第8話 座学

 新入生の自己紹介を終えたばかりの座学室に、ルークの声が響く。


「えー、それでは本日の座学ですが、新入生もおられることですから、このタイミングで少しおさらいを致しましょう」


 気前よくアルテに合わせる形で総まとめを図る事となった。


「おい、お前のためにやってくれるんだから、ちゃんと聞けよ?」

「興味が沸けば、な」

「おいっ」


 アロンの指摘むなしく、アルテは未だ頬杖を突き、窓の方を見やるだけである。恐らくは聞き逃すつもりだろう。


「それでは、どこから参りましょうか……そうですねぇ、まずはこの地――ラグナ大陸から復習致しましょう」


 随分と最初の方からだなと皆の表情から分かるも、ルークに意見するものは居ない。


「ラグナ大陸の歴史は古く、数万年前から存在していたとされています。その頃には生物はおらず、自然のみだったようです。私も文献頼りなもので正確には知り得ませんが」


 教壇の近くに立ち、しっかりとした口調でルークが講義を行う。


「ふっ、文献頼り」

「笑うなっ」


 一応聞いていたらしく、隣のアルテが静かに呟く。それをいつものようにアロンがツッコミを入れる。


「そして今から二千年前、現在存在している八種族オクトーレイスが誕生したとされています。初めは手を取り合い、仲の良かった八種族オクトーレイスですが、次第に嫉妬心や競争心に駆られ、争うようになったそうです。そんな時発生したのが八種族聖戦ラグナロクです。ちょうど千年前のこと、それによって八種族オクトーレイスは絶滅の危機に瀕しました」


 隣を見ると、なぜだかアルテが目を見開いて口を開けている。さも驚きをあらわにさせるかのように。


「どうした?」

「え!? いや、何でもない……」


 アロンの問いで我に返ったのか、アルテは慌てた様子で頬杖スタイルに戻る。


「ですが、奇跡的に八種族オクトーレイスは皆絶滅を逃れ、それから必死で復興を遂げたのです。絶滅を回避した手法などはどの文献にも記載はありません。一切が不明です。しかしながら、その先人たちの努力によって我々は生を受けることが出来たのです」


 両手を広げてルークは天を見上げる。神に感謝するかのようなポーズだ。


「その結果、ソイツのようなうるさい女も誕生したようだが」

「聞こえてるわよっ」


 窓を見ながらアルテが言い、それに呼応してサラがキレる。


「更に先人は、先の八種族聖戦ラグナロクの過ちを悔い、『八種族平和憲章ラグナ・カルタ』を結びました。これは、剣や魔法などでの一切の殺傷を禁ずるという条約です。ある種の不可侵条約としても機能を果たします」


 またしてもルークの説明にアルテが難癖をつける。


「じゃあ、なぜ剣術魔術を学ぶのだ? バカなのか?」

「聞けよ。それをこれから説明されるから」


 確かに疑問を持つのも無理はない。使用できないものを学ぶことになるのだから。それでも一応、アロンの指摘を信じ、アルテは黙る。


「しかし、ここ最近ラグナ大陸には負の流れが始まりました。それが数百年前に定められた種族序列制度です。先人たちの知恵を無にするかのように、八種族オクトーレイスにランクを定め、下のものを従わせるようになってしまいました。つまりはまた過去の過ちに逆戻りというわけです」


 ルークが剣魔指南学校を設立させたのは二十年前――ルークが二十歳のときだったが、上位種族に少しでも一矢報いるため、人類種サピエンスの未来のため、という切実な理念があった。


「な? 分かっただろ」

「聞きたくない内容だったがな」


 アロンが告げると、アルテも一応は納得したらしい。


「ランク付けの方法ですが、それは不定期開催の『八種族闘技会オクトーコロシアム』によって定めるとされています。あぁ、闘技会と言っても殺し合いなどではなく、仮想バトルと言われるゲームのようです。私も目にしたことはありませんが。なにせ、ここ数十年一切開催されていませんから。理由としましては、種族間の格差が大きすぎて結果が目に見えており、最初から竜族ドラグニート以外の全種族が棄権をするからです」


 黒板を使いながら文字を刻み、ルークが説明していく。


「ヘタレ大陸だな」

「そういうこと言うなよ。次聞きゃ分かるって」


 いちいち茶々を入れるアルテ。まるで子どものようだ。


「それでは次に、その格差について説明致しましょう。そのためには当然八種族オクトーレイスの説明をしなければなりませんね」


 先程書いていた場所を黒板消しで消去し、空いているスペースに絵を描き始めるルーク。


「なんだ、あれは……!? 羽の生えた埴輪か?」

「しーっ! そこはみんな分かってる。黙っててくれ」


 ルークは懸命に竜族ドラグニートの絵を描いている。だがしかし、余りにも下手である。それは座学の度に発生するため、生徒みな理解していることだ。誰だって欠点はあるということなのだろう。


