第3話 契約はキスから始まる

 俺は決意した。


 セーミスちゃんと、契約するんだ。


 俺はこれからフリーターから魔法戦士にクラスチェンジして、ファンタジーな迷宮を潜って、セーミスちゃんの姉貴を死の世界から助け出す。 たとえその迷宮は前の職場より過酷でも、俺が我慢すればいいんだ。


 いや、我慢どころか、むしろドキドキする。


 あれだぞ。異世界ファンタジーだぞ。そういう小説を結構読んだことがあった。 俺は剣と魔法の世界を、密かに憧れていた。


 ネットゲームの経験をどれくらい活用できるかは分からないけど、セーミスちゃんの協力さえあれば、何とかなる気がしないでもない。


 なによりかわいい彼女が俺の仲間になるんだ。


 彼女のためにも、頑張らなくちゃ。


 そんなセーミスちゃんは俺の顔を見つめて、恥ずかしいそうに微笑みながら言った。


「では早速・・・わたしと魂の契約をしてください」


「待ってました!だけど俺は何をすればいい?契約書にサインとか?」


「・・・せっ、接吻せっぷんです」


「はい?あ、もしかして、キスのこと?」


「そ、そういう言い方もあります」


 いや、キスのほうが言いやすいだろう。もしかして照れてるのか。


 かわいいやつだな。


 セーミスちゃんは何か決意した顔をして、一歩近寄ってくる。


 おい、ちょっと顔が近いぞ?まさか本当にする気?


「今からわたしと、キスをしてください。お互いの唇が触れている間に、ずっと頭の中でわたしの名前を呼んでください。そうすれば、魂の契約が結ばれます」


「はい!でも言っとくけど、俺経験ないからな。キスが下手だったらごめん」


「大丈夫です。わたしも、キスしたことがないから・・・」


「お、おお。じゃ、早速・・・」


「はい」


 セーミスちゃんはゆっくりと俺の顔を両手で掴む。その手はかすかに震えている。


「目を、閉じて・・・」


「は、はいぃぃ!」


 俺は奇声を発しながら、仕方なく目を閉じた。キスする時の顔が見たかったのに。残念でした。


 甘くて熱い吐息を感じつつ、俺は、セーミスちゃんのファーストキスを受け入れた。


 好きの女の子からのキス。そう考えただけで、この上なく気持ちいい。唇が溶けそうだ。

 不健全な欲望は全然出てこない。心が浄化されていく。このキスを世界が終る時まで続けたい。


 って、ぼーっとしてる場合じゃないぞ!彼女の名前を頭の中で呼ばなきゃ!


(セーミスちゃんセーミスちゃんセーミスちゃん)


 俺は頭の中で必死にセーミスちゃんの名前を連呼した。


 30回くらい呼んだあと、ようやく唇同士が寂しく別れた。


「これで契約が完成しました。目を開けていいですよ、カイン君」


「はい!」


 俺は目を開けて、セーミスちゃんを見た。


 顔がリンゴのように赤くなってる。


 たぶん、俺もそう。


 でも、なんかおかしいな。


 俺、自分の名前を彼女に教えたっけ?いつ?記憶にないな。


「今のは|テレパスィです。わたしの能力です。うまく発動できれば、人の心の声が聞こえるんです。」


「そうなんだ。便利な能力だな。まあ、俺の名前はあれだ。いわゆるキラキラネームっていうやつだ。火影ほかげと書いて、カインと読む。ふざけた名前だろう?だれが火の国の長だよってツッコミたくなるんだよ」


