第5話 憂鬱

「な、なんじゃありゃ…… 」


 翌朝。いつのまにか眠ってしまっていたようだが、今が何時なのかも分からない。物置部屋から出て、景色を眺ようと窓の外を覗いた。すると、とてつもなくデカい大樹が、窓の外から見えたのだ。


「もしかして……あれが世界樹…… 」


 昨晩、話には何度も聞いていた世界樹。あの時にはそれがどんなものなのかも考える余裕すらなかったが、今、目の当たりにしたわけだ。察するに、相当遠いところにあるはずなのに、そのあまりの大きさに、距離感が狂う。樹齢何千年の木みたいなものはテレビとかで何度か見たこともあったが、規模が違いすぎる。世界樹を取り囲むようにある広大な森がまるで芝生のように見える。視線を固定されたかのように目が離せなくなる不思議な力がその樹にはあった。


 俺が、世界樹に釘付けになっていると、カチャっと静かに扉が開く音が聞こえた。

カミラだ。忍び込むようにコソコソと怪しげに部屋に入ってきた。……他の人に見られないように気遣っているのだろうか。完全に不審者だ。逆に怪しまれると思うんだが。部屋に入ってまた静かに扉を閉めると、どこからその自信が湧いてくるのか分からないが、やり遂げたというような満足な表情をしている。


「あ、チアキ様。お目覚めになられましたか。もうお昼前ですよ。よく眠っておられましたね 。食事を持ってきましたので、すぐにご用意したしますね。なかなか部屋に食事を持ってくるのも大変で…… 」


 どうやら昼まで寝ていたらしい。といってもなかなか寝付けずにいたのでそれほど長くは寝ていないだろうけど。


「あぁ……。 ありがとう。 ……マイアは? 」


 あえてカミラの奇行には触れず、すでに部屋にいないマイアについて尋ねた。


「マイア様は、色々準備に追われています。 私もお手伝いはしてますが、怪しまれないようにできるだけいつも通りの生活を送りながら動いていますので、中々時間がかかります。」


「……そうか。何か手伝いたいところだけど、俺はこの部屋から出れないんだよな…… 」


「お気持ちだけ頂いておきますね。 今、チアキ様ができることと言えば、この部屋からでないこと。 それだけです。 ……あ、そうそう。退屈かと思いまして、いくつか本を持ってきました。よろしければ、どうぞ 」


 カミラが何冊かの本を取り出しテーブルに置いた。かなりの分厚さの本ばかりだ。……どうやら漫画はないらしい。いや、そもそもこの世界に漫画自体ないのかも。これでは暇つぶしになる気がしない。


「あ、そういえば……あれが例の世界樹ってやつ? 」


 言いながら窓の外を指さす。改めて見てもやはりデカい。


「あ、そうです。あれが世界樹マハリタです。周りに広がる大森林は樹海イルナクルナです。一度入ると二度と出ることはできないと言われています。お持ちした本にこの世界の事が詳しく書かれている本もありますので、気になるようでしたらお読みになってください 」


「あぁ。ありがとう 」


 正直、活字だらけの本を読むのは気が進まないが、今の俺はこの世界のことをあまりにも知らなさすぎる。少し読んでみてもいいかもしれないな。


「では私はこれで。また夕食時に参りますね。くれぐれも部屋からは出ないでくださいね 」


 そういうとマイアは部屋を出て行ってしまった。……というか出ていくときは普通に出ていくのかよ。と心の中でツッコミながらも用意された食事を食べ始める。初めて食べる異世界の料理だが、なかなかにうまい。食が合わずに苦労する心配はなさそうだ。


 食事を済ませ、何もすることがなくなった俺は、昨夜の話を思い出していた。

寝るときにもずっと考えていたことだが、おそらく俺はもう元の世界には帰れない。いや、帰らないだろう。召喚された瞬間に帰ってしまった場合、すぐに死ぬことになる可能性もあるわけだから、リスクが大きすぎる。だとしたら俺は、これからずっとこの世界で生きていくことになる。生活の保障はしてくれるようだが、何も知らない、誰も知り合いがいないこの世界で生きていくなんて不安しかない。まぁ、それ以前に脱獄計画が失敗すれば殺されてしまうかもしれないわけだが。


「はぁ……。病みそう……」


 こうして計画実行までの数日間を俺は部屋に閉じ込められたまま、憂鬱な気持ちのまま過ごすことになるのだった。











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