「これは竜族ドラグニートです。なかなか強そうでしょう?」


 当人は気付いてはおらず、意気揚々と指差している。


「ふっ……埴輪……っ」

「しーっ!」


 アルテが口に手を当てて必死に我慢している。こんな絵ではツボに入って当然である。隣を見れば、サラとイスカも同様のポーズであるし、周りの生徒もそうだ。


「それでは説明致しましょう。まず初めに、序列首位――竜族ドラグニート。この種族は変化能力を有しており、普段は人類種サピエンスと似た姿をしています。力を解放した際にのみ竜化するのです。竜化した際に得る飛翔力、それに加えて堅牢な鱗やブレス攻撃なども得意とするため圧倒できるのです。なにせ、飛翔可能なのは竜族ドラグニートのみですので」


 説明を終え、その隣に別の絵を描いていく。ツチノコのような絵だ。


「次に序列二位――人魚族セイレーン。この種族は別名雌族ギュネーと言われ、雄性別が存在しません。全てが雌性別となります。得意とするのは誘惑です。操り魔法以上の効果を有するそれは、一度かかればどのようなことも操作されるそうです。しかしなぜか、その誘惑、竜族ドラグニートにだけ効かなかったそうです。それゆえの二位です」


 また新たな絵を描いていく。大きな埴輪だ。


「全員女かぁ……痛っ!」


 ルークの説明後、アロンが不埒なことを考えていると右太ももがつねられる。手の主はサラだった。頬を膨らませている。


「愚かだな」


 反対を見ると、アルテが軽蔑の眼差しをアロンに送っていた。その二人の真ん中で下を向いてアロンは反省する。


「次は序列三位――巨人族タイタンです。この種族も竜族ドラグニートと同様変化術を有し、普段は人類種サピエンスと似た恰好を取っています。力を発揮する時のみ巨人化するのです。この種族は人魚族セイレーンとは反対に、別名雄族アメールと言われ、雄性別しか存在しません。怪力を得意としていますが、何故か卓越した頭脳を持っています。書物好きで、普段は外界とは触れ合わず読書ばかりしているらしいですね」


 一旦今までの絵を全て消去し、また新たに描いていく。今度は顔から棒が二本飛び出した何かだ。


「次に序列四位――妖精族エルフです。両耳が横に長く伸びた特徴的な外見ですが、その耳に能力があります。透視能力と言われ、その耳を使えば相手の心を読み取れるらしいです。上位三種族には力及ばなかったものの、他には心を読み、勝てたみたいですね」


 次の絵を描いていく。型抜きに失敗した人形のような、角々しい絵。


「次は序列五位――機械族オートマタ。全て鉄製で作られたメタルボディに人工知能と言われる特殊なチップが入れられているそうです。そのため性別は存在しません。魔法とは別の異質な攻撃ゆえに他種族は苦戦したようですね。ちなみに、闘技会で使用される仮想バトルの素材を生成したのは機械族オートマタと言われていますね。器用なようです」


 また絵を続けていく。耳と尻尾だろうそれにより、今回は判別し易かった。


「次に序列六位――獣族ウルフです。この種族は獣耳と尻尾が特徴的です。能力としては異常なまでの瞬発力です。その速さは八種族オクトーレイス一とされています。その上、ブーストという能力を有する特殊な個体もいるらしいですが、これについてはあまり触れる必要はないでしょう。なぜなら、うの昔にその個体は絶滅し、現在使える者は居ないらしいので」


 異常なまでの瞬発力という単語を聞いたアロンはアルテを一瞥いちべつする。


「なんだ?」

「いや、別に……」


 ルークの講義を復習という形で再び聞いてもアルテの種族が判明しない。謎は深まるばかりである。


 ルークが絵を描いていく。点のように小さな絵で何が描かれているのか分からない。


「次は序列七位――小人族ドワーフ。この種族は幼き子どものように小さな身体からだが特徴ですね。そのため自らは戦うことはせず、地中に住む虫や地上の木々など自然を味方に付けて戦わせるようです。大の迷路好きで、自らの町を大迷宮にしたという話です」


 そこでルークは絵を描くことをやめる。


「大迷宮、アルテだったら終わりだな」

「チッ、うるさい」


 方向音痴である自覚がアルテに羞恥心を抱かせる。


「そして、最後に序列最下位――人類種サピエンスです。我々には特別な能力はなく、あるのは剣術と魔術のみ。それらは他種族も使用可能なため、全ての配下に成り下がったというわけです。成り下がるというより最初から最下位なのでしょうけどね。ですが、私は信じています。他種族にはない強みが人類種サピエンスにもきっとある、と。その希望を確かなものにするため、皆さん、精進しましょう」


 ルークが真っ直ぐに信念を提示すると、大きな歓声が上がった。


「俺も信じてる。人類種サピエンスだって負けてばっかじゃない」

「良いな、頭お花畑で」

「なんだとっ」


 アルテの一言を受けて、アロンとサラとイスカが険しい表情を送る。


「聞いてなかったのか? 歴然とした能力の差だ。努力で埋まると思うか?」

「そうよねっ、努力したって背は埋まらないもんねっ」

「な……っ。キサマっ」


 アルテの正当性に言い返せずにいるアロンとイスカをよそに、サラが全然違う話題でアルテをキレさせる。興奮した二人は同時に椅子から立ちあがる。


「あの、お二人とも座学中です。お座り願えますか?」


 二人をなだめるようにルークが言うと、渋々二人はそっぽを向いて腰掛けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る