第3話 地下に眠るもの

 ゆっくりとしたペースで歩き、たどり着いた頃には丁度午後五時を少し回っていた。隣の牢屋建物前に人はおらず、道を行き交う人も見えない。こんな時間に町の最北西に位置するこの場を訪れる者など滅多にいないからだ。

 アロンはそれでも用心しながら静かに教会の入り口に手を添えた。

 片方だけ開けて中の様子を見やるも誰も居ない。電気は消され、その景色を映し出すのは窓からの月灯りのみ。するりと身体からだを潜り込ませて扉を閉めた。

 完全に閉まると一瞬にして静寂がその場を支配する。薄暗い情景がなお一層恐怖心を煽っていた。余りの静けさに、無音ながら耳奥で響くキーという金切り音。これは生理現象として発生する耳鳴りの一種で病気の類ではなく、実際にそんな音が鳴っているわけでもない。だが、そんな音など、前へと進むアロンの足音が立ってからはすぐに気にならなくなっていた。


 最奥まで到達すると、聖母マリアの像の眼前に祭壇は置かれていた。木製の年季の入ったものだ。

 さっそく隅々を調査してみるも不自然な点は見当たらない。


「おっかしいなぁ。あの数字、どこで使うんだ?」


 腕を組み、顎に片手を添える。さも、子どもが探偵ごっこを演じるかのように目を閉じて歩きながら考える。

 そんな時だった――。


「痛っ」


 鈍い音と共にアロンのつま先に痛みが生じる。考え事をしながら歩き回っていたものだから祭壇の角でぶつけたらしい。痛みを緩和するため、つま先を擦ろうとしゃがみ込んだアロンが何かに気付く。


「なんだ……コレ?」


 さっきまで面一つらいちであった祭壇角の一部が剥がれ落ち、その木製には似つかわない機械系の物質が顔を覗かせていた。黒いデジタル表示板の脇にテンキーが備わっている。すぐにあの数字と結びついたが、少し考えた。

 今の時代、序列最下位の人類種サピエンスの元には物資があまり届かない。優劣の権限で停止されているからだ。そのため、見るからに機械族オートマタの作り出すソレをどうやってこの場に運んだというのか。ふたたび裏取引が頭をよぎるも、それもなかなかに難しいだろう。

 人類種サピエンス生息領域である、ここリーヴ王国の入り口には関所が設けられ、相互の許可証なしには他種族は侵入できない。ゴロツキどもが外から運ぶにしても持ち物検査を通過できるはずがない。

 そうなると、考えられる可能性は二つだ。

 一つは、鎖国状態と貿易停止が行われる前に設置した物であるということ。

 もう一つは、王族からの指示で検問する憲兵が不正を図っているということ。

 後者であれば目も当てられないため、出来れば前者であってほしいところだろう。ともすれば、この中に存在するのはそんな数百年前に収められた代物ということになる。一体何が隠されているというのか。それも恐らくは機械族オートマタと結託して。


 不安ばかりに支配されながらも、アロンは覚えたてのあの数字を刻んでいく。

 八桁すべてが印字されると、デジタル板がピッピッという電子音と同時に光り始めた。


「な、なんだ!?」


 光り始めてすぐ、地鳴りのような感覚に襲われ、それと同時に目の前の祭壇が徐々に横へとスライドしていく様子をうかがえた。てっきり祭壇の中に隠し物があると思っていたアロンは驚きを隠せない。

 半分ほどズレた後、祭壇は停止して再び静寂が訪れる。大きな音に呼応して誰かが来るかもしれないと感じたが、不思議とこの場を訪ねる者はいなかった。


 一安心したアロンが祭壇が空けてくれた場所を見ると、そこには地下への階段が姿を現していた。


「教会に、地下!?」


 その存在に驚くも、好奇心の強いアロンは階段へと移動していった。


 最初は教会一階から受ける月灯りによって石段が目に入っていたが、進む程にまさに暗黒世界へと姿を変えていく。このままでは踏み外すと思い、アロンは右手を前に突き出して唱える。


