クレスト剣魔指南学校

第6話 入学者

 窓から射し込む朝の光を浴び、アロンがゆっくりと目を開ける。すぐ隣を見たが、そこにはアルテの姿はなかった。ついでに言えば、二人で共有していたはずの掛布団も見当たらない。


「アイツ、やっぱ居なくなったか。そんな気はしてた……」


 アルテが言った通り、一夜を共にしても殺されはしなかった。だが、素性も知れないアロンと今後も行動を共にするとは思えず、寝静まったタイミングで姿を消すのだろうことは誰にだって想像に難くない。


「おい……」


 しかし、なぜだか遠くから――いや、そう遠くはないところからアルテの声が聞こえてくる。まさか身体からだを乗っ取られたのかとアロンは自身の顔や胴に触れてみる。


「おいっ」


 もう一度鳴ったその声は先程よりも大きく、存在する場所を提示するには十分だった。そこはベッドの左側だ。アルテが寝ていた凹みの場所を乗り越えてベッド下を覗いてみる。


「何やってんだ? お前……」

「手を貸せ」


 そこには掛布団を身体からだに巻き付け、仰向けで蓑虫みのむしのようになったアルテが左手を差し出していた。


「寝相悪すぎだろ」

「知らんっ。お前が蹴飛ばしたんじゃないのか?」

「いいや、俺は寝相良い方だから」

「くっ……良いからっ、さっさと手を貸せっ」


 差し出された左手にアロンが手を伸ばす。もう少しで手が触れ合うという瞬間に故意にアロンは腕を引く。


「へへ、残念」

「な……っ、キサマっ」


 アルテが手刀を作るのは二度とも右手。そちらは布団の中に包まり、安全だと思い込んだアロンが冗談のつもりでやってのける。だが、すぐに後悔する。なぜならアルテの左手に白の集合体が作られ始めたからだ。


「嘘だろっ!? 悪かった、はいっ」


 すぐにアルテの手を取り、引っ張り上げる。

 その後すぐに手を離し、身体からだをよじよじさせて掛布団を払い、アルテは身軽になって伸びをする。伸びの後、鋭い目つきをアロンに送る。


「まさか左手にも作れるとはな」

「当たり前だ。舐めるな」

「寝相は悪いけどな」

「うるさいっ」


 床に落ちた掛布団を拾いもせずに部屋の入り口にアルテが歩を進める。それを見つつ、アロンが掛布団を拾い上げ、丁寧にベッドメイキングをした。


「ところで、お前、当てはあるのか?」

「ここがあるだろ」

「いやいや、ここは一泊だけだ。毎晩金払ってたらすぐ破産するぞ」

「……」


 てっきりこの部屋に住めると勘違いしていたのだろう、アルテは少し俯いた。


「ひとつ提案なんだが、俺らが住んでる寮に来ないか?」

「寝られるのなら」

「それは大丈夫だ。ただ、条件がある」


 条件という言葉に反応し、入り口の方を向いていたアルテがくるりと反転してアロンを見やる。


「なんだ?」

「俺らが通うクレスト剣魔指南学校に入学してくれ。そこの生徒専用の寮なんだ」

「ふぅ……また面倒な条件だな」


 小さくため息をつき、アルテは伏し目気味になる。


「お前なら大丈夫だ。強いし」

「そういう問題じゃないんだがな」


 何を躊躇ためらっているのかは知らないが、アロンが説得する。


「けど、それしか案がないぞ?」

「……はぁ、分かった」


 しばらく思案した後、ふたたび溜息をついてアルテは承諾してくれた。

 善は急げとばかりにアロンはアルテを促して部屋を後にする。


 受付で鍵の返却と支払いを済ませて外に出ると、あまりの陽射ひざしに二人とも手でひさしを作る同じ格好を見せた。


忌々いまいましい光だな」

「こらっ、お天道様の罰が当たるぞ」

「ふっ、お天道様」


 アロンの比喩にアルテが吹く。感情を表に出さないタイプのため、ほんの少しだけという程度ではあるが。




 宿から歩くこと三十分弱、目的の場所が見えてきた。現時刻は朝八時であり、この時間帯なら入学手続きも可能だろう。ここに来るまで勤め人の群れを目にしたが、やはりアルテは塞ぎ気味という面持ちだった。


「見た目だけは立派だな」

「お前っ、俺らの母校に何てこと言うっ。ここリーヴ王国一由緒ある学校だぞ」


 正門の前でそんなやり取りをしていると、学校内から声を掛けられる。


「アロンっ、あんた何して……た!?」


 やってきたのはサラだった。走っている時にはアロンの姿しかとらえられず、門の近くまで来てようやくアルテの存在に気付いたらしい。


「よぉ、サラ」

「あんた……っ、やっぱオンナじゃないっ」


 アルテを知ってすぐ、みるみるサラの表情が険しくなる。


「ち、違うっ。聞いてくれ、コイツは――」

「なんだ? このうるさいヤツは」


 弁解を図ろうとしているアロンにアルテが追い打ちをかける。


「何よ! あんた! 初対面で失礼よ!」


 怒るターゲットをアロンからアルテにシフトさせ、サラが怒鳴る。


「やめろ、頭に響く」


 目を細めて、アルテが両手を両耳に被せて抗議する。あまりの修羅場にたまらずアロンが割って入った。


「あ、あぁ、この子はアルテ=カリスって言うんだ。ここに入学しに来たんだよ」

「ふ、ふーん。こんな小さな子が、ねぇ」


 アルテより頭一つ分ほど大きなサラがわざと背伸びをして上から覗き込むように告げる。大きな胸を持ち上げるように胸の下で腕組みをさせる。その様子をじっと見ながらアルテが言う。