「そ、そうなんですか。わたしは、かっこいい名前だと思いますよ?」


「そう?ありがとう」


「名前だけじゃなく、顔もかっこいいです」


「あんまり褒めるなよ。照れるじゃないか。そういうセーミスちゃんだってめちゃくちゃかわいい。今すぐ結婚したいってレベル」


 結婚という言葉を聞いて、セーミスちゃんはあたふたと慌てだす。


「け、結婚は、今は駄目ですよ!わたしのお姉ちゃんを助けてからしようって、思ったんですけど・・・」


「え、じゃ今すぐ助けにいこ!」


 一秒でも早くセーミスちゃんと結婚したい。


 子供をたくさん作って、幸せな大家族を作りたい。


「それは、嬉しいんですけど・・・今は昼なんだから、わたしの魔力はお日様に抑えられて、とても弱くなっています。夜になってから迷宮へ行きましょう。わたしの魔力の源はお月様ですから」


「そうか。今は・・・まだ11時前じゃないか。今は真夏だから、太陽が沈むまでは8時間くらい掛かるな」


「うん。その間で魔法の練習をしましょうか?今のカイン君は魔法戦士だから、魔法も使えるはずですよ」


「そうだな。よし、一番簡単なやつから教えてくれ。さっきのミニファイアボールとか」


「いいんですけど、とりあえず場所を変えましょう。部屋の中で魔法を放つのは得策じゃないと思います。カイン君は初心者だから、うっかりミスで火事を起こすかもしれません」


「確かに。じゃあ、公園で?」


「人に見られる恐れがあります」


「今から山に入るのは?」


「山火事を起こしたらまずいですよ」


「じゃあ・・・えっと、もう思いつかない。セーミスちゃんはどこかおすすめの場所は?」


 セーミスちゃんは顎に手を当てて、悩むような表情をする。


 その仕草もかなりかわいい。


「・・・やぱり、夢の空間へ行きましょう。迷宮の外には草原や森があって、そのエリアなら強いモンスターは出てこないはずです。雑魚ばかりです。魔法の練習にちょうどいいレベルです。たとえわたしが弱くでも、雑魚相手に戦うのは、そんなに危険性はないと思います」


「そうか。でもそこへ行く前に、一緒に昼飯というのはどう?」


 目覚めてからなにも食べてないせいか、お腹がぐうぐうって騒がしく鳴っている。


 この状態じゃまともに戦える気がしない。


 それより大事なのは、セーミスちゃんと一緒に生理的な欲を満たしたい。今は食欲ね。


「食事ですか?いいですよ、カイン君と一緒なら」


 くうぅ~!セーミスちゃんの純粋な笑顔がまぶしすぎる!


 よく考えれば、今まで女の子と一緒に食事したことがあんまりない。会社の飲み会を除けば完全にゼロだ。


 ネットゲームの中で自称女の子17歳のプレイヤーとバーチャルデートをした事はあるんだけど、所詮バーチャルは現実とわけが違う。


 そいつは本当に女性かどうかも怪しい。もしあれが男だったら・・・考えただけで鳥肌が立つ。


 だってハンドルネームが「魔女っ娘リトル☆ドリーム」なんだぞ?そんな名前が許されるのはかわいい女の子だけだぞ?


 あいつが男じゃないことを切実に願う。


「へぇー、カイン君にそんな過去があるんですね」


「・・・またテレパスィか?」


「はい。カイン君の事をもっと知りたいから、ついついやっちゃいました」


「それは嬉しいけど、あんまり能力に頼るなよ。俺に直接聞いてくれたら、もっと嬉しいよ。俺はセーミスちゃんとたくさん話したいから」


「はい、わたしも、カイン君ともっと話がしたいです」


「じゃ俺が店探すから、あとは食事しながらトークしよ」


「はい!」


 俺はスマホアプリを操作して、評判のいい店を見つけ出す。


「よし、この{}という店に行こう」


「はい!」


 セーミスちゃんは俺の手を握ってくれた。


 手のひらから、彼女の暖かさが伝えてくる。


 俺はもう過去の悲しみに囚われない。


 なぜなら、セーミスちゃんが俺の傍にいるからだ。


 バーチャルではなく、リアルだ。


 最高に幸せじゃないか。


 いざ、ラブラブデートへ出発!

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