「光魔法:レベル1――淡き光ライト――発動」


 牢屋内で唱えた時と同じく、手の先に白い光が現れ、暗闇から解放してくれた。それを頼りにさらに下へと足を運ぶ。


 しばらく下りるも終わりが見えない。牢屋内で上がった歩数と比べれば、ここが地下三階よりも深いことを感じ取れた。


「おいおい、どこまで続くんだよ?」


 額に汗を浮かせて更なる下層に向かってすぐの事だった。

 ようやく最下層の床を認めたのだ。安堵したアロンが駆け足で下り切る。

 そしてその場をぐるりと見回すと、牢屋と同じような石床と石壁に囲まれた世界の最奥――この場には不釣り合いな白扉が目に付いた。

 近付いて確認すると、それは洋風扉に思える飾りつけがなされ、その一つ一つがこの国で目にしたことのない物ばかりだった。


「すっげぇ怪しいな。絶対何かあるな」


 躊躇ためらう余地なく、アロンは取っ手に手を掛ける。ギギィと鈍い重苦しい響きと共に白扉は開かれた。


 中は意外と殺風景で、床は木製。椅子などはなく、細長く奥へ伸びる形の部屋だった。だが、最奥にある物によって一瞬にして非現実的な部屋へと様変わりしていた。

 碧き球形の光の中、何かが仰向けで横たわっている。その光の色もさることながら、その何かが気になったアロンは更に近くへと歩む。


「――ッ! 女の子……っ!?」


 球形のすぐ近くに立って見やると、そこには造形物かと思えるほどの一目で魅了されてしまう美貌の少女が横たわっていた。艶のある長い銀髪にもち肌のような雪のように白い頬。筋の通った鼻に小ぶりな唇。滅紫けしむらさきと思しき丈の長い清楚なワンピースを身にまとい、大きく開いた胸元から下に着ている白のブラウスが覗かせる。第一ボタンまで閉められ、袖口に施されたフリルを留めるように滅紫けしむらさきの紐が縛ってある。それと同じ色の紐が首にも巻かれ、それはまるでチョーカーのようであり、中央の蝶々結びが清楚さに磨きをかけている。


「か、可愛い……っ」


 お年頃なアロンはその少女に一瞬で心を奪われた。アロンの表現通り、その少女は少し年下に見える。寝ているためにどれ程の背丈かはっきりとは分からないが、アロンの胸元くらいだろうか。全体的に華奢と言った感じだろう。


「隠してるもんって、この子!? つーか、これ監禁じゃん」


 何とか助けてやらなければ、という使命感に押され、アロンは更に碧き光に身体からだを寄せた。

 その時である――。


 手の先の白き光を消して、碧き光すれすれに手をかざした瞬間、急に火花が散るような、火薬が炸裂するような、そんな異質な轟音ごうおんが耳をついた。


「なんだ!? 何かヤバそう……」


 その轟音ごうおんの絶頂期、碧き光はガラスの割れるような音と共にその姿を消した。散り散りになった光は未だこの場を照らし、ようやく少女の鮮明な姿が現れた。

 しばらくの静寂のあと、ゆっくりと少女は目を開けた。その碧眼へきがんに吸い込まれそうになる。

 すぐに間近くに立っていたアロンと、その少女は目が合う。


「大丈夫か?」


 可愛いものを愛でるかのように問うたアロンに少女が一言。


「誰だ?」


 初めて発したその声は透き通るも、芯のある気品ある声だった。アロンをとらえる目には鋭さと力がこもり、幼い表情に凛とした雰囲気を乗せる。


「俺はアロン=オリバー、人類種サピエンスだ」

人類種サピエンス……だと?」


 少し目を見開いて言ってきた少女の言葉で、少しばかり自らの言動をアロンは悔いた。可愛さに気を取られて忘れていたが、これは誰かが隠した産物だ。今の言い返しから人類種サピエンスではないと推測される。そんな得体の知れない相手に素性を明かすべきではなかったからだ。


「キミは人類種サピエンスじゃないのか?」

「そんなことはどうでも良い。すぐ楽にしてやる」


 質問に答えずにゆっくりと少女が立ちあがる。そしてすぐに少女の右手に白き光が宿り始める。禍々まがまがしくも神々こうごうしいそれらの集合体は少女の右手を包み、鋭い手刀へと変貌を遂げた。

 少女がゆっくりと腰をかがめた次の瞬間、真っ直ぐに突っ込んできたのを受け、アロンはさやから剣を抜き、応戦する。刃と刃がぶつかり合い、金切り音が場を制す。押され気味のアロンは防戦一方ながら少女の隙をうかがっていた。

 素早いが対応できない速度じゃない。床の反りあがった面に足を取られた少女のその一瞬の隙を突き、アロンがぎ払う。そのタイミングから攻守は逆転する。


「どうしたっ。押されてんぞ!」

「チッ」


 少し表情を曇らせ、舌打ちをした少女がかなりの跳躍力で間合いを取る。あの機動力を見るに、獣族ウルフのような立ち回りだが、少女にはケモ耳と尻尾がない。皮膚を見ても鉄製ではなく、機械族オートマタにも思えない。一体何族なのか。


「少し舐めていた。だが、これならどうだ?」


 そう言った少女の瞳の色が碧から紅へと変化していく。少しだけ銀髪がふわりとしている以外に取り立てて他に変化は見当たらない。


「な……っ」


 だが、それは一瞬だった。少女が床を蹴ってすぐ、手に持っていたアロンの剣は宙を舞った。音速――いや光速なのかと思えるほどのスピード。微かな残像すら視界に入らなかった。

 腰が抜けたアロンは後ずさり、尻もちをつく。

 無慈悲な無表情の少女が右手を後ろに引き、アロンを狙おうとしていた。アロンは顔面蒼白の中、瞳を閉じて死を覚悟した。

 だが、すぐその後――。


 ドスンという音だけが響き、アロンが硬く閉ざした瞳をゆっくりと開けてみる。そこには先程までアロンを殺そうとしていた少女が手刀を失い、うつ伏せに倒れていた。

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