外伝 桜吹雪に鋼鉄の楔 ―終演―

Ⅰ 暗夜の逆賊/半人半鬼

 暗い暗い暗い暗い、静かな夜が“東京”にはあった。


 ほんの一週間ほど前までは兵士で、ヒトでオニでそこら中に賑わいのあった、雑多に増築された一つの街。


 今、そこにあるのは静寂と溶け残りの雪ばかり。


 空は曇天――灰色の厚い雲切れ目に、青い青い夜の空が覗き、明かりの失せた廃墟街の最中、雪に足跡を残すのはいくつもの鎧、そればかり。


 唯一火が――明かりの灯る街の中心。和洋折衷古典近代、風情の最中利便の装飾を帯びる城の周囲は、白い鎧に取り囲まれて、その一角で一人の男。


 紫の羽織の男が、その、包囲され制圧された城の中へと踏み込んでいく――。


 ――そうして、男が城に踏み込むのと同じ機に、その“東京”へと歩む影があった。


「……本当に、拠点捨ててるのか?」

「じゃなきゃこんな無抵抗じゃないだろ。一切ドンパチなしだったじゃないか」


 “東京”外縁。歩哨と警備を兼ね、その薄暗がりの中を2機の鎧が歩んでいた。

 どちらも、“夜汰々神”。地が灰色で、肩から胸にかけて朱色のラインが入っている。


 手に持っているのは20ミリ――装備自体は他と変わりないが、鎧の装飾、文様が違うのは、彼らが何かしらの特任か象徴を得る部隊であることを示している。


 歩むはそれを眺め、寄りながら呟いた。


「特務強襲連隊、だったか……?」


 それは一種の精鋭部隊だ。ゲートの制圧ではなく、地区の制圧――地表にある竜の群れ、竜に奪われた土地自体を奪還する為の部隊。


 索敵と制圧、攻防どちらに対しても一定以上の練度を持った、精鋭の群れ。


 本来なら竜相手に使われるはずの技能だが、確かに、その技能はそのまま対人戦、敵拠点の制圧にも利用できるだろう。何なら、大和紫遠はこういう事態まで視野に入れた上で、それ専用の部隊を用立てておいたのか……。


 思案しながら影は歩む。

 と、だ。その途中で、話していた強襲連隊の兵士が、迫る影に気付いたらしい。


 二人同時に、20ミリを持ち上げ、その銃口を影に向けながら、問いを投げてくる。


「誰だ?……所属と姓名は?」


 問われ、影は足を止める。

 ふと、風が吹いた。冬の寒風は疎らな白雪を散らし、曇天を散らし、月明りがその場へと差し込む――。


 黒い鎧が、そこには立っていた。右手には20ミリ。腰にはFPA用の太刀。半ばトレードマークになっていた左手の玩具バンカーランチャーは今もうなく、けれどその中身が何かを知らしめるには、その顔面の装飾で十分。


 鬼の面。顔面の半分がそんな様相の、黒い“夜汰鴉”。

 半人半鬼、不死身の鬼人。


「スルガコウヤだ。……所属は、もうないな。ただの賊だ」


 その姿を前に、強襲連隊の兵士、その手の銃口が、迷うように揺れる。


「スルガコウヤ……。何をしに、来られたのですか?」

「俺の女を攫いに来た」

「……馬鹿なことは、おやめください。自分は、貴方に救われた事がある。撃ちたくはありません」

「それは、同感だ。俺も撃ちたくはない」


 そう応えると、黒い鎧は手に持っていた20ミリ、それを地面へと捨てた。


「戦わずに済むなら、それに越したことはない。通してくれないか?」

「……我々はこの東部拠点の制圧と防衛を陛下より命じられております。帝国の軍人として、命令に背くことは出来ません」

「……そうか。なら、悪いが。俺は我を通させて貰う」


 そう、黒い鎧が言った直後、だ。

 その姿が、忽然と、強襲連隊の兵士の視界から、消え去った。


「な、……」

 

