Ⅱ 戦友と兄妹/対峙

 月宮一鉄は、生真面目で少し抜けた――そんな青年だ。

 帝国の名家に生まれ、帝国の軍人となり、竜を相手にしたその初陣で、……一人のオニの少女に惚れた。


 一途実直生真面目初志貫徹。出会いの舞台が済んだ後、再会し同じ部隊に配属された後も、一鉄はその気質で彼女に迫り。


『……もうなんか、怖い』


 と一時嫌われ。

 反省し距離を置いたら今度はなぜだか物陰から睨まれるようになり。


 敬愛する先任に相談すれば、

『相談相手の人選を間違ってることに、気付け』

 と、眼帯の男に不愛想に切って捨てられ。


 信頼する上官に相談すれば、

『一生やってな。まったく……』

 と、紅羽織に呆れた調子で切って捨てられ。


 その後紆余曲折。戦争と並列しながらも、確かに若く騒がしい日々があり。

 やがて数度目のプロポーズの末に、オニの少女はこう言うのだ。


『…………出来たら、良いよ』

 その時の一鉄には、その言葉の意味がよくわからなかった。


 後から。今、亭主と、夫となり、かつてより大人になり、責任の意味を知ってから、一鉄は思う。


 自分は、酷なことを彼女に強いていたのかもしれないと。

 一鉄は、ヒトだ。想った相手は、オニ。

 ヒトとオニとでは、国が、種族が……寿命が違う。


 どうあがいても、自分は彼女より先に死ぬ。それを、彼女は一鉄よりも明確に理解していたのだろう。


 だから、感情だけで決める訳にはいかなかった。

 だから、理由と覚悟が、言い訳が必要だった。

 それらを持って、彼女は帝国に、“月宮”に嫁いだ。


 それを十分、理解するようになった上で――。



「お久しぶりです、大尉」


 帝国軍特務強襲連隊第2中隊隊長――月宮一鉄大尉は、東京の一角――元はハンガーか倉庫だったのだろう、そんな高く広い建物の屋上で、伏射姿勢でスコープを覗いていた。


 身に纏っているのは赤い、どこか歪な形状の鎧だ。


 利き手側――右手側の装甲が外され、それに反して左側は重装甲。腰には地雷や手榴弾など幾つもの装備のついたウエポンラックがあり、あるいはFPA用の野太刀があり、首筋には赤い三日月の家紋。


 FPA“羅漢”。“亜修羅”の元となった――事実“亜修羅”に転用された戦闘データを実際に取り続けて来た鎧だ。


 高性能な割に乗り手がおらず、倉庫で眠っていたFPA。

 それを縁あり気に入って、今の今まで使い続けている。

 

