。この時間帯の食堂は混む。生徒の人数から考えて当然の結果だ。寮が満室になるくらいなのだから。ただ、逃げ道もあり、アロンたちはいつも決まってその場所を利用していた。


「外か……」


 アロンが導いたのは食堂の室内飲食スペースを出た先にあるテラス席。初めて見る光景に声を出すアルテだったが、嫌そうでもない。なにせ、テーブルと椅子は室内のものより立派で、演習場の芝が一望できる絶景ポイントだからだ。こんな好条件であるにもかかわらず、穴場なのかほぼ毎回空いていた。


「よし、座ろう」


 円形のテーブルに、アロンの掛け声に合わせて四人が席につく。アロンを中心とし、時計回りにアルテ、相当離れてサラ、そしてイスカだ。

 アルテ以外の皆が手を合わせ、挨拶をし、これから昼飯を食べようという時、近くから声を掛けられた。


「アロン……ここ、良い?」


 四人が同時に食堂と繋がる扉に目を向ける。そこには少し年下のような見た目の愛らしい女生徒がお盆を持って立っていた。


「ニナ。良いぞ。そこ座れよ」

「ありがと」


 ゆっくりと歩き、アルテとサラの間に出来た大きな溝に向かっていく。紺眼に瑠璃色ショートヘアの女生徒の名は、ニナ=リスティカ。幼く見えるが、アロンたちと同じ十八歳である。端正な顔立ちにもかかわらず、自信が持てない引っ込み思案な性格であるため、前髪を下ろして右目を隠している。


「なんだ? コイツは」

「あぁ、この子はニナ=リスティカだ。俺らと同じ十八歳クラスだ」


 いつも通り無愛想に言ってくるアルテに向けて、ニナに代わりアロンが自己紹介をする。そうしないと無口気味な本人からはなかなか言い出し辛いだろうからだ。


「よろしく」

「おい、お前っ。嘘をついたな」


 挨拶をするニナを無視して、アルテはサラを指差す。


「なによ?」

「居るじゃないか。わたしより短身が」


 今度はニナを指差してアルテが告げる。


「あたしもそれは思ったけど、微妙なのよねぇ。一回並んでみてよ」


 サラの提案に満を持してアルテが立ちあがる。ニナとは反対の方向を向き、互いに背中を突き合わせた。


「どうだ?」


 得意げにアルテが言っている。その様子を三人が慎重に確認する。しばらくの審査の後、サラが一言。


「ニナの方がちょっとだけ高いわよ?」

「な……っ。ちゃんと見ろ」


 今度はアロンとイスカに目配りをさせてアルテが聞いている。


「確かにニナの方がちょっとだけ……」

「僕も……そう……思います」

「チッ」


 全会一致となり、あまりの出来事に無言でアルテは席に戻った。


「残念だったわねぇ」

「ふっ、背など関係ない」

「あんた、気にしてたじゃないの」

「……」


 少し俯くアルテに対し、同情心からかサラはそれ以上はその話題に触れなかった。

 まだ立ったままのニナを見て、アルテが話題を変える。


「にしても、ふしだらな者ばかりだな」

「はあ!? どういう意味よっ」


 不意の発言に、サラが身を乗り出して驚く。


「お前もコイツも露出が多すぎる」


 キョトンとしているニナ。彼女が身にまとっているのは、青のノースリーブに青のミニスカート。小豆あずき色の腰布を膝くらいの丈になるように巻いているが、スリットのように開いた部分から濃紺ネイビーのオーバーニーソックスが顔を覗かせていた。

 肩を露出させているサラと同様、どちらかと言えば派手で高露出な方である。


「これくらい普通でしょ? 十八なんだから」

「俺もそこはアルテに同感だ。サラ、もうちょっと清楚な服はないのか?」

「なによっ、アロンまで。派手な恰好の女にばっか視線向けてるくせにっ。あたしと並んで外歩いてた時にちらちら他の子見てたの知ってんだからっ」

「う……っ」


 紳士ぶったつもりが墓穴を掘ったようだ。まるで、自らが上に向けて吐いた唾を被るかのような、アロンはそんな心境だった。


「変態だな」

「う……っ」


 アルテにまで追い打ちをかけられる。気を落とすアロンを見て、イスカが苦笑いを浮かべていた。


「これ……お父さんが選んでくれた。ヘン?」

「あぁ、変だな。わたしを見ろ。清楚とはこのような恰好を言うんだ。そんな服装を選ぶ親の顔が見てみたいな」


 内気なニナが勇気を振り絞って尋ねるもけなされ、しょぼんと下を向いている。


「お前、昨日見ただろーが」

「は?」


 アロンの言葉の意味を理解できないアルテ。


「ニナの父親は酒場のマスター。マスターのひとり娘なの」

「な……っ」

「今けなしたその親が作ったエビグラタンを喜んで食ってたの」

「喜んでなど……」


 アロンが発したエビグラタンという単語にニナが表情を変えてアルテに近付く。


「食べて……くれたの?」


 小動物のようなニナが瞳をうるうるさせてアルテに尋ねた。


「……あ、あれは、まぁまぁだったな」


 恥ずかしいのか、頬を人差し指でなぞりながらアルテが告げると、ほわぁと音がするかのようにニナの口元が緩み、笑みが零れる。


「うれしい……ありがと」


 父親が褒められたことを喜び、お礼を提示するニナ。


「あぁ」


 あまりのことに、珍しくアルテが素直に返事を送った。それを聞いたニナは微笑ほほえみながらアルテの隣に腰掛ける。

 ようやく意気投合したところで五人は昼飯を食べ始めるのだった。

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