「チッ、お前のことは嫌いだ」

「何よ! あたしも嫌いですぅ」


 そんな二人の怒鳴り声が校舎にまで聞こえていたのだろう、向こうの方から学長――ルーク=クレストが駆け寄ってきた。


「こらこら、門の前で何をやっているのです?」


 神聖な白のローブに身を包み、黒髪に丸眼鏡を掛けた中年男性。仏のルークと言われるように、常に薄目で微笑ほほえみ、怒った所を見た者は居ないと聞く。


「あっ、ルーク先生」

「おや、アロン君っ。収監されたと聞きまして心配していましたよ。大丈夫だったのですか?」


 揉め事の主がアロンだと知ると、ルークは気遣いを見せる。


「はい、なんとか。それより、この子が入学したいって」


 アロンの手振りで紹介されたアルテを見た瞬間、ルークの目が見開く。滅多に見ることのないその表情にアロンとサラは唖然となった。


「知り合いなんですか?」

「え、いえ初対面ですよ。入学ですね。ではこちらへ」


 アロンが不審に思い尋ねるも、ルークはすぐに平常心を取り戻し、何食わぬ顔でアルテを導き入れる。その後をアロンとサラも追った。


 正門を抜けてすぐに座学用校舎が見え、トンネル状になった通路向こうに演習広場が見える。座学用校舎の左側には食事をする場が、右側には学生寮が建ち並んでいた。

 四人は手続きをするための事務室を目指すため、座学用校舎内に入る。

 建物内には多くの学生が目に付き、四人の様子に目を配る。通路を進んでいると、サラが女生徒から誘いを受ける。


「ごめん、あたし先に座学室に行ってるから」

「分かった」


 アロンには手をあげたサラだが、隣のアルテにはわざと挨拶をしなかった。目は互いに合わせていたようだが、相当不仲らしい。


「いけ好かないヤツだな」

「許してやってくれ。アイツは俺の双子の妹なんだ」


 前を歩くルークのうしろでコソコソと二人が話す。


「そうか。にしては似てないな」

「そうか?」


 言われてみればそうかもしれないが、双子にも一卵性と二卵性が存在する。絶対に似ているというわけではないだろう。


「さあ、着きましたよ」


 ルークが立ち止まった場所は事務室ではなく、学長室だった。


「え!? 事務室じゃあ……」

「通常の入学ならそうですが、今回は中途入学となりますので」

「なるほど」


 ルークの説明にアロンが納得し、扉を開けて中に入るルークに二人は続いた。

 そこはアロンにとっても初めて見る場所だった。奥にデスクがあり、手前に机と、茶の革ソファが二脚置かれていた。


「どうぞ、お座りください」


 向かって左手のソファの傍にルークが立ち、対面のソファに手を向ける。その指示に従って、三人掛けほどのソファにアロンとアルテは腰を下ろした。それを見てルークも座る。


「手続きの書類は後で私が処理しておきます。ですから、ここではお名前と年齢だけ伺えますか?」


 そのルークの問いを聞き、アルテがアロンの袖口を掴み、言ってくる。


「おい」


 どういう意図があるのか掴めなかったが、もしかすると同じ並びの部屋を希望しているのかもしれない。そうなれば同年齢でなければならない。その意図であることを信じ、アロンはルークから見えない机下で、人差し指を一本、その後に手のひらの上に三本の指を添えて見せた。


「どうしました?」

「アルテ=カリス、十八だ」


 堂々とした態度でそう告げたアルテを見れば、意図したことをアロンが汲み取れていたと分かる。


「はい、分かりました。ここは寮生活のみとなりますが、よろしいですか?」


 剣術や魔術を学ぶには自己管理も必須であるとして寮生活を絶対としている。可愛い子には旅をさせよ、ということだ。


「ああ」


 アルテの失礼な物言いにルークは顔色一つ変えずに対応していく。流石は仏のルーク。


「ただ、生憎今は寮が満室なんです。空室ができるまではアロン君と同部屋でも構いませんか?」

「えっ!?」


 ルークの発言に思わずアロンが叫ぶ。確かにこの学校は人気がある。まさか寮が満室になるほどだとは思っていなかったが。ルークたちが最終学年である以上、空室ができるには誰かが中途退学をする他ない。退学者の少ないこの学校では可能性はわずかだ。つまり修了までの期間、ずっと相部屋ということになる。それは思春期には拷問というものである。理性を保てるかどうか、という意味での拷問だ。


「構わん」


 アロンの不安を気にも留めず、アルテは断言する。


「分かりました。それでは、これで手続きを完了とします。これからよろしくお願いしますね、アルテさん」


 ソファから立ち上がって差し出してきたルークの手を、返事もなく無言で立ちあがったアルテが握る。

 アルテが正式にクレスト剣魔指南学校の生徒になった瞬間だった。

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