 伏射姿勢で抱くように、手に握るのは長銃身の狙撃銃。片目はそのスコープ越しに、逆の目はスコープを覗かず敵の潜んでいるその周囲を広く眺め――。

 オープンチャンネル越しに、敵の――敬愛する先任の声が、一鉄の耳に入り込む。


『大尉じゃない。降格した。今は准尉……いや。もう脱走兵だな』

「だとしても、自分にとって、大尉は大尉です。今からでも遅くはないでしょう……考え直していただけませんか?」

『……無理だな、』


 直後、――物陰から黒い鎧が身を乗り出す。

 周辺視野でそれを確認すると同時に、長銃身の狙撃銃――その銃口を向けるのはの未来位置だ。


 “夜汰鴉”が跳ねた先の壁、そこにあらかじめ銃口を向け、タイミングを計ってトリガーを引く。


 引いた直後には、周辺視野でだけで着弾を確認しつつ、更にもう一手先の、スルガコウヤの未来位置へ。


 一射目が掠めた。が、直撃ではない。その差を体感で修正し2射目。

 ――その2射目の弾道へ、“夜汰鴉”は自分から飛び込んできた。


『――チッ、』


 通信の向こうから舌打ちと、装甲が抉れる音が聞こえ――けれど今回も直撃ではない。

 黒い鎧はまた物陰に入り、射線を切ってくる。


『……相変わらず良い腕だな』

「ありがとうございます、大尉」


 答えてまた、一鉄は待ちに入る。

 部下達は下がらせた。……いくら挑もうと、鋼也を前にしては被害が増えるだけだからだ。


 動きが速い、だけでなく、あり得ない運動性であり得ない動きをしてくる。それは、腕だけではどうあがいても対応しきれない動きだ。


 だが、一鉄は鋼也の動きに慣れている。共に訓練をして、共に実戦に赴き、幾度も鋼也のサポートを行っていた。


 連携が十分とれるようになっている――それは、逆に言えば、幾らトリッキーな曲芸をされようと、それに銃弾を当てられるだけの経験値があると言う事だ。


『懐かしいな。前模擬戦で、お前に当てられた時は……そうだ。アイツは元気か?』

「鈴音さんですか?ええ、大病もなく……そう、双子が生まれまして。写真をお見せしましょう。お守りで持ち歩いているんです」

『のろけか。羨ましい話だな』

「……珍しく饒舌ですね、大尉。焦っていらっしゃるのですか?」

『再会を喜んでるんだよ、』


 答え、鋼也は――黒い鎧はまた、物陰から身を乗り出してくる。

 それをまた、撃つ、撃つ、撃つ。


 ……タイミングを掴んだはずだが、今度はさっきよりも命中精度が荒く、直撃が遠くなっている。

 一鉄がミスった、と言うよりも……。


(あちらも、こちらのタイミングを知っている……)


 鋼也が狙撃に対応し始めたのだろう。ほんの数秒もない、コンマの差だが、それを対応して修正できるからあの男は英雄で、英雄はこれまで、地獄を生き延びてきたのだ。


 鋼也は再び物陰に、射線を切ってくる。壁を抜くか……いや、それは流石に精度が低すぎる。威圧にしようにも、その程度で駿河鋼也がビビるとは思えない。


 ビビってるビビってると口で言っている割に、女絡み以外でそれを表に出さない男だ。

 

「……再会を喜んでいらっしゃるのであれば、顔を見て話しましょう。今ならまだ間に合います、大尉。どうか、投降を」

『出来ない相談だな。お前こそ……良いのか、帝国で。共和国の理想は、お前の理想に近いんじゃないのか?大手を振って鈴音と居られる場所だぞ』

「それが実現するのであれば、確かに。ですが……確実ではない。事実もう瓦解しているのでは?」

『臆病になったか?』

「自分は帝国の軍人です。そして、鈴音さんは覚悟を持って帝国に嫁いでくれた。それを無碍に、安直な道を選ぶ事は自分には出来ません」

『クーデターが安直か?』

「僭越ながら、自分はそう思っております。このクーデターも、今の貴方の行動も、安直で身勝手です。その行動の累がどこに及ぶか、考えていない。その行動によって生まれる悪意が、遺恨が、何処に向かうかを考えず、子供のように駄々を捏ねているだけだ」

『確かにな……』


 そんな呟きと共に……3度。“夜汰鴉”は物陰から姿を現した。

 それを目にした瞬間、一鉄はトリガーを引く。


 軽い炸裂音と共に放たれた弾丸は、帳の降りる夜の街を、黒い鎧へと向けまっすぐと駆け抜け――。

 ――それを前に、鋼也は、身を躱そうとしなかった。


(……諦めた?)