 驚きの声を上げ、“夜汰鴉”の姿を探し始めた強襲連隊の兵士。だが、探す必要すらもなく、その居所はそう、真横で轟いた爆音によって、知らされる。


 一瞬遅れて視線を横に向ける――そこには、腕を振り抜いた姿勢の、黒い鎧が立っていた。


 ついさっきまでそこにいたはずの領機は、20メートル程向こう、吹き飛ばされたように壁に激突して、動きを止めている。


(……殴り飛ばしたのか?馬鹿な、FPAを……)


 驚愕に止まった兵士――その耳に、すぐ隣の黒い鎧が、声を投げてくる。


「……どうした?撃たなくて良いのか?俺は敵だぞ」


 その言葉に、直前まであった戸惑いや思考停止をすぐさま切り替え、強襲連隊の兵士は銃口を引く。


 ダダダダダダダ――フルオートの銃声が静かな夜を叩き、弾丸が、まき散らされる。


 かち上げられたのだ。20ミリを持つ腕ごと、半人半鬼の黒い鎧は、銃口を殴り上げ……そう無防備に胴を晒した“夜汰々神”を前に、“夜汰鴉”は拳を握り、腕を引く――。


「……素手で、正面から突破されるおつもりで?」

「ただの、俺のエゴだ。歯を食いしばれ。……頼むから死ぬなよ」


 その言葉の直後――それこそ砲弾でも食らったかのような衝撃に、“夜汰々神”は、強襲連隊兵士の意識は、吹き飛ばされた――。



「……賊?」


 東京中央――制圧されたその城の中を、その最奥、妹が付いている玉座へと歩みながら、大和紫遠はそう、問いを投げる。


 それに応えたのは、護衛――親衛隊の男だ。


「は。賊を自称し単機突っ込んでくる馬鹿がいると」

「皇女を救って英雄にでもなりたいのか?」

「……むしろ英雄が反旗を翻して来ているようです」


 その言葉に、大和紫遠は一瞬歩みを止め、……やがて、こらえきれないとばかりに笑みを零す。

 そんな大和紫遠へと、親衛隊は言う。


「……如何いたしましょうか。駿河鋼也となれば……親衛隊我々も動くべきでは?もしくは、早急に桜花様の身柄を抑えて、」

「好きにさせておけ」

「……しかし、」

「多少兵力を増やしたところで、どうせアレには突破される。時間稼ぎは外の部隊で十分だ。放っておけ」


 言って、大和紫遠は先へと歩んで行く。その横を、頭を下げ、親衛隊はついて歩んだ……。



 夜に銃声が木霊する――。

 ――その最中を、黒い鎧は駆け抜けていった。


(右に3、左に5……十字砲火、)


 思考すると同時に飛びのく――飛びのいた“夜汰鴉”の影を、十字に交差した20ミリの火線が焼き、街並みに弾痕を増やしていく。


(右からだな……)


 宙で当たりを付け、宙で器用に身を捻り、“夜汰鴉”――駿河鋼也は左手側にある建物、そのを、踏んだ。

 

