4/12(月) 雨

 冬が駆け足で戻ってきたかのような寒さだ。こんな日は布団に籠るのがよろしかろう。2度寝しようと瞼を閉じるが、先ほどまで懇ろにしていた睡魔はどこへやら。代わりに空腹が歩み寄ってくる。

 仕方がないので冷え切った床に足をつけ、妻を起こさぬように居間へと向かう。誰もいない居間は仄暗く、気味の悪い寒さが漂っている。空調と床暖房をつけ、カーテンと雨戸を明けなけなしの日光を取り入れる。

 台所に入り朝食の支度をする。冷凍庫を開けると、パンと米が目に入る。久しぶりに朝に米を食べるのもいいかもしれない。米の解凍を待つ間、湯を沸かす。季節外れの寒さに立ち向かうならば、朝はお茶漬けだろう。ほうじ茶のパックを取り出し急須に入れる。ここにお湯を注げばお手軽ほうじ茶の完成だ。

 解凍された米を丼に移し、梅や天かす、刻みのりと冷蔵庫に余っていた漬物を乗せる。そこにほうじ茶を入れればお茶漬けの完成である。冷えた体が芯から温められる。ぽかぽかした体には力が漲ってくるようだ。

 この調子で妻が起きてくる前に洗濯ものでもしてしまおうか。


                  〇


 洗濯ネットの使い方もよく知らず、適当に洗濯機に放り込んで回してしまったものだから妻にこっ酷く怒られてしまった。妻は天気も相まって大層不機嫌そうであった。僕はと言えば怒られたにもかかわらず中々に気分がいい。

 実をいうと、僕は雨の日が嫌いではない。晴れであることに越したことはない。気分も晴れるし、外に繰り出したくもなる。しかし、雨の日というのもまたいいものだ。人がまばらの外を傘をさしながら歩く。雨が傘を打つ音が心地よく、また傘が外に自分だけの空間を作ってくれる。考え事をするには雨の日の方が良いかもしれない。

 昨日の残りのジャーマンポテトとスペインオムレツを片付け、少しの休憩を挟んで買い物へと繰り出す。天気予報によれば今日は一日中雨だそう。傘を持って家を出る。たまには違ったスーパーに行こう。家を出て農工大を西に向かって歩いていく。しばらく歩けば農工大通りが見えてくる。その入り口の右手に普段は使わないスーパーがある。妻曰く、こちらの方が安いが品揃えについては少々気まぐれが過ぎるようであまり好かないそうだ。僕はと言えば、栗山公園が好きなのでいつものスーパーの方が好きだ。こちらは住宅街の中にぽつねんと立っているので、歩いていて楽しくなかったりする。しかし、雨の日となれば何もない道のりも楽しくなってしまうから不思議である。

 料理を始めてから2週間と少しが経った。少しずつご飯を作ることが生活リズムの一つとなってきたように感じる。つまり、あの料理に手を出す頃合いだ。不慣れなスーパーで少し迷いながら、材料をカゴに放り込んでいく。

 会計を済まして店を出ると雨は少し勢いを増していた。時計を見るとまだ3時半だ。帰って夕飯の支度をするには少し早いような気もする。どうせならもう少し寄り道をしていこう。

 農工大通りの入り口の左手、つまりスーパーとは反対側には小学校があり、その隣には市営の図書館がある。雨宿りも兼ねて図書館に行くことにした。昼下がりの図書館は閑散としていて、受付の人たちがバーコードを読み取る音だけがしている。靴下まで濡れた足で本棚の間を練り歩く。目ぼしい本を何冊か見繕って窓際の机へと向かう。窓からは雨の中、水たまりを飛び越えながら楽しそうに下校する小学生たちが見える。彼らの風鈴のような笑い声も雨音も、ガラスを一枚隔てるだけで大層小さくなる。ほんの世界に入ってしまうとそれはより一層遠く感じられた。

 5時のチャイムが僕を現実に引き戻す。すっかり時間が過ぎていた。夕食の準備もしなければならない。手元の本を受付に持っていき、貸出手続きを済ませて図書館を出る。天気予報曰く今日は一日中雨のはずだが、外は雨が上がっていた。束の間の晴れなのかもしれない。中央線の電車の走る向こう側に、小さな虹が架かっている。やはり、雨の日も悪くはない。

 家に帰り、濡れた靴下を風呂場で脱ぐ。冷えた足を温水で洗い流し、ついでに乾いた洗濯物を居間へと運ぶ。今日洗った下着類は軒並みくしゃくしゃだ。次は洗濯ネットもうまく使おう。洗濯物は妻に任せて料理に取り掛かる。今日はカレーだ。

 作り方は至って簡単で、なんならバーモントカレーのパッケージに記載されている。使う野菜は人参、玉ねぎ、ジャガイモでそれぞれ皮を剥いていく。人参は乱切りに、玉ねぎとジャガイモはそれぞれ一口大に切っていく。鍋に油を敷き最初に肉を入れる。本日は贅沢に牛肉を使う。焦げないように気を付けること。弱火にするのもありだし、水を少し入れるのも焦げ付き防止として効果がある。肉の色が変わってきたら野菜を入れ、玉ねぎがしんなりするまで炒めていく。

 玉ねぎがしんなりしてきたら水を具材がひたひたになるくらいまで入れ、中火で15分煮る。途中で灰汁が出てくるので随時取除きながら、付け合わせのポテトサラダを作っていく。カレー作りに余った野菜を消費できるだけじゃなく、そのカレーとの相性もまた無類である。ジャガイモは皮を剥き一口大に切っていく。耐熱ボウルに入れラップをして600Wで4分半くらい温める。その間に玉ねぎを細切りに、人参をいちょう切りにする。それぞれ一本ずつ使う。ジャガイモが温まったら今度は玉ねぎと人参を耐熱皿に入れ600Wで3分温める。その間にジャガイモをフォークなどを使って潰す。玉ねぎたちが温まったら水をよく切って潰したジャガイモに加える。塩コショウにマヨネーズを加えよく混ぜる。これでポテトサラダの原形は完成だ。我が家ではここにオプションとして粉々に砕いた柿ピーと柚子胡椒を加える。

 そうこうしているうちに15分が経った。バーモントカレーの辛口を1パック鍋に入れ、溶かしていく。辛みは若干足りない気もするが、このほのかな甘みがカレーには必須だと思っている。ルーが溶けたら弱火で5~10分煮て完成だ。

 ご飯と共によそって食卓へと運ぶ。

 「ついに手を出したね、お手軽主夫の味方に。」

 妻は笑いながら言う。

 「二週間以上経ちましたからね。味はハウス食品が保証してくれてるから安心して。」

 流石ハウス食品だ。確かな完成度が手軽に誰でも提供できる。今回は少し水が多かったのかもしれない、シャバシャバだ。あとで水溶き片栗粉でも加えておこう。ポテトサラダも無類だ。明日の昼はこれでグラタンでも作ろうか。

 そういえば玄関の鍵は閉めだろうか。念のため確認に行く。二重ロックまでしっかりとかかっていたが靴がひっくり返っている。明日の天気も荒れるかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る