第4話 決意と戸惑い

 重苦しい空気が部屋を包む。俺はまだ答えを出せずにいた。やはり死ぬのは怖い。マイアが言った通り、本当は俺は死んでいたはずだった。どうせ一度死んだ命なら、誰かの為に使ってみよう。……そう、簡単には言えない自分に情けなさすら感じる。今までの平凡すぎた人生が懐かしい。まぁ、体感で言えばついさっきのことなんだが。


「……俺は、元の世界では平凡なただの一般人だった。正直、あまりに急展開すぎていきなり全てを受け入れるのは難しい。ましてや脱獄の手助けなんて…… 」

「……無理もないと思います。いきなり知らない世界に連れてこられてこんな話をされて。すぐに分かりました。とはならないですよね……」


 カミラは俺を気遣ってくれているようだ。対して、マイアの表情は硬い。俺への怒りというよりは、やはりスヴァンを救うためにどうにかしたいと頭を悩ませているという風に見える。


「どうやらもう一度、異界召喚を行うしかないようね 」


 あぁ、その手があったかと思った。もう一度異界召喚で誰かを呼べば、その人が話に乗ってくれるかもしれない。話を聞く限り、どんな人が来るのか分からないというのが、イチかバチかの賭けになるだろうけど。


「マイア様ダメです!! これ以上は危険です!!」

「でも、もうそれしかないわ。チアキに無理やり行かせるわけにもいかないでしょう? 」

「で…でも……!!」

「……どういうことだ? もう一度異界召喚をするとどうなるんだ? 」


 明らかに焦りの表情を浮かべたカミラを見て、ただ事ではないと思った。

異界召喚にはなにか秘密があるようだ。


「異界召喚は、あなたの傷を治した術とは全く別の、世界樹の加護の力を必要としない禁術なのです 」

「……へえ?この世界の人間は世界樹の力がなくても魔法が使えるのか 」

「もう百年以上前に禁じられた魔術です。そうやすやすとは使えないリスクがあります 」

「……リスク? 」


 禁じられたのには訳があるということだろうか?カミラの瞳にうっすら涙が浮かんでいる。それほどまでの危険を冒して、俺なんかを召喚してしまったのかと思うと、なんか複雑な気分だ。


「大丈夫よカミラ。もう一度ぐらいならなんとかなるわ 」

「そ、それなら……!!次は私がやります!! 」

「ダメよ。私に任せなさい。大丈夫だから 」

「そんな……お願いです。私にやらせてください!! 」


 お互いに引かない二人。今度はマイアとカミラが揉めだしてしまった。次は俺が間に入る番だ。それにまだ説明の途中で、異界召喚のリスクを聞けていない。


「ちょっと待てって。落ち着けって二人とも。……それほどまでに危険なのか? 異界召喚っていうのは? 」


「……少しだけね 」


 マイアはそれ以上話そうとしない。どうやら説明する気はないようだ。俺は無言のままカミラに視線を向けた。目があったカミラは、俺の言いたい事が分かったかのように話し始めた。カミラにしてみれば、事情を説明して、俺にもマイアを止めてほしいという思いもあったのだろう。


「魔術の行使には生命力を捧げなければならない。故に禁術とされています 」

「生命力って……。使い過ぎると死ぬって事か? 」

「はい。さらに異界召喚は上位の魔術。捧げるのは、……寿命そのものです 」

「なっ……!?」

「マイア様はすでに一度異界召喚を行ってしまった。もう一度となれば……後、何年生きられるか分かりません 」

「そんな…… 」


 俺は言葉を失った。自分の周りの人間のことは巻き込まないよう気遣うくせに、自らの命はためらいなく差し出す。……それもこの国の民のために。マイアという人間がどんな人物なのか少し分かった気がした。それに比べて俺は……。