 道が二つ合流している場所だ。今来た道のまままっすぐと進めば、その先には“夜汰々神”が5機、そしてその先には目指す中央、桜のいる城。


 その道に、右手側から合流する道には、そちらにも“夜汰々神”が3機いる。

 右手の奴を無視しても構わないが、放っておけば背中を撃たれることになる。

 その危険は消しておくべき――。


 ――黒い鎧は壁を蹴り、再び宙へと身を委ねた。


 狙いを付けた先――3機の“夜汰々神”の銃口は、鋼也を追いかけてくる。が、その狙いを付けきる前に、鋼也の足はまた別のを蹴っていた。


 両脇の建物、その壁を蹴って左右に、黒い鎧は宙を駆けていく。

 それは、たとえFPAを纏っていようと、およそ人間の動きではない。


 狙いをつける所か、ともすれば見失ってしまいそう――そんな動きを前に、引き金を引く猶予すらなく、“夜汰々神”達は銃口を躍らせ――。


 そんな“夜汰々神”達の目の前に、黒い鎧は着地する。

 直後、だ。


 着地からノータイムで、――その動きが出来るから連続で壁蹴りなどと言う曲芸サーカスが出来るのだろう――黒い鎧は足を踏み出し、拳を突き出した。


 ガン、と、轟音が夜に響き渡り、3機いたうちの中央、真ん中の“夜汰々神”が吹き飛ばされ、そいつが立っていた位置に、そのまま黒い鎧が割り込んでくる。


 両脇の“夜汰々神”は、すぐさま銃口を鋼也に向け、けれど、その引き金には躊躇があった。


 鋼也を、英雄を撃ちたくないと言う甘い感情が、今更交戦状態の兵士にある訳ではない。


 躊躇いの理由はもっとシンプル。射線上に仲間がいるフレンドリーファイア――。


 20ミリの威力は絶大だ。このまま鋼也を撃てば、その“夜汰鴉”を貫通してその向こうにいる僚機に当たる可能性がある。


 ……そう、躊躇するだろうと思って、鋼也はど真ん中に突っ込んだのだが。


「……良い判断だ、」


 鋼也は呟く――その呟きを聞いた直後に、左手側にいた“夜汰々神”は、自身の側頭部へと迫る鎧の踵を見た。


 ガンと、再び衝撃が響き渡り、後ろ回し蹴りを食らった“夜汰々神”はぐらつくように、吹き飛びよろめき……それを目視して残る3機目の“夜汰々神”はトリガーを引く。


 ダダダとまき散らされた弾丸は、けれど空を貫き向かいの壁に弾痕を生むばかりで、見失った黒い鎧を探して視線を巡らす“夜汰々神”の背後で、半人半鬼の声が聞こえた。


「見失ったら、探す前に位置を変えろ。その方が生存率は高い。殺すより生きる方を優先しろ」

「……肝に銘じておきます」


 そう応えた“夜汰々神”はすぐさま振り返り、振り返り様トリガーを引き――。

 ――けれどその銃口、銃身は、黒い鎧に片手で押さえられ、何もない場所を撃ち抜くばかり。


「……歯を食いしばっておけ」


 その声の直後、3機目の“夜汰々神”の意識は、衝撃に吹き飛ばされた――。


 “夜汰々神”が壁にぶつかり、崩れ落ちていく……。

 それを眺め、鋼也はすぐさまその場に背を向け、元の道へと歩んで行った。


 そこには5機、“夜汰々神”がいたはずだ。あるいはこの騒ぎへの増員で、もっと増えているかも知れないが……。


 何機居ようが大差ない。それが鋼也の実感で、そして純然たる事実でもある。

 数百、数千、数万の竜の中からいつも生き延びて帰ってくる男だ。


 素手であろうとFPAの十や二十、今更問題になる訳もない。


 そんな思考と共に、鋼也は元の道へと戻り、そこへと踏み出す。

 視線を向けた先――さっきまでいた“夜汰々神”はしかし、消え去っていた。


(……戦術を変えたのか?それとも……)


 思考すると同時に、鋼也はその場から飛び退く――飛びのいたその足元が、一発の弾丸ではじけ飛んだ。


(狙撃か、)


 宙で身を捻り、手近な壁へと飛びのきながら、鋼也は狙撃の来た方向を確認し、


「――ッ、」


 悪寒が、鋼也の背筋を通り抜けた。

 空中で身を捻る――捻ったそのすぐ真横、肩すれすれを弾丸が通過し、“夜汰鴉”の装甲をわずかに削り取っていく。


(当てて来た?)


 よほど優秀な狙撃手なのか、それとも――。


 壁を蹴り、地を蹴り、また壁を蹴り――そうやって身を躍らせる鋼也の周囲を、弾丸は執拗に掠めていく。


(……俺の動きを知ってる?)

 

 すれすれで躱し、射線を切れる遮蔽物の――建物の影に隠れて、鋼也は、通信を開いた。


 オープンチャンネル――敵味方問わず、当然今相手にしているらしい人間にも聞こえる通信で、鋼也は問いを投げる。


「…………一鉄か?」


 そのコウヤの言葉に、暫し沈黙が下り――けれどやがて、射手は返答を返してくる。

 かつて同じ部隊にいた相手。


 内地勤務になったと、少なくとも鋼也はそう聞かされていた相手。


 何度も訓練をし、あるいは共に実戦にも繰り出した、かつての部下。

 月宮一鉄は、通信越しに言う。


『……はい。お久しぶりです、大尉』

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