第3話 衝突

「あの、すみません……。聞き間違えたのかもしれないので、もう一度言ってもらえますか? 」

「……ある男を、城の地下牢から脱獄させてほしいのです 」


 聞き間違いであってほしかったが、どうやら間違いないらしい。雲行きが怪しくなってきた。脱獄させるなんてどう考えても犯罪行為だ。


「な、何言ってるんですか!? 脱獄なんて犯罪じゃないですか! 」


「分かってるわ。でも時間がないの。このままだと、彼は処刑されてしまうわ。」


「そんなの俺には関係ない!! アンタは皇女なんでしょ!?アンタの命令なら聞いてくれる人はいくらでもいるでしょ!? 」


 怒りのあまり口調が荒くなっていく。皇女だなんて言われて、怪我まで治してもらったこともあって、勝手に良い人なのかと思い込んでいたが、今までの話がどこまで事実なのか分かったもんじゃない。こいつらは、犯罪の片棒を担がせるために俺を喚び出したのか。


「この城の者の中で私の味方はカミラだけ。関係のない人達を巻き込みたくないし、私の計画を知られる訳にもいかないの。 それに、私が逃がしてほしい男は大罪人。脱獄を手助けした者がいるなんて知れたら、国中に追手が差し向けられることになるわ。だから、の力が必要なの。身元の分からない貴方なら、逃げ切れるかもしれない。 」


「かもしれない!? ふざけるな!!自分の周りの人達を巻き込まないために、一番関係ない俺を巻き込むのか!! 」


「無茶なことを言ってるのは分かってるわ!でも、貴方は私が召喚しなければ、そのまま死んでいたのよ! もう一度生きられるチャンスがあるんだから有り難く思いなさい!! 」

「何だとテメェ!!もう一度言って――」

「二人共落ち着いてください!!」


 ずっと黙って聞いていたカミラが、たまらず間に割って入る。


「こんな話を誰かに聞かれでもしたら、全て水の泡になってしまいますよ。それに……マイア様。お言葉ですが、流石に今のは言い過ぎではないでしょうか……」

「そうね……。ごめんなさい。言い過ぎたわ

「クソッ……。何でこんなことに…… 」


 吐き捨てるようにつぶやいた後、俺は椅子に座り直した。白熱してしまい、無意識のうちに立ち上がっていたようだ。静まり返った部屋の中は、さっきまでと一転、嫌な沈黙が続く。


「……。お、お飲み物を淹れなおしましょうか…… 」


 気まずい空気をかき消すかのように、カミラが立ち上がり、飲み物を淹れ直しに向かった。……いつまでも黙っていても仕方がない。まずはこの空気をなんとかしないと。


「……アンタがそこまでして助けたいその男、一体何者だ? 処刑されるほどの大罪人を何故助けたいんだ? 」


 気まずい空気をどうにかするついでに、気になっていた事を聞いてみることにした。一国の皇女が、なぜそこまでして犯罪者を助けたいのか。全く理解できなかった。


「……彼の名前は、スヴァン。 この国では一年前、帝国の圧政に苦しんだ民達と帝国軍との戦争があったの。スヴァンはその反乱軍を率いたリーダーよ 」


「はぁ!? 自分の国を滅ぼそうとした相手を助けようってのか!? そんなことをしたらまた反乱軍が戦争を起こすぞ!」


 ますます分からなくなった。そんなヤツを逃がしでもしたら、まるで自分の国を滅ぼしてくれと言っているようなもの――


「……ア、アンタ……まさか…… 」

「……そのまさかよ。私は、この国を滅ぼしたいの 」


 さっきマイアは、計画を知られる訳にはいかないと言った。てっきり俺は、スヴァンとかいう男を脱獄させることだと思っていたが……。


「反乱軍の本当の黒幕は……アンタなのか…… 」

「全ては私とスヴァンで計画したことよ。彼は傭兵ギルドの元ギルドマスターで、私

の幼いころからの友人なの 」

「マイア様は、昔からお転婆で……。よく城を抜け出しては城下町に遊びに出掛けていました。スヴァン様とはその頃に出会い、よく遊んでおられました 」


 飲み物を淹れなおしてくれたカミラが、カップを配りながら話に入ってくる。


「他人事みたいに言うのね。あなたもいたでしょ? 」

「ふふ……。そうでしたね。 懐かしいです 」


 少し寂し気に笑うマイアとカミラ。その頃と今とではずいぶん変わってしまったのだろうか、出来ることならあの頃に戻りたい。そう思っているように感じられた。


「でも……どうして反乱なんか……。自分の親と戦うことになるのに 」

「親……?あぁ、そう思うわよね。違うの。私の両親はすでに亡くなっているわ 」

「え……?じゃあ、今の皇帝は…… 」

「現皇帝は、アルナス・エリザルシア。……まだ十二歳の私の弟よ。」


 まさか皇帝が十二歳の弟だとは思わなかった。想像することしかできないが、早くに両親を亡くし、幼い弟とマイアは辛い思いをしたに違いない。俺は、なんと返せばいいか分からず、ただ黙ったまま話を聞いているしかなかった。


「お父様が亡くなったとき、アルナスはまだ二歳だった。当初はお父様の弟のアルファス叔父様が次の皇帝となるはずだった。そこに異を唱えたのが……ジャフラ・アルバザール公爵――」


 マイアが、ジャフラの名を出したとたん、強い憎悪の表情を浮かべた。まだ話の途中ではあるが、全ての元凶はこの男にあるというのがすぐに分かってしまうほどだった。


「ジャフラはお父様の死の原因がアルファス叔父様の暗殺によるものだとでっちあげ、次の皇帝にまだ二歳だったアルナスを擁立した。帝国で強大な力を持ったジャフラに抵抗できる他の貴族は誰もいなかったわ。……結局アルファス叔父様は謀反の汚名を着せられて処刑され、ジャフラは帝国の執政官として、独裁政治を始めた。……当時十歳だった私は……何もできなかった 」


「それが……帝国を滅ぼしたい理由…… 」


「ジャフラが実権を握ってから十年の間に、帝国の隣国だった二つの国を侵略して滅亡させたわ。重税を課せられた国民も貧困に喘いで苦しんでる。私はどうしても奴を止めたいの。 ……たとえこの国を滅ぼしてでもね 」


「そんなことをして本当に国が滅んだら……マイアや皇帝のアルナスはどうなる? ……内情を知らない国民たちからすれば、アンタらも同罪なんじゃないのか? 」


「時期を見て、私が反乱軍を率いていることを国民たちに明かすわ。全てを打ち明ければ、みんな分かってくれると思う 」


「全ての元凶がジャフラであることを伝えて、それを救うためにマイアが立ち上がったことが解れば、国民の支持を得て、反乱軍に優位に傾くか……」


「でもそれにはまず、帝国軍に対抗できるぐらいの戦力が必要なの。そしてその為には――」

「……スヴァンの力がいるってことか……」 


 マイアはそれ以上語らず、ただ黙ってこちらを見ている。……俺からの返事を待っているのだろう。だが俺は……どうすればいい? 助けてあげたい気持ちはあるが、失敗すれば確実に殺されるだろう。たとえ成功しても逃げ切れる保証はどこにもない。どう考えても、すぐに答えを出せるような話ではなかった。




 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る