「あぁ!クソッ!!分かったよ!やるよ!! やりゃいいんだろ!」

「ほ、本当ですか!?チアキ様!? 」


 今にも泣きそうだったカミラが嬉しそうに笑う。……かわいいなクソッ。胸デカイし。


「……本当にいいの? ……私が言うのもなんだけど、捕まれば殺されるのよ? 」

「……その為に喚び出したんだろ? 命を削ってまで……。そんなの聞かされたらやるしかないだろ…… 」


 無言のまま、マイアが俺の方に歩いてきて両手を握った。その手はとても小さく、少し冷たかった。


「……ありがとう。本当にありがとう 」


 そう言って笑ってみせたマイアは、少し声が震えていた。

めちゃくちゃかわいいなクソッ。……胸はないけど。


「うまくスヴァンを逃がすことができたら、そこからの人生は貴方の自由よ。帝国の追手からも守るし、住むところも、生活に必要な資金も全て用意するから安心して 」


「いや、そんなのはいいから上手くいったら元の世界に帰してくれ。その方が追手の心配もしなくて済む 」


 ここで、またしても沈黙が訪れる。……何故だ。マイア達も余計な手間をかけずに済むし、お互いにとっていいはずだ。……なのにまたこの重い空気。……嫌な予感がする。


「……そのことなんだけど…… 」

「な、なんだよ? 」

「……異界召喚は禁術で、残されている資料も少なくて、分からないことも多いんです 」

「なんだよカミラまで。ハッキリ言えよ 。あ!帰すのも寿命を削るのか!? 」


 マイアとカミラはお互いに見つめあい、二人とも話すのを譲り合っている……いや、押し付けあっている。


「……からないの 」

「え?……何だって? 」

「か、帰し方が……分からないの 」

「……はぁぁ!? 」


 口を開いたのはマイアだった。今までの毅然とした態度が一変、ものすごく申し訳なさそうな顔をしている。


「スヴァンを救うために必死で……。少ない情報の中から召喚する方法だけを何とか調べて……その後の事までは……考えてなかったと言いますか…… 」

「て、てめえ……。そもそも初めから使い捨てる気でいたんじゃないだろうな!」

「そ、そ、そんなことないわ!!本当よ!! もちろん、ちゃんと調べれば元の世界に帰す方法も見つかるかもしれない!あなたがどうしてもというのならちゃんと帰せるよう努力するわ! 約束します! ただ……」

「ただ……?今度はなんだ!? 」


 苛立ちをできるだけ抑えて話したつもりだが、明らかに抑えきれていない。こんな右も左も分からない未知の世界で、自由に暮らせるだなんて言われても全く嬉しくない。ここに来てからというもの、色々なことが一度に押し寄せて、明らかに沸点が下がっている。


「……帰す方法がすぐに見つかるとも限らない。それに……あなたは元の世界で死ぬはずだった人。仮に帰れたとして、どのタイミングに帰れるのかは見当もつかないわ。死ぬ直前なのかもしれないし、死んだ後の世界かもしれない。もし、召喚された瞬間に帰るのだとしたら……」

「……元の世界に帰った瞬間……死ぬことになるのか…… 」


 要するに、こちらの世界と元の世界の時間軸がどうなっているか分からないということか。考えてみれば、俺が事故にあった瞬間は昼間だった。だが、今こちらの世界は夜だ。明らかに時間のズレがある。もし、元の世界に帰るなら、イチかバチかの賭けになるかもしれない。果たして、そこまでして帰るべきなのかどうか……。 


「ハァ……。なんかもう……疲れた…… 」

「と、とりあえず、今日のところは休まれてはいかがでしょう? 色んなことが起きすぎて、お疲れになるのも無理はありません。」

「そうね……。さっき時間がないとは言ったけど、スヴァンが処刑されるのは1週間後なの。私たちは、脱獄の為の準備があるから急がないといけないけど、貴方にはゆっくり考える時間はあるわ。準備はこちらで全て整えるから、貴方は休んでいて。ただ、申し訳ないけど、誰にも見つかるわけにはいかないから、この部屋からは出ないでね 」

「あちらに小部屋がございますので、すぐに寝床を用意いたします。普段はマイア様が物置として使っておられる所ですので居心地はあまりよくないかもしれませんが……。」

「あぁ……。うん…… 」


 今日はもう何も考えたくない。さっさと寝てしまおう。カミラに案内された部屋は、確かに倉庫のような部屋だった。だが、部屋の広さはかなりのもので居心地はそれほど悪くもなかった。さすがは皇女様の部屋といったところか。


 俺は、すぐに寝床に潜り込んだ。考えるのは明日からでいい。そうは思っていてもやっぱり色んな思いが頭の中をぐるぐると周り、結局眠りにつくまで何時間もかかってしまった。









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