 そう思考すると同時に、そんなはずがないと一鉄はすぐさま否定し……。


 その一鉄の思考を裏付けるように、黒い鎧は動く。


 ガン――衝撃が、破壊力が、金属と金属がぶつかり合い、はじけ飛ぶ音が鳴る。


 スコープの先の黒い鎧。武装のほとんどを既に捨てた上でこの場所にやって来た英雄の手には、ただし最後に一つだけ、その身に帯び続けていた武器が、握られていた。


 ギラリと、刃が月夜に輝く――引き抜いた白刃、振り抜いたそれを真横に伸ばす“夜汰鴉”の背後で、のだろう、起動の逸れた銃弾が地面を抉っている――。


『悪いな、一鉄。……俺は身勝手になることにしたんだ。賊で一向に構わない。全て敵に回す覚悟もある。俺は俺の望みの為に動く。結局、俺が欲しいモノは一つだけだ』


 そんな黒い鎧、身勝手な英雄、元上官――駿河鋼也をスコープに捉え、一鉄は言った。


「僭越ながら、大尉。それを言う相手が違うのではありませんか?」

『だから今から言いに行くんだろ?……通せ』

「自分は帝国の軍人です。義務と責任がある。家族の為……帝国に背を向ける訳にはいきません」


 鋼也は鋼也で覚悟があるのだろう。

 だが、覚悟は一鉄にもある。


 表立って帝国を裏切る訳にはいかない。妻が、子供が――家族がいるのは、帝国の内地。

 独裁者は名指しで一鉄をこの任務に連れ出したのだ。その裏の意味が分からない程に、一鉄は順風満帆なだけの人生を歩んできた訳ではない。


 本心では、その唄われた理想郷に憧れはあるだろう。


 だが、目先の不確かな希望より、今この瞬間の家族の身の安全の方が間違いなく優先される。

 

『……無駄な問答だったか』


 呟き、野太刀を構えた“夜汰鴉”を睨み、ある種正しく大人になった、生真面目な青年は応えた。


「再会を懐かしむのは、もう十分でしょう……」


一途実直生真面目初志貫徹。

月宮一鉄もまた、惚れた女の為、家族の為――それらを守る為。


かつての上官へと、引き金を引く――。





 東京の中心。城の頂上。護衛の姿はなく、目に付く他人はただ一人、傍付きの給仕係メイドのみ。

 そんな空虚でただっ広い玉座に腰かけるのは、漆の着物に桜色の羽織の、一人の女。


 クーデターの首謀者にして、象徴。

 理想を唄い聖女にでもなろうとしているらしい、女。

 皇帝の妹。


 桜花は、踏み込んだ紫遠を前に、けれど外の銃声を気にしているように、視線を横へ向けたまま、どこか気楽そうな様子で、呟く。


「……遅かったですね、兄さん。迷子にでもなってたんですか?」

「ああ。お前が首都と唄ったこの町は、余りに計画性がなさ過ぎてね。支離滅裂だ、責任者の知性に疑問が残るよ」

「手厳しいですね、」


 紫遠の言葉に、桜花はそうクスリと笑みを零し、漸く、視線を紫遠に向けた。


「護衛の方はいらっしゃらないんですね。おひとりで、怖くないのですか?」

「妹に会うのに、いちいち護衛が必要だとは思わないさ」


 言って、紫遠は片手を上げる――そこには、黒光りする凶器、拳銃が握られていた。

 まっすぐと、紫遠は桜花に銃口を向ける。


 その銃口を前に、しかし桜花は一切怯えた様子を見せずに、銃口を――紫遠の目を眺め、世間話のような口調で、言う。


「……臆病ですね。銃口を向けなければ妹と話も出来ないんですか?」

「先に反旗を翻してきたのはお前だろう、桜花。志には理解を示そう。ああ、私もお前と同じように、平和を祈っている。だが、そのための手段が悪すぎる。タイミングが悪すぎる。大和を平和にするまで、私は独裁者だ。一つ反乱を見逃せば、この国の平和は遠ざかる。テロリストに譲歩してやる訳にはいかない」

「ならば、撃てば良いでしょう?今更半端に情など見せず、私を撃って終わりにすれば良い。私の覚悟に偽りはありません」


 一瞬たりとも怯えた様子を見せず、正面から堂々と、桜花は紫遠を眺める。

 その視線を、正面から受け止め……紫遠は、問いを投げた。


「……桜花。お前は何を考えている?」

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